賢者の大図書館
王国に入ってからすぐに目に入ってきたのは、国の中心にそびえ立つ城である。
高台に佇むその城を中心として放射状に伸びているのは、幅が十メートルはあろうかという大通りである。
そして大通りに沿っていくつもの建物が立ち並んでいる。
見たところ、建物は店といった商売目的のものが多く、常に人通りが絶えることはない。
雑貨屋や食用品店などといったものが多い。多分この周辺には私が求める情報を得られるような場所はないな。
そもそもの目的、私が人間の国へやってきたのは吸血鬼について知るためだ。
狼人の話や、私の今までの経験から考えるに....どうやら吸血鬼は生物としてかなり強者の立ち位置にあるのだろう。
今まで、何度か体の一部が欠損するような大ダメージを受けたことはあったが、一切痛みを感じたことはない。
おまけに体の怪我はかなり大きいものでも数秒もすれば再生する。
魔力の少ないときはその速度は落ちるが、それでも他の魔物は再生はできないことを考えるとその時点で生物としてかなり優位な立ち位置だろう。
しかし、当然のことながらそれに値するだけの弱点があるように思われる。
私の分かる限りでは、まず一番に日光に弱い。これだけでもかなり行動が制限される。
今の私のように、日差しを遮ることが出来れば一応活動はできるのだが....それでも翼は使えないし、それに加えて夜間ほど気分も良くない。
もしも戦闘になれば、かなりこの点で不利になるだろう。
それに、水にも弱い。正確には水を飲めないということだが....。
吸血鬼というくらいなので、やはり血しか飲めないということか?
私が一番心配をしているのは、その血しか飲めないという点だ。
下手すれば日光のことよりも私は重要視している。
今のところ、様々な魔物の血を飲んできたが....一つとしてましなものはなかった。
一応、蝙蝠たちが代わりに血を回収するということでその問題は解決していたのだが....。
どうもある時から蝙蝠たちがいくら代わりに血を吸っても私の喉の渇きが癒されなくなった。
やはり、私が直接血を飲まなくてはならないのかもしれないが....それでも私は絶対にあの不味い魔物の血を飲む気にはなれない。
今はまだ我慢できる範囲だが、それでも着実に喉の渇きはひどくなってきている。
吸血鬼は人間の血だけを普通は飲むらしい。
私は人間の血を飲んだことはないが、私も本来はそうなのだろう。
実際に私は人間の血が飲みたくて仕方がない。そのうえここは人間の国だ。
衝動を抑えるのに精いっぱいなのだ。
私は洞窟の外に出て以来、自分で直接血を飲んだことはない。
先ほどの理由ももちろんそうなのだが、もう一つ理由がある。
自分を見失いそうになる.....何度か感じている感覚だ。
私の中には、何か他のものがいる....。
そしてそれに自分を塗りつぶされてしまうように思えてならないのだ。
そう考えると、また血を飲むのが怖い....。
そういえば....洞窟で出会ったドラゴン。
あのドラゴンにもらった赤い液体は美味しかったなぁ.....。
今のところ私の中では一番の経験だった。やはり色からして、あれも血なのだろうか....。
と、考えていると、なにやらひときわ巨大な建物が近くに見えてきた。他の店などに比べると5、6倍はあるだろう。
丸太や木材で建てられた全体的に黒っぽい建物であり、二階建てになっている。
入り口には小さな扉が取り付けられており、外からでも中の様子が見える。
その建物の大きさもそうなのだが、何より目を引くのは、周りにいる人間だろう。
平原で見た武装した人間たちと同様に軽い防具を身に着けており、大小様々な武器を持っている。
そんな者たちが建物の周りに数十人。中にはさらに多くいるように思われた。
なるほど....これが冒険者とかいうやつか....。
見たところ、中にいるのはよく分からないが、外にいる冒険者たちを見るにそれほど以前見た冒険者と変わらないな。むしろそれよりも弱い。
ヴェルドのほうがまだ強いな。
例のごとく、人間の魔力は小さく....やはり見える。
魔力の青いオーラに対して黄色に近いオーラが見える。魔物には一切見られなかったものだ。
黄色いオーラは魔力の多い少ないに関係ないようで、少ないものもいれば、多いものもいる。あえて言うのであれば、年齢のいっているものはオーラが大きく、若い者は小さいといったところだろう。
今のところ、建物の中をもう少しよく見てみたい気もするが、今はそれが目的ではない。
まずは情報を集めるのが先決だ。
「吸血鬼様。吸血鬼について知りたいのならば、賢の大図書館へ行くのが良いと思います。」
「....?」
「確か、人間の賢者の一人が作った図書館だったはずです。蓄えられている情報の量では他のどの場所よりも優れていると聞いたことがあります。」
図書館....。一体どういうものなのかがはっきりとは分からないが、それよりも賢者の一人が作ったというのが気になるな。そこをわざわざ強調するということは、同じ人間としてもその人物は重要な存在であるということが分かる。
「賢者の一人というのは、かつての四人の人間の英雄から来ているものです。英雄の血を引いていて、かつ魔力にも優れたもののみに与えられる称号です。」
それからヴェルドから聞いた話によると、四人の英雄というのは、千年以上前に現れた世界を脅かすほどの魔物を討ち取り、世界を救ったと言われている人間のことらしい。
その四人にはそれぞれ、剣神、司聖、武真、賢導の二つ名が与えられ、彼らを中心としてその子孫でも優れたものには同様の名を与えられているようだ。
とはいえ、四人の英雄は唯一無二の存在とされているため、その子孫に与えられる名も、それに次する名となっているのだ。
それにしても賢者か....。
魔力に優れているというので、一体どれほどのものなのか。
今まで見てきた人間の魔力はどれもかなり小さいものであったので、少し気になるところではある。
しかし.....なぜこうもヴェルドはこのことについて詳しいのだろうか....。
この四人の英雄は全員人間。いくら世界を救ったとはいえ、亜人であるヴェルドには関係は薄いものに思えるのだが....。
「確かにこの話は亜人の間ではあまり知られてはいません。というよりも、自分たちが敵対する者たちの英雄など知りたいとは思わないのでしょう。私たちの集落ではウバラ様が人間の話をよくしてくれたのです。私たちの集落の狼人であればこの話は皆知っていると思います。」
ヴェルドはウバラから人間の英雄について聞かされたため、知っていたということか....。
思えば、ウバラは人間のことについてかなり詳しかったように思える。
人間の間における亜人の認識。そして人間の国についてや、通貨というもの....。
「それで....その図書館というのは一体どこに?」
「....すみません。私は行ったことがないのではっきりとは....。」
「.....。」
つい、苛立ちが表情に出てしまった。ここまでで人間について詳しいのにそれは知らないのか...。
とはいえ、彼ら狼人が人間の国にやってくることはあまりないということは聞いている。
いくらウバラから人間の話を聞いているとはいえ、来たことがない場所のことは知らないだろう。
ヴェルドも話で聞いたことがあると言っていただけだ。
先ほど私が苛立ちを見せたせいで、すっかりヴェルドが委縮してしまっている。
少し睨んだだけなんだが....。私を化け物か何かと勘違いしてるのか....?
話は戻るが、大図書館というくらいなので、それなりの規模はあるはずだろう。
ここから見える範囲で巨大な建物といえば....。
まず目に入るのは、王国の中心にそびえたつ巨大な城。かなりの規模であろうが、国全体の大きさもかなりのものなので、ここから見るとそれほど大きさは感じられない。
とはいえ、近くに行けばその大きさは十分に感じられるだろう。
それからいくつかの建物が目に入る。
広く広がる巨大な石造りの建物。縦長に伸びる巨大な筒のような建物。
私が目についたのは、巨大な木に飲み込まれるように上に伸びている建物だ。
木の間から見えるその外壁は、石でも木でもない。日の光を反射して光沢のある黒光りしている。
その異様さも十分に目に入る理由としてはあるが、私が気になったのはそこではない。
その建物は全体的に魔力を帯びているのだ。ほかの建物を見る限り、一切魔力の気配は感じられない。
そこはやはり人間がいかに魔力とかけ離れた生活をしているか、ということだろう。
しかし、あの建物の魔力はかなり大きい。程度でいうのならば、私が洞窟で見た魔鉱石と同じくらいだ。
確か、洞窟の魔鉱石は私が外で拾ったものとは魔力が段違いだったはずだ。それでもクリスタルに比べると大したことはないが....。
とにかく、魔力に優れた賢者が作った場所というのならばあの建物はおかしくない。
とりあえずはあそこに向かうとするか。しかし、どうすればあそこに行けるのか、飛んでいくわけにもいかないし、人間の国ではこの道に沿って歩いていかなくてはいけないらしいし....。
ここはヴェルドに助けてもらうとするか....。
「.....?」
後ろを振り返ると、そこにはヴェルドの姿はなかった。
少し周りを見渡しては見るが、それでも見つからない。
考えれば、それらしき建物を見つけた時からその建物を見るのに夢中で後ろを一切確認していなかった。
それに周りの人の数だ。もしかしたらヴェルドは私を見失ってしまったのかもしれない。
全く世話が焼ける....。まさか迷子になるとは....。
決して私が迷子になったわけではない....。




