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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人ならざる者
29/131

黒い影

森に入ってから数十分...。

意識せずとも容易に感じられる森の異様さをクレイブは感じていた。


「この魔力濃度...明らかに異常ですね...。」


「そうか?俺は何も感じないがな...。」


人間は本来魔力とは疎な関係であり、魔力を感じることはできないのだが...。

代々血縁的に魔力を操ることに長けている場合、または魔法の修行を重ねた結果、それができるようになる場合がある。


それが人間でいう()()使()()というものだ。


「私も魔力は感じられないが...この様子は、明らかだな...。」


そういってウィルディアは一つの方向を見つめる。

その方向には青白く光る草花がひときわ多く見える...。


「この方向....不自然だと思わないか?」


それを受けて、クレイブもウィルディアと同じようにその方向を見つめる。


「確かに...やはりただの魔力風ではない。何か魔力の源が向こうにあるようですね。」


そうクレイブは言うと、ウィルディアに続くようにその先に向かっていく。

その後ろで、ジオンはしばらく辺りを見つめると...


「おい!あれを見てみろ!」


ジオンは空を指さしてそう叫ぶ。


「あれ?」


クレイブとウィルディアは一体何だと思いながらも、ジオンの指さす方向へ顔を向ける。


「!?....あれは...!」


三人の見つめる方向に広がるのは、巨大な黒い影。

それは、まるで空に影を落としこんだ...ともいうべきものである。

その影は次々と形を変えながら、三人の真上を通過していく。


巨大な影にはところどころ穴が開いており、その間から空がちらちらと覗く。

そしてその穴は次第に増えていき、その影の正体を明らかにした....。


巨大な影....

そう見えたものは、無数の黒いものに姿を変えた。

数十...いや数百にも及ぶであろうその集合体は、うねうねと形を変えながら、やがて見えなくなった。


「一体何だったんだ?ありゃ....」


「私にもよく見えませんでした。とはいえ、この森にあんなものが生息しているなんて話は聞いたことがありませんが...。」


ジオンとクレイブの二人がそう話す中....

一人...ウィルディアのみが以前空を見上げ続けていた。

その瞳は、まるで何か恐ろしいものを見たような....そう見えた。


「どうしたウィルディア?もしかしてあれが何なのか分かったのか?」


ジオンがそう尋ねると、しばらく間をおいた後....ウィルディアはポツリと一言。


「蝙蝠....」


「蝙蝠!?あれがか?お前、目良すぎじゃないか?」


ジオンがそう話している間、クレイブはこの事実に信じられない様子であった。


「....蝙蝠?あり得ない...!?そんなことが...。」


蝙蝠...本来であればそれらが生息している場所は主に暗く、かつ湿った場所。

洞窟や地下遺跡。ほかにも一年中霧に閉ざされた地域があるという話も聞いたことがある。

いずれにしても、このピロー大森林には当てはまらない。


にもかかわらず先ほどの蝙蝠の大群...。

ウィルディアが見間違えたということもあり得るが....いやそれはないだろう。

なぜなら彼女の出身は深い山奥に住む先住民族。

自然の中、獲物を狩るために用いる弓。それを的確に遠くの標的に当てるにはかなりの視力、動体視力が必要である。


事実、冒険者になった今でも、彼女はその目の良さを生かした武器である弓を用いている。

つまりは彼女が間違えたというのは考えづらい...。


そしてただ一つ...。

この奇妙な状況を説明できるものが存在する....。




「吸血蝙蝠....。」


クレイブはボソリとそう呟く。


それを聞いたジオンは、いったん信じられない顔をするが、すぐに笑いだす。


「おいおいクレイブ、冗談はよせよ!そうなると今回の森の異変の原因は吸血鬼(ヴァンパイア)ってことになっちまうじゃねえか。」


ジオンはそう言い、始めこそ信じてはいなかったが、クレイブのなおも続く真剣な顔に笑うのを止め真剣な顔になる。


「しかし...これしか説明がつかない...。こんなことが...。まさか私の予想が外れるなんてことが...。」


クレイブはまるで信じられない...といった様子で立ちすくんでいる。


すると、しばらく周囲を観察していたウィルディアが何かを見つけた様子で...


「なんだあれは?」


「どうしたウィルディア?何か気になるものでも見つけたか?」


「いや....もしかしてあれは?冒険者の装備じゃないか?」


ウィルディアの見つめる方向にあったのは、おそらくは森に来た冒険者のものであろう装備の数々である。

それらはほとんどが革製の防具、鉄製の剣...といった粗末なものである。

まあおそらくは銅級冒険者たちのもの...。

つまりは馬車の主たちが話していた冒険者たちのものであろう。


そんな彼らの装備品が散らばっている。

普通に考えて魔物の出る森で装備品を捨てる...そんなことはあり得ない。

となれば...。


「やっぱりやられていたか...。」


考えられるのはそれだけである。

おそらくは魔物に殺され食べられでもしたか...。


「それにしても...随分と防具が綺麗だな...。

いや、綺麗ってことはないんだが...見てみろ。普通は魔物に襲われて殺される...なんてことがあるなら、防具とかはボロボロになってるもんだろ。」


「確かに...それは一理ありますね...。となれば一体何が原因で...。」


クレイブとジオンは足を止める。

いや、正確には前方を歩いていたウィルディアが足を止めた。


ウィルディアは冒険者たちの装備が散らばるなか、その防具をちょうど見つめて立ちすくんでいる。

心なしか、その瞳は恐怖に震えているようであった。


「ウィルディア...一体どうしまし...!?」


クレイブはウィルディアの見つめる方向を見て息を吞む。

すぐ後にやってきたジオンも二人と同じくその方向を見ると、若干驚いたようであったがすぐに元に戻り...。


「なるほどな...。さすがに...こいつはきついな..。」


「ええ、私も見るのは初めてです。」


「.....。」


ウィルディアは思わず目を覆い、後ずさる。


「大丈夫ですか?ウィルディア。」


クレイブに肩を支えられながら、しばらく間をあけたのち、ウィルディアは口を開く。


「ああ...悪いねクレイブ。つい...。」




三人の目の前に広がるもの。

それは決して散らばった防具ではない。

かつては人間であったであろう...それは生前と同じ防具を着たままの状態で倒れている。

その様子は、見れば一瞬でその異様さがうかがえる。

まるでミイラのような、干からびた皮膚に、顔はまるで骨にかろうじて皮が張り付いているような...。


「これは....。」


「ええ。吸血蝙蝠にやられたようですね...。」


「どうする?これじゃあ誰が誰だが分からないな。」


「いえ、おそらく持ち物にギルドカードがあるかと...。ギルドにはそれで報告しましょう。」


ジオンとクレイブの二人は、散らばった冒険者の装備を探り、ギルドカードを拾い上げていく。

以前としてウィルディアは青ざめた様子である。


「一体どうしたんだ、ウィルディアは?あいつなら冒険者の死ぐらいなら何度も見てきたはずだろう?」


「....それはもちろんですが...そういえばジオン、あなたには言っていませんでしたね。」


クレイブはそうして一息つくと、再び口を開いた。


「実は...ウィルディアは....」




「ピギーーーーー!!!」


突如として、甲高い鳴き声が辺りを包み込む。


「なんだ!?」


「これは....魔感鳥(マジックバード)?」


魔感鳥(マジックバード)...

強い魔力を感じると、特徴的な鳴き声を発する魔物である。

魔力が充実した地域に生息しており、冒険者や貿易のために遠出をする商人には強力な魔物の存在を知らせる存在として重要視されている。


そして、その魔感鳥(マジックバード)のその鳴き声が響いたということは...。


大量の魔物の気配...

そしてその中に混じるひときわ大きな魔力をクレイブは感じた...。


「ジオン、どうやら相手がやってきたようです...。」


「ちっ...できることなら戦いは避けたかったんだがな...。」


二人の見つめる方向...

森を埋め尽くす木々の隙間に差し込む日の光が徐々に消えていく...。

代わりにどす黒い影が、次々に形を変えながら森を侵食していく....。

吸血蝙蝠の群れである。


基本的に魔物には、危険度というものが定められている。

危険度GからSSまで、そうして冒険者たちは自分たちに対処可能かどうかを判断するのだ。

もちろん、吸血蝙蝠にも危険度は設けられている。

単体では最低の危険度Gであり、銅級冒険者でも十分に相手ができるのだが、吸血蝙蝠の恐ろしいところは、その集団性である。


群れで数十もいれば、並みの人間はひとたまりもない。冒険者や兵士であっても、一分以内に全身の血を吸いつくされる。

百匹もいれば、その危険度はC以上。

金級冒険者でさえ命を落とすこともある。


そして....

ちょうど三人に近づきつつある、その吸血蝙蝠は間違いなく百匹以上。

もしかしたら二百、三百匹にも及ぶかもしれない。


「ここは私に任せてください!近接のあなたでは相手になりません!」


「チッ...気に障る言い方だが仕方がねえ。クレイブ、任せたぞ!」


ジオンはそう言うと、すかさずウィルディアのもとへ向かっていく。


「ウィルディア!」


「ん...ああ...すまないね、ジオン...。」


「気にすんな!それよりも...。」


ジオンは無数の吸血蝙蝠が向かってきている方向に目をやる。

クレイブは依然として一歩も引く様子はない。


「さて...久しぶりに本気を出しますか...。」


クレイブはそう呟くと、空に手をかざす。

かざした手を中心として、巨大な魔法陣が現れる。そして、それに続くように一つ...また一つと魔法陣は増えていく。


上位(グレーター)・【火炎魔弾(フレイムバースト)!】」


クレイブがそう唱えると、十門の魔法陣から一斉に無数の炎の弾が放たれた。黒い影が迫ってきていた方向が突如として炎に包まれる。


「おい!なんて威力だよ!」


「あいつが本気の魔法を使うのを見るのは久しぶりだよ.....っ!!」


私たちとは反対側に放ったのにも関わらず、突如としてすさまじい熱風が吹き付けてくる。

魔法が強力すぎるために、こちらまで余波が伝わってきているのだ。

身が焼けるような熱風とともに、焼けこげた木々も一緒にこちらに飛んでくる。


バキ!


ふと、私の耳に短い音が聞こえる。

私の掴まっていた木が幹ごとへし折れたのだ。

支えを失った私の体は、すさまじい勢いで吹き飛ばされていく。


「うあぁ...ああああぁぁぁ!!」


「ウィルディア!!掴まれ!!」


ジオンがこちらに手を伸ばしてそう叫ぶ。

私は吹き飛ばされながらも、その手を見据え掴むことが出来た。


「大丈夫か?」


「...あぁ...。なんとかね。」


「くそ...あのバカ。あとでぶん殴ってやる。」


やがて、あれだけ激しく吹き荒れていた熱風は止んだ...。

あとに残ったのは、何か巨大なものが通りすぎたように森に一直線に横たわる空間と、焼けこげた森の後であった。


「おい!クレイブ、お前なぁ。」


ジオンはクレイブの姿を見つけると、すぐさまそちらへ向かって走っていった。


「お前、威力が強すぎるんだよ!!こっちは死にかけたぞ!!」


「ふん。ですが、私がいなければあなたは今頃先ほどの冒険者の仲間入りをしていたことでしょうね。」


「っ!?お前っ!!」


「二人ともやめないか!!」


見かねた私は二人の間に入って止めに入る。


「三人とも無事だったんだ。それでいいじゃないか。」


「....。」


「.....それもそうですね。少々熱くなりすぎました。」


「俺もだ。実際、クレイブがいなかったら俺たちはただじゃすまなかったからな。」


「....それにしても。一体何だったんだ?ありゃ。」


ジオンは首をかしげながら問う。

先ほどの黒い影のことについてだろう。

私が見たかぎりでは、間違いなくあれは蝙蝠であった。そして、クレイブの言う通りあれが吸血蝙蝠だというのならば....。


「信じがたいですが.....こんなことは悪魔では到底できない芸当でしょう。となれば....。」


「まさかトムの言葉が正しいとはな...。」


「ともかく....これは一度ギルドに報告する必要があるでしょう。吸血鬼(ヴァンパイア)が本当に現れたとなれば、ギルドで討伐隊を組んで事に当たる必要があるでしょう。」


吸血鬼(ヴァンパイア)は、下位の存在であっても金級冒険者の力が必要となる存在である。

少なくとも、銀級以上の冒険者数十人で当たる必要があるだろう。


「それに....先ほどの魔法でかなり消耗をしました...。これ以上の調査は....」


ふと、私の目に何かが止まる。

焼けこげた黒い木の枝に止まる、白い何か....


「っ!?」


蝙蝠....

そう呼ぶには到底相応しくないその色に反して、その体は間違いなく蝙蝠の体そのものであった。


「ウィルディア?」


「二人とも....私が合図したらすぐに逃げるよ。分かった?」


「ウィルディア....一体どうし...。」


私は全神経を集中させ、弓を引き絞る。

一度外せば命はない。そう断言できてしまう.....それだけ、目の前のあの存在は恐ろしいものであった。


魔力を感じられない私でさえ分かってしまう。

その存在は、一匹で先ほどの大群にも匹敵するであろう存在感をかもし出していた....


弓を引き絞る手が震えている。


額に流れる汗を感じる。


チャンスは一度きりだ。


「【一線矢(ラインボウ)】....」


うちはなった矢は音速にも等しい速度で、蝙蝠を.....撃ち抜かなかった。


「そ..そんな...。」


外した...わけではない。外されたというのが正しいだろう。

あの白い蝙蝠は、魔法で風を起こし....矢の軌道を逸らしたのだ。


信じられない....。

私でさえ追いきれないあの矢を魔法で逸らすなんて....。

そんな神業を魔物がやってのけたのだ。


私は思わず地面に膝をつく。

逃げ切れない....。




「おい、クレイブ。少しくらい魔力は残っているな。」


「ええ。何かあったときの逃げるため用にね。」


「よし...。ウィルディア、立てるか?」


ジオンが私の手を取って私を立たせた。


「....何を?」


「諦めるのは早えよ。俺はまだ何もしてないんだぜ?」


ジオンは思い切り足を踏み下ろす。


「二人ともしっかり掴まってろよ!」


「【炸雷(スパークレイ)】」


クレイブがそう言い放つと、彼の持つ杖の先端が白く光り、閃光のごとくいくつにも枝分かれした稲妻が白い蝙蝠に向かって飛んでいった。


稲妻の着弾点は、一瞬光輝くと、鋭い音を立てて一帯が吹き飛んでいく。

あれならば、流石にあの蝙蝠もただでは済まないはずなのだが。


身体強化・【瞬(フィジカルクイック)】、身体強化・【剛(フィジカルガード)】!!」


ジオンの体が一瞬光に包まれる。


「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!」


ジオンが叫びながら森を走っていく。道中の木々をなぎ倒しながらだ。

身体強化により強化されたジオンは、その程度は大したダメージではないようだ。

もちろん、私とクレイブはそんなことはない。


「なんてめちゃくちゃな....がっ!?」


クレイブの顔になぎ倒された木々の枝が命中する。

やっとのことでジオンにしがみついている状態の私たちはすでにボロボロである。

とはいえ、流石にこの速度でこれだけ離れればあの蝙蝠も追っては....。


ふと後ろを見ると、ジオンによってなぎ倒された木々の間....

何かが同じほどの速度で迫ってきているのが見えた。


「おいおい....まじか?」


大型の魔物の全速力にも匹敵するジオンの身体強化によるスピード。それは並大抵のスピードではない。

そのはずなのだが....。


なのに関わらず、あの蝙蝠は私たちのスピードについてきているのだ。

先ほど、私の矢を受け流した時にも思ったのだが、そのうえ今のこの状況。

一体あの蝙蝠は....。


「仕方がねえ...。全速力でいくぞ!!」


「まさか!?ジオン....これ以上早く...!?あああああああぁぁぁぁぁ!!!」


さらに一段速度を上げたジオンに、私とクレイブは死を覚悟したのであった。


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