暗闇の思案
「クレイブ、珍しいじゃないか。あんたが正式な依頼以外の仕事を受けるなんて。」
セリオン王国の宿屋の一室。
そこでウィルディアはクレイブに言った。
「今回の話は、私も興味があるものでしたから。受ける価値はあると判断しました。」
「それで?明日出発ってわけかい?私はもっとここでのんびりしたいところなんだけどね。」
そういって、クレイブとウィルディアが話しているのを横目で見ているのジオンである。
もともとは、クレイブとウィルディアが二人で組んでいたパーティーであったのだが、二人の力を評価したジオンがパーティーを組もうと提案し、今の三人パーティーになったというわけだ。
基本的にパーティーは三人か四人ほどで組むのが適正であり、それより多くても少なくても良くない。
そのことをいつも考慮していたウィルディアは、快くジオンをパーティーに入れることを受け入れたのだが...
ジオンには見た目の通り脳筋なところがあり、何事も見通しを立て慎重に行動するクレイブとは正反対であったため、二人はパーティー内で喧嘩をすることは珍しくない。
「そういえば、クレイブ。今進めてる依頼の方はどうなるんだ?」
ジオンが言っているのは、三人が現在王都で受けていた正式な依頼の話である。
「そのことであれば、知り合いの他の金級に任せてあります。その依頼は我々を含め20以上のパーティーが受けていますから。」
「暗殺組織のアジトの発見...だったか?もう一年以上他の依頼と並行してやっているが...何の手がかりもつかめないな。」
「まあ、それも当然だろうな。相手は最大規模の暗殺組織だ。聞けば、オリハルコン級もその依頼は担当しているらしいぜ。確か名前は...血の宴だったか?」
血の宴...
数年前の王国における王城貴族の暗殺。それにより、数人の王城貴族が犠牲となった。
王城貴族とは、領地を離れ、直接王のもとで王の補佐をする役割を担っている貴族のことである。
他の貴族の不正などを監視する役割も担当しており、王の絶大な信頼を受けている貴族しかその任につくことはできないため、その数は少ない。
当然彼らは王城の強固な壁のもと守られている。
暗殺など、普通であれば考えられないのだが....
重要な王城貴族の半数を失った現在の王都では、貴族の不正が横行している。
国の内部からの崩壊を狙った犯行。そして、王城の守りも突破するほどの実力者の存在も示唆するこの事件は、その名前を王都中に知らしめた。
「例の事件では、警備にあたっていた兵士も皆殺しにされていたそうじゃないか?」
「ええ。その中には警備隊長も含まれていたそうです。ミスリル級の冒険者にも引けを取らない彼を倒せる人物を有した組織。王都も重要視しているのでしょう。」
「今回の森の異変...。やはり前の事件が関係していると思うか?」
ジオンはクレイブに尋ねる。
ピロー大森林における中位の悪魔の出現。
過去に起きたその事件は、血の宴の仕業とされている。
目的は分からないものの、明らかな悪意を持った犯行であり、中位の悪魔を召喚できるほどの戦力を有していることを知らしめた。
「実際に調べてみなければ何とも...。まだ他の可能性も捨てきれませんからね。」
「なんだ?お前もしかしてトムの言っていたことを真に受けてるのか?」
ジオンのその言葉を聞いてウィルディアは首をかしげる。
「言っていたこと?なんだそれは?」
「いやそれがな。あいつ吸血鬼を見たなんてことを言ってたんだぜ?ここらで吸血鬼なんて、それも森の中でだぞ?」
その二人の会話を聞いていたクレイブは、会話に被せるように言う。
「もちろんその線はないでしょうが。たとえば、新種の魔物が出現した...などはあるかもしれません。」
「新種の魔物...?」
ウィルディアはその言葉をクレイブに返す。
「現在でも新種の魔物は数多く発見されています。話によれば、我々人間が認知しているのは、全魔物の半分にも満たないとか...。」
「まあ、確かに未踏の地はまだたくさんあるからな。」
「その通り!そこで今回の事件。私のもう一つの考えとしては....」
クレイブの話を聞きながら、ジオンとウィルディアは、しまった...と思った。
クレイブは常日頃から、魔物の研究をしており、魔物の話になると止まらなくなってしまうのだ。
「たとえば、今回の場合。人型の魔物とはいえ、姿を変えられるものがここから少し離れた大陸に存在します。その魔物は精巧な人型には変身はできませんが、その仲間に新種の魔物がいるのだとすれば....」
クレイブの話はそのまま続き、終わったころには夜も開け始めていたのだった...。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
すっかり日が落ちてしまった。
聖地にて、村長とサビ様から人間の血を受け取ったのち、急いで集落に戻ったのだがやはり遅くなってしまった。
集落に戻った私は、長くとどまることはせずにすぐに集落を出た。
今日の朝早くに、吸血鬼様に話をつけてから、ずっと彼女を待たせているのだ。
急がなくては...
出発前から彼女を怒らせることは、どうしても避けたい。
私は集落を出たのち、延々と続く平原を進んで行く。
一体彼女がどこにいるのか...。
詳しくは聞いていないなかったため、少し心配だったのだがその必要はなかったようだ。
平原をしばらく進むと、すぐに強い魔力の流れを感じた。
流れを感じる方向に向かって進んで行くと、一つの岩がポツンとたたずんでいた。
そして岩陰に、湖の木の下で見たときと同じように座り込んでいる一人の少女を見つけた。
彼女は私の存在にすぐ気づいたようで、こちらを振り向く。
やはり私を覗くのは、片方の不気味な赤い瞳。
見ると吸い込まれそうな瞳....すぐに私は目を逸らす。
「随分と遅かったですね...。」
そう彼女が言うのを聞いて、私は彼女の方へあらためて顔を向ける。
特に怒っている様子もない今までと同じような表情である。
違いを挙げるとすれば、その声が普段より一層感情のこもっていないように聞こえたことぐらいか...。
「すみません...。今日は朝早く呼びつけたというのに、こんなに遅くなってしまって...。」
私は恐る恐る口を開き、そう言う。
「いえ...。出発が夜になるのは私も都合がいいです。それで...。今回はもうすぐに出るということでいいですね?」
「もちろんです。ここから人間の国には片道でも一週間はかかります。それで大丈夫でしょうか?」
私がそう言うと、彼女は今度は何か言うこともなく、小さく頷いた。
そうして、人間の国へ向けた旅が始まったのであった。
歩き始めて数時間。すでに夜はすっかり更けて、辺りは暗闇に閉ざされている。
私の周りは一メートル先も見えないほど暗いのだが、私は松明など辺りを照らすものは持っていない。
というのもいくつか理由はあるのだが、一つに亜人は夜に狩りをすることも珍しくなく暗闇でも人間に比べれば見える方だ。
しかしそれでも、この暗さではほとんど見えない。
狼人は亜人の中でも特に感覚機能に優れているため、この暗闇でも問題ないのだ。
私が先を歩く後を少し距離を置いて、彼女はついてきている。
当然、夜行性である吸血鬼もこの暗闇は問題ないのだろう。
「休息は取らないでいいのですか?」
私は後ろから声がした聞いて振り返る。
確かに狼人は夜行性ではない。
この時間であれば、いつもならとっくに寝ているはずである。
そのため、今は彼女に合わせているわけなのだが...。
どうも引っかかる。
吸血鬼というものは力をすべてと考える種族のはずなのだ。
吸血鬼という物自体、あまり我々狼人の知るところではないため、定かではないのだが、人間との対立も多いことから、まるまるすべて間違っているとは考えられないだろう。
村長がしきりに私を心配していたのもこのためだ。
一体何を考えているのか...。
初めに彼女に出会ったときから思っていることだが、どうも彼女は私たちと対立することを避けようとしているように感じられる。
このことから、ウバラ様やサビ様も彼女を信頼していたわけなのだが...。
「いえ、私は問題ありません。」
そうはいったものの、やはりきついものがある。
「私の気を遣うのはいいですが、嘘はやめてくれますか?」
暗闇で顔はよく見えないが、冷たい声が私に突き刺さる。
私のことなど、すべてお見通しなのだろう。
私が返答に困り、押し黙っていると、彼女は私が見える範囲まで近づいてくるとある方向を指さす。
「そこでいいです。」
その方向には、数メートルほどの岩がたたずんでいた。
彼女は岩の方へ歩いていくと、岩に寄りかかるようにして座り込んだ。
どうやら私に有無言わせる気はないようだ。
仕方なく、私は彼女から少し離れた場所に座ることにした。
とはいえ、休むことが出来ることは私にとっては何の問題もない。
問題は、彼女が何を考えているのかだ。
私のことを気遣ったとは考えづらい。流石に彼女はそこまで私のことを考えているとは思えない。
とすれば、重要なのは人間の国に行くことか...。
そう考えれば、案内役である私は彼女にとって大事になるのかもしれない。
「しばらくは身の安全は保障されたのかもしれないな...。」
私は自分にしか聞こえない声で小さく暗闇に向かってそう呟いた。




