湖の新しい渡り方
私の考え付いた方法...。
これは画期的である。
湖を渡るためにわざわざ泳ぐ必要はないのだ。
私はそうして魔法を発動させる準備をする。
魔法を発動させるためには、魔法陣を構築する必要があるわけなのだが、今回の魔法陣は今までの魔法とは大きさが桁違いである。
そうなれば、規模もかなり大規模なものとなる。
そう...。
つまり、私はこの湖を凍らせるつもりというわけだ。
魔法の制御の練習をしている中で、いくつか属性魔法を試していたのだが、どうやら私は氷属性の魔法が一番得意らしい。
一度、私の魔力をすべて使った魔法を使ってみたいと思って実験をしてみたのだが、それが可能なのは氷属性だけだった。
正直言って、氷属性の魔法は使い勝手が良いとは言えない。
今の私の魔力の扱い程度では、周りのものを無差別に凍らせることしかできない。
私は、魔物の血を目的としていたためにそれだと使い物にならないのだ。
しかし、今のこの状況はどうだ。
これほどの良い機会はないだろう。
まさに、この時のためにこの大規模魔法はあったと言っても過言ではない。
私は込められるだけの魔力を魔法陣に込める。
ちょうど私の全魔力の半分程度だ。これ以上込めると魔法が暴発する。
そして、私は手を湖にかざす。
「【永久凍結!!】」
私を中心として、巨大な魔法陣が展開される。
それと同時に、みるみる湖の水が凍り付いていく。
そして数秒も満たないうちに、私の周りは見渡す限りの白い世界となってしまった。
別に凍らせるのは湖だけでよかったんだけど...。
見れば湖だけでなく、私の歩いてきた花畑もしっかり氷漬けにされている。
湖も水面だけでなく、かなり深くまで凍り付いているようだ。
そして魔法の影響は崖にも及んでいるようだ。
つまり、湖は崖側までしっかり凍り付いているということだ。これなら湖を泳がずとも、悠々と歩いて湖を渡ることができる。
目的通りである。
ある...のだが..。
少しやりすぎた...。
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二日後に人間の国に行くことに決まった私は、家族にそのことを話し終わったところだ。
理由は言わなかった。
集落に吸血鬼が来たことは、私と村長とサビ様以外には秘密なのだ。
ちょうど危険な旅から帰ってきたところなのに、今度は人間の国である。亜人が許容されている国とはいえ、あくまで国としては...というだけである。人間たちの認識は変わらない。
当然止められるだろうと思っていたのだが、妻は心配こそしていたものの理由を聞いてくることもなく、それ以上は何も言わなかった。
ヴォンは自分も連れていけなどと言い出したのでもちろん止めた。
向こうでは、人間たちに亜人であることはなるべく隠したい。そういうことも考えると、ヴォンを止めたのは正解だろう。
ウバラ様の葬式も一段落し、集落はちょうど祭りのような状態になっている。
この集落では、誰かが亡くなった際は、なるべく楽しく明るく過ごすのが決まりなのである。
そのため、集落の長老が亡くなったというのにも関わらず、このようにお祭り騒ぎをしているのである。
ウバラ様の体は、木で作った棺桶に入れられそのうえから藁が積み上げられている。
そしてウバラ様を中心として、周囲に火が掲げられている。
まるで何かを祭っているような状態だが、それも無理はない。
何しろ、この集落の狼人は皆生まれたときから、ウバラ様を知っているのだ。
そしてそのほとんどはウバラ様に恩がある。
みんな悲しいはずではあるが、それを塗りつぶすような笑い声...。
この集落の葬式らしい光景であり、私はこれが好きだ。
そうして遠くからその様子を眺めていると、向こうから誰かが走ってくる。
ウェンである。
「聞いたぞ。今度は人間の国に行くんだって?」
そのことを知っているのは、家族と、村長やサビ様、またその周辺の狼人だけであるはずなのだが...いったいどこからその情報を得てくるのやら...。
「お前が朝早くに集落に戻ってきたということを聞いて驚いたよ。いくら何でも早すぎたからな。」
そうウェンが言うのも当然である。
普段であれば、魔草を10本集めるのにも5日はかかるのだ。なのに、その二倍の数をたったの2日でとってきたのだ。
理由は知っての通りなのだが、やはり早すぎるだろう。
「お前とすぐ顔を合わせようと思ったんだが、今度はウバラ様が亡くなったなんて言い出すんだぞ?」
すでに私とヴォンが戻ってから数時間たっている。
帰ってきたときは、まだ日も完全に昇っていなかったのだが今はすでに正午を回っている。
「いろいろこっちも忙しくてな...。」
人間の国に行くとなれば、いろいろと準備が必要となる。
もちろん私の準備もあるが、多くは吸血鬼様の準備である。
日中も平気なようにするために、彼女にはローブを着てもらうことにした。それも日をほとんど通さない、魔物の皮を使ったものである。
他にも、吸血鬼の血の問題など準備することはたくさんある。
「お前が帰ってきてからどうも村長やサビ様の様子がおかしい。」
ウェンがふとそんなことを言い出す。
「もちろんウバラ様が亡くなられたこともあるんだが...どうもおかしいことだらけなんだ。」
そうウェンは言うと、懐から一本の花を取り出す。
「この花を見てみろ。光っているように見えないか?」
ウェンがそう言うので花をよく見てみる。
その花は気のせいか若干光っているように見える。
「そうだな...確かに光ってるような気がするな...。」
「気のせいじゃないぞ。この花は魔力を纏っている。魔草ほどではないが、それでも普通の花ではあり得ない量の魔力だ。」
そう、もちろん気づいていなかったわけではない。
狼人は、成長につれて魔力の流れを感じることができるようになる。
別に意識をしなくてもこの程度なら十分に感じ取れるのだ。
これは、おそらく彼女の影響だろう。
本人は魔力を抑えているつもりだろうが、それでも通常の魔物よりもかなり多くの魔力を放出しているのだ。
決して彼女が魔力を抑えるのが下手ということではないだろう。
森で感じた魔力の暴風...。
あれだけの魔力を常時抑えつけているのだとすれば、大したものだ。
到底私やウェンには真似はできないだろう...。
このように、吸血鬼様の存在は決して隠せるものではない。
集落の狼人ならば、大人はほとんど集落に流れる異常な魔力に気づいていることだろう。
「なあ、何か隠してることがあるんだろう?そんなにヤバいことなのか?」
ヤバいこと....と言えば間違いではない。
彼女がやろうと思えば、こんな集落など一瞬で消し飛ばされてもおかしくはない。
このことが集落に知れ渡れば、大きなパニックが起こることだろう。
「村長とサビ様は知ってるんだろうが、お前がそれだけ隠そうとすることだ。ほかの奴らには言わないから、俺だけには言ってくれないか?」
そうウェンは言う。
村長とサビ様からは、決して誰にも言わないように言われている。
ここでウェンに言うべきではもちろんないのだろうが....私は返答に迷う...。
ウェンは小さいころからの付き合いであり、彼だけには家族にも言えないことも共有している仲だ。
そんな彼に隠し事をするなど...。
彼が言わないと言うのならば言わないだろう。それだけの信頼を私はウェンに寄せている。
そうして私は、これまでのことについてすべてウェンに話すことに決めた。
森の様子の異常さ....
人間に遭遇し危機に陥ったこと....
それを吸血鬼に救われたこと....
そしてその吸血鬼は集落に来ており、二日後に彼女とともに人間の国に行くことをすべてウェンに打ち明けた。
すべてを聞き終わったウェンは、納得したように頷くと、しばらく間をおいて尋ねた。
「それで...その吸血鬼は今もこの集落の中にいるのか?今は魔力の流れをさほど感じないんだが...。」
「今は集落の中にはいない...。集落の者たちに感づかれないためにな。」
そう、彼女は今この集落内にはいない。
それもおそらくはかなり遠くに行っている可能性が高い。
というのも、あれだけ常時感じていた魔力の流れを今は一切感じることができないからだ。
「そうか...。
それならいいんだが...大丈夫なのか?その吸血鬼と行動を共にするってのは...。
例えば...お前の血を吸いつくされたりとかはしないのか?」
ウェンが言っているのは、人間の国では、彼女は血を摂取することができないということだろう。
今までの行動から考えても、周りの人間の血を吸うということはしないだろうが...曲がりなりにも、彼女は吸血鬼である。
吸血鬼は常に血を求めており、彼女がもし、我慢をできなくなれば、必然的に標的となるのは私だろう。
「何なら、俺が代わりになってもいいんだぞ?俺は集落の男の中でも体は強い方だ。」
そういうウェンの言葉は正しいだろう。
私自身、ウェンに比べれば力は大したことはないし、集落の中でも中の下といったところだろう。
ウェンならば少しばかり血を吸われても大丈夫だろうが、問題は彼女が私たち狼人に対して、少し血を吸うだけで済ませてくれるのか...ということである。
用が無くなれば、血をすべて吸われるということにもなるかもしれない。彼女は私たちがどうなろうと知ったことではないのだろう。
私は自分のためにウェンが殺されたなどということにはしたくない。
「そうか....余計なお世話だな...。」
ウェンは理解したようにそう話す。
「お前は昔からそういう奴だからな...。」
そうして私とウェンは、その日はお互い一日中、語らいあったのであった...。




