巨大な崖
一体何を考えているのやら...。
私はヴェルドと向き合いながら思う。
普通に考えれば、私みたいな危険生物からはすぐにでも離れたいと思うはずなのだが...。
そもそも私がここに来た経緯は、半ば脅し気味だったはずだ。
いや、向こうは私が自分たちをただの獲物としてみていたと考えていたみたいだから本当にただ脅しただけである。
そう...。
これらのこともあって、このヴェルドの発言は到底あり得ないことなのである。
「どういうつもりですか?」
私がそう言うと、ヴェルドは若干顔を下げる。
「やはり迷惑ですか?」
そういうことじゃない!
こっちはただ理由が聞きたいだけなのだが...。
そうしてしばらく黙っていると、ヴェルドが口を開く。
「私はセリオン王国に何度か行ったことがあります。私と一緒に入れば、吸血鬼様も私と同じ亜人と思われて怪しまれることもないでしょう。」
なるほど...。
確かに、私一人で行くよりも利点が大きい気がする。
一度行ったことがあるヴェルドがいるのといないのとでは大きく状況が異なる。
国というからには、それなりの大きさがあることが予想される。
吸血鬼についての情報を集めるにしても、どこに何があるのかも私は分からないのだ。
それに私は人間から見れば、12、3歳程度の子供に見えるらしい。
吸血鬼は非常に長命で、あまり見た目が変わらないためだろうが人間からすれば、私が一人で歩いていたら目立つかもしれない。
まあ...こういった感じで悪いことはない。
でも今聞いているのはそれじゃない!
「もうあなたが私に対して何かする義理はないはずですが...?」
一番気になっていることを分かりやすく聞いてみる。
「.....。」
ヴェルドはしばらく黙っていた。
「確かに吸血鬼様が私たちに要求したものは情報。すでにウバラ様がそれに関しては解決してくださいました....しかし!理由はどうであれ、私とヴォンは吸血鬼様に助けられました。私も何かお役に立ちたいのです!」
ヴェルドはそう力強く言い切ると、再び私を見つめる。
聞きたかった理由も聞けて、特に悪いこともないので断る理由もない。
ウバラの件で狼人がどういう考え方を持っているのかは把握していたので、予想通りといえばそうなのだが....やはり私にはとても理解できない。
狼人が皆そういった同じような考えを持っているように、吸血鬼という種族自体が私のような考え方なのかもしれない。
まあ魔物にもいろいろあるように、種族での違いがあってもおかしくはない。
そうして、私は二日後にヴェルドとともに集落を出発することに決めたのだった。
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私は、今集落を少し出たところに広がる花畑を歩いている。
空から飛んでみたときは、草原以外には何も広がっていないつまらない場所だと思っていたのだが、意外とそうでもないようである。
空高くから見ていては気づかない...そんなものもあるのだろう...たぶん。
そして花畑の近くには川が通じており、その川に沿って私は歩いている。
ちなみに今は日中なのだが、何の問題もなく私が歩けているのには理由がある。
そもそも、なぜ私が集落をしばらく出ることになったのか...。
ウバラの葬式が集落全体で行われているため...ということもあるのだが、一番の問題は私の常時放出している魔力である。
大人の狼人には魔力を感知できる機能が備わっているのだが...私の存在は現在、村長、サビ、ヴェルド、ヴォンを除いた集落の住民には秘密にされている。
詳しい理由は聞いていないが吸血鬼が集落内に入り込んでいるなんてことがあれば、間違いなく集落はパニックになるだろう。
そのため、私はセリオン王国へ行く二日後まで集落の外で待っていることになったのだ。
私としても、狭い家の中でじっとしているよりかはずっとましなので普通に了解した。
とはいえ、私は日に弱いという重大な問題を抱えている。
なので私は今、サビからもらった黒いローブをドレスの上から身に着けている。
どうやらこのローブは日をほとんど通さない素材で出来ているようなので、頭までかぶっていれば私でも昼間外を歩けるのだ。
おまけに翼も隠せるため、これを着てセリオン王国に行くつもりだ。
そもそもおかしいのだ...。
私の初めから着ていたドレスはなぜか背中の翼が出るようになっているのだ。
つまり、うまいこと翼の根本の大きさに合わせて穴が開いている。
このドレスは魔物の攻撃で破れても、すぐに元通りになるということもあるので大して驚くことでもないのだが...このせいで今まで弱点が日ざらしになっていたと考えると...。
ともかく、私は一番の問題の解決に至ることに成功したのだった。
私の目の先には、巨大な壁が立ちはだかっている。
そう、壁である。
壁と呼ぶのに何の疑いもないほど巨大な崖が、私の目の前には広がっているのである。
その崖は、地上からでは途切れ目が一切見えず、また左右にも果てしなく広がっている。
ところどころ壁面にはでっぱりがあり、大きいものでは、ちょうど狼人の集落がすっぽり入るほどの大きさがある。
そうして今、私はその崖の下に広がる花畑にいるというわけなのだが...。
その崖は、まるで何かこちらの世界とあちらの世界を隔てる壁のようにも思える。
あれほど何もなかったこの平原には、こんなに巨大な崖があったのだ。
見れば、この周辺の土地はかなり高低差があり、山のようなものもたくさん見える。
どうやら集落を境とするように、平原地帯と山岳地帯が分かれているようだ。
しばらく歩いていると、花に交じってちらほら木が生えている。
わずかではあるが、それは魔力を帯びていた。
木だけではない...。
その周囲の花や草もわずかな魔力を帯びており、それは崖の方へ向かうにつれて強くなっている。
私は初め、森でのこともあり何か強力な魔力を持った魔物がいるのかと考えていた。
しかし、そう考えるには少々難しいのだ。というのも、単体の強力な魔物が存在している場合は、その魔物を中心として放射状に魔力が放出されるのだ。よってその魔力の影響を受けるものも、放射状に広がっていくはずなのだが....。
見たところ、それらはどこか一点を中心として放射状...というよりはどうも崖の方向全体から魔力の影響が広がっているのだ。
やはり何か崖に何かあるのかもしれない。
人間の国へと出発するのは二日後...。
幸いまだ十分に時間はある。
私はこうして、崖の方へと言ってみることにしたのだった。
崖はなお高く私の目の前に広がっており、見る限り...それほど遠くにあるようには見えなかったのだが。
あの崖は思った以上に遠くの方にあるのだ。
歩いても歩いても一向に近づく気配が無い...。
飛んでいけばすぐにつくだろうがそういうわけにもいかない。
何しろ今は昼間。
そして私は日の光を避けるためローブで全身を覆っている。
もちろん翼も隠れているので、思うように翼を動かせない。
羽ばたいて空を飛ぶなどできる気がしない...まあ試してはいないのだが...。
無理に空を飛ぼうとして、ローブが破れでもしたら大変である。
私は二度と日光に焼かれる思いはしたくないのだ。
そういうわけで、私は地道に歩いていくしかないのである。
しかし、その考えもすぐに打ち砕かれることになる。
私の前方に広がるのは巨大な湖である...。
その湖は、ちょうどこちらと崖を隔てるかのように広々と横たわっている。
空を飛べないものがこういった湖に対峙する。
どうしてもそれを渡りたい...そういったときは普通であれば、泳ぐなどといった向こう側へ行く方法がある。
しかし私はその方法は絶対にしたくない。
そんなことをすれば、必然的に口に水を含んでしまうことになる。
別に水が汚いというわけでもない。むしろ、すすんで飲みたいと思うほど透き通ったものだ。
しかし私はそういうわけにもいかない。
吸血鬼であるためであるのか、私は水を飲めない。
とても飲めたものではないのだ。
洞窟から出て、森で最初に口にしたあの池の水のことは忘れられない。
私には、この透き通った水が毒か何かでしかないのだ。
要は泳いで向こう側に行くことは不可能なのだ。
ではどうやって向こう側に行けばよいのか....。
こちらと崖側は完全に湖に隔てられており、見た限り道もない。
他に方法はいくつかある気もするが、私はある方法を思いついた。
道が無ければ、作ればよいのだ。




