儚い命
家の中に入ると、一人の小柄な狼人がウバラに駆け寄ってくる。
「ウバラ様!一人で歩くなど...無理をされてはいけません。」
その狼人は、ウバラの肩を支えながら、奥にある椅子へと座らせる。
そして私の存在に気づくと...。
「この方は?」
「ヴェルドとヴォンを助けてくれ..た方です。どうやら聞..きたいことがあるようです..ので。」
そうウバラが言うと、その狼人は、私の背中の翼に気づいて。
「まさか...吸血鬼...?どうしてこんなところに...。」
そんなことを言う。
何か私がここにいるとおかしいことでもあるのだろうか?
そしてウバラはこちらを向き直ると、しばらく目を閉じ...少しの間の後。
「どこか..ら話し始めましょう..か...。」
私が狼人のウバラと話し始めて一時間ほどが経つ。
見て分かる通り、このウバラという者はかなりの高齢でかつ物知りである。
話は人間という生き物についてから始まり、亜人との関係性、そしてこの周辺の土地と、ここから最も近くに位置している人間の国についても大まかに知ることができた。
話をまとめると、まずヴォンから聞いた通り人間と亜人の関係性は悪い。実際、亜人の存在を許容している国はここより最も近いセリオン王国というところだけらしい。
ここまで人間と亜人で亀裂が生じている理由は、人間にとっての亜人の認識が問題らしい。人間にとって、亜人はものと変わらないものとして扱われ、力が人間よりも強いというために奴隷として利用されてきたらしい。
当然亜人は人間を敵視し、それにこたえるように人間も亜人を敵視し始める。
そういった構図が生まれているのである。
私は単純に人間が亜人を奴隷にするのをやめればいいじゃないか、と思ったのがそう簡単な問題でもないのだろう。
また、この集落の位置している平原、私が住処としている森、あともう一つ砂漠を、アルジオ平原、ピロー大森林、スーモ砂漠と言い、合わせてアルステン地域というらしい。
覚えるのが大変そうである。
アルジオ平原..ピロー大森林....。
とまあ正直名前はどうでもいい。
最後に、私の種族である吸血鬼についても聞いてみた。
ウバラ曰く、詳しくは分からないらしい。
実際に見たのは私が初めてらしく、姿を知っていたのも話で聞いたことがあるというためであった。
「だから..不思議な..のです。あなた様以..外に吸血鬼が現れ..たという話は聞いたことがあり..ません。」
だからどうして私がここにいるのか...ということなのだが、そんなことは私が知りたい。
こちとらどこから来たわけでもなく、初めからここにいるのだから。
最後に、ウバラがどうしてこんなことを聞くのか...ということを聞いてきたので、とりあえず記憶がないことだけを伝えた。
すべて話すと、とても長くなりそうだったからそうしたわけなのだが、それでなんとなく理解してくれたらしい。
これ以上は情報は得られなさそうだったので、私はウバラとの話を終える。
次行くとすれば...人間の国とかだろう。一番近くの国の場所は聞いてある。
ともかく見た目で吸血鬼とばれてしまうわけだから、まずはこの翼をどうにかしなくては...。
それ以前の問題にまずは日の光をどうにかしなければならないのだが。流石に夜にだけにしか出歩けないのは今後のことを考えると辛いものがある。
そうしてウバラに一礼をして、家を出ようとすると...。
「ウバラ様!?」
村長の声がした。
振り返ると、ウバラが椅子から崩れ落ちるように倒れている。
村長がすぐに駆け寄り、必死に呼びかけている。
「サビ様!どうかウバラ様を...。」
すると先ほどの小柄な狼人、サビが、ウバラの体を診始める。
さしずめ、集落の医者といったところだろう。
そうして絞り出すような声で言う。
「これは...私では打つ手がありません。本来ならウバラ様は体もろくに動かせず、話すこともままならないはずだったのに...。」
「では、どうして!?先ほどまではあんなに話していてもそんな様子はなかったではないですか!」
確かに...先ほどまでのウバラは、元気とは言わないまでもすぐに死んでしまうような状況ではなかった。
気のせいか、先ほどまでのウバラは最初に見たときよりも元気に見えたのは確かだが...。
すると、サビは私をちらりと見てこう言う。
「おそらく...その方の魔力に当てられたせいかと...。」
「え?」
「魔力は生命力の源です...。弱っている生物を元気にすることはできます...が..。」
そして、サビは涙を浮かべながら...。
「ウバラ様のように...寿命が近いにも関わらず、無理に強い魔力を当てられ続ければ...寿命を縮めることにもなってしまうのです...。」
魔力を与え続けて、延命をし続けることは無理というわけか...。
そして話を聞く限り、完全に私のせいである。
魔力はできる限り抑えているつもりではあるのだが、それでも高齢であるウバラには耐えがたいものであったようだ。
一時的に魔力量が増えて元気にはなったが、体が耐えられなかった...という感じか。
「そ...そんな...。」
村長バルトは地面に崩れ落ちる。
サビも覚悟を決めたようにウバラに寄り添っている。
ふと横を見ると、ヴェルドは、悲しそうではあるがどこか覚悟していたような目で倒れているウバラを見つめている。
そして私の方へ向いて...
「吸血鬼様。何とかウバラ様を助けることはできないのでしょうか?あの方を失うのは集落にとって、まだ早すぎます。」
今までのあのウバラという者...そして今のあの様子を見れば、いかにウバラが集落にとって重要な存在であるかは容易に想像できる。
しかし私はヴェルドに冷たい目を向ける。
私がこの集落を助ける義理など何もない。
しかしヴェルドは...。
「勝手な頼みであることは分かっています!集落の今後には吸血鬼様には関係ないことだって...。ですが!....我々狼人の今があるのは全てあの方のおかげなのです!どうか!!」
そうしてヴェルドは地面に頭をつけ、必死に頼んでくる。
できるかも分からないのにもかかわらず、またこの男は私にお願いをしてくる。
なぜ、他人のためにこうも必死になれるのか...。
一度目は子供のため...。
二度目はウバラと、集落の仲間のため...。
私にも仲間の蝙蝠たちやシロはいるが、そんな感情を持ったことはない。
理解できない気持ちもありながら、しかし私は...。
「少し羨ましいわね...。」
「え?」
どうしてそんな気持ちになったのかは分からない...。
ふとそんな気持ちが声に出てしまう。
しかし私の答えは決まっている。
「無理です。」
丁寧に、しかしきっぱりと私は言い切る。
ヴェルドはどこか分かっていたような顔をしている。
別にできないわけではない。
やろうと思えば、少し延命くらいはできるだろう。
私はヴェルドに顔を近づけて続ける。
そして優しくこう続けた。
「彼女はそれを望まないでしょう。」
そこには何の悔いも見られない。安らかな表情のウバラがそこにはいた。
ヴェルドはそれを見て、そしてそれ以上は何も言わなかった。
集落に朝がやってくる。
村長バルトとサビの口から、ウバラの死が伝えられる。
集落の者たちはそれぞれが、彼女への思いを語り涙する。
そして集落全体で、ウバラの葬式が行われた。
私はヴェルドの家から、それを見ていた。
たった一つの命が消えた。
それだけのことが、数十の者たちがそれを悲しんでいる。
そしてウバラという存在がいたことを、彼らは子孫へと繋いでいくのだろう。
私は孤独である。
蝙蝠たちはいるが、いわばそれは彼らのような繋がりがあるわけではない。
私がどこで死んでも、それを悲しむものは誰もいない...。
そして私の存在はすぐに忘れられるのだろう。
そう、私はずっと一人だったのだ。
あの暗い洞窟の中、どれだけの時間、私は一人でいたのだろうか...。
私はそんなことを考えている自分にうんざりしてため息をつく。
すると、同じく家の中にいたヴェルドが私に近づいてきて言う。
「吸血鬼様。人間の国に行かれるつもりですか?」
人間の国....。
ここから一番近いのは....セリオン王国だったか。
他に情報を集める当てもないので、ここに行くつもりでは確かにあったのだが...。
「あそこは、亜人が許容されているわずかな人間の国とはいえ、吸血鬼様が、もし吸血鬼であることがばれればただでは済まないでしょう。」
確かに...人の血を吸う吸血鬼が、人の国に入ったとなれば人間もただでいるとは思えない。
やはりばれないための何かが必要か...。
「もし、差支えなければ、私に協力させてください。」
え?
なんて?
そんなあり得ない提案を、ヴェルドはしてきたのだった。




