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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
人ならざる者
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狼人との出会い

 蝙蝠の思念をより強く感じる方へと飛んでいく。みるみるうちに景色は流れ、私の受け取った思念も大きくなっていくのが分かる。そして視線の先には、先ほど私が命令を出した蝙蝠の姿があった。

 その蝙蝠は、私の姿を見つけるや否や、何か私に対して反応を見せるでもなく、一直線にこちらへ向かって飛んできた。勢いよく私の体に突き刺さった蝙蝠は、そのまま私の体の中に沈んでいく。痛みは感じず、蝙蝠がめり込んだ跡は一切残らなかった。ただ、蝙蝠が入り込んでいった場所は、まるで黒い影が張り付いたように広がりそのまま何事もなかったかのようにその影は跡形もなく消えてしまった。



 もはや、私はこのことで驚くことはなかった。恐らくは見慣れてしまった光景なのだろうが……それでも何度見ても不思議だった。自分の体であるはずなのにもかかわらず、私にはそれが何か得体のしれない何かに見えていた。


 そんなことを思っていたところ――だんだんと私には周囲の様子が見えてきた。どうやら、蝙蝠が思念を私に飛ばしてきた理由はこれだろう。私が目線を自身の眼下に向けたところ、そこには数人の人影が見えた。どう見ても穏やかな様子ではない。


 その複数の人影のうち、五人は黒いマントを纏っていた。その姿を見て、私はピンときた。それは、紛れもなくその五人は私が数時間前に見かけたあの五人であったからだ。


 五人のうち二人は倒れ、二人は何かを押さえつけている様子だった。その何かは二人に比べて少し小柄なところを見ると……子供だろうか。そして、その中でも特に強い力を感じる――おそらくは彼ら五人のリーダーか何かであろうが、二人が押さえつけている何かの方へ視線を向けていた。その足元に倒れているもう一人の人影には一切の興味を示していない。

 そして少し驚きだったのは、その倒れている人影の姿形を見たところ――顔が狼であった。さらに黒いマントを纏った二人に押さえつけられている子供の顔も、やはり狼のものであった。



 この状況を見る限り……優位に立っているのは明らかに黒いマントの五人の方だろう。そして敵対しているのは狼の顔をしたあの二人だろうが、一人は地面にすでに伏している。動く気配が無いことからも既に戦う力はないと思われる。このままの状況が続くのであれば……あの黒いマントの五人にとっては良いことが……地面に伏した一人は死ぬだろう。


 彼らに対して、私にそれ以上の興味は湧くことはなかった。関係ない……というのが一番だが、そもそも助ける理由がなかった。それほど今の私に余裕があるわけでもない。すでに日が落ちてからそれなりの時間が経過している。

 ……また今朝のような羽目にはなりたくなかった。



 しかし――



 私はちょうど情報を得るために、知性があり会話のできる生き物との接触を図りたいところであった。あの五人に関しては先ほどの私も思った通り、とても穏やかな会話が出来るような相手ではない。少なくとも、あの雰囲気から感じられるのは、周囲への明確な警戒と敵意……。


 それに対して、あの狼の顔をした二人からはそのようなものは感じられない。状況も状況であるが……少なくとも、あの五人よりかは可能性がある。もしかすると、会話が出来るような知性はなく、魔物に近しい存在である可能性もあるが……いや、あの二人の様子を見る限りはその可能性は低いだろう。でなければ、あのような反応を見せたりはしない。そこには、魔物と似たような存在……と考えるには少し無理がある、二人の関係性が見えた。


 そこで私はこれ以上深く考えることをやめた。これ以上考えていても(らち)が明かない。実際に接触してみれば分かる話だ。そのためには、まず――


「……話の通じなさそうな方は邪魔ね……」


 誰に言ったわけでもなく……自然に私の口からはそんな言葉が漏れた。子供を押さえつけている二人のうち、一人に私は目線を移した。私の意思を理解したのか、口に出して命令をする前に私の体の一部が再び、黒い影のようなもので覆われる。

 そこから現れたのは、数十の蝙蝠。私の体の中に一度取り込まれ、出てくる気配のなかった蝙蝠たちが、いとも簡単に私の意思に従い現れた。

 一瞬驚きはしたが、私は既に一匹蝙蝠を出すことに成功をしていた。そして、再び体の中に戻すことも。まるで自分の体の一部のように、私の自由な意思で彼らを操ることが出来た。


 自分の体の異質さは既に嫌というほど理解している。しかし、それに対してそれ以上の感情を抱かないのは、やはりこの体が紛れもない自分のものであるからだろうか……。



 既に私の体から飛び出した蝙蝠たちは、あっという間に子供を押さえつけていた二人の体に群がり、その血を吸いつくしてしまった。私が実際に視線を向けた相手は一人のはずだったが……私が命令するよりも早く、彼らは私の意思を理解し、あの二人を殺したのだろう。

 既に見慣れた大量の蝙蝠が群がる様子を私は見つめながら、私は同じく黒いマントを身に纏い、地面に伏した二人の姿を見つけた。


「(……()()もいらないわね)」


 恐らくは彼らに伝わった――であろう言葉が自分の頭の中で浮かんだのを私は感じ……そして、最後に残った一人は見つめた。その男――恐らくはこの黒いマントを身に纏った五人のリーダーだろう、仲間を殺されたことにかなりの動揺を覚えたのもあるだろうが……それ以上に、私の姿を見て驚いたように目を見開いている。


「!!! ……蝙蝠……吸血鬼(ヴァンパイア)か!」


 それから、男の行動は一瞬だった。かなりの動揺を見せていたはずだが、それからわずかな時間で手に持った短剣を持ち直した。その動きには迷いはなく、明らかに獲物を狩る時の――敵意を感じた。私の姿とあの大量の蝙蝠の姿を見て、先程の二人はパニックに陥り、それから死ぬまでこちらへ攻撃を仕掛けようなどという動きは見えなかった。しかし、この男は違う。どうやら、他の四人と違うのは、その身に纏う力だけではないようだ。


 他の四人とは明らかに動きが違う。魔力自体は森の魔物とは比べるまでもないのだが、そこから繰り出される力と気迫には思わず関心してしまうほどだ。しかしそれ以上に何かこの男に思うこともなければ、警戒をする必要もない。あれで斬られようと刺されようと、この体には傷一つ残らない。いや、正確には傷は出来るがすぐに元通りになってしまうということだ。

 見ればしっかりとこちらの急所を狙って攻撃をしてきている。左胸辺りか……自分の中でもわずかに危機感を覚えたことからも、獲物を狩ることに慣れたあの男が迷いなくそこを狙ってきたということからも、そういうことなのだろう。相手の弱点を狙うということは紛れもない正解――しかし、もしも本当に私に対してそういった考えがあるのであれば、それは間違いだ。それならば私の背中に生える黒い翼を狙うべきだろう。


 私は特にその短剣を避けようともせず、真正面からそれを受けた。当然、短剣は私の胸の中へまっすぐと吸い込まれて行く――



 しかし、それが私に届くことはなかった。



 私がダメージを受けることはなかった。それは当然の事であり、予想をしていた範囲の出来事だ。しかし予想外だったのはそこから――

 男の短剣を持つ手はまるで何か壁にでも阻まれたように、私の胸の目の前で止まっていた。壁――それは少し違う……短剣を止めていたのは私の体から飛び出した黒い何か――大量の蝙蝠であった。私の中から現れた大量の蝙蝠は、まるで主人を守る強固な鎧の如く、いまだその刀身に赤い輝きを灯す男の短剣を止めていた。


 何も命令はしていないはずだった。そうでなければ、こうして私の頭が想定外の事に混乱することもない。しかし、現実は勝手にこの蝙蝠たちが私の中から現れ、そして迫る短剣を止めたということだった。

 それほどまでに警戒すべきことであったということか……? 私の中では自分を傷つけるはずはないと考えていた男の攻撃に、彼らはその身をもって主人の体を守ったのだから。

 私の中での認識に新たな情報が加えられた。もしかすると、弱点は翼だけではないのかもしれない……ということを――


 そんなことを考えていると、ふと男の悲痛な叫びが聞こえた。見れば、男の伸ばした短剣を持つ腕から伝って、大量の蝙蝠たちが男の体を貪っていた。少し驚かされた相手でもあったため、もう少し相手にしていたかった気もあったが、それを無数の蝙蝠が許すことはなかった。しばらくの間、静かな暗闇に響く叫びをあげながら、男は地面をのたうち回り……そして、やがて動かなくなった。

 思った以上のあっけなさにわずかな失望を覚えながら、当初の目的であった二人のうち一人――子供の方がどうなったか確認しようと視線を移すと……そこにはまるで待っていたかのようにあの子供が私の目の前に立っていた。その目には、恐怖……と言うよりかは、何か凄いものでも見たかのような……そんなものが浮かんでいた。


「あ……ありがとう! お姉ちゃん!」


「……?」


 一瞬、それが誰に対して放たれたものなのか、私には理解が出来なかった。しかし、その子供がこちらを真っすぐと見つめていたこと……そして、周りに他に誰もいないということが、自然とそれが誰に向けられて言われた言葉なのかを私に理解させた。



 思えば、今までの私の行動が周りにどう見えたのか……それを改めて思い返してみると、納得できないことでもなかった。この子供には、私が自分たちを助けにやって来た救世主にでも見えているのかもしれない。まだ小さいのだからそう考えても仕方ないだろう。


 考えてみれば、周りの事ばかり気にしていたせいか、私は自分のことがどう見えているのかをじっくりと考えたことはなかった。考えてみればそうなってもおかしくはないのかもしれない。

それにしてもお姉ちゃんとは……。想像もしていなかった言葉に一瞬誰のことを言っているのか理解が追い付かなかった。


 とにかく、この子供に関しては私がただ助けに来てくれた存在として認識しているようなので問題はない。問題はもう一人の方だろう……


「どうか、その子だけは見逃してほしい!! それが叶うなら……私はどうしてくれてもかまわない!」


 その表情は鬼気迫るもので、なんとしてでも私からこの子供を守りたいという気持ちが伝わってくる。そこまでするほどの関係性なのか――私にはどうも理解が出来なかった。

ただ、もしも私がこの子供を殺すつもりであったとしたならば、この提案は迷わず断るだろう。それは私にとってこの相手が子供を生かしてでも殺したい相手であっても同じことだ。

――既に虫の息に対してそのような交渉は成立しない。


 大きく腹を切り裂かれたこの男はすぐにでも手当をしなければ死ぬだろう。私にこの男を助ける手段はない。助けることが出来ないならば仕方がない……生きているうちになるべく多くの情報を得られるように行動するだけだ。しかし……死にかけの相手からではろくな情報が得られるとは思えない。


「その代わり……? 今のあなたに一体何ができるの……?」


 ろくに策はないが、思わず飛び出した言葉がそれだった。そもそもこの相手からでは、私が望むような結果は得られないということがちょうど今、結論として出たばかりだ。何を言ったところで結果が変わるわけでもない。

 しかし、妙に狼の頭をしたこの相手に私は興味を抱いていた。それは、彼の表情――死ぬ直前の者の顔とは思えない。死にかけた……とは到底言えるものとは思わないが、少し前に私はそんな経験をした。

 背中に走る激痛……焼けるような皮膚の感覚……。そのどれもが私の頭の中を乱し、死に物狂いでも生にしがみついた。しかし……この迷いの見えない表情は一体なんなのか……。


 私の目は自然に彼の顔を見つめ、それに呼応するように私の体は目線を合わせるようにしゃがみ込んでいた。迷いのない表情は私の言葉にわずかに歪み、明らかに動揺を見せた。それを見て、私はわずかに彼への興味を失った。


「なん……でも――私ができることならなんでも――ですから……お願い……します……」


 思わずため息が出そうになる。いや、実際にはそんなことは思っていない。そもそも、この一匹……いや一人に対して私が興味を抱くことなど本来ならばあるはずがない。

 死ぬ前の者が浮かべるものとは思えない表情? そんなものはどうでもいい。私が求めているものはただの情報。それ以上でもそれ以下でもなく、私はただ自分とその周りの事を知りたいだけ……。決してこんなことを考える余裕も、いや考えること自体理解ができない。

ただ、この瞬間……私は確かに自身の中に潜む黒い何かに凍り付くような感覚を覚えた。


 私の口元に笑みが浮かんだ。顔に張り付いた何かがその形を変え、実際の私には表情などなく無表情だった。しかし、浮かべた笑みとともに私の体は確かな答えを知っているようだった。


 『この男に――手をかざす――』


 唯一私の頭に浮かんだのはそれだった。勿論その理由など分からない。そうすることによって、この先どのような結果が待ち受けているかなど想像もつかない。しかし、私の体は確かにその答えを知っており、私もそれに従うだけだった……


 何も感じなかった――

 焼けるような肌の痛みも……体の中を何かが蠢くような違和感も……何一つ感じることなく、私はただ跪いたこの男に手をかざすだけだった。しかし、確かな変化がその男には現れた。


 体を鋭く刻まれた深い傷はみるみるうちに癒え、青ざめた狼の顔が血の通った色へと戻っていく。目の前で起こる異様な光景に驚きながらも、私はそれを表に出すことはなかった。

 自身の傷が癒えたことに信じられない様子で男は自身の体をペタペタと触りながら確認をしている。男の傷は癒えた……本来あり得なかった状況に私の頭は少しの間混乱していたが、再び正常な思考に戻った。そして口から出た言葉は、先ほどまでとは違う……私自身の言葉だ。


「それで……なんでも、してくれるんですね?」


 男は先ほどまでの私に何か違和感を感じたのか、不思議そうな顔を私に向ける。先ほどよりも優しく、また丁寧に……。それを意識して私は続けた。


「それなら……あなたのお仲間のところへ案内してくれますか?」


 すると、男の表情は驚くほどの変化を見せた。自分の命が失われることに対しては全く迷いを見せなかったのにもかかわらず、この男は何か恐ろしいものでも見たように顔を青ざめさせた。迷いのない男の表情に興味を抱いていた私は、そんな男の表情の変化に興味を失った――などということは決してなく、むしろ不思議でたまらなかった。

 私の存在を自分たちに害を与えうる存在として認識しているこの男からして、今の私の発言はこの男の仲間に対して害を与えうる存在となるということ。それに対してこの男はこの表情の変化を見せた――

 それはよく理解している。しかし、それが分からない……


「集落の他の者には……どうか何も……」


 男の言葉そんな言葉に確信した。確かにこの男は自分の仲間に害が及ぶことを忌避している。同族であろう、あの子供にも害が及ぶことを何とか避けようとしていたのも、やはり仲間に害が及ぶことを避けるためなのだろう。

 自分たちの仲間全体に害が及ぶことを考えるならば、自分一人の犠牲で抑えようとしているということか? 子供を守ろうとしたのも、自分よりも未来の可能性がある者を生かそうとしたということか……。だとするならば、確かな利益がある話で納得が出来なくもない。それでも自分の命よりも大切なものがあるというのは理解できないが……ひょっとすると、この狼の頭をした種族に共通する特徴なのかもしれない。


 ともかく、この男にとって仲間というのがどれほど重要であるかということは明白となった。ならば――


「……私はあなたの仲間に手を出さないとは言ったつもりはなかったのですが……」


なるべく冷たく、かつ言葉の調子は崩さないようにそう伝える。少なくとも男が私に逆らうことはないだろう。これでこの男の仲間のもとへ行き、情報を得ることが出来る可能性が出来た。情報を集めるのならば、相手は多い方がいい。それが終わったら……彼らをどうするかは蝙蝠たちに任せることにしよう。

 生かすも殺すも自由に……


 男は後ろ姿からも分かるほどに暗い雰囲気を醸し出していた。その顔に感情はない。それに対して、表の私は何も感じることはない。ただ、自身の目的が叶う可能性が現れたことに若干の喜びを感じている程度だ。

 対して、裏の私は興味深々だった。自分の理解しえない……自分とは違う存在に対して冷酷なほどの興味を持っていた。そこには優しさなど欠片もない。その理由を理解できるというのであれば、どんなことでもするだろう。


 ひょっとすると、これは以前の……記憶を失う前の私であればそんなことを考えていたのかもしれない。知らないことを知りたい、と思うのは今の私もそれほど大きくは変わらない。

 そもそも私に目覚める前があったのかなど分からないのだが……









 私は確実に集落への歩を進めている……それは実際には()()()()()と言えたようなものではない。勝手に足が前に進んで行っているといった方が正しく、私の今の足に明確な意思はない。


 私のすぐ後ろには息子であるヴォン……そして、黒い翼を持った少女がいる。少女の小さな体には似合わないその巨大な黒い翼は、ただ翼を持った魔物以上に彼女の異様さを物語っているだろう。


 一体どうしたらよいのだろう……

 少女が何を考えているのかは分からない。集落の仲間を全員喰らうつもりなのか、はたまた利用するだけ利用をするつもりなのか。それは私の頭では到底及ばないことだろう。

 しかし、少なくとも今わかっていることが一つある。



あの少女には逆らえない――



 本来ならば感情が宿るはずの言動の一つ一つに対して私には一切の彼女の考えを読み取ることが出来ない。見せる表情が多彩であっても、そこに感情が宿ることはない。まるで無表情の顔に表情を張り付けただけのようだ……

 そして、彼女のあの全てを見透かすような赤い瞳に見つめられると、私の抵抗など何の意味も成さないということを実感する。


 私にできることは……せめてヴォンだけでも……



 何も知らないヴォンは、少女が自分を助けに来たものと思っており、少女に集落のこと、そして森であったことなど、一方的に話し続けている。それはまるで弟が少し上の姉に対して話すような軽いもので、私はそれを見るたびに冷や冷やしていたのだが、少女は何をするわけでもなく、ヴォンに笑いかけている。

 本当にヴォンを殺すつもりはないらしい。とはいっても、今のところだけだろう。いつ彼女の気が変わるか分からないし、後々殺すつもりでいるのかもしれない。しかし、集落まではひとまず安心することができる。これならば、集落で彼女の目を盗んでヴォンを逃がすことができるかもしれない。

 果たしてそんなことが本当に可能なのかなど分かったものではないが……



 そして、今までの人生でこれ以上はないだろう……必死に頭を回していた私はふと周囲の景色に意識が向いた。

 そこにはいつもと変わらない風景が広がっていた。延々と薄い緑色をした短い草が生えた草原が広がり、その上にぽっかりと浮かんだ月。それは今やほとんど沈み、空は若干明るくなり始めている。そんな景色が、今の私には最後の光景になるのではないか……そんなことすら考えてしまっていた。


 すっかり自分の中に意識を向けてしまっていた私を現実に引き戻すかのように、少女の声が私の耳に入った。


「……急いでくれますか?」


 やはり感情が読み取れるほどの起伏はない。しかし、わずかに焦っているような……苛立っているような……そんな感情が読みとれたのは気のせいか……

 そこで、私はある言葉を思い出した。それは私に致命傷を負わせ、最後にはあの少女に無残に殺されることになってしまったあの人間の言っていた言葉だ。


『!!!……蝙蝠……吸血鬼(ヴァンパイア)か!」


 あの男は少女にいとも簡単に殺されてしまいはしたものの、恐らくはかなりの力を持った人間だったのだろう。それは、他の四人と比べれば一目瞭然であった。しかし、竜の前に虫が立ったところで力の差は歴然だ。それは、いくら虫同士の間で力の差があろうとも変わりはない。それほどまでにあの少女の力は強大なものなのだろう。


 そして、そんな強大な力を持つ存在として挙げられる一つとして吸血鬼(ヴァンパイア)が存在する。そしておそらくは、あの少女は吸血鬼(ヴァンパイア)の中ではかなり強い部類に属するのだろう。当然確信はないが、そう思いたい……。あんな化け物がゴロゴロいてはたまったものではない。


 そしてあの少女が吸血鬼(ヴァンパイア)だとするのならば、先ほどの彼女の言葉の意味が理解できる。

 吸血鬼(ヴァンパイア)は日の光に弱いのだ。本当にそんなことで彼女が焦りを見せたとは思えないが、少なくとも吸血鬼(ヴァンパイア)が日の光に弱いことは確実だ。このまま日が昇るまでうまく回り道をして……とも考えたが、私がそれを実行に移すことはなかった。そんなことをすれば彼女はすぐに気づくだろうし、そのまま私と一緒にヴォンも殺されてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。


「もうすぐ集落に着きます。日が昇るまでには着くでしょう」


 思わず震える声を必死に抑えて、私は冷静を装う。それに対して、少女はしばらくの間の後、依然とした落ち着いた調子で言った。


「そうですか……」


 心なしか少女がほっとしている気もしたのだが……そんなものは気のせいだろう。


そして私の目に……何も変わらない、そして何も知る由もない、普段通りの集落の姿が映った。


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