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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
砂漠に巣くう姫
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奥底の封印

「痛った~」

 無言で前を歩くセルベスの後ろ姿にはいつもの彼を感じられない。あまりに蓄積しすぎた怒りが、彼に完全なる無を体現させていた。

「ニーナもナンもなんか言ってやってよ! セルベスのやつ! 拳ならともかく、剣の柄で殴ってきたんだよ!?」

 頭に携えた膨らみを押さえながらアスベルは後ろ姿だけのセルベスに非難を浴びせた。かと思うと二人の援護を求め、胸の前で手を組み、涙目で懇願した。

「ごめん……アスベルちゃん」

「……同じく」

「二人とも!? なんでよ~!」

 やがて洞窟の空気は変化する。何の変哲もない苔交じりの岩肌は幻想的な青の壁へと変貌を遂げる。わざとらしいアスベルの態度に辟易としていたセルベスは息をのみ、アスベルは爛々と目を輝かせ始めた。

「なるほど、見たことはあるが……魔鉱石がこんなにあるとはな。俺には魔力がわからないが……」

「アスベルちゃん……目が怖いよ」

 ナンの問いかけにも応じず、アスベルは周囲で仄かな光を湛える不思議な岩石に夢中になっていた。

「おっと……筋肉バカはナンだが、魔法バカもいるようだな」

 面倒くさそうにアスベルを視線の先に収めながらセルベスは言う。

「あたしはこんな状況でも平然としてるセルベスやナンのほうが不思議だよ。増えてきたとはいえ、まだまだ魔鉱石は貴重だからね」

 そうしてべたべたと岩肌を触り始めたアスベルをセルベスは冷ややかな目で見つめていた。彼女の奇行は今に始まったことではない。たとえアスベルが一面に散らばる魔鉱石をどうにか持ち帰るため、どのような手段を講じたとしてもセルベスは驚かない自信があった。

 四人はさらに洞窟深くを目指して歩を進める。途中、液状のスライムらしき魔物に遭遇したが、ミスリル級冒険者である彼らにとっては難い相手でもなかった。しかし、スライムにしては異様すぎる姿――透き通った体をぐるぐると動く眼球の姿は多少なりとも彼らに動揺を与えたといえる。

 洞窟内にはいくつもの岐路が存在し、それは横穴という形で周囲にいくらでも現れる。無数の分かれ道を四人は迷わずに進み続けていた。魔力に非常に敏感な感性を持っているアスベルが確かに強大な魔力を洞窟の奥から感じ取っていたためだった。それにしても天井にまで及ぶ横穴は到底まともな人間が踏破できるような道のりではなかった。

 はるか下まで続く穴を有した谷を越え、煮えたぎる溶岩の上を進んでいく。さらに濃くなる魔力の中、絶えず光輝に包まれる洞窟の青白さは頂点に達していたころ……ふとナンがニーナの様子に目を向けた。

「どうした……ニーナ」

「うん……大したことじゃないけど、ちょっと寒くて……」

 そう話すニーナは誰の目が見ても体を震わせていた。引き延ばされた時間の中で注意が散漫していた三人にはニーナの異変に気付くことができなかった。

「確かに少し気温が下がってきたように思える。ここまで深く潜れば日の光も届かないからな……どれくらい時間が経ったのかもわからない」

「俺たちは魔物との戦闘で動き回るからあまり感じなかったが……アスベル、お前はどうだ?」

「あぁ~気づかなかったな……確かにここ凍ってるし」

 ちょうどカーブを描く岩壁の隅でごそごそと何かを行っているアスベルを見て、セルベスは深いため息をつく。

「……お前はいつ魔鉱石でアクセサリーを作る趣味に目覚めたんだ?」

「数時間前かな……今から新しいのを作るつもり」

 こちらには目もむけずに話すアスベルの体には、まだ土のこびり付いた青白い岩石があちこちに括り付けられていた。大方、彼女の持つポーチが全部埋まってしまったためあのようなことをしているのだろうが……セルベスはこの場にはいない彼女の身内の姿を脳裏に浮かべ、乾いた笑いを漏らした。

「お前の弟……クレイブだったか? 俺たちの前に森の調査に行ったという金級冒険者パーティーの……」

「あれ? クレイブの話をしてくれるの? そう! 本当に可愛いんだから、あの子は……大好き!」

「お前らほど思いのすれ違った兄弟も珍しいだろうな。一体どうしたらお前のこれの弟がああなるんだ?」

 一度は興奮した様子だったアスベルの表情が冷気にさらされたように一瞬で冷え切ってしまう。セルベスはそんな彼女を見て、またか……と口だけを動かした。

「うん……あたしのせい。あたしが馬鹿だから……」

「お前が馬鹿なことは周知の事実だろう。今更明言する必要はない」

 セルベスの軽い調子の一言に場を満たしていた冷たい空気があっという間に四散した。アスベルの顔は平生の調子を取り戻した。おかしくも憎らしいその表情を見てセルベスは安心したように息を吐いた。

「ニーナ……寒いならこれを着ろ」

「これを着ろって……何でできてるの、これ……」

 ナンがポーチから取り出したのは金の毛皮と黒い骨でできたマントだった。金の毛の先は光を時折反射して煌めき、不気味な黒い頭骨はこの世の生物とは思えないほど異質な形状をしていた。魔法によって空間拡張されているとはいえ、使いもしないものを限られたスペースに入れているのだ。ナンにとっては大切なものに思えた。

「故郷の遺産だ」

「お前の故郷というと……」

「ああ、花の国……よく森で狩りをしては家族に服を作ってやったものだ」

 ナンの言葉に応えるようにセルベスは頷いていた。会話に参加してこそいないがアスベルも彼の事情は知っているようだった。この場で困惑をしているのはニーナだけだった。

「あの……ナンの故郷って……」

「あぁ、ニーナは最後に入ってきたから知らないのか。花の国はファルパ族と花の民によって作られた国のことだ。森深くにあったため知らない人間のほうが多いだろう。実際俺もナンに会うまでは知らなかったからな……ナンはファルパ族の生き残りってわけだ」

「生き残り……って?」

 ニーナが思わず口にした瞬間、セルベスとアスベルの表情が曇る。その時になってようやくニーナは自身の失言に気が付いた。兜の下に隠れたナンの表情は相変わらず見えない。

「悪魔によって滅ぼされた……あっという間だった。森は一瞬にして火に包まれ、逃げる隙も無かった……俺も自分がなぜ生き残ったのか分からない」

 場の雰囲気を和ませるようにアスベルがへらへらとした笑みを見せる。少なくとも三人にはそれが無理をしていることは明らかだった。やがてナンは少し落ち着いた様子で話し始めた。

「武の里と剣の里……森の先住民族であったファルパ族が武の里を、そしてかつて森の外からやってきた花の民によって剣の里が作られたと聞いている。俺の生まれたころにはすでに二つは花の国という巨大な一つの国を形成していた」

「花の民といえば刀身の反り返った剣を使うことで有名だね。確か……ダイヤモンド級冒険者の一人にそれらしき人物がいたはず……あの独特な衣装は間違いない!」

 アスベルの話によれば、当時、王都ヴァンテールにてダイヤモンド級冒険者が終結した際にその人物を見たという。その時は三人のダイヤモンド級冒険者が王都にやってきていた。もちろん彼らはそれですべてではないが、むしろ三人が集まっただけでも奇跡と呼べるものだった。

「あの賢者の弟子という魔法使い……あたしと年齢も変わらなそうだったのにダイヤモンド級冒険者だなんて……魔法使いとしての自信はあるつもりだったけど……」

「もう一人は聖砲使いだったな。一人だけ子供がいるのだから驚いた……あれではニーナやお前の弟よりも年下そうだったな」

「才能の格差に感服するほかないよ……」

 少し場の空気が和んだころ、洞窟内はいよいよ景色が変わり始めた。白の冷気が立ち込め、岩壁は冬の色を見せ始める。まるで体の芯まで凍り付いてしまいそうな空気に四人はだんだんと余裕がなくなってきていた。途中、アスベルが気分の不調を訴えた。その時ちょうど、完全に氷で閉ざされた道を四人は横切った。

 魔力の強まる方向へと進み続け、だんだんとアスベルの体調が悪くなっていくのに対して、なぜかニーナは見る見るうちに体調を回復していた。他三人が寒さを訴えるのにもかかわらず、ニーナだけはそれすらも大した問題ではないようだった。

「アスベルちゃん……大丈夫?」

「最悪の気分って感じ。多分魔力のせいだと思う。強すぎる魔力は体に毒だから……特に魔法使いはね」

「しかし……お前はずいぶんと元気だな」

「うん……なんか、すごい安心する……」

 ニーナがどこか夢心地な目をしている。このようなニーナを見るのはいつでもある時だけだった。それは彼女の信仰する――

「ついた……」

「ここが最深部……って見るからにやばそうなのがあるな。あれは……魔法陣か?」

「そうみたい……それに破られてるね」

 四人の前に出現したのはただただ巨大な魔法陣。この球体上の空間すべてを埋め尽くさんとするほどの複雑な魔法陣。幾重にも重ねあわされた多彩な魔法陣が交じり合い……唯一無二の模様を描き出している。魔法に関する知識ない者でも分かってしまう……あまりに精巧な魔法陣であった。濃厚な魔力の満たす中、数匹の生物が四人のそばを横切った。

「……俺には分らんが、アスベル分かるか?」

「あたしもなんとも……百以上の多重魔法陣みたいだけど、こんなのを作れる魔法使いなんて見たことないし……人間技じゃないよ。この体調じゃなかったらもっと近づいて見てみたいところだけど……」

「あぁ……俺もあまり近づきたくはない……そんな感じがする」

 体調の悪いアスベルはできるだけ魔法陣から離れたところで座り込んだ。そうでなくともこの魔法陣には異様な感覚がある。

「そのうえ……」

「うん、壊れてるね……あれは」

 魔法陣は中心からまるで爆発でも起こしたかのように弾け飛んでいる。アスベルによれば、魔力の大半はそこから漏れ出しているということだった。

「なかなか古そうな魔法陣に見えるし……人間以外の何か強大な力を持った魔法使い……あるいは過去の勇者か何かかもね。これほどの魔力をため込みながら維持を続ける魔法陣は大抵、何かの封印のためのものだから……それも破られてるってなると、封印されてたのはモノじゃないね」

「それは……」

 モノではない……それが意味することは、魔物――あるいはそれに準ずる何かということだ。どちらにせよ、強い魔力を持っていることは明らか。人間によい影響をもたらす存在とは考え難い。

「おっと……なんだこいつらは」

 ふとセルベスの足元を何かが歩き回る。この場には少々似つかわしくない、全身に毛を生やしたボールのような生き物……

「この魔力の中でも平気な顔してるよ……」

 アスベルが苦笑しながら言う。青ざめた顔色のアスベルをあざ笑うかのように、この生き物は次々にその数を増やしていく。決まった行動原理も持っていないように……彼らはそれぞれが自由奔放に歩き回っていた。

「見たことのない魔物だな」

「私も……なんか美味しそう」

「やめとけやめとけ。こんな環境で生きている連中だ。毒でもなんか……そもそも内包する魔力で俺たち人間は即死だ」

「だろうね、ハハハ……」

 正体不明の魔物たちは久方ぶりにやってきた彼らを歓迎しているのか否か……四人の周囲を回りながら興味深く観察しているようだった。

 その後もセルベスはこれまた正体のわからない巨大な魔物の死体を見つけていた。すでに息絶えており腐敗も進んでいる。元の姿も、魔力の霧散した体からはその力のほどもわからない。しかし……かろうじて残った()()()()が四人をどこか恨めしそうに見つめていた。この場所で判明した事実は三人にどのように冒険者組合(ギルド)に報告するべきか悩ませた。調査結果としては十分……しかし未知なことが多すぎる。そしてそのうちに……三人の意識の外に零れ落ちてしまっていたものがあった。

「……ニーナはどうした?」

「ニーナ? ニーナならそこに……っていない? うん……ぇえ!?」

 アスベルは突然声を張り上げると、勢いよく立ち上がろうとする。しかしその意思にまだついていかない体をナンが素早く支えた。アスベルの向ける方向へ視線を向ければ……そこにはニーナがいた。今まさに空中に浮かぶ魔法陣の足元に触れようとするところだった。

「ニーナ……! 何してる!」

 ニーナの耳にセルベスの声は全く届いていなかった。どこか恍惚とした様子で魔法陣を見つめていると、まるでなくした宝物を見つけたかのように驚愕と歓喜の表情を交差している。三人は急いでニーナのもとへ向かう。もはや魔法陣の存在などは関係がない。それは不調を訴えていたアスベルですら同じだった。

「ニーナ!」

 最初にニーナのもとへたどり着いたセルベスは強く彼女の袖を引く。半ば強制的にセルベスのほうへ向かされたニーナは、心底鬱陶(うっとう)しそうにセルベスを睨みつけていた。そこに三人の知っているニーナの姿はない。

「ニーナ、どうした!? お前らしくもない」

「ニーナ……寒さでおかしくなっちゃった?」

「……」

 ニーナは何も答えなかった。ただ焦点の合わない目を一度瞬くと、再び魔法陣の方へ顔を向ける。まるで見えない何かを追い求めるように、魔法陣から放たれる強烈な光を目いっぱい浴びるようだった。

「いい加減にしろ!」

 セルベスが怒気すら含んだ声色で叫ぶ。その声にニーナも、ナンとアスベルの二人でさえも思わず体を震わせた。しかし、光を浴び続けるニーナの目にはセルベスの姿はもはや移っていなかった。

「あたしに任せて!」

 アスベルが勢いよく前に出たと思うと、鈍い音が洞窟内を覆い、消えた。突然のことにセルベスとナンは何が起きたのかよくわからなかった。ただわかることは……ニーナがその音とともに地面へ倒れこんだことだけだった

「あは……はは……やりすぎちゃった?」

「まさかお前……それで?」

「うん、とりあえず棒で叩けば治るかなって……」

「そこには魔石がはめ込まれているじゃないか……」

 凍てつく洞窟の床にじわじわと赤いしみが広がっていく。もしこの様子を街中で見られていたならば、アスベルは即刻兵士に連れていかれてもおかしくない。いまだどくどくとニーナの頭部から流れ出す血を見つめながら、アスベルは取り繕うように言う。

「……ま、まぁ? 治癒魔法を使えばいいって……」

「それを使えるのはニーナだけじゃないか」

「う……じゃぁ、ポーションとかで」

「もうやっている」

 見ればすでにナンが処置を施している最中だった。幸い傷はそこまで深くなく、簡単な治癒ポーションで事足りるものだった。間もなくニーナは目を覚ました。

「うん……あれ? 私、寝ちゃってた?」

「覚えていないのか?」

「えっと……確か、最深部が近いってアスベルちゃんが言ってて……そしたら突然大きな部屋に……神様が現れて……ぁ」

 そのまま流れるようにニーナの視線が魔法陣の方向へと流れていくのをセルベスは慌てて阻止した。セルベスに軽く揺さぶられると、ニーナははっとした様子で三人の方に向き直った。

「うん……大丈夫」

「本当か……? 今すぐここを離れたほうがいい」

「多分……神聖力だと思う……それもとっても馴染み深くて、大きな力……」

「神聖力? 聖教国の関係者か?」

「ううん……多分違う。だって……一度だけ入ったことのある、永劫(エシア)……それでも比べ物にならないほどの力。分かるの……これはそんなことじゃないって……」

 話しているうちにもニーナの目はだんだんとトロンとしてくる。先ほどからニーナの手を引いてはいるが、まるで抵抗するかのようにすんなりと着いてきてくれないのがセルベスには分かった。無理やりにでもこの場を早く離れなければいけない。そう思った刹那――

「……アスベル!」

 ナンの真剣な声が走った。パシャパシャと粘り気のある響きがこだまする。その特徴的な音に三人はすぐに事態の深刻さに気が付いた。抑えた口元からそれでも漏れ出してしまうほどのどす黒い液体。冷気とともに流れてくる特有の匂いが鼻腔を刺激する。

「ごめ……流石にまずいかも……」

「早くここを出る、調査は十分だ。ニーナは早くアスベルに……神聖力なら問題ないだろう!」

「う……うん……」

 ナンはアスベルの腰に手をやると、軽々とアスベルの体を持ち上げる。アスベルもそれを黙って受け入れた。魔法陣のある空間を出て少ししたところで四人はひとまず体を落ち着ける。ニーナが両手を合わせると、彼女の体が溢れるほどの緑の光が現れ、アスベルの体を覆いつくした。アスベルの顔色がほんの少しだけ良くなったように見えた。

「多分……魔力中毒……だよね……」

「そんなことは言われなくとも分かってる!」

「まだ銀級冒険者だったころにポーション飲みすぎた以来かなぁ……この感覚、懐かしいな」

「何をのんきな……!」


 帰り道はそこまで時間は掛からなかった。すでに道を把握していたということもあるだろうが、それ以上に四人が急いでいたこともあるだろう。終始アスベルの体調がよくなることはなかったが、岩壁の色が再び苔色になるころにはアスベルは自分で歩けるまでに回復していた。まだ魔力中毒の余韻が残るアスベルの魔法で四人は縦穴を上がった。その際、セルベスだけが壁に頭をぶつけたのは果たして偶然か――

「セルベス」

「どうしたアスベル、さっきのことを謝る気になったか?」

「ううん、それは全く。でもすべてが繋がったと……思う」

「全く俺に謝る気がないということは気に入らんが……なんだそれは?」

 セルベスがすぐ隣を歩くアスベルの方へ目をやる。いつになく真剣な……それでありながらどこか不安の色を見せるアスベルの顔がそこにはあった。

冒険者組合(ギルド)に報告する内容を考えないとね……」

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