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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
砂漠に巣くう姫
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上位吸血鬼

 耐え難い焦燥感に身を晒しながら、私は初めて出会った同族を前に立ち尽くしていた。人間の間で吸血鬼(ヴァンパイア)についたイメージにおおよそ隔たりはない。これほどの圧迫感を覚えたのは、洞窟での龍との遭遇以来のことだった。

「屋敷のことまで……」

「便利な眷属は高位の吸血鬼(ヴァンパイア)の特権よ」

 彼女は不敵な笑みを浮かべながら、実に優雅な足並みでこちらへ近づいてくる。

「私はルセイリア。一応親からつけてもらった名前よ、気に入らないけど……」

 影がゆっくりと立ち上がり姿を見せる。姿は金髪で赤いラインの入った黒いドレスを身にまとっている。ルセイリアが近づくだけで血なまぐさいにおいがプンプンとする

「これ……もともと青と黒のドレスをもとにして作ったのよ。私は青色が好きだったから。……まぁ、この色も気に入ってるわ」

 まったく緊張感のないルセイリアの言動はどうもつかみどころがない。これだけ感情を表に出しているように見えて、彼女からは全く生きた生物の色を感じ取れないのだ。

「……あら」

 ふとルセイリアが意外そうに私を見つめてくる。この行動が何を意味しているのかも、私には分からなかった。ルセイリアは幾何(いくばく)の刻私を見つめた後、少し憐みのこもった視線を向けてきた。

「……まぁいいけど。あなた吸血鬼(ヴァンパイア)が十分に血を飲んでいないとどうなるか知ってる?」

 ルセイリアは視線を軽く振る。それに呼応するように、先ほど私の体を砕いた巨大な質量が迫る。血の匂いを纏う淀んだ空気を押し分けて、巨塊が肉薄する。思考についていかない体を無理やりに巨塊の軌道の脇にそらす。強引な命令に耐えかねた体が悲鳴を上げるが……問題ない、痛みなどはないのだから。その瞬間――私の視界の脇を影が覆うのを感じた。それからは全く無意識の行動だった。

「剣……? つくづくあなた変わってるのね」

 ルセイリアの面白がるようにも感じる声が、意識の外縁を横切る。私の思考よりも早く手元に出現した深紅の剣は、寸前でそれを押しとどめていた。確かに鋼鉄のような強度に思えた赤黒い物体は、細剣の刀身に押し付けられるとみるみるうちにまるで土塊のように崩れ落ちていく。

 私が剣を横ざまに薙ぎ払うと、巨大な土塊は真っ二つに崩れ落ちて視界が明らかになる。次の瞬間には鋭利な無数の槍がこちらに迫ってきていた。刀身に触れた槍はいともたやすく軌道をそらして背後の壁へと叩きつけられていく。しかし私の刃を逃れたいくつかの槍が私のローブをかすり、容赦なく切り裂いていく。私は迷わずローブを脱ぎ捨てると、服の下に隠れていた翼を解放した。衣類の背面が破けたが、それはすぐに元に戻る。

「あはは! 思い切りがいいわね、でも翼の扱いには慣れているのかしら?」

 ルセイリアの余裕に満ちた表情で言う。私は崩れた体勢を宙に浮かぶことで相殺する。慣れない屋内での飛行に、私の思考には嫌でも迷いが生じる。そんな私の隙を彼女は見逃さなかった。慣れた様子でルセイリアは宙に浮かび上がると、低い天井の寸前を掠らんとするところを飛行する。私の目は確かにその動きを捉えていた。しかし、鈍い体は全く言うことを聞かず、迫りくる腹部への衝撃を無防備で受け入れた。過度の衝撃に吐き気が喉の寸前まで押し寄せ、何とかそれを押しとどめる。翼を利用して勢いを殺すことも叶わず、私は強く床に叩きつけられた。

「翼は吸血鬼(ヴァンパイア)であることの証明のようなもの……さぞ隠してばかりでしょう、アクセリア?」

「私が目的といったわね……? 分からないわ、一体それに何の意味があるの?」

「質問ばかりで悪い子ね……でも教えてあげる」

 ルセイリアの表情が緩み次第に恍惚としたものになる。

「少し握れば簡単に崩れてしまう矮小な人間……暴力ばかりで可憐さを欠片も感じさせない同族たち……正直うんざりだったわ。私の好みに合う人間は今までもたくさんあったけど……物足りないわ、すぐに壊れてしまうもの」

 視線の端に見るも無残な姿になった少女の姿が映る。あれも彼女の好みに合った人間の一人ということか。

「だから! あなたは素晴らしいの! その美しくも可憐な見た目……あぁ、やはり同族に対しては感じるものも違うのかしら。今までに感じたこともない激情……可憐な少女の歪む瞬間がたまらなく愛おしいの……わかるでしょう?」

「……ええ、あなたがおかしいことは理解したわ」

「あら、誰しも変わった嗜好を持っているものでしょう? 私はあなたのことも理解できるつもりよ」

 ルセイリアは実にいやらしげな笑みを浮かべて言う。一体彼女はどこまで私のことを知っているのだろうか。ルセイリアの舐め回すような視線が突き刺さる。

「それに……いつだってその銀色は高貴なものの象徴でしょう? 一体どこの生まれかしら……吸血鬼(ヴァンパイア)にも人間にも見たことがない髪色だわ」



 その瞬間――ぞっとするような威圧感が押し寄せる。ルセイリアの周囲が歪んで見える。間違いなく魔力の流れが不安定になったことによる影響だ。

「だからこそ……この手で汚してしまうのが楽しみでしょうがないわ。薄い色は染めてしまうのが道理でしょう?」

 暴力的な魔力を放ちながらも、まるで貴族のような佇まい。華奢な体に対して有り余るほど巨大な翼。客観的な吸血鬼(ヴァンパイア)の姿を私は初めて目にした。ゆえに……なんと不思議な種族だろうか。

 余裕を感じさせる振る舞いは明らかに戦闘経験の慣れによるものだ。魔力量は万全の私よりもはるかに多い。それは魔眼を通した視界からも明らかだった。

「ふ~ん……それが魔眼? 初めて見る色ね……少し試してみましょうか」

 そういってルセイリアは視線を脇に逸らした。それとほぼ同時――床を突き破るようにして現れた赤い槍が、私の頭部を貫いた。

「赤い霧ね……でも躱せるなら躱したほうがいいわよ」

 体を霧状にして回避する。普通に避けるのは確実ではなかったための選択だったが……ルセイリアは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。私は体を元通りにする間もなく片手に握った剣に魔力を込める。わずかな魔力を絞り出しても大した量にはならない。ほんのりと刀身は青白い光を灯した。

 ふと、激しい魔力の流れを感じる。鋭く尖った魔力……自分とルセイリアの周囲をすっぽりと囲み、宿全体を照らすほどの煌めき。間もなくその正体に私は気が付いた。屋内を覆いつくす光輝と雷鳴。全身を貫くような感触の後に、今度は質量のある衝撃を覚える。体内にめり込んだ質量は胸を貫き、翼にまで及ぶ。痛覚は僅かだが、のどの奥からどろりとした液体が押し寄せる。

 (ほの)かな光を灯した細剣は稲妻の軌跡に沿うようにして現れた赤い稲妻によって絡めとられていた。赤の稲妻は先ほどの赤い槍と同質のもの。私の体を破壊するに十分な硬度だった。

「……どうしてそんな戦い方をするのかしら? 剣なんてものは魔力の少ない下等生物の使うものよ?」

「……」

「事実、私はここからほとんど動いていないもの。バタバタ走り回って……見苦しいわ」

 ルセイリアは嘲笑しながら言う。彼女の視線は私に向けられていても……意識はそこにはなかった。私にはもはやルセイリアの言葉を聞く意思などなかった。腕の辺りで漂っていた大量の魔力を一気に握った剣に移すと、それを斜め上に向けて振り上げた。刀身の軌道上にはルセイリアの上半身があり、ルセイリアの胸元から頭部を切り裂いた。ドレスの裂ける甲高い悲鳴が聞こえ、控えめな装飾が弾け飛んでいく。ルセイリアは一歩退いた。その隙を私は逃さず、今もなお体外へ零れ落ちる血液をすべて使い、鋭利な槍を形成した。大きさはルセイリアに遠く及ばないが数が多い。

「ちぃっ……そんな貧弱な刃で何ができて……」

 私が無数の槍をルセイリアにけしかけるのと、ルセイリアが自身の前方を覆うように、赤い盾を展開するのは、ほぼ同時の出来事だった。表面は押し固まった巨大な土塊のよう……幾度と私の体を押しつぶした巨大な質量と私の槍が触れた瞬間、いともたやすく槍が盾を貫いた。

「……!?」

 声にならない悲鳴が聞こえた気がした。私はすかさず準備していた魔法陣を展開する。ほとんど詠唱は終えていて、あとは発動するだけだ。

「あなたを真似させてもらうわ。魔法は準備が大事もの」

 返答はない。そこからも今のルセイリアには余裕がないことが分かる。私がしようとしていることが分かるのだろうか。別に戦いに勝つ必要などない。吸血鬼(ヴァンパイア)は……弱い生き物なのだから。

「氷はちゃんと日差しを通すわよ……【永久凍結(エターナル・フリーズ)】」

 私はすぐにシャナクを連れて街を出るつもりだった。いくら吸血鬼(ヴァンパイア)とはいえ、閉鎖空間に集中したこの魔法を受ければ必ず氷漬けにすることが可能なはずだ。それにルセイリアは炎魔法を得意としていないだろう。彼女の得意な魔法は土魔法か雷魔法。その証拠に先ほどまでの彼女の攻撃はすべて、魔法に自身の血を混ぜたものだった。足止めができれば良い、可能ならばこのまま朝まで彼女を足止めできれば……吸血鬼(ヴァンパイア)は日に焼かれて死ぬ。今の攻防で天井などとっくに崩れ落ちているのだから――




「な……なぜ……」

「なぜって……あなたの魔法は単純すぎるわよ。自分で作った魔法かしら……新しい魔法ね」

 血の盾が崩れ落ちる。同時に私の槍も霧となって消えた。少し息を切らしながらたたずむルセイリアの体には無数の血の斑点が見える。

「でも発動が早すぎるわ……隠れて詠唱していたとはいえ……ちぃ」

「……何をしたの」

「魔法の発動解除くらいできるわ。魔法陣の構造を理解する必要があるけど……私は魔法が得意だもの」

 私の発動したはずの魔法陣は空気に溶けるようにしてその輪郭を失っていく。

「く……傷が痛むわね、こんなに翼を刺して……容赦ないわね、アクセリア。同族を日に当てて殺すなんて……正気?」

 ルセイリアはビクビクと翼を震わせながら、大きく広げた翼を畳み込んでいく。その表情には若干の苦痛が浮かんでいたが……なぜか嬉し気にも見えた。

 私は……次の策が全く思い浮かばなかった。

「……油断は禁物ね。でもアクセリア? あなたも生半可な気持ちで放ったものではなかったのでしょう、今のは? いつ、その冷静さが崩れるか見ものだったけれど……明らかな動揺が見えるわよ?」

 ルセイリアに何かを言われていることは理解できる。しかし私の頭はおかしなほどにその機能を停止していた。外界の音も匂いも……五感の一部が切れてしまったように動かない。ルセイリアは少しはだけた衣装を軽く整えると不用心に私のもとへ寄り……顔を近づける。

「でもね……動揺を見せたら私の勝ちだもの。そんなにすぐに終わってしまってもつまらないでしょう?」

 冷え冷えとしたルセイリアの指の感触が頬に触れた瞬間、突然私は強い恐怖にかられる。今すぐにでも逃げ出していしまいたいのに……体は動かない。寒さのせいか恐怖のせいか……体がぶるぶると震える。

「どうしたの? 逃げないの?」

 ルセイリアは私の心を見透かしたような視線を向ける。まるでこちらが逃げることが分かっているような口ぶりだった。ルセイリアの顔が眼前にまで近づく。仄かな煌めきの灯った金色の眼が、今はひどく濁って見えた。

「ふふふ、可愛い」

 柔らかな笑みが視界いっぱいに広がる。しかし、私はその笑みに対してなぜか耐え難い恐怖を感じていた。視線を逸らすことができない……瞬きすら忘れてしまった頃、ルセイリアの笑みを見つめていると、急に眠気が襲ってきた。瞼におもりでもつけられたかのように重い……頭の中がふんわりとぼやけてくる。

「じゃあね、おやすみ」

 世界の輪郭が薄れてきたころ、私は自分の体が持ち上げられるような感覚を得た。しかし……そんな事実を一考する間もなく、私は意識を失った。






 砂漠の夜――極寒の冷気の満ちる世界、すべてが寝静まった中、起こった事実を目に焼き付ける観測者がいた。崩れ落ちた建物の中を覗き、わずかに呼吸を早くする。

「……結界、それにあれは……魔物か? しかし中位以上の隠匿魔法か。【遠視の魔道具】でもはっきりとは見えなかったが……翼をもっているように見えた」

 それは全く想定の外からの存在。彼らにとっては長らく宿敵としてあった盗賊団の頭領……それとは似ても似つかない。

「悪魔か吸血鬼(ヴァンパイア)あたりだろうか……どちらも想定のはるか外だが。低位ならば、我々でも狩れる……だが」

 観測者はそうして姿をくらませる。水面下で進められてきた計画……それが今まさに行動に移されようとしていた。

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