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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
砂漠に巣くう姫
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冒険者と魔法使い

 宿屋に集う冒険者たちの姿。旅の疲れを癒し、また明日仕事に取り掛かるための準備をするためだ。宿は威勢の良い女将と一人の幼い少女によって切り盛りされていた。多くの大人が行きかう中、小さな体格の存在は嫌でも目立つ。しかし、少女は物怖じもせず大人たちの対応をしていた。

 今より少し前、アラスブ王国に到着した彼らは間もなく滞在中の宿を確保するためこの場所に立ち寄った。陽気な様子のティムは重い弓を担いで凝り固まった肩を軽くほぐすと、トムに尋ねる。

「さて、トム。俺たちはここに一週間はいるつもりだが……お前たちはどうするんだ?」

「俺たちもそれぐらいだな。依頼が終わり次第、セリオン王国に戻るつもりだ。当然、護衛任務の契約は帰りまで継続しているが……」

 帰りの護衛契約を行っている商人たちは一週間後、冒険者たちとともに王国に帰還する。商人たちと違い、特に大きな用事もない冒険者たちは暇を持て余しながら数少ない他の依頼をこなすこととなる。アラスブ王国はセリオン王国に比べ冒険者を受け入れる体制が十分に整っていない。

「それで、お前はここじゃないのか?」

「ああ、俺たちは別のところに泊まるつもりだ。知り合いの伝手(つて)がある」

「そうか……今日は宿屋で休んでいるつもりだ。夜には勿論騒ぐ」

 ティムは白い歯を見せて笑う。そんなティムに対して、トムは少しまじめな表情で答える。

「なるほど……そいつは楽しみだ。だが今日はレナに休ませてやってくれ」

 トムの背後にはどこか顔色の優れないレナの姿があった。その様子を見てティムも察したのか、ふっと軽い息を吐いてから言う。

「分かった、無理強いはしない。また明日な」

「おう、楽しみにしてる」




「トム……伝手って?」

 宿を出てからしばらく、レナがトムに尋ねた。

「以前ジオンさんと王国に来た時に知り合ったんだ。いろいろと世話になった」

「ここに以前も来たことがあるのか?」

 ディーンの問いにトムは昔を思い出すように遠くを見つめる。

「前も言ったが、俺はジオンさんのもとで冒険者としての基本を学んだ。俺の両親はどうやら、俺を育てるだけの金がなかったらしい。知り合いのジオンさんに俺は預けられたってわけだ。結果としてあの人といろんな場所に行けて経験を積めた。結果オーライだな」

 トムはそんなことを明るく言う。しかしトムの境遇はレナにとっては、そこまで軽く受け入れられるものではないようだった。そんなレナのあからさまな表情変化をトムは指摘する。

「レナ、お前そんな顔をしているが、こんなことはよくある話だ。それに俺たちは冒険者だ。明日、この中の誰が欠けているかもわからない」

「そんな……冗談でもそんなこと」

「冗談じゃない。お前……俺が死んだらどうなるんだ?」

 その時、レナはトムの目が本気であることに気がついた。

「俺だけならまだいい。ディーンも俺も死んでレナ、お前ひとりになったら?」

「トム、何言ってるの……」

「俺たちは前衛、お前は後衛。最後にお前が残る可能性は一番高い。それに言いたかないが、俺たちは男でお前は女。相手によっちゃお前には殺さない価値だってある。言っていることはわかるな?」

 トムはひょんなことでこのような真剣な表情をする。そしてたとえそれが残酷な話であったとしても厭わない。たったこれだけのトムの話で様々なことを想像してしまったレナはだんだんと顔色が悪くなる。しかしトムは口を開くことをやめなかった。

「こういうことだレナ。冒険者は仲間以外に自分の命に責任を持ってくれる奴がいない。自分の尊厳を守ってくれる奴がいない。そもそもお前は何で冒険者になったんだ?」

 トムの言葉にレナは少し考えるようなそぶりを見せる。しかし彼女の中で納得のいくような答えは出なかったようだ。ひどく在り来たりな言葉をレナは並べる。

「私は……もともと魔法使いになりたくて」

「魔法使いにならば冒険者以外でもなれる。国は今やどこでも魔法使い不足だ。国に仕える魔法使いならば、必ずしも戦う必要はない。研究職にでも就ければ将来は安泰だ」

 トムの言葉にレナは納得できる部分があったのだろう。もともと悪かった顔色がさらに悪くなる。それでもなお話をやめようとしないトムにディーンが不安そうな表情を浮かべる。

「今回の依頼を経て俺たちはとうとう国の外にまでやってきたわけだ。おそらく後半年もしないうちに銀級冒険者になれるはずだ。そうなれば拠点を王都に移し……これまで以上に高難易度の依頼にかかわることになる」

 最後にトムはレナに厳しい視線を向ける。

「もしも魔法使いになりたいだけなら……冒険者はやめておけ」

「トム……言い過ぎだ。仲間に対する言葉じゃない」

「ディーン、お前はレナに甘すぎるぞ。俺には仲間として、リーダーとしてこいつの命を守ってやる義務がある。そのためなら、場合によっては冒険者を辞めさせる」

「それは……そうだが」

 そこには普段のトムの姿は微塵もない。油断も隙もない今のトムには、普段有利を取りがちなディーンもかなう気がしなかった。もともと程度の低い人間でないということは重々承知であったが、こうしてその姿を目の当たりにするとディーンには何も言い返すことができなかった。

「私……」

 そんな中……口を開いたレナに二人の視線が集まった。一つは不安そうな視線。もう一つは真剣でありながら、まるで言葉の粗を残らず掬い上げようとしているかのような鋭い視線だった。

「私……やっぱり冒険者になりたいの」

「……冒険者にか? 魔法使いじゃなくて」

「ううん、魔法使いにもなりたい。でも国に……王様に仕える魔法使いは……嫌なものを飲み込んでいかなくちゃならない。私は平民……だけど魔法使いは数が少ないから、貴族と接する機会だってある。いろんなものに縛られてなくちゃいけない」

 考えながら話すレナの言葉は非常にたどたどしい。トムは真剣な表情でそれを見つめる。。

「私……そんなしがらみに囚われて生きたくはないの」

 すべての言葉を吐き出したレナはとうとう泣き出してしまいそうな顔を浮かべる。そんなレナの言葉を受けてトムはどんな結論を出すのか。至極真面目な表情で顎に手をあて考えるそぶりを見せる。かと思うと非常にわざとらしい仕草で自身の前髪を払った。最後の行動だけはディーンの心の中の張りつめた空気をやわらげた。

 トムは突然ぱあっと笑ったかと思うと、うつむいたまま目元に涙を浮かべるレナの肩を乱暴に抱いた。

「うわっ何するの、トム!」

「なーに泣きそうになってんだお前! ちょっとからかっただけじゃないか!」

「からかったって、あれが!?」

 少し震える声でレナは叫んだ。そんな普段通りの二人の様子に緊張をほどいたディーンは思わず笑みをこぼす。

「ちょっと真面目な顔をして問い詰めればレナは泣く……っと。こいつは傑作だ」

「こっちは本当に真面目に答えたのに……!」

「真面目なんてものに囚われない、冒険者は自由。当然、冒険者の中の冒険者たるこのトム様も……てわけだ」

 大げさに自身の胸のあたりをたたく仕草を見せたトムを横からディーンがどついた。

「いい加減にしろ、レナをからかいすぎだ」

「仕方ないな……今日はこれくらいにしておくか、ってディーン! 強くどつきすぎだ!」

 ディーンがもう一度どつくと、反撃と言わんばかりにトムはディーンの肩をバンバンと叩く。そんな二人の背中を見つめながら、レナは一人その場に佇んでいた。

「うん……自由、何にも囚われない」

 二人はレナの言葉に振り向くことはなかった。まもなくレナは誰にも聞こえないほどの小さな声で吐露した。

「もう二度と」

 その声が聞こえたのか否か……ディーンがレナに振り向いた。

「なんか言ったか、レナ?」

「ううん、何も……トムの悪口言っただけ」

「何! 面と向かって言ってもらおうか! 言えるものならな!」

「いい加減にしろトム、これ以上は周りの視線を集める」

 軽くもみ合いをしながらトムとディーンは先を歩いていく。絶対に二人が見ていないことを確認したレナの表情には深い闇が浮かんでいた。この瞬間のレナに二人が気付くことはなかった。




 明日に向けた一通りの準備を終えた三人はすでに落ちきった日の下、休む準備をしていた。アラスブ王国滞在中のひと時の宿であるこの家は決して環境の良い場所ではない。むしろセリオン王国の彼らの家のほうが大きく、屋内の環境も整っている。当然普段は家の持ち主である初老の女性のものである。三人が滞在するには少し狭い。

「あの人ってトムの知り合いなんでしょ? その割にはあまりいい雰囲気じゃなかったけど」

「でもこうして部屋を貸してくれただろう」

「トム、ここは半分物置じゃないか。しかも一見役に立ちそうなものは何もない……」

 部屋の中には即席で作られた彼ら三人の寝床。それは寝床というには少し布が薄すぎるとも感じられるものだったが、野宿をすることも多い三人にとっては大した問題ではない。問題は部屋の半分近くが埃のかぶったモノで溢れていることだ。壊れたものもあるがそのほとんどが綺麗にすればまだ使えると思われるものだ。

「まぁ、ジオンさんに聞いた限りじゃ、あの人にはもう二人家族がいるそうだ。だが一人は家を出て、もう一人……つまり旦那さんは出稼ぎに行っているわけだ。何とか俺たちを詰め込めるだけの部屋はある」

「お前は知り合いだといったが、俺たちに関しては知り合いですらない……これでは自分とは全く関係のない二人を居候させているようだ。なんだか申し訳ないな……」

「でも飯は食べさせてくれただろう? 少ないけどな」

 大国であるセリオン王国に住む彼らにとっては、ここアラスブの食事は少し貧相と思えるものだ。ディーンはトムの問いに少し苦い表情を浮かべて言う。

「馬車の中での食事よりはましだ……」

魔感鳥(マジックバード)だけはおいしかったけどね……」

 三人はそうして寝る準備を始める。といってもここには替えの服などはないため、すでに取り去った防具を部屋の隅に置き、薄い布団をかけるだけだ。砂漠の夜には少し心もとない。

 そんななか、いまだに寝る準備をせずにそわそわした様子のレナにディーンは気が付いた。

「どうした……レナ?」

「ううん……ちょっとトイレがしたいだけ。でももう寝るよ」

「それなら行けばいいじゃないか。もっとも、砂漠のこんな民家にトイレなんてものはないから、外ですることにはなるだろうが……今は夜だから人通りもほとんどないだろう?」

「うん……それはいいんだけど」

 トムが怪訝そうにレナを見つめる

「下に行ったらあの人がいるでしょ……ちょっと一人で顔を合わせるのは怖くて」

 トムは少し考えるようなそぶりを見せてから笑う

「なに言ってるんだか。一緒に食事をした仲だろう? それに砂漠の移動中はあの二人と一緒に馬車の中だ。あれに比べればあの人は庶民、俺たちに近い存在だろう?」

「あの人ちょっと苦手で……」

 レナが行くかどうか迷っているとディーンが勢いよく口を開いた

「どうでもいいことで悩んでいる暇があったら早く行け!」

「うわぁ! ってディーンが怒るの珍しいね」

 などと語尾に付け足したレナにディーンはあきれたようにそっぽを向いた。




「はぁ……トイレどうこうよりも寒いよ……砂漠の夜が寒いってのは聞いてたけど」

 レナが恐る恐る外扉を開けると、ランタンで照らされた暗い部屋に小さな眼鏡をかけた女性が座っている。夜も更け始めるころ……寝静まっている家も多い中、彼女は黙って本を読んでいるようだった。

「(私のこと……気づいていないのかな。まぁ……気づいていないならそれでいいけど)」

 先ほどレナが外に出るときにも確かにレナは彼女の前を通ったはず。その物音に気付かないはずはないだろう。

「……あんた」

 突然響いた声にレナがびくりと体を震わせる。昼間トムと交わされた数少ない会話からこれが誰のものかは分かる。

「次からそこにおいてある布を持っていきな。まったく、トイレに行くならそういえばいいのに……」

「は、ぁ……もしかして、聞こえてたんですか?」

「そんなわけないだろう。夜中にのそのそと外に出ていく用事なんて……知れてるさ」

 彼女のどこか機嫌の悪そうな声がレナは苦手だった。初老の彼女は面倒くさそうな顔を浮かべると、再び本に目を落とした。本来彼女はここで話を終わらせるつもりだったのだろう。しかしレナの緩い口元はその事実に気づくよりも先に言葉を発してしまう。

「あ……あの、ご家族は……今は国の外に……」

「なんだい、あんたもトムと一緒で人の家庭環境を知りたがる口かい?」

「いぃ、いえ……さっきトムから少し聞いたので……」

 声色は特段恐ろしいものではないが、顔には一つ……また一つと(しわ)が刻まれていく。レナは思わず言葉を(よど)ませた。

「あんた……人には距離感ってもんがあるんだ」

「す……すみません」

「ま、あんたも人と仲良くしないと我慢できないタイプだろうが……あたしはあまり人とは関わりたくない性格なんだ」

 ふっと浅い溜息をつくと、彼女の座る膝元に届くか届かないかという古テーブルの上に背中を伸ばしながら本を置いた。少し疲れた様子で体を戻しながら、彼女は言う。

「……あんたの言う通り、息子と旦那。二人とも今は国の外さ。こんな砂漠じゃ稼げるもんも稼げない。息子もとっととヴァンテールに向かったね。それも当然さ……何度も言うが、こんな砂漠じゃあね……」

「……王国は魔道具に関して優れた知識を持っていると聞きますが……」

「そんなもんは上の方々だけさ。あたしたちみたいな庶民にとっちゃ、ここはただ砂ばかりの土地さ」

 ガラスなどはない、ただ壁に穴が開いただけの窓を見つめながら彼女は苦々しげに言う。砂塵を防ぐために取り付けられた、皮と皮革を繋ぎ合わせて作られたブラインドが、この場所が故郷とは違うことを感じさせる。やがてレナのほうへ向き変えると、さぞ面倒くさそうにしかめっ面を浮かべる。

「ほら行った行った。あたしはあんたとこんなに話すつもりはなかったんだよ。まったく外でするというのに何も気にしないとは……冒険者ってやつは」

「あはは……慣れてるので」




 逃げるように二人の待つ部屋に戻ったレナは緊張が解けたためか、どっとやってきた疲れに身を任せるようにベッドへ倒れこんだ。

「小さな旅は終わったか?」

「そんな大層なもんじゃないよ」

 トムが茶化すように言うと、レナは布団にうずめた顔をトムのほうへ向ける。

「あぁそうだ、レナ。そのでかい杖は明日からはここに置いて行ってもいい」

「え……どうして?」

「どうしても何も……お前、使いもしない杖を背中に背負っているのも疲れるだろう」

 その時、なんだかレナは無性にトムの提案を否定したい気持ちになった。

「置いてくなんてやだよ」

「随分と大事そうに持っていたな……レナ。何か手放せない理由でもあるのか?」

 ディーンの問いにレナは壁際に立てかけられた杖を見つめ……少し考えてから答える。

「いざというときに手元にないと困るから……」

「よく言うよ。お前、今までだってまともに杖を使った試しがないじゃないか」

「それにレナの渡されたローブと杖……それらは魔道具だが、扱いがかなり難しいといっていたはずだが……」

 トムとディーンの二人に言い詰められ、レナはむっとした様子で二人を小さく睨む。

「……これ持ってると魔法使いっぽいでしょ」

「なるほどな! そりゃ納得だ。街の子供が魔法使いを真似るときも、まず杖を持つもんな」

「うるさい!」

 そしていつもの光景が広がり始める。やがて下の階からの怒声が聞こえるまではそれは続いた。そしてひとたび静まり返ってしまうとこれ以上の言葉を交わす気にもなれない。やがてまっさきにレナの寝息が聞こえ始める。

「しかし……確かにレナの言うとおりだな。魔法使いは杖を持たない者も多いが……物寂しく感じるのかもな……」

 ディーンの独り言は間違いなくまだ眠りについていないトムの耳にも入っただろう。しかしそれに対するトムの反応が返ってくることはなかった。

 気味の悪いほどに冷やされた空気が部屋の中を駆け抜ける。先にうっすらと見えるアラスブ王国の象徴、王の住まう王宮。その影はひどく寂れた風だった。





 脆い地面を無理に掘り進めた洞窟の天井からはきめ細かい砂石が零れ落ちる。斜め上からかすかに入り込む月光に加え、飾りのない燭台の上に置かれた小さな蝋燭(ろうそく)が辺りを照らしている。

「何? 帰ってきていない奴らがいる?」

「はい……だらけた連中で。少し休んでから行くといいやがりまして……それから」

「だがお前の話じゃいなくなった連中は十人以上……に対して亜人の数は足りてるはずだが……」

 ゴザックは太い指で紙をなぞりながら慣れない文字を見つめる。先日の出来事は彼を苛立たせるに十分だった。苛立ちを隠そうともしないゴザックの姿に男は震える。

「いや……一匹足りねえな。それもあのガキの亜人じゃねえか」


 きつく眉を(ひそ)めるとゴザックは頭を乱暴にかきむしる。そうしてしわの入り始めた紙に再び視線を落とす。

「……かなり痛手だな、あれは高く売れると踏んでいたんだが。まぁ、あの糞吸血鬼(ヴァンパイア)が亜人には興味がなかったというのが幸いだな。一匹逃したとなればあの野郎が何を言ってくるか分からん」

 彼らには投資者がいる。セリオン王国の有力な貴族であるゴドリー侯爵。もともとアラスブ王国と関わりがあったこともあり、十年程前から彼ら盗賊団には侯爵の手回しがあった。しかしゴザックにすれば最近の侯爵の動きは不自然極まりない。

「(ここまで堂々と動くような奴ではなかった……奴はこの現状を知っているのか?)」

 ゴザック率いる盗賊団がここアラスブ王国を拠点としてすでに十数年がたっている。今までは侯爵が資金を、盗賊団が侯爵の手足としてモノや情報を集めてきた。欲深い侯爵はアラスブ王国の高い魔道具の知識を利用して国内の有利を取ろうとしていたようだが……愚か者ではなかった。

 やがてアラスブ王国には一人の吸血鬼(ヴァンパイア)が現れた。あっという間に国を支配した吸血鬼(ヴァンパイア)はゴザックの力をもってしても歯が立たなかったのだ。そして今もなおその吸血鬼(ヴァンパイア)は国の支配を続けている。闇の世界では吸血姫と呼ばれているらしい。

『あら? その糞って誰の事?』

 その声は部屋を飛び回る一匹の蝙蝠から聞こえた。これは普段、監視のためと彼女が送り込んでくる蝙蝠である。その存在自体はゴザックも認知していたが、それを通じてこうして会話をできるということは知らなかった。そうなると、ゴザックは自身の過去を振り返る。彼女への恨み言だけならばいい。あれこれと裏で画策していたこと……そのすべてが筒抜けだったということだ。

「……野郎」

『残念ね……今私は手出しができないから。聞こえなかったことにしてあげる』

 くすくすと彼女は笑いながら言う。彼女の性格はゴザックもよく理解している。満足そうな笑みで自分を嘲笑っているのだろう。

「……何の用だ」

『別に? 馬鹿な人間が馬鹿な企みをしていないか監視しているだけ。もっとも……そんな必要はないでしょうけど』

「話はそれだけか……早く失せろ」

『あらあら、随分と強気……そんな態度がとれる立場かしら? 【砂漠の殺戮者】が良いざまね』

 明らかに他意のある言い回しにゴザックはぎりぎりと歯を食いしばる。その様子がわかるのか、彼女は満足にふっと息を吐くと、思い出したかのように言った。

『ああ……それと』

 わざとらしい態度にゴザックは軽く舌打ちをする。そんな彼の態度を黙って見過ごしているのは他ならない……ゴザックを脅威として認識していないということだ。

『一匹()が紛れ込んだみたいだから……処理しておいて』

 そう言ってゴザックの返答も待たぬうちに蝙蝠はどこかへ飛び去って行く。その場には怒りに身を震えさせるゴザックと、どこかおびえた様子の彼の部下だけだ。

「……()? この俺を雑に扱いやがって」

「まさか……侵入者?」

「まさかでなくともそうだろう。まったく最近は侵入者が多い……また蜘蛛か?」

 ゴザックはそう言って手にした紙束を乱暴に壁にたたきつける。すぐ近くの砂壁に立てかけられているのは彼の愛剣。簡素なデザインはみすぼらしさすら感じてしまうほど。しかし、その愚直なほど直線的……それは彼の性格を表しているようだった。

 無垢な刀身は無数の命を奪った証拠として赤黒いシミがこびりついている。彼に手入れなどという考えはないようで、飛び散ったシミは大剣の収まる鞘にまで及んでいる。

「数人でいい、俺についてこい」

「は……はい!」

 乱暴に地面を踏みつけ、外へと歩き出していくゴザックの後ろを頼りなさそうに部下の男が付き従う。外は暗く、街は寝静まっている。寂寥(せきりょう)感満ちる無限の砂漠の大地、丘から吹き寄せる目障りな砂ぼこりにゴザックはふん、と鼻を鳴らした。

「……今の俺を引っ張り出すとは、いい度胸だ……今度は言語の通じる奴だといいがな」

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