交渉
燦々と陽の降り注ぐ大地の下、人の行き交うこの砂漠の国はセリオン王国とはどこか異なる様相をしていた。建物の全体的な高さは低く、材質もレンガでできた質素なもの。建物の密集した街並みはどこかセリオン王国の貧民街を彷彿とさせる。しかし人々のにぎわう街の中心部はむしろ王国の中心街にも近いものがある。
王宮のあるこの街を象徴するのは湖ほどもある巨大なオアシス。オアシスから引かれた水は水路を通って街中に潤いを届ける。王宮の前には透き通った水を延々と噴き出すオブジェがあった。
「お嬢様、手を」
「ありがとう」
私はシャナクから差し出された手を取ると荷台の外へ降りる。グロムの背から降りる際に見えた街の様子は一見賑わいのあるもの、しかしそこまで安定しているとは思えなかった。過酷な砂漠の大地ではオアシスから離れるほど生活は厳しいものになる。実際、街の規模はそこまで大きなものではないようだった。
「でも……思ったよりも賑わっているわね」
「魔道具に関する高い知識と技術を有しております。また、スーモ砂漠でのみとれる天然資源の価値も高い評価を受けております。こと魔法に関する研究は進んでおり……お嬢様の右眼に関する情報も得られるでしょう」
シャナクの言うように、本来私たちがここに来た目的は私の右眼……魔眼に関する知識を得るため。『魔力を灯した道具たち』の著者であるアルバード・アトラスはシャナクの集めた情報によればこのアラスブ王国の人間だという。
「ですが……あの本が書かれたのは今から40年以上も昔のこと。アルバード・アトラスが今も生きている保証はないでしょう」
シャナクの言葉を聞いて私は一瞬不安に襲われる。しかし少し考えてみれば、そのことをわかっていてシャナクがわざわざここまで私を連れてくる必要はないことに気づく。そして私の予想通り、彼女の表情に曇りは見えない。
「ですが、その孫であるハルマ・アトラスが今代の王の側近を務めております。その人間ならば何かしらの情報を持っている可能性は高いでしょう」
「王の側近……」
「はい。アトラス家は代々アラスブ王国の側近を務めております。加え注目すべきは、アラスブ王国の魔道具研究の発展に貢献してきた家であるということ……」
そういえば魔眼のことが書かれていた本の題名自体は魔道具のことを指していた。実際に書かれている内容についても、魔道具のことが主となっていた。そうなると、魔眼に関して十分な情報が得られるとは限らない。とはいえ、ここで彼らと出会わずに帰るという選択肢はない。
「彼らに接触する方法は?」
「当然、王宮に訪れる必要がありますが……」
その瞬間、シャナクの表情が曇った。確かに王国の人間でもない私たちが王宮に入り側近に接触するということ……それが容易なことではないのは明らかだが。なにやらそれだけではないように思えた。
「以前、王国を訪れた際もそうでしたが……何やら平常ではない様子です、この国は……」
「平常ではない?」
シャナクの言葉を聞いて改めて周囲を見渡してみる。何らおかしなところはない、賑わいのある街並みだ。しかし……どこか違和感がある。街を飾る建物には傷や汚れが目立つ。道を行く人間たちの顔にも心なしか陰りが見える。
「単なる人間ならば拉致してくることも可能でしょう。ただ……今回は王家に近しい人間のため、慎重に動く必要がありました。ですが……」
シャナクは周囲の者から見ればいささか不審に思えるほどに周りを見渡すと、私に耳打ちした。
「王国内に入り込んだ私の眷属たちから、悉く連絡が途絶えました」
シャナクの言葉を端に、私は自分の中に小さな動揺が芽生えたのを感じた。
「かろうじて分かったことといえば、ある盗賊団の根城がこの王国内にあること。王国内の状況は単に治安の低下によるものでしょう。ただ……」
シャナクの顔に明らかに不安の色が見える。それは私も同じ感情だ。シャナクの言う通り、単に王国の治安の低下が原因だというのならばそれでいい。しかし、それではシャナクの眷属の連絡が途絶えたことに説明がつかない。彼女の眷属は弱いものであれば、十分に人間にも手にかけることが可能な存在。しかし偵察に向かわせた者たちすべての連絡が途絶えるということには違和感が残る。
「いくつか手は打ってあります。私は……何か作為があるように感じます」
「作為?」
「王国の今の状況が異常なことは明らか……にも関わらず一切情報が外に出ることはなく、得られた情報にある盗賊団の存在にも意味があるとは思えない……」
この国の異常さを証明するのは、国民の表情、そしてシャナクの眷属のこと。情報が一切外に漏れていないということは、盗賊団が大した脅威ではない、あるいは盗賊団により情報の漏洩が妨害されている。後者は一盗賊団のできる範疇ではない。
どちらにせよ、シャナクの眷属のことを説明できない。彼女の眷属は隠密に長けており、偵察によく用いられている。それは人間が対処できるようなものではない。
「盗賊団は真実の隠蔽のための、ベール代わりということね」
「眷属が駄目となれば、私が直接赴く必要がありそうです。相手の存在が明らかになるまでは、お嬢様は身を隠されたほうがいいかと。これは私の失態ですが……こちらの存在が気づかれている可能性もあります」
シャナクの眷属がもし殺されており、それが何者かの手によるものなのであれば……すでにその何者かにはシャナクの存在を感づかれている可能性が高い。ただ、私の存在にまで気づいているとは考えにくい。それこそ、相手がシャナクと同じ手を使っていない限りは……
「シャナク」
「はい?」
「あなた、何か盗られたみたいね」
私の目には一目散に駆けていく少年の姿が映っていた。シャナクがあれに気づかないとは思えないが……
「もちろん存じております。この場であれを取り押さえてしまいますと、周囲の視線を集めてしまいますので」
不確定な存在を警戒している現状、不用意に周囲の視線を集めてしまうことは避けたい。シャナクの言葉の意味はそういうことだろう。
「それに……あれは恐らくですが盗賊団の一員でしょう。子供ですが、あの身なりは盗賊団のもの」
確かにあの少年の恰好は道行く人々とは少し異なるように思えた。若干身なりが貧相というか……盗賊団の身なりを知らない私にはそれしか分からない。実際、周囲の人間もあの少年に対して何の興味も抱いていないようだ。
「国内の治安低下に伴い、食い扶持を求める子供が盗賊団に引き込まれているようです。あのような貧相な身なりの子供など、ここでは珍しくもありません。ですが、あの子供の服の下に身に着けている短剣は明らかに誰かによって渡されたものでしょう」
やがて少年の姿は密集した建物が作り出す路地の影に消えた。私は右目の魔眼を発動すると少年が建物に入るのを確認した。
「あの小さな小屋に四人ね」
「四人……仲間が待機していたということですか」
小屋は外からは目につかない場所にあり、他人の目を避けるにはもってこいの場所にあった。小屋の壁はどうやら補強がなされており、かなり古い建物のようだ。少し離れたここからでは中の音を聞くことはできない。
「うち二人は、これは確か……気力だったかしら」
「気力……」
気力という言葉にシャナクが露骨に反応を示すのが分かった。私はあの騎士団長から気力の存在を知ったが、彼女に教えたつもりはない。一体どこでそのことを知ったのだろうか……
「知っているの? なら話が早いわね。人間は強い個体でも魔力を持っておらず、代わりに気力を持っている。二人はシャナクの言う通り盗賊団の人間。もう二人のうち一人はさっきの子供でしょうね」
「すると一人は……盗賊団と一緒にいるということはやはり引き込まれた子供でしょうか」
壁を隔てたここからでは視えるのは魔力と気力を示すオーラのみ。ここからでは相手が子供であるどうかはわからない。
「お嬢様は少しここでお待ちください。彼らから何か良い情報を得られるかもしれません」
先の話からシャナクが盗賊団の情報を得ようとしていることは分かっていたため、私は黙ってうなずいた。それからいくばくも経たぬうち、シャナクは静かに扉を開け、小屋から顔を出した。彼女は申し訳なさそうに私の顔に視線を向けた。
「申し訳ありません……お嬢様。少し問題が起きまして……」
「二人はどうしたの? 死んでいるようだけど」
小屋から感じられた四つの魔力は今では二つになっていた。どちらも気力を持たないほうだ。
「騒ぎを誘発させる可能性があったため殺してしまいました。ですが子供は確保してあります。加えて、もう一人なのですが……」
シャナクに付いて私は小屋の中に入る。屋内はあまり良い環境とは言えないものだった。家具という家具はなく、生活のために必要なものはない。おそらく今回のように大っぴらにできないことを話し合うためだけに利用されていたのだろう。
二つの盗賊の死体は部屋の中で無造作に転がり、先ほどシャナクから物を盗んだ少年は部屋の隅で気絶している。そしてもう一人は――
「あ……あなたがシャナク様の」
彼女がもう一人の人間だろう。恰好を見る限りはこの国の人間だろうが、この状況を見てもほとんど動揺が見られないのは少し気になる。それに彼女はシャナクの名前を知っているようだった。私はシャナクに軽く手招きをすると、耳元でささやいた。
「どこまで話したの?」
「私とお嬢様の関係性は……ですがもちろん嘘のものです」
シャナクは後半部をより小さな声に落として言った。嘘の関係性とは、私が貴族の令嬢で彼女が従者という、私が旅に出る前に決めたものだ。
「私はそこのシャナク様に命を救われました……」
そういって彼女は私に深く頭を下げた。これ自体は自然な反応だが……
「それで……まさかそれだけということではないでしょう?」
私とシャナクの嘘の関係性を知っているのならば、主である私にも礼をすることは分かる。しかしシャナクがわざわざ私のことを呼ぶ意味が分からない。それにあの子供から情報を聞き出す際、この女は邪魔になる……
「そうですね……一つは私とシャナク様は以前から多少の交流があったこと。シャナク様が仕えているという方にも一度挨拶をしたかったのです」
「……二つ目は?」
「王国の現状に疑問をお持ちでしょう?」
一つ目の答えに若干じれったさを感じていた私は、次の言葉に改めて彼女の顔を見据える。私が興味を持ったことに気づいたのか、彼女は続けた。
「現在王国を支配している盗賊団に関して、私は情報を持っています。シャナク様が倒されたこの二人……彼らが盗賊団の一員であることは御存知かと思います。私はその二人に命を狙われていた……少しは私の情報に信頼が置けるのではないでしょうか?」
命を狙われていた……そう考えるのであれば盗賊団にとって不利な情報、すなわち私たちにとっては有益な情報を持っている可能性はある。しかし、彼女自身が盗賊団の一員である可能性も捨てきれない。それならば情報を与えて自分は逃げるというのが目的だろう。向こうに私たちの情報が渡ることを避けるには、この人間を野放しにはできない。それに、命を狙われるということは、それ相応に面倒ごとを抱えているということだが……
「お嬢様……どうしますか」
「いいわ、聞きましょう」
「――以上が、私の分かっている範囲の盗賊団に関する情報です」
彼女の話をまとめると……現在、このアラスブ王国では厳しい情報統制が行われている。王宮の内情は外からは全く分からない。その間、国内はゴザックという人間を頭領とした盗賊団が実質支配している状況となっている。
そしてやはりというべきか、彼女も私たちと同じ考えに行き着いていた。それは盗賊団の裏にいる存在の示唆。巨大な組織かあるいは……
「王国の現状をご存じでなかったということは……セリオン王国からいらっしゃったのではないでしょうか?」
私は少し離れた位置にいるシャナクと顔を見合わせてから、改めて頷いた。
「やはり……ならばセリオン王国、あるいはヴァンテールの貴族様でしょうか。ならばお嬢様のお父様から騎士団に、王国の現状を伝えていただくことは可能でしょうか?」
彼女は表情こそ冷静そのものだが、王国の現状は聖騎士団を動かさなければならないほどには深刻だと考えているらしい。
「セリオン王国と王都ヴァンテールにはそれぞれ聖騎士団、神聖騎士団がいるはず。彼らならば盗賊団を一掃できるでしょう……」
「残念ですが……それは難しいでしょう」
私がそう言うと、彼女はなぜか不思議そうな表情を浮かべた。
「セリオン王国の現状を理解しておいでですか? 騎士団が動くのは……今は難しいかと」
「それならば聖騎士団は王都に伝えるはずです。神聖騎士団が動いてくれるでしょう」
「ですから、それは……」
一体この女は何を言っている?
私には彼女の言葉の意図するところが全く見えなかった。あるいは……そんなことも理解できないということがあるのか。動揺とともに苛立ちの感情がこみあげてくる。
「セリオン王国の聖騎士団が身動きできないほどの現状、神聖騎士団も当然難しいでしょう。それに、一貴族にすぎないお父様が騎士団にどうこう言える立場とは……」
彼女の言い草は明らかに他国の貴族の……それも当主でもない者にいうものではない。しかし、なぜか彼女は私に懐疑の感情を向けていた。
「お嬢様……当然、盟約はご存じでしょう?」
先ほどまでとはうってかわった、彼女の冷たい調子の声に先ほど芽生えた動揺がさらに大きくなるのを感じた。何か返答を間違えたのか、シャナクに助けを求めるが……そのシャナクすら今は私と同じ顔をしていた。
「……お嬢様は枢国家の貴族でしょう? ならば盟約を知らないはずは……」
半ば探るように彼女の目線は私の様子を鋭く観察していた。いやな汗が額ににじむ。表情は隠せても、私の視線は嫌というほどに動揺を隠せないでいる。それを人間は見逃してもくれない。さらに彼女の疑いの目が強くなるのを感じた。
なぜだがわからないが、私が本当は貴族ではないことがばれたのかもしれない。となれば――私はシャナクに軽く目線を送り、シャナクもそれに頷いた。この人間は……今すぐ殺すべきだろう。
そう思った矢先だった――
「しかし……確かにお嬢様の年齢ならば、盟約のことは知らない可能性も……それならば私がここで盟約のことを口にしてしまったことは……」
彼女は早口で独り言のように何かをつぶやいていた。その一言一句を私は聞き逃さなかった。
「それは……」
「いえ!? 先刻のことは忘れてください!」
「……?」
「とにかく……お嬢様の家の地位が国内でどれほどのものかは存じません。しかし、それでもこの国の現状を騎士団に伝えれば、必ず騎士団は動くはずです。」
彼女は焦った様子でそう言った。おそらく彼女に先ほどの盟約について聞くことはもはや無理だろう。ふと、視線の端に入ったシャナクの表情は不安に満ちたものだった。
「……あなたの話はよく理解しました。ただ、私にもこの国に来た目的というものがあります。それを達成するまでは国に帰るわけには……」
「……もし良ければ、その目的を話していただけますか? 何か力になれることがあるかもしれません」
それを聞いて、私はどこまで話すべきか思案を巡らせた。彼女が敵方だった時を考えると、私の眼のことは言うべきではない。しかし魔眼に関して何も言わないわけにはいかない……
「この国の王の側近であったアルバード・アトラス……彼の書いた本に魔眼に関する記載があったのです。それに関してさらなる知識を求めてこの国に来たのですが……」
とはいえ、アルバード・アトラスが生きている保証はないという話を先ほどシャナクから聞いている。そんな私の不安を、彼女も理解しているようだった。
「はい……アルバード・アトラスはすでに何年も前にこの世を去っています。代々アトラス家は魔道具の知識を引き継いではいますが、現側近であるハルマ・アトラスは魔眼に関しては疎いでしょう。いえ……そもそもアルバードを超える知識の持ち主は現代、この国には……」
彼女の言葉を聞いて私は落胆した。彼の知識を引き継いでいるというハルマ・アトラスが頼みの綱だった。その彼が魔眼に関して疎いとなれば、あの本以上の十分な知識が得られる保証はない。ただそれを話す彼女の表情は言葉とは裏腹にまだ可能性を秘めたものだった。
「ですが、私が力になれるかとは思います」
彼女はちらりとシャナクのほうに目をやり、小さなほほえみを浮かべた。そして何かを決心したように私に振り返って言う。
「シャナク様には今まで何度もお世話になりました。今回に関しては命を救われました。ですからお話しすることですが……私は魔眼の研究をしております」
「……魔眼の?」
「はい、幼少期はアルバード様の元で修業をさせていただきました」
彼女の言葉を聞いて私が最初に抱いた感情は疑念。しかし嘘にしてはあまりに粗末すぎる。嘘をついているようには見えないが、これが演技だという可能性はある。先ほどの私の動揺にこの人間は一瞬で気づいた。油断はできない……
「それで……盗賊団に?」
「それに関しては、ほかの理由が大きいかとは思いますが……まだお話することはできません」
彼女は申し訳ないという様子だったが、その裏には明らかにこちらをまだ信用しきっていないという意味が含まれていた。
「お嬢様……この国に来たばかりで大変申し訳ないのですが、すぐにでもセリオン王国へ向かうことは可能でしょうか?」
「それは……どういう?」
「私は現状追われる身分です。魔眼に関する資料も設備も今は触れることができません。一刻も早くこの現状を解決したいのです。それに当事者である私がいるほうが事も円滑に進むでしょう」
彼女の言葉を聞いて私は自分の中にあった彼女に対する疑念が晴れた思いだった。彼女が盗賊団の者であれば、こんな遠回りの手段をとる必要はない。しかし一方で、セリオン王国に向かうというのは避けたい事項だ。セリオン王国では私もまた追われる身なのである。
セリオン王国の現状を私はほとんど知らないが、あれほど派手なことをしたのだから向こうも私のことをただで置いておくつもりはないだろう。
「……」
「それに大変申し訳ないのですが、お嬢様。私はあなたをまだ完全に信頼することはできないのです。貴族の令嬢に対してたったの一人の護衛……少し疑問が残ります」
ここで私が彼女の頼みを断れば、彼女から信頼を得ることはできず魔眼に関する情報を得ることも叶わないだろう。私が言葉に詰まっていると、その様子に気付いたシャナクが助け舟を出した。
「盗賊団程度ならば私一人で片付けられるでしょう」
「まさか……シャナク様の力は認めますが、それでも頭領ゴザックの力は本物です! それにシャナク様はお嬢様の護衛ではありませんか」
シャナクの意見には私も同じような反論が思いつく。事実、盗賊団を壊滅させる程度ならば私もシャナクも可能だろう。ただ、それをすれば私たちがただの貴族でないことどころか、人間でないことまでばれてしまう危険が高まる。そんな私の不安を理解しているのか、シャナクはこちらに笑みを浮かべて見せた。
「ええ、もちろん私はお嬢様の元から離れるようなことはありません。ですから先ほどのあなたの疑問にも答えましょう」
「……もう一人護衛がお嬢様にはいるのです。とても腕の立つ者です……私よりも」
もう一人……それは私も知らない話だ。眷属のことを指しているのだろうか。であればシャナクよりも強いというのは……どこからどこまでが嘘をついているのか、私の目ではシャナクの真意をつかむことができなかった。
「シャナク様よりも……ですか。しかし、敵はゴザックだけではありません。ゴザックの周りには少なくとも100人近い盗賊団員がいます。中には腕の立つものもいるでしょうし……」
「問題ありません」
シャナクはそう言い切った。人間はいまいち、納得がいかない様子だ。私も後でシャナクに聞いておく必要がありそうだ。
これで一通りの話は終わった。私はシャナクに視線を送り、それに気づいたシャナクも小さく頷き承知する。シャナクは壁際に倒れていた少年をまるで物のように持ち上げると、私の隣にやってくる。どうやら人間もその様子に気づいたのか、若干鋭い表情で私に言う。
「ところで……その少年はどうするおつもりでしょうか?」
私が黙っていると、彼女は続けて言う。
「その少年は私たちの国のもの……他国のあなたたちにお任せするわけにもまいりません」
この様子だと、次の彼女の反応が想像できる。思わずため息が出る。これ以上隠していてもしょうがないと判断した私はありのままの真実を告げる。
「その少年からは盗賊団に関する情報を聞き出すつもりです。あなたの話を聞く限り、向こうの情報を得ることは必要でしょう」
「それならば私がやるべきことです」
「あなたは子供に対して冷酷にはなれないでしょう?」
「な……」
彼女は驚き半分、そして私への非難が半分といった表情をした。
「情報を聞き出したのち、その子供が盗賊団の元に戻り、私たちのことを報告しないとも限らない」
「そんなことで子供の命を奪うつもりですか!」
「たかが子供一人の命で、この国が救われる可能性が高まるとも言えます」
やはりこの人間も同じような反応をする。そのうえ今回は身内でもない者に対してだ。まさか、自分の国の人間だから……ということはないだろうが。それだけでこの貴重な情報を得るチャンスを逃すつもりだろうか。
「あ……あなたは貴族でしょう。民の命をたかがなどと……」
「所詮、私たちにとっては他国の話……私たちにとっての目的になりえるあなたの命と、知りもしない子供一人の命であれば、当然あなたを優先するでしょうね」
これ自体は人間にとっても理解できる話をしたつもりだ。どうやら貴族は国民を守るべきだと考えているようだが……少なくとも私の見てきた貴族にそのような者がいたとは思えない。自国の民ですらそうなのだから、他国の民など尚更だ。
彼女にとっても私の言葉はすぐに返答できるものではないようだった。しかしすぐに彼女は何かを思ったのか、再び強い瞳を私に向ける。
「情報は私が聞き出す」
その強い口調に彼女の本来の姿を見た。まるで獣のような強い目だ。こういう人間を曲げるのは非常に骨が折れる。私は包み隠さず嫌悪の表情をこの女に向ける。そんな私の反応に一歩も引かず、彼女は続けた。
「この子供は私の信頼のおける仲間に監視の下、閉じ込めておく……それでいいでしょう!」
「……」
「私の情報は国にとっても宝……信頼のおけない他国の者に簡単に渡すことはできない。それがたとえ……国を救ってくれた恩人だとしても」
この瞬間、私はこれ以上の要求は叶わないと察した。少なくとも彼女の情報とこの子供一人から得られる情報を天秤にかける価値はない。私はしぶしぶ彼女の提案を受け入れた。
「……分かりました。シャナク、そういうことよ」
「はい……お嬢様」
「ひとまずは私たちと一緒に来てもらえますか? 情報共有も容易でしょうし、私もあなたの安否が確認できますから」
「それはそうですが……私は盗賊団に狙われているのです。私と一緒にいることになれば、必然的にお嬢様も狙われてしまいます」
「構いません。それ以上にあなたが私の前からいなくなるほうが許せません」
「……わかりました」
彼女は私たちとともに行動することを承諾したが、その前に仲間たちと連絡を取りたいと言う。私は自分たちも一緒に行くのであればよいと提案し、彼女もそれを承諾した。まもなく彼女は魔道具で仲間と連絡を取る。接触は街の宿屋で行うということだった。
やがて、腕輪の形をした魔道具から彼女の仲間の声が消える。このような贅沢な連絡手段を用いることができるのも、ひとえにこの国の魔道具技術の高さ故だろう。
できれば彼女は外部の人間にこの光景を見られたくはなかった。自分のすぐ近くにいる彼女は枢国家――セリオン王国か王都の貴族。そのような相手に貴重な情報を渡してしまうこと、それはすなわち貴重な国家間の交渉材料の一部を相手にみすみす渡してしまうことに他ならない。
目の前の少女は見た目通りの年齢とは思えないほどに油断ならない。当初、彼女にとって警戒すべき相手とはシャナクだけだったはずが……とんだ読み違えである。
「あの……お嬢様」
「……何でしょう?」
「私、まだ自分が名乗っていないことに気が付きました。私はシレイと申します」
「そう……私はアクセリア」
シレイは互いの名前を共有することで少しでも相手のことを知るつもりだった。しかし、その目的とはほかにシレイはあることに気づいた。そんなシレイの感情に少女――アクセリアは気づいていた。
「あの、お嬢様は――」
「名乗っていないのはお互い様でしょう?」
アクセリアはそういってシレイに鋭い視線を向ける。睨んでいるわけでもないのに、なぜかシレイは身の凍る感覚を覚えた。彼女には自分を見つめるアクセリアの片目が不自然なほど赤く光っているように見えた。
「……それもそうですね。よろしくお願いします、アクセリア様」
「ええ、こちらこそ」
最後のアクセリアの言葉……それには一切の感情がこもっていないようにシレイは感じた。
やがて、この場にいるすべてのものの意識が小屋から離れる頃……埃をかぶった一匹の蝙蝠が天井裏から飛び去った。
「……見つけた」




