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赤眼の吸血鬼  作者: カエルオオカミ
砂漠に巣くう姫
108/131

 時は少しさかのぼって昨夜。あれはシャナクと別れてすぐのことだった。渋るシャナクを無理やりにでも私の元から離れさせたのは、当然理由があってのことだった。

「どこにでもいるわね……シロ」

 暗闇の奥から不気味な白い影が姿を見せる。吸血鬼(ヴァンパイア)の眷属としてはふざけたその外見……しかしその滑稽さがむしろ不気味にすら思えてしまう存在。

「そう……重要な時にいつもあなたはいる。まるで、なんでも知っていたかのようにね……夢でもシロ……お前が出てきたわ」

 シロはキーキーという鳴き声を上げながら空中にとどまっている。あれは私に理解できるような表情を持たない。しかしそれが笑っているように見えるのは、私の考えすぎだけではないだろう。

「もう私はあなたを信用できない」

 そう言って私はシロを置いてその場を後にしようとした。すでにシャナクは馬車に戻っているだろう。暗闇を通す自身の眼にはしっかりと馬車の姿が見える。

 その瞬間――急に視界が暗黒に閉ざされたような気がした。身の毛のよだつような感覚が手足の先まで伝播していく。その感覚の源は肩に張り付いた一匹の生物によるものだった。

 それが浮かべる恐ろしい笑顔は不安定な私の心を激しく揺さぶった。まるでお気に入りの玩具を見つめる小さな子供のように……あるいは獲物を見据える獅子のように……体中を嘗め回されるような嫌らしい視線が注がれる。

 闇に満ちた視線の先……漆黒のスクリーンには確かに自身の方に乗る小さな悪魔の姿が映っていた。






『なぜ……なぜ平気でいられる! それに……なぜ詠唱もせず……』

『あなた無知すぎるわ。魔眼の能力くらい知っておいたら?」

 視界には一人の男が映っている。ちょうど人間の貴族のような恰好をしているが、どこか違和感がある。それも当然……男の背中には一対の黒い翼が生えていた。

『こんな……私は最高位の存在だ! 誰にも負けるはずは……』

『まぁ、落ち着きなさい……』

 意識がはっきりとしないまどろみの感覚の中、突き刺すような声が聞こえる。それは目の前に見えるこの哀れな男よりも……ずっと近くから聞こえた。

 次の瞬間……何かが弾ける甲高い音とともに、周囲の景色がガラリと変わる。

『……いつのまに!』

 視線の先には相変わらず男の姿があった。しかし見渡した景色のみが、その姿を一変させてしまっていた。何か珍しいものでも見るかのように注がれる視線。それがすべて人間のものだと理解してもなお……()()()は微塵も揺らぐことがなかった。

『最寄りの人間の国に飛んだわ。あなたの遊び場の一つでしょう?』

 男は青ざめた表情で周囲を見渡した。やがて異変を聞きつけたのか、金属でできた質素な防具を身に着けた者たちが姿を見せ始めた。この国の兵士たちか何かだろう。しかし、男の表情の原因は決して彼らではない。

『な……』

『ヴぁ……吸血鬼(ヴァンパイア)だ!』

『何を……するつもりだ』

『どうせ壊す予定だったんでしょう? それなら私に譲ってもらっても構わないでしょう?』

 再び冷たい声が男の問いに答える。改めて聞いてみれば、とても聞き覚えのあるものだった。

 その言葉を最後に……兵士たちの断末魔があたりに響き渡った。鎧の中身が急になくなってしまったかと思うほどに、ただのモノとなった金属が地面に叩きつけられていく。それは兵士たちだけの話ではない。まるで空気を失った風船のように、周囲の人間たちの肌が黒く萎びていく。とても見覚えがある光景だった……

 国中が阿鼻叫喚に包まれたのはほんの一瞬、間もなくあたりには心地の良い静寂が訪れた。国中からかき集められた血が空を赤く染め上げる。場には押しつぶされそうなほどの禍々しい魔力が満ちていた。しかし私はその感覚をちっとも苦には思えなかった。ただ、視界を染め上げる真紅だけが、私が見ている全てだった。

『血がもったいないわ……』

 ふと肩を見れば馴染み深い顔があった。満足げに――()()()()は少女の肩で笑っていた。

 間違いない……これは私自身の記憶だった。






 体が……震える。極寒の夜、凍てつく海の暗く深い底に沈められたかのような感覚が支配する。こんな感覚は初めてだ。

「……アクセリア様?」

 震える私に気が付いたのか、前方に座るシャナクが心配そうな表情を浮かべてこちらをのぞき込んでくる。

「何もない……心配ないわ、シャナク……」

「そうですか……」

 そう答えるシャナクの表情はどこか沈んでいた。やがておもむろに立ち上がると、シャナクは自分の身に着けていた外套を脱いで震える私の体にやさしく被せた。

 私は視線で必要ないと伝えるつもりだったが、今のシャナクの顔を見て……それがあまりに苦なことだと理解した。

 布ですっぽりと隠された窓の外……直接は見ることのできない外の景色をする。がたがたと馬車の奏でる音。はるか上空から聞こえる甲高い声を聴いて、今は早朝ぐらいだと察した。






 それから間もなく、長らく続いていた馬車の振動が止まるのを感じた。ざわざわと壁を通して聞こえる外の喧騒に自然に耳が傾いていく。

「どうしたの?」

「……どうやらここからは移動手段を変えるようです。アラスブ王国に繋がるスーモ砂漠……その国境間の町、【レク】といいます。王国の小貴族が現在統治しており、財政はまあまあといったところでしょう」

「……随分と詳しいのね」

「ええ、一度来たことがありますから」

 ほかの乗客は町へ向かったのか、私が外に出たころにはすでにその場に残っているのは馬の手入れをする御者だけだった。日の光を避けるため、傘を差して外に出る私の姿が彼らの目には不思議に見えたのか、少なくない視線がこちらに向けられている感覚があった。

 乗客と護衛である冒険者の関係性はあくまで移動中だけらしく、彼らの姿はすでになかった。

「それで、出発はいつ?」

「今から一時間程、町の反対側から出発する予定です。暮れにはアラスブ王国には到着するでしょう」

「そう、それならば早く出発しましょう。ここから歩いて着く距離かしら?」

「はい……()()()の足でも30分ほどで着くでしょう」

 そう答えるシャナクの表情はどこか曇って見える。先ほどのものとは少し異なる……僅かな嫌悪の染みる表情だ。

「何か……シャナク?」

「い……いえ。その……今回の移動方法は庶民も利用するものと……」

「あたりまえでしょう? もともとそのつもりだったんだから」

「そうなると……今後の移動方法は、もしかするとお気分を害されるものになるかもしれません」

 となると……大方道のりは粗雑なものになるのかもしれない。吸血鬼(ヴァンパイア)こそ暴力の象徴だろうに、どうもシャナクはこういう傾向がある。貴族の令嬢と従者というのは単なる設定に過ぎないというのに……

「それはあなたでしょう? シャナク」

「……それは」

「楽しみね」

 それからの私とシャナクの間で交わされる言葉は少なかった。目的の場所には30分どころか20分もかかることはなかった。






「あのまま行っちゃって大丈夫だったのかな……」

 レナが小さくこぼしたその言葉にトムはわずかに嫌悪を浮かべた。

「いまさら何言ってる。向こうさんがああ言ってるんだ。俺たちはそれに従うだけだ」

「でも……」

 どうもはっきりとしないレナの様子にトムは苛立った様子で先を歩いていく。明らかに平常ではないトムの様子にディーンも気づいていた。

 平原を抜け、次は過酷な大砂漠――【スーモ砂漠】を横断する。集合地点はここから30分ほど歩いた先、時間には余裕がある。

 遠出などほとんどしたことがないレナは物珍しい気持ちで周りを見渡していた。調子の違う言葉に覚えのない物品の数々――先のやり取りの中で苛立ちを見せたトムもそんなレナを気遣う余裕はあったのか、歩幅はレナに合わせるように狭くなっていた。

 そしてちょうど宿屋の前を通りかかる頃……開け放された扉の先から聞こえる声に、三人は歩みを止めた。

「あらら……あなたも知らないのね」

「う~ん、力になってやりたい気持ちはやまやまなんだが、お姉さん……それじゃあ、あまりに曖昧過ぎるよ。せめて似顔絵くらいは」

「そうはいってもね……私も顔は知らないのよ~」

 決して大きな声でもないが、どこか耳に残る女の声が聞こえた。間延びした語尾とともに姿を見せた女は黒いマントを羽織っていた。体は頭を除いて首元までマントで隠れていたが、時折覗く露出した足元を見る限り、マントの中身はそこまで重装というわけでもなさそうだった。

 女の鋭い目はまるで獲物を見据える獣のように凶暴で――しかし静かに、三人を見つめて止まった。

「あぁ……そこのあなたたちでいいわ」

 そう言って女はディーンとトムの顔を無遠慮に覗き込んだ。

「う~ん……あなたたちは違いそうね。見るからに何の面白みもない()()って感じ」

「なっ!?」

 急に女の目は興味を失ったように、視線は二人から離れ次なる獲物を求めて漂う。あまりにも自分勝手が過ぎる女の行動にディーンは思わず困惑の表情を隠せずにいた。なぜかトムはショックを受けていた。

「ちょ、ちょっと……いきなり何ですか」

「あなた、も……普通そうね、だけど……その()()()は気になるわ。みるからに着られてる……って感じだけど」

 体をへの字に曲げ、二人の顔は寸分もないほどに近づいていた。カチャカチャと金属のぶつかるような音が、女の隠れたマントの下から聞こえた。

「でも……一応、特徴的には一番近いし……ねえあなた」

「は……はぁ」

「とりあえず上、脱いでくれない?」

「は……はぁ!?」

 ぽかんと口を開けたまま、思わずレナは自分が思った以上に大きな声を出していることに気づいた。そんな間にも女は確認もせずにレナの体に触り始める。

「何言ってるんですか!」

「だってそれしないと分からないのよ。生えてるか確認しないと」

「生えてるって何ですか! そんなのあるわけないじゃないですか!」

 すでに二人の周りにはやり取りを聞きつけた者たちが、皆それぞれの顔を浮かべながら二人を取り囲んでいた。普段のレナならば敏感に周囲の違和感に気づいていただろうが、今のレナには目の前の女をどうにかすることで精いっぱいだった。

 ふと、人混みの中……静かに場を離れる二人の影があった。




 やがて周囲の興味も薄れたのか、二人の周囲には普段通りの時間が流れ始めた。しつこく迫る女にレナもとうとう諦めたのか、ローブ一枚を脱いでもはや彼女の自由にさせていた。

「確かに~……何もなさそうね」

「うぅ……満足しましたか? これ以上は無理ですよ!」

 焦った様子で言うレナに、女はいささか大げさに見えるほどのため息をついた。彼女としては、上はすべて脱いで欲しかったのだろうがそんなことはできるはずがない。

 空気を全く読もうという気概のない女はしばらく執念深くレナを見つめていた。しかしレナにその気がないことを察すると、諦めたのか女のほうから口を開いた。

「う~ん、そうね。触ってみたところじゃ、何も生えてなさそうだし」

「だから生えてるって何ですか……べたべた背中なんか触って……」

 二人の様子をじっと見守っていたディーンがたまらず口を開いた。

「まさか……それを目についた人間全員にやっているのか?」

「ある程度はね、この子は結構やらせてもらったほうだけど。でも大きすぎるわ。私の探している子はもっと小さいもの」

「それじゃ子供じゃないか。一体何が目的で……」

()()のよ」

 その瞬間、ディーンは女から得体のしれない空気を感じ取った。

 女の注意が自分から離れたことをいいことに、レナはそそくさと脱いだローブを着ると、女の背後から離れていった。

 その得体のしれない空気を感じ取ったのはどうやらディーンだけのようだった。

「な~んてね、あはっ♪ それじゃあね~」

「おい! ちょっと待て……!」

 ディーンが呼び止める間もなく、女はあっという間に三人の前から姿を消していた。

「放っておけよ、あんな変人は」

「トムには言われたくないと思うよ……でも私も同感」

 珍しく意見の一致した二人は互いに向き合って頷いた。

「っと……無駄な時間を過ごしていると乗り遅れる。ティムのやつにつけこまれる隙を与えたくはない」

 大股で先を行くトムを小走りでレナがついていく。その後ろ姿を見ながら、ディーンはどこか釈然としない思いだった。

「(……ただの気のせいだろう……な)」











 目的地についた私たちを出迎えたのは、一面の死んだ大地。草木の一本も生えない風景ではあるが、どこか神秘的な空気を感じる。はるか遠くまで突き抜ける緩やかな勾配の続く大地は、アルジオ平原を思い出す。

 そんな美しい景色と裏腹に、照り付ける日差しは乾いた砂を経てさらに苛烈なものとなっている。直接日差しを浴びずとも感じる熱気に、私はすぐにでも屋根のある場所に駆け込みたい思いだった。吸血鬼(ヴァンパイア)にとって死をもたらす日光をさえぎるのがただの傘一本というのは心もとなさすぎる。

「大丈夫ですか……()()()

「最悪の気分ね……早く屋根のある場所に行きたいわ」

「それはもちろんですが……」

 シャナクは言葉を詰まらせる。おそらくは()()のことを気にしているのだろう。

 乾いた砂漠の大地に似つかわしい、厚く水気のない鱗に覆われた外皮。それに対してつるつると日の光を返す肌。巨大なトカゲに似た生物の背中には、どこか心もとない作りの荷台が乗せられていた。

 先についていた商人や冒険者たちは次々にそれに乗っていく。十分な数の荷台が用意されているわけでもなく、やはり一部は荷台の縁か、あの生物の体に直接乗る必要があるわけだが……荷台が馬の時よりも大きいのを見る限り、今回は彼らと一緒になるかもしれない。

「……今度はそう自由にもいられなさそうね」

「はい……」

 決して十分な言葉で伝えたつもりはないが、シャナクは私の言わんとしていることを察したのか、表情に一筋の陰りを見せた。

「おい」

 嫌悪の込められた低い声。とても聞き覚えのある青年の声が聞こえた。嫌悪のむけられる対象はシャナクに対して……すぐ隣にいる私には見向きもしていなかった。いや……というよりも、寧ろ積極的に私のほうを見ないようにしているようだった。

 仲間の失礼極まりない言い草にトムのすぐそばにいたレナは心の底から焦っていることを隠そうともしなかった。

「俺たちはグロムの背中に直接乗る。ただしレナはお前たちと一緒だ。こいつは魔法使いだ、体力も俺たちのようにはない」

 トムの話は態度とは裏腹にこちらを気遣ったものに思える。

「あら、言葉遣いは諦めたのですか?」

「それ相応の相手にはそれ相応の態度を示すだけだ」

 普段は私の様子に非常に敏感なシャナクが、今は私の姿が見えていない。二人の間に流れる険悪な空気は今回の旅を経てすでに固定化されてしまっている。

「いいえ、五人全員が入るでしょう? あの中には」

「お嬢様……よろしいのですか?」

 ちらりとトムへ睨みを利かせながら、シャナクは私の耳元でささやいた。こちらの様子を窺う二人を見つめながら、私はじれったさを感じながらシャナクに応えた。

「結局一人はいるのよ、それなら三人いても変わらないでしょう?」

「ですが、彼らは自分から……」

「それに……」

 私は一歩先へ足を進めると、今度は二人にも聞こえるような声で言った。

「あれの背中に乗る……それも交代なしで? 砂漠の日の元でそんなことが可能でしょうか?」

「構いませんよ、その程度で死にやしませんから」

「もちろん死なれては困ります」

 トムの言い草はシャナクに対するものよりも若干丁寧に思えたが、それにしてもあまりに雑が過ぎるものであった。

「しかし、あなたたちの仕事は私たちを守ることでしょう?」

「当然だ」

「でしたら、私の言うようにしたほうがよいかと思います」

 私の言葉にトムはどこか不満げな表情を浮かべていた。何をそんなに躊躇っているのかが分からない。シャナクがそれを嫌がっているのは分かるが、私がよいと言えば彼女も頭を縦に振るはず。それならば彼がそれを否定する意味がない……

 そんな私の疑問に対する答えも出ないまま……トムは意を決した様子で答えた。

「分かった……これ以上は俺にも断る理由がない」

 言葉を発した後,トムは深いため息をついた。そばにいた二人はすぐさまトムに語りかける。

「そうだよ、トム。折角一緒に乗ろうって言ってくれてるのに」

「……一体何を躊躇う必要があった?」

 二人もまた私同様、トムの行動に違和感を覚えていた。二人の追及は純粋な疑問のように思えた。しかしトムは二人の顔は見ないまま、適当に答えた。

「……あぁ、俺が間違ってた。お前らが正しいよ」

 トムの言葉を最後に、三人はひとまずこの場を後にした。一通り出発の準備ができたのちここに戻ってくるのだろう。結局、トムの行動の意味が最後までわかることはなかった。






 その後、私たちを乗せた生物はゆっくりと歩を進める。乾ききった大地を染める砂をかき分け、巨大な体が景色を変えていく。

「……あんた、昨日もこんな中で過ごしてたのか?」

 あいも変わらず不機嫌そうな様子のトムはそう零す。私たちを運ぶ荷台の中は暗い。それも当然のこと、荷台の窓はすっかり閉じられ、隙間すら布でふさがれ光の存在を許さない。吸血鬼(ヴァンパイア)である私にとってはとても心地の良い環境だが、人間にとっては違うらしい。

「すでに言っているはずですが? お嬢様は肌が弱いと……」

「にしても限度があるとは思うが?」

「不満ならば外に出られては? 冒険者皆様は日の光を浴びることが大好きなのでしょう?」

 私が何も言わないとシャナクはトムを挑発するように憎まれ口をきく。また言い争いが始まると思ったが、トムは無言で外に出た。

「おい……トム」

 続いてディーンが荷台の外へ向かう。彼らの身体能力ならば簡単に落ちることはないだろうが……確かに今はこの生物の速度も遅い。しかし、先ほどから少しずつ速くなってきている。

 トムの出て行った後を見つめるシャナクの表情は見るからに不機嫌な様子だった。

「ごめんなさい……トムは、いつもはあんなじゃないんです……」

 レナはぼそぼそとつぶやくように言う。その瞬間、シャナクの視線が鋭く彼女のほうへ移動するのが見えた。

「そう……それならばあなたの言ういつも、というのは? それはそれは礼儀正しいのでしょうね」

「……はい」

 今のシャナクの浮かべる目は明らかに人間を見下した目だ。それは人間が浮かべるには冷酷すぎる……魔の者の目だ。生真面目な彼女ならばこんな雑な演技をするはずがない。人間のふりをするということはすでに忘れてしまっているのかもしれない。

 しかしそんな彼女の態度を、私には別に悪いとは思えなかった。

「あ……あの! 王国には何しに……」

「無理に話をしようとしなくてもいいですよ」

 沈黙を破るように放たれたレナの言葉を覆いかぶすように私は答えた。

「私たちの関係はそこまで深いものでもないでしょうし……」

「で……でも、一応命に関わる……問題ですから」

「……命?」

 一体何が言いたいのか……今の私には彼女の次の言葉が全く想像できなかった。

「そうです……私たちは護衛。名目こそありふれたものですが、そこには魔物から命を守るという確かな命の関係性があります」

 彼女の言葉には全くのよどみがなかった。強い自信をもって彼女はそれを口にしている。しかし、言葉は理解できるはずなのに……何故か私の心は全く動く気配がなかった。

「ですから……私は、あなたの名前も知りませんから……」

「ずいぶんと繋がりを気にしているのですね……冒険者とはみなそういうものですか」

「冒険者なんて縛られたものではないと思います……こんな世界で生きていれば……()()として当然ではありませんか?」

 ()()――

 その言葉を聞いた瞬間、私は思わずため息を漏らしていた。そんな私の様子を目の前で見て、明らかにレナの動揺が見て取れた。

「……名前にさしたる意味があるとも思いませんが、あなたに教える気もありません」

「そう……ですか」

 この瞬間をもって、三人と会話を交わすことはなかった。おそらく自分たちと私たちが相容れないことを悟ったのだろう。レナにしてみれば、私に和解の機会を見出したのかもしれないが……やはり私とシャナクはよく似ている。


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