生きることはつらい
更新速度が非常に遅いですが楽しんでいただけると幸いです。
高校デビュー。
中学時代にいじめられていた僕は、高校生になったら変わることを心に決め新たな一歩を踏み出そうとしていた。
そして、初日の集会やらが終わり放課後となった今、高校ではわざわざ自己紹介をするための時間など取られていなかったので今から自己紹介をしていく流れとなった。
最初が肝心だ。この自己紹介で印象がだいぶ変わるからな。
そうこうしている間にいよいよ僕の番が来た。
「はっ、初めまして。河崎翔です。よろ、よろしくお願いします。」
あー終わった。噛んだ上に声裏返った。
クスクスと笑い声が聞こえてきた。
恥ずかしさのあまりうつむいていると聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
「どうも。渡辺翔琉といいます。河崎翔君と同じ中学校出身です。好きなアーティストは…」
体から熱が一気に奪われて、世界から色が抜け落ちていくように感じられた。
なんであいつが、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!
その時、中学時代の悪夢ともいえるような日々が再生されていく。
最初は、『かける』という同じ名前だったがゆえにからかわれていた。「渡辺君はイケメンだし運動神経もよくてかっこいいよね。それに比べて、同じかけるなのに河崎って…。」
そんな会話が、毎日のように聞こえてくる。クラスのみんなから馬鹿にされていた。
それはまだいい。
だけど、渡辺のやつはみんなが見ていないところで僕に対して嫌がらせを続けた。そのことをみんなは知らない。
きっとみんなは渡辺をいいやつだと思っているだろう。あいつ、みんなの前では猫かぶってたからな。
いや、みんなみんなと言ってきたが間違いだな。
一人だけそんな僕のことを気にかけてくれていた人がいた。
彼女、河村さんはクラスの中心人物で、容姿が整っていて男子からの人気が厚く、とてもやさしい性格の持ち主だった。
そして、河村さんはクラスこそ違うものの、この高校に進学したことを知っている。
渡辺がいると知って、絶望を感じた僕だったけれど、河村さんのやさしさを思い出して少し落ち着いていた。
そこで気が付いてしまった。
僕は知らない間に嫌な事を戦いもせずに河村さんに押し付けてしまっていた。
受けた恩は、しっかりと返さないと。そう思った。
だからまずは、渡辺という恐怖を乗り越えるんだ!
そう、決心して渡辺に近づいていき、最大限の勇気で話しかけに行った。
会話は思いのほかうまくいき、これはいける!そう思っていた。
しかし、渡辺は何も変わっていなかった。
それは、僕も同じだった。
人がそんなに簡単に変わることなどない。
それこそ、何かとても大きなことがない限りは。
放課後に呼び出された俺は激しい罵声を浴び、地面に倒れることになった。
声にもならないような唸り声しか上げることができない。
そもそもこんなことになる予定ではなかった。
暴力じゃ長年の負け犬根性が染みついた僕が勝てるはずがない。
いや、元から僕は人を殴る勇気などは持ち合わせてなどいなかった。
しばらく痛みに耐えていると、足音が近づいていることに気が付いた。
渡辺はそちらに視線を送ってあきれるように口を開いた。
「おいおい、高校に入ってもこいつのおもりかよ。河村。」
その言葉を聞いた僕は希望をはらんだ眼差しでを見上げて、ほっとした。
けれども、同時にそんな自分に嫌悪した。
彼女に向けている希望という感情が、期待の眼差しが、変わらなければという願いを、誓いを、心に刻んでからのほんのわずかな時間すらも持ち続けることができなかったことの証明であったからだ。
河村さんはそんな僕にまるで天使であるかのような微笑みを向ける。
それはどこか母親が子供に向けるような温かさが感じられ、不思議と安心感が僕の心を満たしていく。
「相変わらず気持ち悪いな河村。」
そういうと、すぐに歩き出した。
「...馬鹿な奴。」
渡辺が僕の横を通り過ぎながらにボソッと呟いた。
それまで浴びせられていた罵声の数々とはどこか違った雰囲気をかっもし出していた渡辺の言い方に多少の違和を感じたものの、今はどうでもいいこととすぐに切り捨てた。
あの後河村さんにお礼を言ったところ、ぼろぼろの僕を心配してか家まで送るといわれた。
さすがにそこまでしてもらっては悪いと思ったのだが、結局押し切られてしまった。
そして今、僕と河村さんは二人で一緒に帰っているわけだが…。
今までずっといじめを受けていた翔にとって、友達と一緒に帰った経験などなく、ましてその相手が女の子ともなると記憶をたどる必要性すらなく初めてと言い切ることができた。
そして、普通の人間が初めて女の子と一緒に帰るときに思うことは大体共通である。
すなわち、
『やばい。なに話せばいいんだーっ!?』
である。
かれこれ無言の状態が5分は続いている。
時折河村さんのほうを見るが彼女から話しかけるそぶりは無いようで、こちらには笑顔を返すだけだった。
結局ほとんど何も話すことはなく、翔の初めては残念な形で終わった。
翌日、翔が教室に入るとクラスがざわついた。
高校生活はまだ二日目で、特にいじめが始まってなどいないはずなので、きっと話しかければいくら翔がコミュ障で少し時間がかかっても、少なくとも会話くらいは成立するだろう。
しかし、やはり今までのことで一歩を踏み出すのがためらわれていたのに、昨日やっとのことで行動の出ばなをくじかれたことが大きく話しかけられずにいた。
そのことがいけなかったのだろう。
結局二日目以降も会話を切り出すことができずにいた。
むしろ、日付が経過するにつれてクラス内でのキャラが確立していき、余計に話しかけることができなくなっていった。
さらに、日に日に僕に対する視線が鋭く突き刺さるものになっていった。
まるで中学時代の再来のようであった。
しかし、翔は口数が少ないというだけで特に皆に何かをした記憶はなかった。
それゆえにこれらの視線の意味が分からずにいた。
そんなある日、いつもと同じように教室に入り周りとの間隔が不自然に開いている席に座ると同時に声をかけられた。
「おはよう、河崎君。」
あいさつなんて普段はされないので空耳かと思ったのだが、後ろを向いてみると声の主がしっかりといた。
彼女は笑顔だったが、どこか目が笑っていなかった。
「おお、おはようございます。」
とりあえず挨拶を返したはいいが彼女の名前がどうにも思い出すことができなかった。
まあ翔にとってクラスメイトであってもそれ以上の意味合いはなく、ただの他人と同じだったので必然ではあるのだが。
しかしここで名前を聞いていいものかとてもためらわれた。
同じクラスなのに名前を憶えていないなんて失礼だよな、などと考えていた。
「ところで河崎君。少し聞いてもいいかな。」
僕が頷くと彼女は一呼吸おいてしっかりと目を見なおした。
「君が不良だったというのはほんとうかい?いや、だったではないか。渡辺君を入学式の日に殴ったと聞いているからな。」
その言葉を聞いて、翔は一瞬何を言っているのかわからなかった。
頭の中はもうカオスだった。
しかしそのことで反応できずにいたことで、彼女は本当のことだと受け取ったらしい。
「そうか。そうだったんだな。」
それだけ呟いた彼女は僕から離れようと振り返った。
「ちょっと待って。」
とっさに呼び止めたはいいがまだ頭の整理が追い付いていなかった。
「なんだ外道。いいわけでも思いついたか。」
確かにさっきの反応をした後では何を言っても言い訳に聞こえるかもしれない。
「言っておくが、これは翔琉が言っていたんだ。同じ中学だったのだろう。それに翔琉はくだらない嘘をつくような奴ではない。何より、入学式の次の日にけがをしていた翔琉自身がけがの理由をお前にやられたといっていた。これでも何かあるか?」
客観的に聞くと一人の証言しかなく、全く信憑性のないことだと思った。
しかし、人間性は真偽を判断するのに大きく関わっている。
つまり翔が会話をしてこなかったことがあだになり、一方翔琉はそれだけの信頼を積んできたということなのだろう。
それでもやってないことでこれ以上自分の評価が下がるのはまずいし、なにより不愉快だ。
「…ってない。」
「え?」
「だから、やってないって言ってんだろうっ!!」
それは傍から見たら、子供が癇癪を起したようであっただろう。
「なんだ、いいわけでもするかと思ったが、喚き散らすことしかできないのか。それは図星をつかれた者の行動ではないのか?」
クラスのみんなも一度は僕の大声に驚いた表情を見せたが、彼女の言葉を聞くと笑いに変わった。
こうして僕の高校生活は中学の時と同じ道を行くことが決まった―――――――
そう思っていた。