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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

抜け忍西方見聞録・改

 少女の笑顔がこちらを見ている。

 しばらくぶりに訪れた母親との再会を喜んでか、それは“満面の”と呼ぶにふさわしい無邪気な笑顔だった。

 しかし、その隣には歪んだ母親の顔。

 驚き、戸惑い、恐れ、悲しみ、怒り、そして恨み……。

 それはひと言で言えば“絶望”か。


「ちっ……」


 地面に転がるふたつの首に、思わず舌打ちが漏れる。


 少女が、そして母親が何者であるかは知らない。

 命じられれば相手の素性如何(いかん)に関わらず仕留めるだけだ。

 ただ、事情を知らねばこそ、俺は対象に気づかれぬよう静かに行うことを心がけていた。


「ごふっ……! な……な、ぜ……?」


 しかし足元で呻くこの男はそうではないらしい。

 今回初めて組んだこいつは母娘の再会を演出し、娘が喜びの絶頂にある瞬間を狙ってその首を落とした。

 そして愛娘の死を目の当たりにした母親が、絶望のどん底に落ちるや続けて女の首を斬った。


 このように任務に自身の嗜好を反映させ、なにかしら楽しみを得ようとする輩は少なくない。

 むしろよくある光景だ。

 だが今日の俺は虫の居所でも悪かったのか、こいつの行為がどうにも腹に据えかね、つい後ろから斬ってしまった。


「ぐぅ……たすけ…………ぐぇっ……!」


 しぶとく呻いていた男の延髄に刃を突き立て、とどめを刺した。


 こいつがやらねば、俺がやっていた。

 この母娘が死ぬことに変わりはない。

 なのに、俺はなにが気に食わないのか?


「くだらん……」


 その日、いろいろなことがなんとなく嫌になった俺は、里を抜けた。


**********


「――お前さま……?」


 俺が薄く目を開けたことに気づいた女は、安堵したように微笑んだ。

 陽光を溶かしたような明るい金髪に、淡雪のような儚く白い肌、晴天のような碧い瞳を持つ美女である。

 その容貌と、黒い襦袢に赤い小袖という服装はいびつなようで妙な調和が取れていた。

 

「おう、サンか……。どうした?」


 彼女は名をサンドラといい、ひょんなことから同行することとなった女である。


「いえ、少しうなされていたようですので……」

「そうか……」


 どうやら昔のことを夢に見ていたらしい。

 どのような夢だったかは、もう思い出せないが。


「うふふ……」

「……どうした?」

「いえ、あれだけ苦しそうでしたのに、こちらは元気なのですね」


 俺の股間に視線を落とし、サンドラがどこか嬉しそうに言う。


「ふん。男とはそういうものだ」

「鎮めて差し上げましょうか?」


 空色の瞳に蠱惑的な色が灯る。


「……たのむ」


 内容も思い出せない悪夢のせいで寝覚めが悪い。

 一度出してしまえば、少しは気分も晴れるだろう。


「では……」


 ――ドンドンドン!!


 客室のドアが乱暴に叩かれた。


「おい! 中にいるんだろ? すぐに来てくれ!!」


 なんとも間の悪い……。

 邪魔が入ったくらいでしおれるほど気が小さいわけでもないが、興が削がれてしまった。

 その気になっていたサンドラも、少々不満げではあるが諦めたようにため息をついた。


「すぐに出る!」


 手早く服を着込み、腰に直刀を差して立ち上がる。

 不安げにこちらを見上げるサンドラに軽く微笑みかけ、客室の扉を開けた。


「突然すまない! でも、その腰に差した刀は飾り物じゃないよな?」


 扉の向こうにいたのは赤い髪の青年で、名をゴーシュといったか。

 背丈は6尺(約181cm)と俺より頭ひとつほど大きい偉丈夫で、犬のような耳とふさふさの尻尾が特徴的だった。

 聞けば狼獣人だという。

 彼とは船内で出会い、なんとなく馬があったので会えば挨拶を交わしたり、たまに食事をともにしたりしていた。


「魔物の襲撃を受けている! いまはひとりでも戦えるやつが欲しいんだが、いけるか?」

「敵は?」

「ガーゴイルだ!!」

「……面倒な」


 悪態をつきながら、俺はゴーシュに続いて甲板に出た。

 扉を開けた先には青空が広がっていたが、その碧い画布にポツポツとシミのように点在するものがあった。


「こんなところまでご苦労なことだ」


 我が故郷アキツと大陸とを隔てる狂海を越えるのは難しい。

 荒波と暴風が渦巻く海をそれなりの高確率で越えるために、いま俺が乗っているような飛空艇の開発を待たねばならなかった。

 しかし空には空で、別の危険があるらしい。


 (くちばし)を持った猿に翼が生えたような異形の石像が、まるで生き物のように飛び回っている。


「まるで翼の生えた河童だな」


 というのが俺のガーゴイルに対する印象だった。

 それぞれ意匠や大きさに違いはあるが、大雑把に見ればそんなものだった。


「あれは使い魔が野良化したものらしいな」

「ああ。ったく迷惑な話だよなぁ」


 なるほど、アキツの陰陽師が式神の依代に紙を使うのはそういうことかもしれん。

 紙であれば野良化して主人の加護がなくなれば、さっさと燃やすなり切り裂くなりすればいいのだから。

 しかし石像となるとそうもいくまい。


「確か、体内に魔法陣が埋め込まれているのだったな」

「ああ。大抵胸のあたりあることが多いな」


 ガーゴイルは土や砂を錬金術で錬成して作る石像が元になっているのだが、その際、魔法陣を描いた紙片や木片、鉄板などを体内に埋め込むらしい。

 そうやって物理的な堅牢性をもたせることで、加護の脆さを補うのが大陸流らしいが、そうなると野良化した時に厄介となる。

 ただの紙切れに、聖銀(ミスリル)並の頑丈さを持たせられるアキツの陰陽師を少しは見習ってほしいものだ。


「ウィンドカッター!! ウ、ウィンドカッター!! くそっ……! くるなぁ!!」


 魔術士と思われる青年が風の刃を放つ【ウィンドカッター】を連発しているが、ガーゴイルの胴を薄くえぐるも倒すには至らない。

 あれでは駄目だ。

 アキツにも【風刃】という似たような術があり、とある妖怪――大陸では魔物というのだったか――の能力を参考に編み出されたと言われている。

 おそらく大陸にも似たような能力を持つ魔物がいて、それを参考に【ウィンドカッター】なる魔術が編み出されたのだろうが、少なくともアキツに棲まうあの妖怪が使うそれは風の刃などという生易しいものではなかった。

 実際にあれと遭遇したときには生きた心地がしなかったが、おかげでその能力を理解できたのは収穫だったな。


「ふむ、見殺しにするのも寝覚めが悪いか」


 腰の直刀を抜き、逆手に構えつつ駆け出してガーゴイルと青年との間に割って入る。


「さがっていろ」


 こくこくと無言で何度もうなずく魔術士を尻目に、俺はガーゴイルと対峙した。

 凶悪な面構えの石像が、威嚇するように嘴を開く。


「ギィエエエッ!!」


 魔力で風を震わせて起こす咆哮もどきとともに、ガーゴイルは石の翼をはためかせながら低空飛行で突進してきた。

 俺は無言のまま突進をかわしつつすばやく踏み込み、動く石像の脇を抜けざまに直刀を薙いだ。

 鋼の刃は敵に届かず、傍目には空振りしたように見えただろう。

 しかしその直後、ガーゴイルの身体が胸のあたりからズルリとずれる。


 ――空術【鎌鼬(かまいたち)


 たとえ石だろうど空間ごと斬ってしまえば豆腐と大差はない。

 空間を斬るという理屈よくわからんのだが、実際に見て、食らってしまえばなんとなく会得できるものだ。


「あ、危ない!!」


 魔術士の青年が叫ぶ。

 背後から別の個体が俺に襲いかかってきたようだが、気にすることはない。

 次の瞬間には、ドゴッ! という破砕音とともに、ガーゴイルの頭が砕け散った。


「気をつけろよ!」

「くるのはわかっていた」


 頭を砕かれたくらいでは動きの止まらぬガーゴイルだが、俺の背後に陣取ったゴーシュはそれから何度も戦槌を振り、石の身体を砕いていった。

 そして4度目の攻撃でそれは動力源たる魔法陣に至り、さらに一体の敵が沈黙した。


「背後を気にせず戦えるというのはありがたいものだな」

「へへ、頼りにしてくれてどうも!」


 ゴーシュの回答に苦笑を漏らしつつ、俺たちは別の個体を目指して駆け出した。


**********


「終わった……、ようだな……。ふぅ……」


 粗方ガーゴイルが片付いたところで直刀を腰に収める。

 【鎌鼬】は強力だが、消耗が激しいのが玉に瑕だ。


「ああ。これで終わりだ」


 なにやら意味ありげにそう言ったゴーシュへと振り向こうとしたところで、彼の振るう戦槌が目の前に迫っていた。

 しかしそれが俺に届く寸前、ゴーシュは背中から地面に落ちた(・・・)


「かはっ……! なにが……?」


 なんとか頭を起こしたゴーシュの目が驚きと恐怖に見開かれる。

 彼の身体は、腹の中ほどから下がなくなっていた。

 傷口(?)が黒く炭化しているため出血はないが、致命傷であることに違いはあるまい。


「言っただろう? 背後を気にせず戦えるというのはありがたい、と」


 揶揄するように言いながら、俺は視線を横に向ける。

 その先では少し離れた場所から、サンドラがゴーシュに向けて手を掲げていた。

 彼が抜け忍である俺に差し向けられた追手であることはとうに気づいており、サンドラにはそれとなく注意してもらっていたのだ。


「ま、まさか……東洋の魔――」


 言い終える前にゴーシュは一瞬赤く燃え上がり、すぐに灰となって空へと舞い散っていった。

 あの距離から人の半身を一瞬で灰にできるだけの高音で焼き尽くし、周りには一切影響与えない。

 まさに魔女と呼ぶにふさわしい(わざ)だが、本人はそう呼ばれるのをあまり好んではいないらしい。

 赤い小袖を風になびかせる姿は人目を引きそうであるが、魔術によって他者の認識を阻害しているらしく、あまり目立たないのだとか。


「お前さま……」


 不安そうに俺を見るサンの元へ歩み寄り、頭を撫でてやる。


「助かったよ」


 そう言って微笑みかけると、サンドラは少女のように無邪気な笑みを返してくれた。


「では、朝の続きといこうか」


 俺がそう言って肩を抱き寄せると、少しあどけなかったサンドラの笑顔が妖艶なそれに変わる。

 互いに寄り添って歩き、客室に戻ってドアの鍵を閉めるなりサンドラは俺の首に腕を回し、唇を重ねてきた。


**********


 ――ゴウゥゥン……!!


 行為を終え一息ついていたところ、低い轟音とともに船体がグラリと傾いた。


 ――……ーい! どうし……?

 ――動力……ひとつ……れた!!

 ――さ……の襲撃……?

 ――わか……!! 第二……力室……小規……爆発……!


 船員たちの会話から察するに、飛空艇を動かす動力の一部がやられたらしい。

 爆発と言っていたから、もしかすると別の追手が我らに敵わぬと見て自爆でもしたのかもしれない。


「まったく、はた迷惑な……」


 思わず不満が口から漏れる。

 同じくサンドラ不満げであり、仕方なしに身体を起こして身なりを整え始める。


「サン、たのむ」

「はい」


 魔術で身体を綺麗にしてもらい、服を着直す。

 サンドラが魔術の補助で小袖の帯を締め終えたところで、ふたたび船が大きく揺れる。


「きゃっ……!」


 短く悲鳴を上げてよろめくサンドラを抱き寄せた俺は、そのまま彼女に回した腕に力を込めた。

 サンドラもまた、俺に強くしがみついてくる。

 そして不安げな表情で見上げてきたので、笑みを返してやったが、若干呆れ気味の不細工な表情になったかもしれない。


「里を抜けて気楽に西方(さいほう)巡りと洒落込むつもりだったが……」


 どうやら前途は多難であるらしい。

要望が多ければ連載にするかも知れませんが、もしそうなるとしてもかなり先になりそうです。

その場合の活動報告などで告知しますので、お気に入りなどを活用くださいませ。

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