9話 ルベリア様、困惑する
「ルベリア様、私の秘密をお教えします。なので、【魔法】と【魔術】を教えて頂けないでしょうか?」
私、ルベリア=ブラーテンは「またか」と思うほどには、子供が【魔法】や【魔術】を早く覚えたいとお願いをしてくる光景を見慣れていた。
目の前にいるハーフリングの子供、ムルトが言い出した唐突な懇願に驚くこともなく、むしろ微笑ましく思う程度だった。
(ほんと、子供はみんな同じようなことを言うわね)
この村に住み始めた当初こそ、子供の唐突な行動に驚かされることが多かったが、200年近くにわたって先生まがいのことをしてきたのだ。こういったことにはもう慣れてしまった。
少し雰囲気が変わったことが気にはなるが、私がすべきは、ムルトを傷つけないよう気を配りつつ、諦めさせるように促すことだ。
「ムルト、ごめんね。どんなに大切な秘密を教えてもらっても、【魔法】も【魔術】も教えてあげられないわ。それに、大切な秘密は誰にも話さない方がいいわよ?」
目線を合わせ、諭すように優しく声をかける。
きっと、子供らしく秘密の遊び場や景色のいい場所なんかを教えてくれようとしているのだろうが、秘密を聞いてしまえば話がこじれてしまう可能性も出てくる。なので、彼を悲しませることになるかもしれないが、できるだけ拒否する態度を前面に出さなければならない。
私としては、子供たちに安全に魔力の扱い方を学んでほしい、ただそれだけだ。
「ムルトは魔力について勉強を始めたばかりなのよ? 先ほども教えたように、魔力は簡単に扱えるようにはならないの。みんなと一緒にゆっくり学んでいきましょうね」
笑顔を向けて、できる限り優しい対応を心掛ける。
いつも通りであれば、子供は不満げな顔をしつつも納得して帰っていく。次に顔を見せるときには、今回のことなどなかったかのように振る舞ってくれるだろう。多少ごねたとしても問題はなく、おそらくすぐに解決できるだろう。
今回も同じことだと、疑っていなかった。
しかし、彼は、ムルト=バジーリアの反応は違った。
真剣な表情を崩すことなく、落ち着いた態度で私の目を見返してくる。
その姿は本当に子供なのか疑わしいほどだ。
さらに、彼が次に発した言葉は私の顔を強張らせた。
「ルベリア様の研究にお役にたてるかもしれない、と言ってもですか?」
「―――どう言うことかしら?」
思わず怒気を込めて言葉を発してしまった。
私にとって最も大切な部分に土足で踏み込まれたように感じてしまい、つい過剰な反応をしてしまった。
(やってしまったわ。『魔道』のことになると、本当に駄目ね―――)
私は昔から魔力の扱いに長けていた。
妖精国フェアレストの首都である森都フォレフェンスに生まれ、周りからは天才だと持て囃され、「この子ならば『魔道』を極められるかもしれない」などと過度な期待を持たれていた。
期待に応えるように努力を続け、エルフの成人として認められる100歳を迎える頃にはすでに<技能>の『魔道3』を取得していた。
『魔道』は、『魔力探知』『魔力操作』『魔力隠蔽』を十全に使いこなせて初めて獲得することができる。魔力の扱いに長けているエルフですら、獲得できる者は1割に満たない。
さらには、<技能>の極みたるレベル5に達した者は一人もいない。レベル5への足掛かりすらも解明されておらず、多くの者が未だに研鑽に励んでいる。
私も100歳を過ぎてからは独り立ちし、更なる研鑽を重ねつつ、その一環として魔道具の作成を行うようになった。
200歳を迎えるころには魔道具師として名が売れるようになり、魔道具作成の予約は数年先まで詰まっている状態になった。同時に、『魔道』の本格的な研究と鍛錬に充てる時間が非常に少なくなってしまっていた。
250歳になる頃に、一度は心が折れてしまった。
生きがいだった『魔道』は一切の進展が得られず、さらには、魔道具師として名が売れたことにより、いらぬ軋轢に苛まれることになってしまったからだ。
私は魔道具の作成を止めた。
国を出るほどの決断はできなかったが、国の外れにこのある名もないハーフリングの村にたまたまたどり着いた。村の住人が研究気質で、穏やかな雰囲気を持っていたこともあって、私には心地の良い環境だったこともあり、村の外れに居を構えた。
環境が変わったことによるものなのか、ハーフリング達の朗らかさに充てられたのか、心の疲れはゆっくりとだ癒えていき、『魔道』への道を再び歩み始めた。
それ以来200年近くこの村に住み続け、恩返しの意味も込めて先生まがいのことを続けている。村のためにと、避けていた魔道具作りもするようになった。
『魔道』の研究と鍛錬はこれまでの遅れを取り戻すかのように集中的に進めてきてのだが、200年経ってもやはりそれほど進んでいるとは言い難い。
最近では、どこか諦めに近い希望だけを頼りに研鑽を続けている。
それだけに、『魔道』に対して一言では言い表せらられない複雑な感情を持ち合わせている。
にも拘らず、目の前の『魔道』について何も知らない子供が、手助けできるかもしれないなどと口にした。これをすんなりと受け入れられるほど、私は大人になりきれていない。
こと、『魔道』に関しては特に、だ。
「あなたが『魔道』の何を知っていると言うの? いい加減なことを言って、私を怒らせないで」
「確かに、私は『魔道』について何も知りません。けれど、は魔力を感じる事ができますし、操作することもできます。その上で、このようにお願いしているのです」
「・・・・・・嘘ね。私は他人の魔力を感じる事ができるのよ? これまでにあなたの魔力が変動したことは一度もないわ」
「『魔力隠蔽』が可能なのです。ルベリア様には感知されてしまうと思っていたのですが、理由は分かりませんが上手く隠せていたようですね。」
怒りにまかせて、子供相手に真っ向から問い詰めてしまったが、彼は子供らしからぬ大人然とした態度で返してきた。
私も一度冷静に考え直してみる。
まず、400年以上生きてきた中で、これほどまでに早く魔力を扱うことができた者など聞いたことが無い。
そもそも、今の話だけでは私の研究が進む要因には成り得ないとことは明白だ。
(―――もしかしてまだ何かあるの?)
先ほどから、ムルトの態度から子供とは思えない雰囲気なを感じることもあって、妙に警戒してしまう。
一度、怒りを収めて、ムルトが言っていることを確認する必要があるようだ。
「―――にわかに信じられないけど、それは実際に確認させてもらえば分かることよね。秘密と言うのは今教えてもらったことでいいのかしら? 確認後にもう一度改めて話し合いましょう?」
「問題ありません。元よりそのつもりでした」
(ここまで自信を持って言うってことは、技能レベル1以上は間違いなさそうね)
予測を立てながら、さっそく確認に入ろうとしたところで、再び彼が話し始める。
「ひとまず、隠蔽を解いてあなたの魔力を見せてもらえるかしら」
「わかりました。―――隠蔽を解きました」
驚愕の一言だった。
『魔力隠蔽』を解いた彼の魔力は、子供はおろか大人のハーフリングでも通常持ちえないほどの大きさだったのだ。量こそ私の方が多いのだが、解き放たれた魔力は重圧すら感じるほどに高い密度をもっていた。これを隠蔽していたのだから、彼の技量を推し量るには十分すぎた。
これほどの魔力を今まで感じ取れなかったことに悔しさを感じてしまうと同時に、彼に対する興味がより強くなってきた。
「ムルト―――あなたいったい何者なの? 普通じゃあり得ないわよ?」
「物心ついた頃から鍛錬していたらこうなりました。」
「物心って―――まぁ、それは置いておいて、あなたの技量が【魔法】と【魔術】を扱うに足るものだということは理解できたわ」
「それでは、【魔法】と【魔術】を教えて頂けますか?」
「あなたのご両親と話してからにはなると思うけど、おそらく問題ないでしょうね。むしろ放置する方が危険ね。秘密云々に関わらず教えることにするわ。」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
これほどまでの技量を見せつけられてしまえば、そう判断せざるを得ない。
問題はまだ他にもあるようだから、ここで気を滅入らせているわけにはいかない。
「それで、私の利になるあなたの秘密はいったい何なの?」
私は、彼を子供として対応することを止めた。
以前から節々に子供らしくな部分が見えてはいたが、今日のことは完全に子供の域を超えている。私が怒り任せに厳しくいっても、子供とは思えないほど冷静に対応してみせた。
理由は分からないが、「目の前にいる人物は子供ではない」そう判断したのだ。
その彼は一瞬考えるそぶりを見せ、意を決したように話し始めた。
「いくつかの秘密をお教えする必要があるので、簡単に説明させて頂いてもよろしいですか?」
(どれだけの秘密があるのよ!?)
思わず声に出しそうになった動揺を抑え、何事もなかったかのように話をあわせる。
「いいわ。気になることがあったら止めるから、話を続けて頂戴。」
「わかりました。まず、私は自分の<能力値><技能><恩恵>を確認するすべを持っています」
「ちょっと待って!」
「……さっそくですか?」
「<能力値>っていうのは良く分からないけど、<技能>と<恩恵>が確認できるって、魔道具でも持っているの!?」
「いいえ。魔道具ではありません。“ステータス”と言う―――【魔法】だと思われるものです」
「すてーたす? 聞いたことが無いわね。本当に魔法なの?」
「わかりません。今まで良くわからないまま使っていましたので。ただ、今日教わった【魔法】の概念が最も当てはまると思います」
「―――と言うことは、私でも使える可能性があるということかしら? その、すてーたす? という魔法を」
「可能性は十分にあると思いますし、実際に確認して欲しいとは思うのですが、今は話を進めてもいいですか?」
まさか、魔道具もなしに自分の<技能>と<恩恵>を確認する方法を持っているとは思いもしなかった。私が知らないのだから、おそらくオリジナルの魔法だろう。
これだけでも驚きだというのに、話はまだ続くらしい。
私は心を落ち着かせて、続きを聞く覚悟を決める。
「ああ、ごめんなさい。つい、興奮していしまって。続けて頂戴」
「はい。そのステータスという【魔法】で自分の<技能>などを知ることが出来るのですが、おそらく教えれば誰でも使えるのではないかと思います。これもルベリア様の助けになるかと思いますが、本題は、私は別の方法で他人の情報も知ることができるということです。さらにはその詳細もある程度知ることができるということです。それで―――」
「えっ!? ちょ、―――ちょっと待って!!」
彼の言葉を聞いた瞬間、黙って話を聞くという覚悟は砕けてしまい、私は再び困惑に陥った。