8話 5歳、勉強する(2)
「今日からみんなには魔力の扱い方を学んでもらうわよ」
(よしっ! きたーーーーーーっ!!)
「ムーくん? どうしたの? なんか顔が気持ち悪いよぉ?」
今まで長いこと教えてもらえなかった反動もあって喜びが大きくなり、私は思わず冷静さを欠いた叫びを心の中で上げてしまった。
そんな新庄が外面にも表れてしまっていたようで、それをミモモに指摘されてしまった。
おかげで我に返ることができたが、……そんなに変な顔をしていたのだろうか?
外面に出ていたとしても、嬉しさで笑っていただけだと思うのだが。
「ムルト、大丈夫? あなたがそんな変顔……おかしな反応をするなんて珍しいわね」
ルベリア様が笑いを堪えつつ、こちらを窺ってきた。変顔と言う失言を隠せてもいない。
他の子供たちも、笑いながらこちらを見ている。
ミモモだけでなく、ルベリア様たちまで心配?させてしまったようだ。
(―――本当に、どれだけ変な顔をだったのでしょうか)
「すみません。今まで誰も教えてくれなかったのもあって、嬉しくなってしまったのです。僕としては笑っていたつもりだったんですけど……」
「あれで、笑っていた……。ま、まぁ、仕方がないわよね。特にムルトは村中で聞きまわっていたみたいだしね」
「私も教えてもらえませんでした。何で誰も教えてくれなかったんですか?」
「そのことも含めて、今から教えていくわよ」
そして、魔力についての講義が始まった。
「まず、何故今まで誰も魔力について教えなかったのかと言うと、5歳に満たない子供の魔力は非常に不安定だからよ。無理に扱おうとすると体に大きな負担をかけてしまい、下手をすると魔力を失った状態が続いてしまって死んでしまうこともあるわ。他にも魔力暴走を引き起こす可能性もあるわね」
「ルベリア様、魔力暴走って何なんだ?」
「簡単に言うと、扱いに失敗した魔力が急激に膨れ上がって、周囲を巻き込んで爆発をおこすことね。」
「ひぃ~~。」
「トレオ、落ち着いて。私たちはそうならないよう、ルベリア様がちゃんと教えてくれるんだから」
「テレサの言う通りよ。そういう危険があったからこそ、誰も教えないようにしていたわけだけど、みんなの魔力もようやく安定してきたから、私が教えることになったのよ」
教えてもらえなかった理由については納得できた。
そして、魔力が負担になる原因についても心当たりがあった。
以前、<能力値>を対象に『鑑定』を行ったことがあったが、『鑑定』の技能レベルが4に上昇した頃に再び行ったのだ。
体力 保有する身体エネルギーの量を示し、生命力に直結する。0になると死に至る。
魔力 保有する魔素集合体エネルギー“魔力”の量を示し、0になると倦怠感に侵される。
力 身体の発揮できる力の強さを示す。腕力や脚力などに反映される。
耐久 物理的な力、毒などの異常状態に対する身体の抵抗力の強さを示す。
器用 身体の器用さを示す。道具などの操作における精度に反映される。
敏捷 身体の動きの速さを示す。移動、四肢の動作速度に反映される。
知力 自然の事象に対する理解力を示す。魔力によって引き起こす現象に影響を与える。
精神 魔力に対する耐性を示す。魔力による現象への抵抗力に反映される。
以上が、新たに知った<能力値>の詳細だ。
この結果から推測すると、おそらく5歳未満の子供は精神が低すぎて、自分が扱う魔力にも耐えられないのだろう。
私は初めから精神が高かったが、普通はそうはいかない。さらには、私ほどではないが、幼少期には魔力量が日々増えていくようなので、余計に大人たちが注意していたのだろう。妖精族は特に魔力量が多くなるというのも理由の一つだろう。
これらのことは<能力値>が関係しているため、私にしか分からない。少なくともこの村には<能力値>について知っている人はいない。
そう、村の人たちは<能力値>について知らないはずなのだ。
それにも拘わらず、過去の経験から<能力値>の概念に近い考えを導き出したに違いない。
このこと一つにしても、ハーフリングの研究能力の高さ、そして、家族を守る愛の深さを感じることが出来る。
そんな風に、私が一人で勝手に納得と感動を覚えている間にも、ルベリア様の話は進んでいる。
「魔力は、あらゆる生物が必ず持っていて、生きていく上では様々な働きをしているわ。特に,人の場合では心の在り方に大きく関わっているわ。例えば魔力を使いすぎてしまうと、やる気が失われていって何もやりたくなくなるの」
「ま、魔力が無くならないようにするためには、ど、どうしたらいいんですか?」
「そんなに怯えないで、トレオ。魔力をきちんと感じ取り、自分の意志で扱うことができるようになれば問題ないわ。そのために私が教えるんだもの」
「それってぇ、簡単なんですかぁ~?」
「俺なら絶対余裕だぜ。」
「ミモモもロンも甘く考えてはダメよ。簡単なことではないし、出来るようになったからと言ってそこで終わりではないのよ。【選命の儀】までに鍛錬を続けて、その後に本格的な【魔法】と【魔術】を学ぶことができるわ。私が教えるのはあくまで魔力の扱い方だけよ」
ルベリア様の言う魔力の扱い方とは<技能>の『魔力探知』と『魔力操作』のことで間違いないだろう。レオル兄さんも【選命の儀】前には両方とも身につけていたし。
【魔法】と【魔術】という言葉が、ついにルベリア様の口から出てきた。学べるようになるのはまだだいぶ先になるようだが、ようやく具体的な目標が見えてきた。
そして、気になることもある―――
「ルベリア様、【魔法】と【魔術】は違うものなのですか?」
「そうね……魔力を使って様々な現象を引き起こすという点では同じと言えるわ。けど、これらには明確な違いが存在しているわ。まず、―――」
そこから始まった【魔法】と【魔術】についての説明は、それはもう長く、魔力について初めて学ぶ私たちにとっては非常に難しい内容だった。前世の知識を持つ私は何とか理解できる内容だったのが、他の子供たちが理解できるはずもなく、ロンなどは途中から舟をこいでいた。
可能な限り簡単にまとめてみると、【魔術】が魔力を利用した技術として最初に生まれたもので,【魔法】は【魔術】を使いやすく改良した技術のようだ。
【魔法】は魔力を代償に予めプログラムされた結果を引き起こすことが出来る。魔力の消費を抑え、誰にでも扱えるよう汎用性を特化させた技術だ。引き起こされる結果を理解し、発動の鍵となる言葉―――名称と呪文を唱えれば、少量の魔力で誰もが扱うことが出来る。制限と言えば【魔力適正】くらいだ。
勿論、不便な部分もある。例えば火を起こす【魔法】では、火を起こすという結果に対して魔力が消費されるのだが、そこに個人の力量などに差があったとしても消費される魔力の量は変わらず、火の大きさという結果も変化することが無い。言い換えれば、プログラムされたこと以外、一切の調整ができない。
高い汎用性と引き換えに、本来あるべき自由度をほとんど失っているのが【魔法】なのだ。
一方。【魔術】は多量の魔力と高い技術を必要とするために使用できる人が限定される。
【魔法】と同じ火を起こす場合でも、火が起きる原理を理解していなければならず、豊富な知識と魔力、高い技術があって初めて扱えるものなのだ。 加えて、自然現象を利用した結果しか引き起こせず、回復といった補助は一切できない。
しかしながら、多量の魔力と引き換えに自由度は高く、【魔術】によって引き起こす結果を自在に調整することができ、【魔法】よりもはるかに大きい規模の結果を引き起こすことも可能だ。
どちらにもメリットとデメリットが存在している。
幸いなことに、妖精族であるハーフリングは魔力の保有量が多く、訓練次第で【魔法】は勿論、【魔術】の使用も可能になるとのことだった。
私の魔力量ならば、言わずもがなだ。
ルベリア様の説明が終わるころには,一周まわって子供たちは元気を取り戻していた。
それぞれにやる気を出しているようだが、ロンは一際騒いでいる。
「俺、絶対どっちも使えるようになるー!!」
「それじゃぁ、勉強に集中しないとダメね。頑張りなさいよ、ロン」
「うっ、……わかりました」
「それじゃ、実際に魔力の扱い方を教えていくわよ」
「「「「「はーい」」」」」
ルベリア様がみんなを落ち着かせたところで、ようやく訓練が始まりそうだ。
私にとっては、今まで行って来たことが正しいかどうかの答え合わせみたいなものだ。
「先ほどから何度も言っているように、大切なのは自分の中の魔力を感じることよ」
「ルベリア様、どうやったら魔力がわかるようになるんですか?」
「目をつぶって、意識を自分の中に集中してみなさい。体の中に熱をもった塊のようなものを感じることができれば成功、それが魔力よ」
やはり最初の訓練は『魔力探知』からのようだ。
説明を聞いた子供たちは一斉に目をつぶり、魔力を感じ取ろうとし始めた。
皆、うんうん唸って頑張っているようだが、苦戦しているようだ。私が見る限りでも、ルベリア様の言う集中にはほど遠いようだ。
「せんせぇ~、全然わかりませ~ん」
「ど、どの辺にあるんですか?」
「魔力の場所は人によって違うのよね。頑張って自分で探してみなさい」
すぐにミモモとトレオが音を上げたが、ルベリア様はできる限り助け舟を出さないつもりのようだ。
私も同じように練習する素振りを見せてはいるが、魔力を感じることは既にできるので、実際のところ別のことを考えていた。
ようやく魔力の扱い方を学び始めたことで、いろいろと考えるべきことが増えた。特に、今後の今はちょうど時間もあることだし、今後について本気で考えておきたくなったのだ。
頑張る皆の様子を横目に、私は今後のことに思いを馳せた。
その後も体内の魔力を把握する訓練が続いたが、誰も魔力を感じることはできなかった。
そして、勉強会も終りの時間がやって来た。
「はい、それじゃ今日はここまでにしましょうか。初日で魔力を感じることができる人は滅多にいないから、みんなもそんなに落ち込まないでね」
「えー!? もう少しでできそうなのにー」
「ロン、嘘つかないで!」
「嘘じゃねーしぃ! テレサと同じにすんな!」
「なんですってー!!!」
「はいはい、喧嘩しないの。これからしばらくは魔力を感じる訓練をしてもらうから、ゆっくり身につけていきましょう。それから何度も言うようだけど、あなた達よりも小さい子に教えないよう、くれぐれも注意してね。それでは、解散!」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
勉強家が終わり、みんなが帰っていく中、私は皆の誘いを断って一人集会場に残った。
すぐにみんながいなくなり、集会場には私とルベリア様の二人だけになった。
「ムルト? 私に何か用?」
先ほどの訓練中に私はある覚悟を決めていた。
その覚悟を形にするために、どうしてもルベリア様に確認しておきたいことがあったのだ。
子供の戯言と思われないために、普段はしない真剣な顔をしてルベリア様に向き合う。
「ルベリア様にお聞きしたいことがるんです。何故、エルフなのにこのハーフリングの村にいらっしゃるのですか?」
「何かと思えば、……この村が好きだからよ。ほら、遅くならない家に帰りなさい」
「誤魔化さずに教えてください。私にとっても大事なことなのです」
「はぁ。―――前々から思ってはいたけど、本当に変わった子ね。良いわ。教えてあげるけど、難しい話よ?」
「ありがとうございます。大丈夫ですから、お願いします」
「そう。私はね、『魔道』の研究、つまりは魔力の扱い方を極めるため、昔は森都フォレフェンスで研究をしていたわ」
「それが何故この村で暮らすことに?」
「『魔道』を極めたものは、現在はおろか過去にもいないの。森都でも盛んに研究は行われているけど、進展は全くないわ。それは私も同様で、いろいろと行き詰っていたこともあって、環境を変える目的でここに流れて来たのよ」
「僕たちに勉強を教えてくれるのは何故ですか?」
「村の人達に勉強を教えているのは、そこから何か新しいことが見えてこないかと思ってのことよ。もちろん村の住人の1人として、皆に協力したいという気持ちもあるわよ?」
「―――そうだったのですね」
「子供のムルトにこんな難しいこと言ってもよくわからないかもしれないけど、大体こんな感じよ」
おそらく、もっと深い理由があるのだろうが、ルベリア様は簡単に経緯を教えてくれた。
私が確認したかったのは、実のところ経緯ではなく、ルベリア様の人となりだ。
今の会話で、ルベリア様がすごく研究熱心な方だということを感じた。
そして、少なくとも村のことを思ってくださるほど優しい方だということも分かった。
今の段階でも変な5歳児と思われているが、次、口にすることは確実に訝しがられるだろう。
それでも、私は目的のために覚悟を決めたのだ。
後は、ルベリア様の優しさと私の交渉力にかけるしかない。
「ルベリア様、私の秘密をお教えします。なので、【魔法】と【魔術】を教えて頂けないでしょうか?」