7話 5歳、勉強する(1)
レオル兄さんの【選命の儀】から2年が過ぎた。
家族会議の結果、兄さんはリンダ母さんから薬の作り方について学び始め、グロンド父さんからも薬草の育て方や見分け方などを教わっている。既存のものよりも良質の薬を作ることを目標に、薬に関して一通りの事を学ぶことにしたらしい。
良い薬草を育てて見極め、良い薬を作るというのは中々に大変なことだが良い目標だ。
両親も喜んで応援している。
私も兄さんの修業について回って、両親からいろいろと教えてもらっている。薬草についても基礎的なことを学び、簡単な手伝いもこなせるようになってきた。
ただ、本格的な調薬や農耕には魔力を使う必要があるためか、私にはまだ教えてくれない。
いい加減、魔力に関するこの状況を改善すべきとは思っているが、これまでに何一つ新しい進展はない。
文字を読めるようになったので、家にある本を読んでみたりもしたが、全て薬学や植物について書かれたものだった。 家族以外の村の大人たちも、魔力の扱いなどに関してはみな揃って口をつぐんでいる。村全体にそういう習わしがあるのかもしれない。
仕方がないので、今のところは魔力に関する<技能>の鍛錬を行いつつ、魔力の最大値を増やすことに注力している。
変わったことと言えば、日課としていた父さんとの朝の散歩は、父さんが兄さんの修業で忙しそうだったため止めた。
その代り、最近では一人で村の中で走り込みをする時間に充てている。
体に感じていた幼児特有ともいえる不自由さも抜けてきたので、徐々に体作りを始めることにした。さすがに身体ができていなので、無理のない範囲で軽いトレーニングを行っている。ジョギングの最中は、魔力で体を纏う訓練も行い、体力づくりをしながら『魔力操作』の精度を磨いている。
そんな変化を経て、現在のステータスはこうなっている。
名前 ムルト=バジーリア
種族 ハーフリング
性別 男
年齢 5
<能力値>
体力 21/21
魔力 1530/1530
力 1
耐久 2
器用 3
敏捷 2
知力 8
精神 6
<技能>
戦闘系 なし
生産系 なし
技術系 魔力探知4
魔力操作4
魔力隠蔽3
気配探知2
気配隠蔽1
特殊系 鑑定4
魔力適正 火・水・風・土・光・闇・時空
<恩恵>
武術の心得
心体の極み
筋トレを始めたものの2年間での変化はほとんどなく、ハーフリングとして順調に成長しているという感じだ。種族としての限界はあるかもしれないが、もっと<能力値>が上昇することに期待したい。
際魔力についても、その成長は少しずつ緩やかになってきた。それでもこのままいけば、私が【選命の儀】を受ける頃には2000は超えているのではないだろうか。
<技能>は新しいものこそ獲得できなかったが、鍛錬は順調に進んでいる。ただし、『魔力探知』に関しては探知範囲が伸び悩んでいるし、『気配隠蔽』と『鑑定』にいたっては技能レベルも上昇していない。
『魔力探知』の探知範囲は半径20mからくらいから全然伸びなくなってしまったのだ。精度が上がっているためか、レベルだけは4に上がっている。
『気配隠蔽』は使う機会が極端に限られることもあって、技能レベルが上がっていない。今のところ同年代の子供たちとの遊ぶときくらいしか使用できず、それも決して頻度が高いわけではないのでなかなかに難航している。
『鑑定』の使用頻度も多いのだが、技能レベルは上がっていない。5というレベルに至るための壁は高いようだ。
調べた限りでは技能レベル5が最大にあたるようなので、それも仕方がないことだろう。技能レベルにはその先がさらに存在するらしく、技術を極めることで到達できるようだ。
両親も極みに至る方法は知らないようだが、【嵌りごと】と言う特性を持つハーフリングにとっては最大級の目標と言えるらしい。私もその極みを目指して頑張っていこうと思う。
ステータスは全体的に、まあまあの進展だ。
もちろん同年代の子供たちと比べると<能力値>は頭一つ抜けているし、<技能>に関しては数もレベルも異常ではある。今は誰にも知られていないが、周りにばれた時にどう受け止められるかが心配だ。
今のうちにいろいろと対策を考えておくべきだろう。
ステータスの心配も確かにあるが、今は鍛錬やステータス以上に私を熱中させるものがある。
それは、ルベリア様主催の勉強会のことだ。
5歳を迎えた私もついに参加できるようになり、この世界の知識をいろいろと教わっている。
まぁ、幼い子供を対象としたクラスへの参加なので、本当に基礎的で簡単なことしか教えてもらえないが。
この世界は【アルダム】と呼ばれている。世界共通の暦は1年が360日、1月が30日と前世とほぼ同じだが、1週間は火、水、風、土、闇、光の6日しかない。また、年の終わりを無の日、年の初めを時の日と言うらしい。
【アルダム】には前世にも存在した人類や動物、植物の他に、「魔物」と呼ばれるものが存在しているらしい。
魔物は、魔力の異常によって生まれ、人類を始めとする他の生き物の生活を脅かしているそうだ。この世界では忌み嫌われる存在であると同時に、魔物から得られる素材や食材は人類にとって重要な資源となっている。
ちなみに、昆虫は存在しないらしい。村を散策している時にも見かけなかったが、この事実には驚かされた。それと同時に安心感も感じた。どうやら前世の私は虫が苦手だったようだ。
人類は、【普人族】、【獣人族】、【魚人族】、【妖精族】、【魔人族】、【竜人族】という6つの種族が存在している。
ハーフリングやエルフは、ドワーフも加えて【妖精族】に属している。何でも、古に存在していたとされる魔力の化身―――「妖精」から派生して生まれたのが我々、【妖精族】らしい。
妖精からの派生と言うくらいあって魔力が高い種族で、エルフは水と風、ドワーフは火と土に対しての親和性が強く、ハーフリングには特別強い親和性がないという特徴がある。ここでの親和性とはつまり、<魔力適正>のことだ。
そして、この村は妖精国とも呼ばれる妖精族によって作られた唯一の国“フェアレスト”の端に位置している。森の中央には妖精国の首都―――森都“フォレフェンス”があり、多くの妖精族が暮らしているそうだ。
他の種族についてはもっと抽象的な部分しか教えてもらえず、自分でいろいろ調べても見たが、あまり情報は得られなかった。
それぞれの特徴はこんな感じだ。
【普人族】はこの世界における人類の半分以上の人口を占めるが、特徴的なものはない。
【獣人族】は陸上動物の特徴を体の一部に持ち、保有魔力量は少ないが身体能力が高い。
【魚人族】は水中生物の特徴を体の一部に持ち、水中では他に比肩しない強さを持つ。
【魔人族】は身体能力と魔力ともに優れており、好戦的で競い合いを好む種族である。
【竜人族】は全種族中で無類の強さを誇るが、非常に数が少なく、めったに会えない。
閉鎖的なこの村では叶わないかもしれないが、いつか他の種族の人たちにも会いたいものだ。
今までに教わって有益だと思ったことはこれくらいだが、この世界の常識が多く得られた。
今後もいろいろと教わることが楽しみだ。
そして、今日もお楽しみのルベリア様の勉強会だ。
教わる子供は多く、年齢ごとにクラスを分けて行われている。私の年齢の勉強会は月に1,2回程度でしか開かれないので、逃さないように注意している。
(今日はどういったことを学べるのでしょうか。楽しみですね)
私は少し浮かれた気持ちで、勉強会の会場である村の集会場へと向かう。
村の中には、ただ一つだけ木を組んで立てられた建物がある。村人たちの集会場にも使われるその場所こそが勉強会の会場だ。
集まっているのは、私を含め5人だ。
ちなみに、全員が幼馴染で、昔からよく遊ぶ見知ったメンバーだ。
しばらくすると、ルベリア様が姿を見せた。
「こんにちわ。どうやらみんな集まっているようね。早速、今日のお勉強を始めるわよ」
「「「「ルベリア先生、こんにちわ」」」」
「せんせぇ~、こんにちわぁ~」
1人だけ遅れ、のんびりした感じで挨拶したのは、ミモモ=モカルミーだ。
村の長老、マルダ=モカルミーのひ孫にあたる女の子で、マイペースでのんびりとした性格の子だ。
「ルベリア様、今日はいったいどんなことを教えて下さるのですか?」
ミモモの挨拶が終わると、すぐさま私が疑問を口にする。
ここまではいつも通りのやり取りだ。
「今日教えるのはとても大切なことよ。5歳を超えていないと非常に危険なだから、今日の勉強が終わった後に、年下の誰かに教える様なことをしては絶対にダメよ。もちろん兄弟であってもね」
「せ、せんせ~、本当になにするの? なんだか言い方が怖いよぉ~」
「何を怖がってんだよ、トレオ! めちゃくちゃ面白そうじゃん!」
おどおどした物言いをするのが引っ込み思案なトレオニー=ラウムニゼで、騒がしいのが快活で怖いもの知らずな性格のロベルト=アンダーコリだ。
「みんな静かにしなさいよ! まだ、ルベリア様が説明してくださってる途中でしょ!」
そして最後に、それを少し大人ぶって注意しているまじめな女の子が、テレスティア=タパリムだ。
「いい子ぶってんなよな! テレサのくせに!」
「な、なんですって! ロン、あんた後で覚えてなさいよ!」
「ふたりとも、やめなよ~」
「はいはい、みんな静かにするように。今日教えるのは本当に大切なことだから、これ以上騒ぐなら勉強会を中止するわよ?」
「「……ごめんなさい」」
ルベリア様の諫めにより2人が静かになったところで、ようやく勉強会の始まりだ。
ルベリア様が見せる顔は今まで勉強会で見せてきた笑顔をとは異なり、本当に真剣な表情だった。
子供たちもその雰囲気を感じたのか、先ほどまでの騒ぎも忘れ真面目に耳を傾けている。
「今日からみんなに教えるのは、生きていく上でとても大事なこと。特に私たち【妖精族】にとっては沽券にも拘わることでもあるわ」
(おっと―――これはもしかして、もしかしますか?)
「何となくわかったかしら? そう、今日からみんなには魔力の扱い方を学んでもらうわよ」