6話 3歳、祝福する(2)
【選命の儀】が行われる日の朝、グロンド父さんとの日課の散歩がお休みとなったため、起きてすぐから魔力操作の鍛錬を行ってた。
さすがに、【選命の儀】の当日というだけあって両親は準備で忙しいみたいだ。
「ムーくん、朝ご飯よー!」
鍛錬に耽っていると、リンダ母さんが朝食に呼びに来た。
母さんに連いて行くと、すでに父さんとレオル兄さんが待っていた。
「パパ、お兄ちゃん、おはようございます」
「あぁ、ムルト、おはよう」
「おはよう。お母さんもムルトも早くご飯食べて【選命の儀】に行こうよ!」
「レオくん、気が早いわよ。【選命の儀】まではまだ時間があるわよ」
どうやら兄さんは早く【選命の儀】に行きたくて仕方がないらしい。
家族みんなで朝食をとりながら、父さんが今日の予定について確認していく。
「朝食後にそれぞれの用事を済ませよう。その後は、一旦村の出口に集まることになっているからね。参加する家族が全部集まり次第、ルベリア様のところに向かう予定になっているから、遅れないように注意するんだよ。」
「えー。すぐに行きたい」
「レオ、無理を言ってはダメだよ。何よりも、ルベリア様にご迷惑が掛かってしまうわ」
ルベリア様とはこの村のに住む唯一いるエルフの女性だ。
200年ほど前からこの村の外れ―――少し森に入ったところで暮らしているそうだ。
それ以来、村の人たちにいろいろなことを教えたり、子供を集めた勉強会を定期的に開いてくれたりしてくださっている。その勉強会ではある時期から【魔法】と【魔術】も教えてくれていらしいが、幼すぎるということで私はまだ参加を許されていないが。
「……はーい、わかったよ」
「ルベリア様のところで儀式が終われば、すぐに家に帰って来ることになるだろうから、その後にレオルの今後について家族会議をしよう」
「ママ、【選命の儀】はルベリア様の家でやるの?」
母さんが教えてくれた今日の流れは、家の用事が終わり次第村の出入り口に向か、【選命の儀】に参加する家族が全員集まったら、ルベリア様の家に行きくのだそうだ。そして、ルベリア様が持つ魔道具を使って【選命の儀】が行われるそうだ。
その後はどこの家族もすぐに家に帰って、家族会議を行うらしい。うちも勿論、レオル兄さんの今後につてを家族で話合うそうだ。
だが、それについて、兄さんは不満げだ。
「それって絶対にやらないといけないの?」
「何言ってるの、当たりまえでしょう! 【選命の儀】を終えた後、独り立ちの準備を始めるのが習わしなのよ。私たちハーフリングには、20歳になるまでに何か一つのことに没頭し始めるという特性―――【嵌りごと】と呼ばれるものがあるのは知ってるでしょう?」
「う、うん」
「その【嵌りごと】のための準備なんだから、あなたの人生に関わってくる大事なことよ。やらないわけないでしょう。」
「わかったよ……」
「パパとママにも【嵌りごと】があるの?」
「僕の場合は薬草栽培で、リンダが薬作りだよ」
「そうよ。【嵌りごと】を探すためにはいろいろな分野を勉強をすることになるのだけど、【嵌りごと】は<技能>や<恩恵>に傾倒しやすいの。だから、【選命の儀】の後に一度話しをする必要があるのよ」
「僕たちも【選命の儀】で知った自分の<技能>を参考に学び始めたんだよ。そして、【嵌りごと】を見つけてから、その道を本格的に極めるために独り立ちしたんだ」
「ハーフリングの中では、【嵌りごと】を見つけて半人前、【嵌りごと】で結果を出して一人前と言われているわ」
父さんと母さんが教えてくれたことを要約すると、ハーフリングには人生の目的にもなる【嵌りごと】を持つという種族特性が存在するようだ。これは20歳になるまでの間に見つけるものであり、見つかり次第独り立ちを始めていくということだ。
思いもよらないところで、長い人生に感じていた不安が解消された。
(それにしても、確かに<技能>と<恩恵>が重要になりそうですね)
まだ聞きたいことはあったが、ちょうど朝食も終わり、両親はそれぞれ用事を片付けに行った。
その間、私はレオル兄さんと留守番することになった。
「お兄ちゃんの嵌りごとは何だろうね?」
「俺は―――もう嵌りごとを見つけてるんだ。まだ、父さんたちにも言ってないけどな」
「えっ!? そうなの!? 何がやりたいの? いつそう思ったの? 何で【嵌りごと】ってわかったの? 何でパパたちに言わないの?」
「質問が多いよっ!?」
「ねぇ! 教えてよ!」
「わかったよ! だから落ち着けよ。―――いつからっていうのは、半年前からだ。薬を作りたいって思うようになったんだ。何でかって聞かれるとうまく説明できないけど、自分では間違いなく【嵌りごと】だって分かるんだよ。」
思わず兄さんを問い詰めてしまったが、それでもきちんと質問に答えてくれる兄さんはやっぱり優しい。
「パパたちに言わないのは何でなの?」
「うっ。―――何ででもいいだろう! どうせ後で言うんだから!」
兄さんの顔が赤い。
母さんと同じ【嵌りごと】だというのが恥ずかしいのかもしれない。
そんな風に兄さんとやり取りをしていると、両親が帰ってきた。
すぐに出発の準備を終え、村の出入り口に向かった。そこには、【選命の儀】を受ける子供たちとその家族が集まっていた。今年の儀式を受けるのは、兄さんを含め6人。小さな村なのでこれでも多い方だ。
「それじゃぁ、出発しましょうかね」
引率は村で一番の年長であるマルダさんだ。
年は350歳を超えていて、村長のいないこの村では相談役のポジションにあるおばあちゃんで長老と呼ぶ人もいる。
ハーフリングの寿命は400年程らしいが、300歳を超えると少しずつ外見が老けていくそうだ。マルダさんはさすがにおばあちゃんと言える見た目をしている。
マルダさんとルベリア様は200年來の付き合いになるらしく、毎年の【選命の儀】に引率という形で付き添っている。
そんなマルダさんに連れられて、ルベリア様の家に向かって出発した。
▼▼▼▼▼
「わぁー!」
「すげぇー!」
「―――綺麗。」
到着した森の中で私たちを待っていたのは、大木を利用して作られたツリーハウスだった。傍には小さな湖があり、木からこぼれる太陽の光が作り出すグラデーションも相まって、実に幻想的な風景を醸し出していた。
それを見た子供もその風景にそれぞれの感想を漏らしていた。
しばらくすると、大木の裏側からとんでもない美人が現れた。
ハーフリングの倍はある長身に日の光を反射して輝く金の長髪、透き通るような白い肌と特徴的な長耳を持つその女性は、女神と見まがうばかりの微笑みを浮かべていた。
「ようこそ、私の家へ。マルダ、引率ご苦労様」
「お出迎えありがとう、ルベリア。今年も【選命の儀】をよろしくお願いしますね」
私は注意深くエルフの女性、ルベリア様を観察していた。
勉強会に参加したことがなく、実際に目にする機会はほとんどなかったため、ここまでまじかで見ることができたの初めてだった。
『魔力探知』で探ってみてもルベリア様からは全く魔力が漏れ出ておらず、それだけ魔力の扱いに長けていることからも実力は間違いないようだ。一応、ルベリア様の『魔力探知』を警戒して、私も『魔力隠蔽】を全力で使用しているが、怪しまれてはいないようだ。
まぁ、ばれた時はどうにかして話をはぐらかすしかないだろう。
そうこうしている間にもルベリア様とマルダさんの話が終わったようだ。
「それでは【選命の儀】を始めたいと思います。ご存知とは思いますが、<技能>と<恩恵>を確認するために魔道具を用います。家族以外に見られるのが嫌な人もいるかもしれませんし、大木の裏側で行います。後のことは、マルダの指示に従ってくださいね」
「それではまず、順番を決めていきます。最初は―――」
ルベリア様は大木の裏に向かい、マルダさんがこれからの流れを説明し始めた。
兄さんの順番は3番目に決まった。
儀式と言うわりには、非常にあっさりしたもののようだ。
その場でそのまま待たされることになったが、時間もそれほど掛から無いらしく、あっという間に兄さんの番が回ってきた。
マルダさんに連れられて行くと、そこにはルベリア様と同じくらいの大きさの黒い石板が置かれていた。
ちなみに、大人のハーフリングの身長が大体90cmほどで、その倍もあるルベリア様と同じ大きさの石板となると体感的にも圧倒されてしまう。
石板をよく見ると、中央より少し下の場所―――私たちの手が届く位置に、ボーリング玉ほどの大きさの水晶が埋め込まれている。その水晶部分を除けば、まるで磨いた大理石の様に綺麗な平面をしている。おそらくこれが話に出ていた魔道具なのだろう。
「バジーリア家の方々ですね? それではさっそく儀式を始めます。レオル、準備はいいですか?」
「よ、よろしくお願いします」
兄さんは緊張しているようだ。
「ふふっ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ。それじゃあ、この水晶部分を両手で触ってもらえるかしら?」
「こ、こうでいいですか?」
兄さんが、ルベリア様に促されて石板の水晶部分に触れると、兄さんから魔力の一部が水晶に吸収されていった。
それからしばらくすると、石板に文字が浮かび上がってきた。
「はい、もう手を放していいわよ。ここに表れたのが、あなたの<技能>よ。残念ながら<恩恵>はないようだけど、こればっかりは運だから落ち込まないでね」
「これが、俺の<技能>。……<恩恵>はやっぱりないんだな」
~技能~
農耕1
採取1
魔力探知1
薬品鑑定1
~魔力適正~
水・土
~恩恵~
石板に表示されたのは、私が『鑑定』で確認できる<技能>と同じものだった。
私は知っていたが、兄さんは初めて知る自分の能力に見入っていた。両親もそれを見て、少し思案しているようだ。
「これがあなたの今までの努力の結晶であり、可能性の一つよ。ただ、<技能>に縛られることなく、あなたの意思を第一に【嵌りごと】を探してね」
ルベリア様が石板の文字を書き留めた羊皮紙を手渡しながら、兄さんに声をかけてくる。
「はい。ありがとうございます」
「ルベリア様、ありがとうございました。」
「えぇ。後は、レオルの話を聞いて、ご家族で良い道を示してあげてくださいね」
その後やって来た次の家族と入れ替わって先ほどまで待たされていた場所に戻り、そのまま全ての家族が儀式を終えるのを静かに待った。 大した時間が掛かることもなく全ての家族の【選命の儀】を終了すると、ルベリア様も戻って来た。特に何かあるわけでもなく、全員でルベリア様にお礼を述べた後はすぐに村へと出発した。
儀式と言うわりには本当に仰々しさのかけらも無く、驚くほどに早く終わってしまった。
名前負けする儀式だなというのが私の正直な感想だった。
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早々に帰宅し、今は家族全員で集まって兄さんの今後について話し合いをしている。
目の前では、兄さんが自分の【嵌りごと】について、両親に説明しているところだ。
私も一応参加しているが、完全に蚊帳の外だ。
話し合いもまだしばらくは終わりそうにない。
(こんなやり取りを私もいつか経験するのでしょうね……私の将来はどうなるのでしょう?)
将来のこともそうだが、近い未来やってくる【選命の儀】への対策など、他にも考えなければいけないことはたくさんある。
けれど、取りあえずそういったことは横において置くことにする。
今は、【嵌りごと】を見つけ、半人前ハーフリングに仲間入りした兄さんに祝福を送らせてもらおう。
(兄さん、おめでとうございます。これから大変そうですが頑張ってくださいね!)