3話 日々、鍛錬する
二度目の『鑑定』を行った日からさらに数日が過ぎた。
正確なところは分からないが、感覚的では前世での一月ほどといったところだろうか。
最近ではベッドから出て、家の中を移動する機会が増えてきた。
体も成長してずりばいができるようになり、自分の意志で部屋の中を移動することができるようになった。
今は、ハイハイに挑戦中だ。
僅かだが移動ができるようになったおかげで、家の中の様子を観察することも可能になった。
最初にいた部屋が岩壁だったことから予想はしていたが、家自体が岩石をくりぬいて作った洞窟のようなつくりをしていた。これだけでは前世の石器時代を彷彿とさせるのだが、随所に高い文化力を感じさせるものも見受けられる。
まず、床だ。初めは土か岩がむき出しなのだろうと思っていたが、以外にも質のよさそうな絨毯が敷かれていた。家族は土足で生活しているのだが、そうであるとは思えないほどに絨毯は綺麗な状態が保たれている。家族の誰かが絨毯を選択している光景も見たことが無いので、何か魔法などの力を使用して清潔さを保っているのかもしれない。
家で使われている木製の家具もしっかりした作りだ。ガタツキも無く、バランスが整えられているものばかりだ。使われている木材は綺麗に切り揃えられて、表面もきちんと加工されている。
食器などの器にも陶器が使われている。歪な形はしておらず、均一に作り揃えられている。さすがに、前世のものと比べると多少劣る部分も見受けられるが、文化レベルが低くないことは分かる。
それから、家族の名前を知ることができた。
怪しまれる可能性も考えたが、今後のために『鑑定』を試してみたのだ。
全く気付いていないわけではなかったが、以前目の前で使った時と同じように『鑑定』を使ったということの特定まではできなかったようだ。やはり魔力の変動が分かるだけなのだろう。一応、家族以外への使用は控えようと思う。
ただ、『鑑定』も劇的な結果ではなく、技能レベル1では名前までしか確認できなかった。
家族構成は、母親、父親、兄、私の4人だ。
母親は リンダ=バジーリア という名前で、父親からはリンダ、兄からはママと呼ばれている。赤みがかったがかった茶色の挑発を持つ美少女とも言える容姿だ。母親に対して少女という表現を使うのは違和感があるが、そうとしか言い表しようがない。父親よりも小柄で華奢に見えるが、働き者で家事のほとんどを一人でこなしている。普段は父親の一歩後ろを行く、まさに大和撫子ともいえる温和な性格だが、厳しい面もあるようで、主に兄、まれに父親に対して説教している声が聞こえてくる。
依然聞いた怒鳴り声はこれのようだ。
父親の名前は グロンド=バジーリア といい、母親からはあなた、兄からはパパと呼ばれている。見た目は中学生になったばかりくらいの少年で、わずかな幼さが見受けられるが、母親と同様整った顔立ちをもった茶髪の美少年だ。華奢な体格で見るからに非力そうだ。物腰の低い言葉遣いがまた、その性格にあっている。母親に説教されるような抜けた一面もあるようだが、しっかりした性格で一家のをまとめる立派な大黒柱だ。
兄の レオル=バジーリア は、両親からはレオと呼ばれている。父親そっくりの見た目で、将来は美少年間違いなしだろう。やんちゃな性格で、屋内外問わず暴れまわって母親の手を焼かせているようだ。一方で、弟思いの優しい兄で、両親がいない時などに私の世話をしてくれている。
―――ちなみに、最初に『鑑定』を行ったのはレオル兄さんだ。最も怪しまれる可能性が低く、ばれた場合でもごまかせると思ったからだ。
まぁ、両親含めばれるようなことは無く、心配は杞憂に終わったのだが。
日々の観察と『鑑定』で分かったことはこれぐらいだ。
家族以外の出入りもあったようだが、私が幼すぎるせいか会うことはなかった。
家の外にも一度も出ていないので、この世界そのものの情報はほとんど得られていない。
これについては赤ん坊なので仕方がないので、現在はあきらめている。
そして、これまでの鍛錬の結果、現在の私のステータスはこうなっている。
名前 ムルト=バジーリア
種族 ハーフリング
性別 男
年齢 0
<能力値>
体力 6/6
魔力 121/304
力 0
耐久 1
器用 0
敏捷 0
知力 8
精神 6
<技能>
戦闘系 なし
生産系 なし
技術系 魔力探知1
特殊系 鑑定2
魔力適正 火・水・風・土・光・闇・時空
<恩恵>
武術の心得
心体の極み
<能力値>においては、魔力がかなり上昇している。
この世界の平均値は分からないが、私のステータスの中でも突出している。上昇率が落ちているようにも感じるが、まだまだ伸び代もありそうだ。今後も限界まで上昇させられるようにする。
他の<能力値>については、体力以外に変化は見られない。体力も上昇したのは1だけだ。ずりばいができるようになったことだし、力が上昇したのではないかと思ったのだが、そのような事もなく相も変わらず0のままだ。もっと体が成長するか、筋トレくらいはしないと上昇しないのかもしれない。
そして<技能>の方には、二つの進展があった。
一つ目は、『魔力探知』だ。
これを獲得できたのは、体内の魔力を感じ取ろうとしていた時だった。
鍛錬中に突然、体内の魔力を感じ取れるようになったのだ。同時に、魔力の流れのようなものもうっすらと認識できるようにもなった。それかしばらくした後に、ステータスを確認したところ、新たに『魔力探知』が表示されるようになっていた。
このことから、<技能>は後天的に獲得することができ、<技能>へと昇華したことで鍛錬中できていたことよりも一段上の技術が可能になることが分かった。
この世界がどういう情勢なのかがはっきりしていない以上、自己防衛のためにも必要になるかもしれないし、今後は有用な<技能>の獲得も目指していくつもりだ。
とりあえず今は、『魔力探知』の様に思いついたことを試していくことにしよう。
もう一つは『鑑定』だ。
技能レベルが1から2へと上がった。
上がったのはつい先ほどのことだ。いつも通り岩壁を『鑑定』していたら説明内容に変化があったので、ステータスで確認をしたところ技能レベルが上昇していた。
ちなみに、以前までは
名称 岩壁
岩で形成されている。
という情報が得られていたのが、
名称 アルク岩の壁
アルク岩で形成されている。
という風に変わったのだ。
―――岩の種類が分かった程度だ。はっきり言って、現状では有用とは言えない。
残りは、人を『鑑定』した場合はどのように変化しているかだが、まだ確認することはできていない。しばらくすれば母親が様子を見に来る時間なので、その時に試してみるつもりだ。
母親が来るまで『魔力探知』の鍛錬を行うことにした。
今まで通り体内の魔力をより明確に把握する鍛錬も続けているが、新たな鍛錬と検証も行っている。<技能>を獲得したことで体内の魔力を認識はすることはできたが、同時に感じた魔力の動きについてはぼんやりとしか感じることができない。ちょうど、『魔力探知』の鍛錬を始めた頃と同じような状況だ。
そのため、魔力の流れをより正確につかみ取るための鍛錬も行っているのだ。とは言っても、方法は今までとほとんど変わらず、意識を集中して魔力の流れる方向、速さ、量を感じるように努めているだけだ。
鍛錬を始めたばかりの頃のように、少しずつだが進展しているとは思う。
それだけではなく、より上の段階も目指している。
体内の魔力の流れが認識できるようになったと同時に、体内の魔力が体外から供給されていることに気付いたのだ。これはつまり、自然界にも魔力は存在しており、体内のそれは自然界から吸収して補っているということだ。
このことに気付いて以来、自然界に存在する魔力を感じ取る方法を模索している。
こちらはなかなかに厳しく、難航している状態だ。わずかにでは感じ取れているため、全くの不可能ではないと思うので努力を続けていくつもりだ。
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そうこうしている内に、母親が私にお乳をあたえるためにやって来た。
最近では慣れてしまった――不本意ではあるが――お乳を頂きながら『鑑定』を発動する。技能レベル上昇後初めての、人を対象にした発動だ。
名前 リンダ=バジーリア
種族 ハーフリング
年齢 81
性別 女
(お、おぉ。―――おぉ?)
思わず、脳内で変な感想が漏れてしまった。
これまで名前しか分からなかったことに比べれば、得られる情報が種族、年齢、性別と少し増えた。
だが、そんな微妙な変化よりも―――
(81歳!?)
母親の年齢の方に衝撃を受けた。幼い容姿であることもあって、一際驚いてしまった。
それでもすぐに落ち着きを取り戻し、その理由についてある予想に辿り着いた。
(おそらくこの世界でハーフリングは長命の種族なのでしょう。それも、両親の見た目からして不老に近い特徴があるのかもしれませんね。不老な上に長命とか―――、種族的な差別などがなければいいのですが)
長命で老化が遅いこと自体は私個人としては大変喜ばしいが、それに伴う他種族との軋轢を考えると、これから先のことが少し心配になってくる。
(前世の物語においては、長寿の綬族が他の短命な種族から僻まれるっていうのがテンプレートみたいなものですからね。優先的に、種族について調べる必要がありますね)
長い人生をどう生きていくかというのも悩ましい。何か目標でも立てないと、つまらない人生になりかねない。
長い人生をか捧げられるほどに興味深いものがあるといいのだが―――、この異世界にある面白そうなものについての情報も集め方がよさそうだ。
魔物なんかがいて、ダンジョンとか迷宮みたいなものがあれば冒険暮らしをしていくのもいいかもしれない。
(―――冒険か、悪くはありませんね。まぁでも、まだ生まれたばかりですし、今から生きる目標に悩むなんて言うのもおかしな話ですね。)
いろいろと考えてしまったが、慌てて決める必要はではない。それこそ長い人生なのだ、少しくらい目標を立てるのが束なっても構わない。
『鑑定』についての考察から考えが大きくずれてしまったが、考察に戻ることにする。
見た目で判断できなかった年齢が分かるようになったこともあり、『鑑定』は思ったより有用かもしれない。今以上に技能レベルを上げていけば、【ステータス】の様に対象の<能力値>、<技能>、<恩恵>を知ることができるようになるかもしれない。
(出来ることも限られていますし、可能なことは全て試していきましょう)
現状を改めて確認したところで、鍛錬を再開する。
鍛錬と睡眠の日々はまだまだ終わりそうにない。