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小さな人生  作者: 蒸留水
旅立ち
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1話 目覚め、困惑する

 意識が覚醒すると、辺りは暗闇だった。

 わずかな明るさを感じることはできるが、周囲の状況は全く窺うことができず、喋ることも体を動かすこともできない。


(―――いったい、何が起こっているのでしょうか?)


 記憶をたどってみても、何も思い出すことができない。

 正確には、私自身についての記憶が欠如しているようだ。


 思い出せる記憶から推測すると、私は日本に住むそれなりの年齢、少なくとも成人を迎えた一般人であったように思う。

 常識的に考えれば、事故か何かが原因で体を動かせなくなり、その際の衝撃で部分的な記憶障害になってしまったのだろう。


 その様なことを考えているうちに、激しい眠気に襲われ、意識を沈めていった。



 ▼▼▼▼▼



 初めて目覚めた時からどれだけの時間が過ぎただろうか、状況にあまり変化はない。

 首を左右に動かすことはできるようになってきたが、依然として目と耳による周囲の確認はできない。

 また、意識が覚醒してもすぐに眠気に襲われるため、考える時間すら満足に得られない。


 しかし、徐々に回復してきているようで、起きていられる時間は少しずつだが延びてきている。

 目の方もはっきりとした明暗は分かるようになった。

 また、音についても認識することができるようになってきた。ただ、不思議なことに、聞こえていても脳で情報を処理しきれておらず、歯がゆく感じている。

 視力と聴力がもう少し回復すれば、周囲の情報が得られるようになるだろう。


 そんな期待をしつつ、私は再び眠りについた。



 ▼▼▼▼▼



 またどれだけかの時間が過ぎた。

 ほとんどを寝て過ごしているようで、まだまだは分からないことが多い。

 しかし、進展はあった。

 腕が少し動かせるようになったこともそうだが、なにより、視力と聴力が回復したのだ。


 私が初めて目にしたものは岩の壁だった。

 私自身についての記憶はやはり思い出せないが、他の記憶と照らし合わせても今の日本に洞窟仕様の建物はまずなかったはずだ。

 首を動かせる範囲で周辺を確認してみたが、病院というよりは一般的な民家の部屋という印象が強い。私は木製の柵付きベッドに寝かされているようだが、おそらく、転倒防止のためのものだろう。他には壁際に同じく木製の椅子や机、本棚が設置してある程度だ。

 他にも、一度だけ私の顔を覗き込む人物を目にしたが、日本人の顔つきではなかった。


 音については、人が出している足音や物音を認識できるようになったが、情報としてはまだまだ不足している。


 僅かに得られた情報から推測するに、どうやら海外―――それも日本よりは発展していない地域にいるのではないかと思われる。

 なぜ海外にいるのかも気になるところだが、それ以上に今後の治療について心配になってくる。


 未だ私の行動は睡魔に支配されており、ほとんどを寝て過ごしているため、正確な状況の把握は進んでいないし、いろいろと考える時間もほとんどない。

 しかし、目と耳の回復により周囲を確認できたことで、精神的にも余裕が生まれてきた。

 きっと時間が経てばいろいろと解決するはず、と楽観的に考えることができるようになってきた。



 ▼▼▼▼▼



 今日は体の調子が良い。

 いつもなら睡魔に襲われる時間だが、未だに目が冴えている。この状態が今後も続くようであれば、より多くの情報が得られるようになるだろう。現状の打開も近いかもしれない。


 ふと、足音がだんだんと近づいてくるのに気が付いた。

 しばらくして、よく見知った顔が覗き込んできた。

 私がここで目覚めてから今までに見た人物は全員で3人で、全てが子供だ。

 そのうちの1人であるこの10代前半に見える少女は、最も高い頻度で私の様子を見に来ている。

 ちなみに他の2人は、少女と同じ年くらいの少年と、彼女らよりも年下に見える男の子だ。


 いつもならば少女をよく見る間もなく寝ってしまうのだが、今回初めてしっかりと見ることができた。

 赤みがかった茶髪に、褐色の瞳をもち、顔立ちも整っている。子供特有の幼さがわずかに見受けられる。 将来はさらに美人になることだろう。

 そんな風に少女を観察していると、信じられないことが起こった。


 なんと、少女がおもむろに私を抱きあげたのだ。

 それも、軽々と、だ。

 私は、自分のことを成人過ぎの男だと思っていたため、例え体が痩せ細っていたとしても、この少女が抱き上げるのは無理なはずだ。それにもかかわらず、いとも簡単に私の体は持ち上げられてしまった。


 そして、抱え上げられた際に自分の全身を初めて目にした。

 そこのにあったのは、大怪我を負った体などではなく―――赤ん坊の姿だった。


 理解が追い付かず、頭の中が真っ白になる。


 少女に体を揺すられながらも、冷静になるように努める。


 しかし、努力もむなしく、突如込み上げてきた衝動に飲み込まれてしまう。。

 その衝動の正体は食欲だった。

 抑えることのできない衝動―――食欲は、泣き声となって発せられた。

 自分の体であるにも拘わらず、体が勝手に動いてしまっているため、止めることもできない。


 だが、衝撃はここで終わらない。

 私を抱き上げていた少女が、おもむろに服をたくし上げ、私にお乳を与えようとし始めたのだ。

 全く理解ができない状況だが、これだけは断言できる。


(私にそのような趣味はない!)


 悲鳴にも近い叫びを心の中であげながら、拒絶の意を込めて少女を見上げるが、目を向けた先で見たものに息をのむ。

 そこには、先ほどまで「少女」だと思っていた人物はなく、「母親」の雰囲気を纏った女性がいた。 女性が私に向ける微笑みは母性に満ちており、私が持っていた「子供」という認識をひっくり返すのには十分すぎるものを感じさせた。

 本能がこの少女を母親だと告げ、それを素直に受け入れることができた。


 気恥ずかしく思いながらも、制御できない体が勝手に食事――母乳を求める。

 受け入れることと気持ちは別問題なのだが、赤ん坊の本能が勝手に働いてしまうのだ。


 仕方なしに、意識の方はこれまで情報の整理に努める。

 あまりの衝撃の連続に、逆に冷静さを取りもですことができたようだ。


 食餌を終えると同時に、慣れ親しんだ睡魔に襲われ、疲れた心をいやすためにも速やかに眠りについた。



 ▼▼▼▼▼



 初めてのお乳衝撃から数日が経った。


(―――見慣れた岩壁だ)


 ここ最近は目覚めるたびに、同じ言葉を心の中で吐いていた。少しでも現状から目をそらしたい気持ちの表れ―――所謂、現実逃避だ。

 だが、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないので、整理した情報をいい加減受け入れていくことにする。


 まず、私は「事故に遭って動けない日本人」などではなく、「生まれたての赤ん坊」である。

 所謂「転生」なのだろうが、それ自体は受け入れやすいものだった。輪廻転生という言葉も知っていれば、残っている日本人の記憶の中にはそういった物語やゲームについての知識が存在していたからだ。

 むしろ、喜びの感情の方が強く、これからの期待が大きく膨らんでいる。


 日本人としての記憶は、言ってしまえば前世の記憶にあたるのだろう。

 前世の自分についての記憶は欠けたままで今後戻ることはないかもしれないが、不便は無い。むしろ、多少の記憶が残っていることに感謝だ。理由は、今持つ知識を有効に活用するだけでも、生きやすくすることが可能だからだ。ある程度の知識を身につけているというのは、それだけでも大きいアドバンテージなのだ。


 それから、体が動かなかったのは赤ん坊だったためだろう。

 だが、それにしても睡眠時間の長さは異常だったように思う。

 おそらくだが、これまでの私が眠っていると思っていた時間は、赤ん坊として本能が私の意識を上回っていたのだろう。つまりは、眠っていた間は普通の赤ん坊としての活動をしていたと考えられるのだ。なぜなら、先日のお乳が初めてというのは成長のほどを考えてもありえないことで、食事が必要な以上、それ以前にもお乳をもらっていたはずだからだ。

 ある程度赤ん坊としての本能が落ち着いてきたがために、私の意識がこうして表立つことが多くなったのだろう。そして、この前の様な衝撃に繋がったのだと思われる。


(赤ん坊プレイなんて恥ずかしすぎますが、これは受け入れるしかないのでしょうね。)


 そんな諦めともいえる決心をしつつ、次に、周囲の状況を確認していく。


 まずは何と言っても、私に最大の衝撃を与えた母親についてだ。

 正直なところ、わからないことが多すぎるが、「子供」のような姿の少女が母親であることは、まず間違いないだろう。

 証拠となるものは何もないのだが、確信をもって判断できてしまう。

 この点に関しては疑わないことにする。


 ……お乳も頂いていることだし。


 一番の問題は母親の見た目だ。

 10代前半のにしか見えない母親が存在しえる状況をいくつか考えてみた。


 一つ目は、母親が単純に幼く見えるだけというパターンだ。

 広い世界にはそういった見た目の人もいるだろうし、最も現実的な考えだろう。


 二つ目は、母親が実際に幼い、つまりは見た目通りの年齢である可能性だ。信じられないことだが、私が知らないだけで、秘境に住む民族などには若いうちに結婚するような文化が存在するかもしれない。


 最後に、最も可能性が低いとわかってはいるが、どうしても期待してしまう「異世界」に転生したパターンだ。異世界ならば、ドワーフやホビットなどとうった幼い容姿の種族が存在していても不思議はない。

 実際に転生したこともあって、期待度が大きくなってしまっている。


 期待があるのと同時に不安も大きいが、どのような状況であるにしても、前世の常識を捨てる覚悟が無ければ、今世を生きていくことは難しいだろう。

 は言うものの、どれもあくまで予想に過ぎず、もはや妄想と言えるものもある。




 いろいろと情報を整理したが、今、最初に確認しておきたいことは決まっている。

 前世の常識から考えるならば可能性は0なのだが、どうしても「異世界」であることを期待せずにはいられないのだ。どう転ぶにしても始めの内に確かめておかなければ、予想するにあたって支障が出かねないことも理由の一つだ。


(確認する方法は……やはりこれでしょうね。)


 言葉の通り、生まれてから今までで最も強い気持ちを込めて念じる。


(ステータス!!)


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