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『クローゼットのあの場所で。』

作者: Sady

『クローゼットのあの場所で。』


しかし、そこに、もうあの感じはない。

としか言いようがなかったのだ。二十歳になった心は、成人を迎える2月20日、懐かしい写真たちを眺めながら、これまでの自分史について音階を降るかのように回想していた。


心には幼馴染みのツバサがいる。元気で活発なヤンチャっ子であった翼は、小心者の心にとっての鉾のであり盾であった。

翼と一緒の心は玉座に君臨する王様の如く、胸は開いて、目線は斜め上であった。

「えへん!我が彼の有名な思考の覇者なり」

と、言わんばかりに。

しかし、翼がいないと、心の右肩と左肩がくっつきそうなくらい背中を丸め身を縮めていた。思い返すと、小心者エピソードは数え切れないほどあった。翼の家から心の家までは、徒歩でたったの30秒なのだが、心はそこまでの道のりが、どうにも怖くて、翼と一緒ではないと帰宅できなかった。そんな心のために翼は自分の家に一旦帰り、歯型の付いたリコーダーをさしたランドセルを置いてから心の家まで心を送ってやっていた。

心がなぜそんなにも怖がるのだろうと、翼は疑問に思っていた。眼に見えるものしか信じない翼にとって、心の不安は、えら呼吸をする人間の存在と同じようなものであった。

心はいつも翼に不安の個人情報である住所や電話番号を打ち明け、自己のサンクチュアリを従来のドイツ軍による植民地支配の拡大化の様に広げていった。

翼の存在が心を二十歳まで成長させたといっても過言ではないし、心はその事に多大なる感謝をしている。しかし、なぜそこまで、世に怯えていたのだろうか。

眼には見えない強大な何かへの不安が自己を覆い尽くし、心は窒息しかけていたからであろう。


その不安とは、「お化け」である。

見えるわけではなかったし、何かが感じるという様な霊感を持っているわけでもなかった。しかし、夜になると意識が朦朧とし、恐怖が訪れる。それは、満月を見てしまった狼男の様に。ひとつの扉が開かれ、黒いスーツを着用し、髭を生やした四十過ぎの男性は心を何処かへ誘った。そのひとつの扉こそが、心の両親が寝ていたクローゼットの右から二番目の扉である。

夢と現実の混同に思考が追いつかず心にとって、ふたつの世界はひとつであった。

真っ暗な世界に一筋の道が薄暗く照らされ、果てが見えないくらい長々と続いていた。男は、柄の部分にシルバーの彫刻が彫られた様なステッキを持ちながら、道の途中で立っていた。

「今日はここからだね。」

心は週に約三回の頻度で同じ様な「夢」の世界を体験しており、その都度、道は進み、男は前回の場所から移動した場所で心を待っていた。

男に会い、声を交わすと、違う世界へ引きずり込まれ、時には第二次世界大戦期の日本兵を体験し、時には、武士に首を切られる寸前を体験した。

そして、いつも死ぬ前に眼が覚めて、普通の一日が始まった。朝起きると、男の存在以外の記憶は掠れて定かなものではなくなっていた。しかし、男の存在だけがくっきりとしており、「夢」は「夢」でない様な気がした。

そのため、両親の寝室のクローゼットは、恐怖で開けることができなかった。悪魔が宿るクローゼットなのだが、父親が開けると、そこにはネクタイや背広が収納されているだけで、何の変哲もないただのクローゼットで、「おかしいな」と首を傾げていた。しかしその反面、何もないことに安心感も得ていた。

だが、安心感を抱いた夜も、クローゼットの右から二番目の扉が開き心は男に誘われ真っ暗闇の世界に引きずり込まれた。

また、その場所は何となくだが、以前いた場所とは違いまた前進していた。そして一言、

「今日はここからだね。」

そして次には、猛獣の世界へ引き込まれ、ライオンに追われて捕食される夢を見た。そして言うまでもないが、死ぬ寸前に心は目が覚めた。

外は雨が降っていた。

「ピーンポーン」

インターホンが鳴り、少年の「心いるかー!」という大きな声が聞こえた。翼である。いつもの迎えの時間だった。慌てて支度をして学校へと向かった。

黄色い傘を差し、長靴を履きながら巨人が歩くかの様に水溜りをわざとペシペシと歩く翼の後ろで、真似をしながら心は同じ様に翼の後ろを歩いた。

「なあ、ちょっときいて。」

「んー?」

「お化けってほんまにいるんかな。」

「おらんわ。見えたことないもん。

「やんなー…でもな、夜になるとな、いつもめっちゃ怖いおじさんにな、真っ暗な所に引きずり込まれんねん。」

「何言ってんねん、わけわからへんわ。あれちゃうー、酒でベロベロになったお父さんが、寝てるお前の体振り回したりして遊んでるんちゃう」

「そんなわけないわ。でもなんなんやろ。怖いなー怖いなー。」

「何で急に稲川さんぶっ込んで来てん。てかさ、お前は心配しすぎやねん、ブ○マヨの吉田か!」

「でもなー、」

「それー!その口癖ー!」

二人は笑い合いながら、飛行機の様に手を広げ、雨が降っているのにもかかわらず傘をしまいビチョビチョになりながら「ぶーーん」と言いながら走って登校した。


翼と話すと心は話がすり替えられた様に嫌な思いを忘れ、心の不安は笑いに変えられた。翼の持つ見えない白銀の翼は、未来という名の日光を浴び、世界を自由に羽ばたき、心に宇宙を見せた。そして、翼は心に翼を与え、自由に飛べる体へと造り替えた。飛ぶことの面白さ、旅をする必要性を心の心に説いたのだ。


「お前は、もっと自由になるべきやで。不安は確かに慎重になるって意味では大切かもしれへん。けどな、慎重が臆病になったらその虫は取れへんぞ。」

臆病虫おくびょうちゅうによる感染で、身長が伸びなくなるってことやな」

「は、意味わからへんし。」

「は、急にめっちゃ冷めるやん。お前が言い出したから乗ったんやろー」

「しょーもないこと言ったから、シッペーデコピンババチョップな!」


月日は流れ、季節が何周かした頃。

心の「夜中のおじさん事件」(翼による命名)はまだ続いていた。そして、小学生としての最後の日の前夜、またクローゼットの右から二番目の扉が開き、四十代の男が真っ暗闇な世界へと心を誘った。目の前に繰り広げられる道は存在せず、途切れており、ライオンによって崖に迫られた一匹のカラスの様だった。

「今日はここからだね。」

といつも通り男は言って、見えない道を示し、異世界へと引きずり込んだ。

いじめから自殺を考える子どもの決断としての「自殺」の寸前にまた眼が覚めた。といつもならこうなるはずが、今回は、眼が覚める前に、真っ暗闇の世界へと男によって再度引きずり込まれた。

もう道はない。「さてどうする?」と聞いてくる男の顔は賭け事をするポーカー選手の様だった。

しかし、今回は不安ばかりではなかった。なぜなら、翼がくれた翼があったからだ。試したことはないが、選択肢が存在しなかったので、一か八かの勝負を賭け、宇宙へと向かい翼を広げ飛び立った。これまでの長い道が俯瞰して見える。これまで地図の中にいた自分が地図の支配者となった。そして、宇宙へと新しい道が繰り広げられた。

男は悔しそうにしながらも、

「それがお前の答えか。正解だ。これからお前は自由だ!」

と被っていたハットを投げ捨てて、ステッキを上に向けて二、三回振った。

「さよなら」

「ゴツン!」

目覚まし時計が頭上から降って来て、心の側頭葉に直撃した。眼が覚めて心は戻って来たのだと実感した。

いつもより妙に心がスッキリして、身体が軽かったので、鏡で翼が付いていないかと確認してみたくなった。


すると、「ピーンポーン」

チャイムが鳴ったと同時に、爆音で「心ー学校行くぞー」という少年の声が聞こえた。翼である。いつもは翼だけなのだが、翼の母親も同行していた。なぜだろうか。

「あ、今日は卒業式か!」

心と心の母親は同時に声に出して叫んだ。

急いで支度をし、慣れない襟の付いた服にジャケットを合わせて玄関へと出た。翼と心の服装は、服を着ているというより、着せられているという感覚だった。


母親同士は前を歩き、心と翼は遊びながら後ろを歩いていた。

「なあ、お前、『夜中のおじさん事件』どうなったん?」

「あー、今日も見たで。けどなんかいつもと違ったし、なんか空飛んでん。」

「空飛んだとかカッコいいな。羨ましいわ。俺も飛びたいなー」と言いながら翼は「ぶーーん」と言いながら走って行った。


「翼はいつも飛んでるやん。」

と心は翼には聞こえないくらいの声量でボソッと呟いた。


ふと空を見ると、一羽のカラスがライオンから逃げて自由を手にしたかのように空を駆け巡る。朝日を浴びた一羽のカラスは白銀に翼を輝かせ未来へと旅をする。心にとっての翼を表象している様に。


それから約八年の月日が流れた。

思い返してみればそれ以来、クローゼットはただのクローゼットと化し、そこに特別な感覚はなくなっていた。

今から思えば、あの暗くて長い道は、内向的な心自身の人生を描いていたのではないだろうか。戦争や、死に直面する夢を見たのは、人生における命の尊さ、命の美しさを伝えたのではないだろうか。あの男は、実は良い奴だったのではないだろうか。あの男のお陰で、翼から翼を授かり、自由に羽ばたける様になったのではないか。

そんなことを思い返しながら、もう一度、あの感覚に陥ってみたくなった。


しかし、そこに、もうあの感じはない。

「p.s. 二十歳の私を構成するもの、翼と謎の男。」

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