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人魚とうた

作者: ふささらさらさ

鉄の塊が煙を吐き出すばかりの街だ。

かつて微やかで優しい橙色をしていた灯りの群には埃が積もって、今は極彩色に光を放つ。行き交う人々は煤けたかたい道をなぞる。決まって目線は足元で、煤の中に目を凝らしているようだった。

彼はその中で口を開く。

金に塗った髪に、壁掛けの電気絵画が明かりを注ぐ。伸ばしたままの前髪を陳腐な水玉模様が留めている。青年と呼ぶのが躊躇われるような青年。瞳は夢見るように蕩け出し、そのまま溢れる前に瞼が落ちる。指先が細い弦を弾くと、傍らの絡繰りはそれを拡大して響かせた。

彼は歌を歌い出す。

依然閉じられたままの瞳は、高い高い長方形を見ないようにしていた。文字列の載った旋律は薄い唇から次々流れ、喧騒の合間を縫っていく。ほんの何人かが、ちらりと彼に視線をよこした。画用紙に踊った太字の夢に気がつくと、人々は決まって肩をすくめ小さく笑った。盲者じみて音を紡いでいく彼の鼓膜は、そんな些細な嘲りも拾い上げていく。

彼はそれでも声を止めない。

もう慣れっこになっていた。極彩色の隅っこに構えた彼の小さな陣地はあんまり無色で、埋もれて塗つぶされていくのに十分すぎる。それを知らないほど彼だって、少年なわけではなかった。けれども彼は諦めない。

それは所謂運命だった。

急ぐ世界は渦巻くようで、皆一定に歩速を合わせてそれに乗る。けれども彼女はたったひとり、そこから弾かれた。疲れ果てた足取りは曖昧に流され、流され、そして流れつく。彼女は足を止める。胡座をかいて、冷たい地面に座り込んで、ただ目を伏せて歌う彼の目の前で。酔ったような瞳は、今は伏せられた彼の瞳に染められたようだった。

彼は彼女に気がついた。

蕩けていた瞳にたちまち驚きと喜びが弾ける。瞬きのたびにそれは飛散して彼女に届き、自然彼女の頬は緩む。演奏がこの上なく響くように彼には思われた。暫くの後、音は空気に溶け込むようにして終わりを迎え、文字列の最後にピリウドが打たれる。

彼女は彼に拍手を送った。

ぱちぱちぱち、ぱちぱちぱち、それは急流の人々には聞こえない。ただもう彼と彼女はたったふたり静かだった。彼はもうずっと忘れていた感覚をもう一度結い直したところだった。誰かが自分の歌を聴いている。不器用で引き攣った、でも確かに笑みと呼べる表情が浮かぶ。彼女も同じよう、白い顔に花を咲かす。


それが最初の夜だった。


次の夜もその次の夜も彼女はやってきた。

鎧に締め付けられたまま、彼女は彼の歌を聴く。帰路についていたはずの足は彼の元へ赴いて、彼女をとらえた彼は一層高らかに歌う。弦を弾く指は軽やかになり、詩は深い光景を伴って辺りの街を掻き消していく。

嘘みたいな桃色の花はいつしか若葉に姿を変えた。

蒸した空気に悪態をつくような新しい旋律を彼は作った。彼女は柔らかく吐息交じりに共に歌った。細い喉から漏れ出すような歌声を、彼は心地よく聴いている。

若葉は少しばかり歳をとる。

彼が奏でると、足元で死んだ葉たちが重なり合って乾いた音をたてていた。彼は彼女の為に物語りを綴って音を加えた。彼女は嬉しそうに何度も何度も手を叩いた。


彼が歌って、彼女はそこへやってくる。

それだけの日々がゆるやかに流れた。


冷たい灰色が空を覆う日が続いた。葉を落とした木々は空に影をつくるようそびえていた。彼はそこにいた。人々は足を止めない。彼は奏でた。明るい夜は変わらない。彼は物語った。

彼女は来ない。

夢と名付けていた太字ののった画用紙は、いつしか風に持っていかれている。彼は弦を弾いた、彼女は来ない。彼は詩を書いた、彼女は来ない。

彼は歌った、彼女が来ない!

街の喧騒が彼を呑んだ。たちまち無色の彼を街が塗り上げた。瞼を持ち上げたその瞳はすっかり凝固している。





「歌ったら、君はこちらへ来てくれた」

僕の歌は君を呼んだ。

「歌ったら、君はまた来るだろうか」

わからないね。

「声があるから夢をみる。歌えば君が来る夢をみる」

それならこんなものもういらない。

「声の代わりに足を頂戴」

そしたら僕は君を惹きつけるのを諦めて、‪明日‬はこの街から逃げていく。

広い海からふと迷い込んだ小さな泉で、僕はすっかり溺れている。

泳げないヒレなんて不必要このうえない。

溺れた僕に、どうか足を頂戴!






「あなたが歌ったから、わたしは沈んだ」

疲れ果てたわたしをあなたが呼んだ。

「あなたが歌ったから、わたしはまた頑張ってみようと思えた」

諦めた夢がわかったの。

「声があるから夢を見る。あなたが歌う夢を見て、わたしも再び夢を見る」

あなたの隣に立てない足ならいらない。

「あなたの声に見合うような、わたしにもそんな勇気を頂戴」

そしたらわたしは諦めるのをやめて、‪明日‬からはこの街に飛び込んでみせる。

ふと迷い込んだ小さな泉は、広い海へと続いていた。

泳げないアシなんてわたしにはもう必要ない。

泳ぐわたしに、どうか勇気を頂戴!





もはやほぼポエムという死にたさ

"現代のお話をガッツリ童話風に"がテーマでした

最後のポエムふたつの蛇足感が半端ない

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