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スサノオの剣  作者: はかはか
第1夜 闇の住人
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闇の住人 その4

 電車を乗り継ぐ事、三十分余り。

 郊外に位置する駅に到着した。

 ベッドタウンと呼ぶに相応しく、駅前から住宅街が広がっている。


 駅から五分程離れた所にある、この辺りでは比較的古い木造住宅が今日の依頼者の家だ。


 ブロック塀に張り付いている呼び鈴を鳴らすと、四十歳くらいの物腰柔らかな女性が出てきた。

 若干痩せ気味で顔色が冴えない。


「二年くらい前から不思議な事が起き始めたんです」

 挨拶もそこそこにふたりを玄関に招くと、その女性は話し始めた。

「最初は、どこか風が漏れているのかと思っていたんです。

特に気にする音では無かったので……」

 家の中は冷房が効いていて、少し肌寒くもある。


 天香と鈴は、黙ってついて行く。


 家の中に入ると、途中、白いドアの前を通過した。

 天香は、ちらりとそのドアを見た。


「こちらです」

 女性は、突き当りの和室に案内した。

 六畳の畳敷きで、床の間には丸い壺が置かれている。

「次第にカタカタという音が聞こえ出したんです。夜だけですけど……」

 女性は、和室の左奥にある床の間を指差した。

「それに、あそこに掛け軸をかけてあったんですけど、その掛け軸が揺れてコン、コンと鳴り始めて……」


 天香と鈴が和室に入る。

 しかし、女性は一歩も入ろうとしなかった。

「色々な人に見てもらいました」


 そうだろう。

 柱や壁、至る所に有名神社の御札を貼ってある。

 床の間の壺もひょっとしたら、霊験あらたかといううたい文句がつけられていたのかもしれない。

 この様子では、金もかかっただろう。


 天香は、何も言わずに部屋を見渡した。


「そうこうしている内に主人が亡くなったんです」


「そうですか」

 天香は、じっと部屋の真ん中に立って、何かを感じ取ろうとしている。

「いつ亡くなられましたか」と聞いた。


「二ヶ月前です」


「ご病気ですか」


「……仕事の事と家の事で疲れが溜まっていたのかもしれません」


「原因は何でしょう」


「それは……」

 天香の質問に女性は答え辛そうだった。


「ご主人の様子におかしな所はありませんでしたか」


 女性が両手を握り締めた。

 なかなか言おうとしない。


 天香は、じっと女性を見詰める。


 女性は、横を向きながら重い口を開いた。

「イライラしていました。……時々ですけど、壁を蹴ったり、机を叩いたりしていました。……でも、私には手を出すような事はありませんでした。これは間違いありません。信じて下さい」

 真剣な表情で足元を見詰めている。


「大丈夫です。私達は、警察じゃないですよ」


 鈴がなだめるように言うと、女性は、はっと顔を上げた。


「私達には、ありのままに話して下さい。どんな内容であれ、それで罪になる訳ではありませんので……」


 天香の言葉を聞いて、女性も少し落ち着いた表情を見せた。


 霊の影響で、住人の性格が豹変する事がよくある。

 その事が原因で事件事故に発展して警察沙汰になる事が多い。

 それを恥じて事実を隠す依頼者も少なく無い。


「鈴ちゃん、どう思う」

 天香が鈴に聞いた。


 こういう現場は、鈴にとって経験を積む大事な場所だ。


 霊師専門学校の生徒は、自分の腕を磨く為にこういうアルバイトで経験を積む者も多い。

 学校の授業だけでは実践的な練習が出来無い為だ。


「そうですね……」

 鈴は、床の間を指差して、部屋を斜めにして真っ直ぐに線を描いた。

「床の間から対面の壁に向かって斜めに霊の通り道があります」

 そして、廊下に出る。

「そのまま家を貫いています。恐らく、これがおかしな現象の原因になっていると思われます。だから、霊の出入り口になっている床の間と対角線上にある反対側の家の壁に封じ札を貼ればいいと思います。それで、霊の道を塞ぐ事が出来ます。しばらく、それで様子を見た方が良いでしょう。霊がルートを変えて、この家に入って来なくなればいいんですが……」


 封じ札は、霊を近付かなくさせる為の御札である。

 霊を消滅させる力まで無いが、部屋を封印したり、霊の道を塞ぐ為によく使われる。


 対処する霊の強さによって、何段階も種類がある為、これを使うには霊の力を読み取る能力が大切になってくる。

 霊の力を強く読み間違えて、強い封じ札を使ってしまったらもったいないし、弱く読み間違えて、弱い封じ札を使ったら意味が無い。


 鈴は、最後に廊下の途中にあった白いドアの部屋を指差した。

「あのドアから霊の道が出て来ていますね」


 その言葉を聞いて女性が息を呑んだ。


 すでに、天香は白いドアの前を通った時点で妙な感覚を受けていた。

 霊が残した微かな霊気の残り香。

「……あの白いドアは、ご主人の寝室ですか」


 天香の問い掛けに、女性の表情が曇った。

「この和室だけでは……なかったんですか……」

 女性は、驚きを隠せない。


「先程も言いましたように、霊がこの家の中に道を作っています。その道の上にあるものは、何らかの影響を受けてしまうのです。掛け軸が動くのも、物音がするのも、……隣のあの部屋におられた方が異常な行動を取ったのも……」

 天香は、穏やかに言った。


 霊に影響を受けた人間は、異常な行動を起こし、同居人に暴力を振るう事もある。

 そのせいで家庭崩壊に向かう事が多い。


 女性が両手で口を覆った。

「あの人が生きている間も何度も見てもらったんです……。その時も幽霊が家に取り憑いているとは言われていたんです。そして、御札を貼れば幽霊が家に近寄らないからと……」


「霊は、家に取り憑くのでは無く、人に取り憑くのです。ですが、状況を確認しましたら、ご主人が取り憑かれていたという程、この家に悪い霊気は溜まってはいませんでした。恐らく、霊には別の目的があって、この家は単なる通り道になってしまっただけなのです」

 天香は、そこで言葉を切った。

「……そして、その通り道にベッドが置かれたりしていたら、そこに寝ている人は、まともに霊の影響を受けざるを得ないでしょう。ご主人が体調を崩されたのも……」


 女性は、天香の言葉を聞いて、両手で顔を覆った。


「奥さんが元気でおられるのがその証拠です。ご主人の部屋をちょっと変えるだけで、状況は変わったのでしょうが……」


 天香は、泣き崩れる女性を見て、それ以上言葉を続ける事が出来無かった。



「あ、所長さん。今終わりました。……はい。では、これから帰ります」


 鈴が百瀬に仕事の終了を電話で連絡している間、天香は駅前の自動販売機に硬貨を投入していた。

「鈴ちゃん。何か飲む」


「ありがとうございます」

 鈴は天香に走り寄り、オレンジジュースのボタンを押した。

「うわぁ、冷たくて気持ちいい」


 それを見て、天香は缶コーヒーのボタンを押した。


「さっきの家の和室に大きな壺が置いてありましたね。いくらしたんでしょ」

 鈴が天香に聞く。


「人間は弱っていたら、何かにすがりつきたくなるものよ。金額なんて問題じゃないわ」


「でも、神社やお寺の御札がべたべた貼ってあって……。ああいうのを見ると無性に腹が立って来ますよね。人の弱みにつけこんで、意味の無いものにお金を使わせるなんて許せないです。嘘八百の商売をして、それで詐欺で捕まらないって、許せないですよね」


「そうね。でも、だからと言って本当の事を伝える訳にもいかないわよ。『幽霊は本当に存在するんです』なんて言ったら、社会がパニックになってしまうからね」


「そんなの信じる人もいないですしね」

 鈴は、ジュースを一気に飲み干した。

「あー、美味しかった。じゃあ、帰りましょうか」

 空き缶をゴミ箱に捨て、天香に笑顔を見せると、鈴は疲れを見せずに元気に歩き始めた。


「知らぬが仏っていう事よね……」

 天香は、コーヒー缶を見ながら呟いた。

普通の大学生活、普通の友達、普通の男女関係……。

その中で、天香は違和感を持って生きていた。


次回、『溝』

どうぞ、ご期待下さい。

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