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スサノオの剣  作者: はかはか
第7夜 確信
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確信 その4

 研究所で鈴と別れた天香と聡美は、商店街の中にあるスーパーで晩ご飯の食材を買う事にした。


 天香がカートを押して野菜売り場から食材を見始めた。

 聡美は、その後からついて行く。


「聡美さん。サラダは何にしますか」

 天香がキュウリを品定めする。


「特に好みは無いけれど、変なドレッシングはいらないわよ」


「あ、それ分かります。私も味の濃いドレッシングは避けるようにしているんです。添加物とか何が入っているのか怖くて。だから、大体手作りしてるんです」

 天香がキュウリを持ちながら、笑顔で答える。


「あら、そこは気にするのね」


「はい」

 苦笑いでキュウリやレタスをカゴに入れる天香。


 天香が手際良く野菜を見定めているのをじっと見詰める聡美。

「やっぱり、あなたの感覚は鋭いわね」


「そうですか……。ありがとうございます」


 霊気のほとんどは、食事から吸収される。

 その為、霊気濃い食材を目利きする力は大事になる。

 加工された肉や野菜等は、新鮮な内は大量の霊気が含まれているが、古くなっていくに従って、その量も減っていく。

 また、育て方や加工の仕方によっても霊気の量が変わってくる為、新鮮だから良いというものでも無い。

 その点、天香の目利きは、聡美も感心する程の短時間で行われている。


 聡美は、話題を変えた。

「この街では、あのくらいの対応でいいの」

 人差し指で無農薬トマトを撫でる。


「……今日の霊対策についてですか」

 聡美からトマトをふたつ渡されて、霊気を感じ取る天香。

 だが、天香は、一瞥して霊気の弱い方のトマトを返した。


「あの家の霊の道を封じても、この世から霊がいなくなる事は無いわ。代わりにその霊が別の道を作って、これからは他の家が悩まされる事になるわね。それなら、あそこで霊が現れるのを待って、退治したりしないのかしら」

 天香からトマトを返されて、無表情で元の場所に置く聡美。


「霊を消滅させるには、お金がかかりますからね。大抵の人は、霊を避ける事が出来たら、それでいいんです」

 天香もトマトの棚に近付いて、聡美の横に立った。

「所長さんも、無理に霊を退治する事は無いんだって言ってます。危険も付き物ですから」


「成程ね。でも、悪い影響を及ぼす霊を放って置く事に何の違和感も感じないのかしら」

 聡美は、自分で選んだトマトを三つ、カゴに入れた。

「悪い霊から人々を守るのが霊師の仕事なのよ。あの家庭を守っても、その霊が存在し続ければ、また他に被害が出てしまうわ。今のうちに悪い目は摘み取るのが普通では無いかしら」


「聡美さんは、霊を排除する派ですか」

 天香が他の野菜を見る。


「そういう論理も成り立たない状況だという事は分かっているでしょうに。『霊は、退治するものでは無い』と、昔から言われるけれど、この世に溢れる霊をそのままにしていては、人間の生活の方が持たないわ。やまと人が野放図に霊を生み出すスピードに遅れないようにするには、それだけ多くの霊を処理していくしかないのよ」


「『和人は、霊と戦わない。霊は共にあるものだ』」

 天香は、そのままカートを押して野菜売り場を離れる。

「秋刀魚は好きですか。私、大好きなんです。内臓は苦手ですけど」

 天香は、いくつかのパックに手をかざして、秋刀魚の霊気を読んだ後、二匹セットのパックをひとつ選んだ。

「でも、私は、この言葉を守っていきたいと思っているんです。無闇に霊を追い立てるものではありません。霊は敵ではありません。私達の隣人として接していくべきです。霊は人間の欲望から生まれるものです。もっとみんなが平穏な心を持つ事が出来れば悪い霊だって少なくなります。変わるべきは、私達なんです」


「そんな世の中になれるのだったら、私もいくらでもやまと人に協力するわよ。でも、今の時代、そんな事は不可能に近い事よ」


「いえ、そうでは無くて……、私は、変わるべきは霊師の方ではないかと思うんです」


「どういう事……」

 聡美の鋭い視線が天香の背中に向けられた。


「あの……。世の中の悪霊と言われている霊を少なくする方法は、地鎮と消滅の方法が取られていますが、他の方法が無いかと思って……いるんです……」

 聡美の鋭い霊気を感じてか、天香の声が小さくなる。


「他の方法……。それは何の事かしら」

 聡美は、天香の横に並んで聞いた。


「それは……」

 天香は、聡美に威圧感を感じたのか、ますます声が小さくなった。

「あの……」


 天香が話し辛くなっているのを見て、聡美は、それ以上聞くのを止めた。

「まあ、いいわ……」


 天香は、黙ってカートを押し始めた。


「古代社会で人間が霊と共生出来ていたのは、当時の人達が、自分達以外の存在を信じ、自分達以外の手の届かない『モノ』に対する『畏れ』を知っていて、それぞれ住む場所を分け合う事が出来ていたからよ。畏怖すべき対象があれば、人間は謙虚な心を持つ事が出来る。それは、他人への思いやりに繋がっていくわ」

 聡美は、話しながら熊野の森を思い出していた。

 こんな街では、自然に対する敬意も生まれない。

 こんな世の中では、生き方を改めようという人間なんか生まれて来やしない。

「だけど、やまと人を始めとする今の人間達は、霊の存在を忘れてしまった。というか、自ら忘れ去ってしまったわ。忌み嫌われる死後の姿を、初めから存在しないものとしてね。みんな卑怯者よ。真実から目を背ける事で、自分に都合の悪い事は存在しないと思い込もうとしている。霊の世界の排除は、自分が見たいものしか目にしなくなった事の現れよ。それは、自分の欲望の為には、他人の意志を簡単に排除するという事。ただ、面倒臭いというだけで、他人との接触を避け、ひとりで殻に閉じ籠っているのと同じ。生きるというのは綺麗事では無いわ。嫌なものを目にし、嫌な事にぶち当たる事で、生きるという事に意味が生まれるというのに。本当に自分が安住できる世界を掴み取る事が出来るというのに……」


 自分も卑怯者だ。

 天香は、卵の品定めをした。

「まるで、霊の世界を知る和人だけが正しい生き方をしているみたいですね……」


「それはもちろん、和人が全て正しいとは言わないわ。でも、少なくとも霊との生き方を知っているだけましな方よ。それに……」

 言いながら聡美は、何か引っかかるものを感じていた。

 天香は、一体どっちの味方なのか……。

「除霊で生活の糧を得ている状況自体が、すでに正しくないのは確か……」


「……」


「霊師という資格自体あってはならないわ。人間が霊をどうにかしようとする事が間違っている。霊は、自然界の一部であって、私達は自然の恩恵の中で生きているのに、いつしか自然を支配する思想が生まれ、霊が敵になってしまった……」


「人間は、自分達の種だけを維持する為に、間違った生き方を選んでしまったんですね」


「この世の中を覆っているエゴイズムに侵された者は、自ら生きているとは言えないわ。あらゆる欲望に囚われる事で死を直視しない者に、生の有り難さは永遠に理解出来無いのよ」


「哲学的ですね……」


「それが現実……」


 天香は、卵をカゴに入れた。

「私も卑怯者ですね……」


「そんな訳無いでしょ」

 聡美はピシャリと言い返した。

「あなたを見ていて分かるわよ。あなたは、霊を見下していない。霊を侮ってもいない。その姿勢には、私も共感しているのよ」


「あ、ありがとうございます」

 天香は、聡美にそんな事言われて、少し照れてしまった。


「話を元に戻すけれど、今夜みたいに、霊を退治する事無く放っておくのには、別の理由があるのよね」

 聡美は、天香の目を見据えた。


 天香も聡美を見た。

「それは……」


「お金よ」

 聡美は、天香の先に立って歩き始めた。

「霊を退治して霊がいなくなってしまえば、もう二度とあの家から料金をもらう事が出来無い。だけど、霊を生かしておきさえすれば、これから御札を貼り直す度に料金が半永久的に入って来る。今流行りのアフターケアってやつよ。解決を先送りにして、被害者を被害者として残していく。ビジネスってそういうものよね。本当に『依頼者の為に』思うのなら、それではいけないわ」


「……」

 天香は、立ち止まったまま動かない。


「皮肉なものよね。昔は、霊を尊重して霊を生かしておいたけれど、今は、ビジネスの為に生かしているという訳ね」


 天香は、不安気な表情で聡美を見ている。


 それを見て、聡美は大きく息を吐いた。

「ごめんなさい。何もあなたに言っている訳じゃ無いのよ。……暗くなったわね。さあ、お腹空いたから早く買い物を済ませましょう」

 聡美は、笑顔を見せて天香に明るく声をかけた。


 それを聞いて、天香も弱々しくだが笑顔を作った。

「……そうですよね。まずは、私達の胃袋を満たすのが先ですよね」



 ふたりは、買い物袋を提げてスーパーを出た。


「あなたは、どうしてあそこでアルバイトをする事になったの」

 聡美が天香に聞いた。


「あの研究所は、三鳥叔父さんの紹介なんです。古い知り合いだったらしいんです。叔父さんは、色んな所に知り合いが多かったので……」


「じゃあ、あの子も紹介で来たの」


「鈴ちゃんですか。多分そうだと思いますよ。詳しく聞いた事は無いんですけど」


「やっぱり、あの子には、剣を教えないの」


「ええ、……まあ。私、剣術が苦手でして……」


 その言葉で、天香の横顔をまじまじと見る聡美。

「……あなたって、本当に不思議ね」


「え、はい……。恐らくそうなんでしょうね」

 天香は、言い辛そうにしている。


 聡美が驚くのも当然だった。

 霊剣術で全国制覇した者の言う言葉とは思えない。


「あのですね……。まずは、霊を相手にする為には、霊の事が詳しく分かるのが先決だと思うんです。先に剣術を覚えてしまったら、霊を戦う敵にしか見えて来ないと思うんです。だから、鈴ちゃんには、しっかりと霊を読み取る技術を身に付けてもらう方が先だと思ってます」


「本人は、剣術を学びたがっているようね」


「……今は、霊剣術の腕で評価が大きく変わって来ますからね」


「あなたも私もそうね……」


「今の学校では、霊剣術を身に付ける事で一人前だという雰囲気があります。私、それは違うと思うんです。まず、霊の扱い方を学んでからだと思うんです」


「もちろん。剣術は、あくまで様々な技術のひとつであって、それがメインでは無いわ。本当は、霊師学校に入る前にしっかりとそれぞれの集落で基礎を身に付けておくのが基本だけれど、今は、そういう生徒ばかりでは無いからね。……でも、あの子は結構霊力がある方だと思ったのだけれど……」


「そうなんです。鈴ちゃんは、葛城の教えのおかげなのか、自分の霊気の扱い方は文句無いレベルだったんです」


「確かに、葛城一族で生まれ育ったのを差し引いても、あの子の能力は見るべきものがあるわ。あの子は、限られた霊気の集中と分散を心得ている……」

 そして、聡美は天香を見た。

「そしてもうひとつ、私としては指導者の能力にも注目したいわね」


「え、私ですか」

 天香が人差し指を自分の顔に向ける。

 慌てて、手を振って否定した。

「私は、そんなに大した事教えてませんよ。それに教えると言っても、アルバイトの時だけですから、そんなに長い時間でも無いですし……。鈴ちゃんの才能がそれだけ良かったんですよ」


「あなたはそう言うでしょうね」

 聡美は、商店街の店先に目を移した。

「……あなたの事は、また後日ゆっくり話を聞くわ」


 鈴の能力が高いのは、本人のやる気にもよるのだろう。

 天香に新しい技術を教えられても、その後の稽古を怠っていては何にもならない。

 つまり、師匠と弟子の関係が上手くいっている証拠なのだ。


「今言った通り、あの子はすでに十分な基礎を身に付けていると思うの」

 聡美はもう一度天香を見た。

「だからこそ、次の段階に進ませてあげようとは思わないの」


 天香は、しばらく考え込んだ。

「私は……」

 天香は、目を伏せて言い難そうにした。


 聡美は、黙ったまま先を促そうとしない。


「……あの子に剣を持たせたくないんです」


「あなたの剣術嫌いは相当なものね」


「霊師って、霊を斬るだけが全てじゃ無いです」


「……」


「私は、それをあの子に教えたいんです。あの子は、剣術に強い憧れを持っていますが、ほんとはそんなものじゃ無いって。剣を使わなくても、立派な霊師になれるという事を……」


「理想ね」

 聡美は、シャッターの下りた店先に目をやった。


 天香は、目を伏せて言った。

「それが和人の伝統を守っていくという事だと私は思います」


 急に聡美が立ち止まって、天香の顔を見た。

「私だって同じ思いよ。でも、今の時代、それが通じる状況では無いわ。欲望の強いやまと人は常に誰かを妬み、羨み、恨み、己の運命に絶望している。心が汚れている人間が生む霊はやっかいよ。霊自身だって、負の感情に縛られ、己の状態に苦しんでいる。だから……」


「だからこそ、もう一度死を与えるのですか。それは違います。霊は生きているんです。その思いは純粋で真っ直ぐなんです。恨みを発散させているのでは無くて、まだまだ人間と一緒に生きているつもりでいるんです」

 天香が聡美の話を遮った。

 それは断固とした口調で、まるで自分に言い聞かせているような感じもあった。

「例え生身の体を失ったとしても、まだ霊魂だけは存在するという事は、そういう事じゃないでしょうか。そうなら、生き続けさせてあげたいんです」


 話を途中で止められた聡美は、そんな天香の顔をまじまじと眺めた。


「すみません……」

 天香は、聡美が気分を害してないか心配になった。


 だが、聡美は特に気にしてなかった。

 逆に少し笑みを浮かべていた。

「あなたの意見には反対しないわよ。……それがあなたの本心なのね」


「本心というか……。実際にそうなんです……」


「ということは、霊の心を覗き見た事があるのかしら」

 聡美が面白そうに聞いた。


 天香は、困ったような表情をしている。

 どう答えたらいいのか考えているようだ。


「そこも詰まる所かしら……」



『霊は、人間と生きているつもりでいる』


 天香の立ち位置と自分の立ち位置は随分違うようだ。


 聡美は、天香が寝るベッドの横で床に布団を敷いていた。

 丸テーブルは、脚を畳んで壁に立てかけてある。


 天香の言う事は分かる。

 縄文の人々は自然と共に生きてきた。

 例え蝿の一匹、雑草の一本と言えども、同じ命と考え、尊び、慈しんでいた。

 あらゆる命に神聖なものを感じ、その命を大切に扱って来た。

 霊に対する思いも一緒だった。

 和人の心には、そんな縄文から流れる感覚が今も宿っている。


 その命を己の糧として頂く時には、必ず感謝の気持ちを忘れないのが縄文の人々だった。

 魚を捕らえ、猪を屠り、山菜や木の実を頂く。

 山や海の命を犠牲にして自分達が生きている。自分達の命の為に他者の命が失われる。

 和人は、それを己の手で感じ、肌で感じ、心で感じて日々生きていた。

 だから、必要以上の殺生は避けていた。

 人が死に、生み出される霊さえも同じだった。

 悪霊でさえもそうだ。


 しかし、やまと人が全てを変えてしまった。

 この島には必要以上の人間が住み着くようになり、霊が安らかに存在出来る場所はごくわずかしか無い。

 今では、弱い霊でさえも人間の精神に影響を与えるくらい、霊と人間の生存環境は重なってしまっている。

 強い霊ならば、その距離は、即精神異常や事故、事件を生み出しかねない。

 そんな状態でのんびりと霊をのさばらせておく余裕は今の時代には無い。

 誰も好き好んで霊を退治する訳では無い。

 必要に迫られて対処するのだ。


 特に、時代を追って霊師の力は弱体化している。

 自然と密接な生活をしていた昔ならともかく、現代のように自然から距離を置いた生活環境では、強い霊力を持つ者が減っていくのも仕方が無い。

 百年前と比べても霊師の数が半分になっているとさえ言われる。

 霊の力が変わらないのに霊師の力が衰えていく今日では、霊を長期間封じる能力を持つ霊師も数える程しかいない。

 霊を封じ込むには大変な霊力と技術を要する。

 増え続ける霊に対処するには、結局は霊剣による消滅が一番簡単で早いのだ。

 自分の意に沿わないとしても……。

 実際、それが現在の霊師のコンセンサスになっている。


 それにしても、極端すぎる。

 聡美は眉をひそめた。

 天香の言っている事は、実に極端な考え方だ。

 確かに出来るなら霊を消滅させないのが一番良い。

 だが、それは理想だ。

 理想と現実は違う。

 その両者のバランスを取りながら、時代に適合させていかなければならないのに、彼女はその信念を手放すつもりは無いようだ。

 天香だって、分かっている筈なのだ。

 どうしてその考え方を持つようになったのだろう。

 三鳥の教えは、この子に何を感じさせたのだろう。


 聡美は、眠りに陥りながら、天香の寝息を感じていた。

「天香さん。聡美さんって美人ですよね」

「そうなのよ。羨ましいわ」

「何を食べたら、あんなに綺麗になれるのかな~」

「聞いた所によると、お爺さんが釣った魚を食べていたらしいわよ」

「え、それはかっこいいお兄さんじゃ駄目なんですか?」

「五十年前は、お爺さんも若かったから、良いんじゃない」

「じゃ、それでっ」


「次回、『お買い物』」

「どうぞ、ご期待下さい!」

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