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生死の管理者

作者: 子志

 華の大学生、二十一歳。

 そこそこそれなりに日々を過ごしている、まぁ普通の人間。

 それが、俺。


 ところがその日、俺は所謂奇妙な世界というやつに足を突っ込んでしまう事になる。



 電車を降りて、駅から出て、人通りの少ない、ちょっと寂れた通りを選んで歩く。人が多いのが苦手な俺の、いつも通りの道筋。


 そこに、いつもとちょっと違うものが存在していた。


「そこな青年、ちょいと占って行かんか」

 ありがちな占いの表示を掲げた机に着いている、僧侶。

 ここ重要。

 占い屋の癖に、墨染の衣なんぞ着ているのだ。

 剃髪はしていないが、何とも異様な光景ではある。

 当然の事ながら、俺はその占い屋を無視して歩き過ぎようとした。

 足を速めながら占い屋を避けるように一歩踏み出す。しかし注意を占い屋に向けていたのが悪かったのか、角から出てきた高校生らしき少年と危うくぶつかりかけた。

「と……すみません」

「こちらこそ、すみません」

 軽く謝って、すれ違う。


 普通なら、それだけで終わる筈の出会いだった。


 ところが、何故かその少年は目を見開いて俺を凝視する。

 さすがに気になって、俺は足を止めた。

「何か?」

「あ……すみません」

 ぺこりと頭を下げた少年は、少しだけ困ったように笑いながら、言った。



「こんなにもはっきりと死相の出ている方を見たのは、久しぶりだったものですから」




 俺に対して爆弾発言を投下しておいて、少年は軽く会釈をすると元通り歩き出した。

 占い屋を視界に入れると、少し驚いたように近寄って行く。

甲玄(こうげん)。何してるんだ、こんなところで」

「げっ、朔夜(さくや)……」

 占い屋が少年に、何やら金が必要な事情とやらを説明しているのをBGMに、俺は固まっていた。


 さっきあいつは何て言った?

 死相?

 それって、近々死ぬってやつだよな?

 占い屋のサクラか何かか?いやでも、だったら客の前で占い屋と親しげに話したりはしないだろうし……。


 どうしても気になって、俺は少年に話を聞こうと振り返った。

「じゃから、おなごとでーとするには金が要るんじゃと玉藤(たまふじ)が……」

「……本気で池に帰れよ色惚けミドリガメ」


 いやミドリガメってどういう罵り文句よ。



「ちょっと、すみません」

 俺は意を決して、少年に声を掛けた。

「さっき、死相がどうのって……」

「ああ」

 少年はまた、少し困ったように笑った。

 その後ろから、占い屋の僧侶が俺の顔をまじまじと見てくる。

「ほう、こりゃあ確かに見事な死相じゃのう。もって一年じゃな」

「こら、甲玄」

 またもや衝撃的な発言を聞いて固まる俺をよそに、少年は占い屋をたしなめる。

 それから、ちょっと苦笑を浮かべた。

「すみません、失礼な事を言ってしまって。どうぞお気になさらず」

「いやいや」

 物凄く気になるから。


 そのまま立ち去ろうとする少年を何とか引き留めて、俺は彼らが言った事の詳細を聞き出した。

 要は、彼らの見たところ俺の顔にはくっきりと死相が出ていて、恐らく一年未満で死ぬだろうとのこと。

「どうにかならないのか」

 俺は必死に少年を問い質した。

 だって俺はまだ二十一で、一年経ったって二十二だ。

 そりゃあ世の中、もっと早く死ぬ人間だって居るし人の運命なんてわからないものだと知ってはいるけど、別に病弱でもない健康体の俺が、余命一年なんて言われたらやっぱり、そうそう割りきれやしない。


 少年はかなり言い渋っていたが、俺が食い下がると根負けしたように溜息を吐いた。

「仕方ありませんね……俺の失言でしたし」

 そう言って、何かを探るようにくるりと周囲を見渡す。

 そして、一棟のビルを指差した。

「あのビルの屋上、植木の傍で、二人の男が碁を打っています」

 俺は少年の指差す先を見た。そのビルの屋上は、最近流行りの緑化を行っているらしく、緑に茂る植物が見える。コンクリートと違って居心地は良さそうだ。

 ……でも、そんな所で碁を打つか、普通。

「二人とも熱中しているでしょうから、貴方は酒と果物を持って行って、横から黙って差し出しなさい。彼らは無意識に飲み食いするでしょうから、盃が空いた端から注いでやること。一局終わって彼らが貴方に注意を向けるまで、何も言ってはいけません」

 何やら不可解な事を言って、少年は指を下ろした。

「彼らの注意が貴方に向いたら、命を延ばしてくれるよう懇願してみなさい。助かるかもしれません」

 俺は正直、半信半疑だった。

 でも、死にたくないなら、試してみるしかない。

「わかった、ありがとう。じゃあな!」

 そう言って駆け出した俺は、最後に少年が言った言葉を聞いていなかった。



「あ、ちょっと、俺に聞いたって、絶対に言っちゃ駄目ですよ!……行っちゃった。大丈夫かなぁ……」

「お前あいつらに目の敵にされとるからな。お前の紹介だなぞと言うたら即行で冥府送りじゃろうな」

「案外短気だからね」




 俺は少年に言われた通り、酒と果物を買い込んでビルの屋上へ向かった。

 屋上が開放されているビルで良かった。

 最上階に辿り着き、心臓の鼓動が速まるのを感じながら、恐る恐るドアを開ける。


 まず、目に飛び込んだのは青々とした芝生と、幾ばくかの植木だった。

 そして、その芝生の上の、赤と白。


 少年の言った通り、そこで二人の男が碁盤を挟んで向かい合っていた。

 異様なのは、二人とも洋服ではなくて、何だか古風な衣服を纏っている事だ。

 それも、一人は真っ赤。一人は真っ白。

 ぱちり、と碁石の音が響く。

「少し待て。そうくるか」

「待ってもいいが長考はよせよ。前なんぞ二十年も待たせやがって」

「いつの話をしている」

「三百年くらい前」

 でもって、会話が意味不明。

 呆気に取られていた俺は、気を取り直してそっと二人に近寄った。

「それにしても、近頃はどこもうるさくて敵わん」

「人の世は変化が早いからな」

 ぱちり。

「おい、今石をずらさなかったか」

「気のせいだ」

 いやいや。

 何だかやたらと気の抜ける会話に呆れながら、俺はそうっと酒を注いだお猪口を二人の傍に置いてみる。

 ぱちり。

「やっぱり石がずれてるだろうが」

「気のせいだと言っているだろう。耄碌したか」

 ぱちり。

「貴様に耄碌なんぞと言われる筋合いは無いぞ」

「死人ばかり相手にしていては頭が老いてこよう」

 ぱちり。

「馬鹿が。死人は老いん」

 そう言った白い衣の男が、ごく自然に猪口に手を伸ばす。

 盤面を見詰めたまま、飲んだ。

「近頃は老人ばかりだと愚痴を言っていたくせに」

 赤い衣の方も、石を片手に盤面を睨みながら酒を口にする。

 俺はそっと果物の皿を差し出してみた。

 それも、二人は食べる。

 猪口が空になるとすぐ酒を注ぎ、果物が減ると皿に追加して、俺は暫く甲斐甲斐しく動き回った。

「これで終局だな」

「や、この度はしてやられたか」

 中天にあった日が西側に傾く頃、二人は終局を迎えた。

 因みに俺はくたくただ。精神的に物凄く疲れた。

「ところで、先程から我々の飲んでいる酒は何処から湧いて出た」

 何とも暢気な言い種と共に、白い衣の男が漸くこちらに目を向けた。

 俺は咄嗟に頭を下げる。

 所謂土下座の体勢だが知ったこっちゃない。命が延びるなら安いものだ。

「人ではないか」

「この酒と肴を差し出したのは貴様か」

 赤い衣の男の驚いたような声に、白い衣の方の剣呑な声が重なる。

 俺は芝生に額を擦り付ける勢いで頭を下げながら、死相が出ていると言われた事、何とか命を延ばして貰いたい事を訴えた。

「ふむ……事情はわかったが、事は命数に関わる事。我らとて軽軽に変えてしまう訳にはいかない」

 赤い衣の男が言う。

 そこを何とか、と俺は更に頭を下げた。

「まぁ、酒と肴を口にしてしまったのだ。無下にも出来ん。以前にもこんな事があったろう」

「そういえば、あったな。二千年近くも前になるか」

「そんなものだろうよ」

 話のスケールがでかい。

 一体何者だ、と思いつつも、俺は頭を下げ続けた。

「仕方なかろう。ちょっと帳簿を寄越せ」

 白い衣の男が、赤い衣の男に向かって手を差し出す。赤い衣の方は、渋々といった体で何か冊子のようなものを懐から出して渡した。

 白い衣の男が冊子をぱらぱらと捲る。

「これだな。一年後、二十二の歳か」

 ふむ、と頷いて、懐から筆を取り出す。

「とりあえず、前回と同じく年の上下の字をひっくり返しておくか」

「あ、ありがとうございま……」

 ん?

「って、ちょっと待てぃ!」

 思わず、素で突っ込んでしまった。

「二十二ってひっくり返しても二十二なんですけど!?」

「……ああ、そうか」

 何この人天然!?

「前回は確か十九だったからそれで良かったのだろう。数の勘定くらいしっかりせよ」

「少し間違えただけだろうが」

 でかい間違いだと思うが。

 脱力する俺に、帳簿を奪い返した赤い衣の男が声を掛ける。

「まあ、人が己の命数を知ってもあまり良い事は無い。酒に免じて五十年程は延ばしておいてやる故、これ以上は詮索せずに帰るがよい」

「ありがとうございます……!」

 五十年も延ばして貰えれば、まぁ御の字だ。俺はもう一度頭を下げて、いそいそと片付けを始めた。

「ところで人間」

 不意に思い付いたように、白い衣の男が言う。

「貴様、我々の居場所を何処で知った」

 俺は何気なく答えた。

「死相が出てるって言った人が教えてくれたんですよ。ああ、あの人にもお礼しないと……確か、朔夜とか呼ばれてたっけ?」

 俺がその名を口にした途端、急激に空気が冷えた。

 え……何事?

「朔夜……か」

 赤い衣の男が呟く。

 白い衣の男が盛大に舌打ちをして、俺は肩を跳ねさせた。

「帳簿を寄越せ、南斗(なんと)

 白い衣の男が低く言う。

「こいつは今すぐ冥界送りにする」

「ええええ!?」



 その後、何とか冷静な赤い衣の男のとりなしで俺の寿命は向こう五十年程は確保されたけれど。

 悪いが、あの少年には金輪際近寄るまいと思うくらいには、白い衣の男は不機嫌だった。

 一体何者だったんだろう、あの少年。



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