誕生
1934年、昭和9年、某日
この日、一人の老人が海軍省の廊下を歩いていた、
老人といっても、六十後半で、モジャモジャに生やした髭がまたその年の功を誤差させる
ミッキー・カーチスに似た風貌のその軍人はゆっくりと、
確実にその足を大広間のソファーの固まりに歩み寄る、
「よぅ、元気かぇ?」
最近階段で転び口の中を切った為傷に沁みて変な発音を出す
「元気ですよ、ささ、どうぞ、」
その男は老軍人をソファーに座らせコーヒーを勧めた
「あ~、すまん、今は水しか飲めん...」
申し訳なさそうに頭を下げ髭を撫でる
「まぁまぁ、本題を持ち出そう、」
そう言うと、
男は極秘と書かれた設計図を机の上に広げる、
第一印象は、
何とも奇妙な空母、
そうしか例えが無いからだ
「ほぅ、これが今計画中の奴か、アメリカの航空巡洋艦計画に対抗するためか?」
設計をその手でなで上げ、
頭の中にその空母の総合図を思い浮かべる、
「軍令部は狂っている、空母にまで大艦巨砲主義の幻想を持ち込んで、」
悔しそうに唇をかむ、
現在もなお抵抗する男が崩れようとしていた、
「...大丈夫だ、お前ならやれる」
その髭を触りながら老軍人が語りかける、
「貝塚さん、」
「おっと、五十六君、さんは要らないってゆうとるだろうが、」
老軍人、貝塚が山本の頭を指でこついてやった
歴史は目まぐるしくまわるものだ、
結局、
この計画の『蒼龍』と『飛龍』は史実通りに起工、
山本の努力もあり、
正式な空母としての完成を歩みだした、
しかし、めぐる三番艦の議論は白熱し、
軍令部の要求が受け入れられなければ建造を中止すると言う事態にまで発展し、
航空兵力が一つでも増えることを望む山本が最後の最後まで粘るも、
軍令部の要求をしぶしぶ承諾、
1937年、起工した、
20.3サンチ三連装砲二基、
15.5サンチ三連装砲四基、
12.5サンチ連装高角砲八基、
40ミリ機関砲二基、
25ミリ機関砲六基、
とんでもない重武装の空母が出来上がろうとしていた前年の1939年、
この年、山本は聯合艦隊司令長官に就任、瞬く間に改革を実行する、
先ずは海戦でその低速で足手纏いに成りかねない『扶桑型』と『伊勢型』の空母改造案を提出するも、
『伊勢型』の改造案は完全に蹴り飛ばされ、『扶桑型』は海面上を浮き沈みしている状態である、
「軍令部目、何故判断を渋る、扶桑と山城を失う訳ではないのに!!」
ダンと長官室の机を叩く、
最近は不祥事処理で忙しくストレスが溜まり放題である、
この前の『零戦事件』もそうだ、
急降下飛行訓練中の零戦の左尾翼が突然吹き飛んだのだ、
幸い怪我人は無かったが、これを受け、零戦の生産ラインが全てストップ、
翌日には別の基地の訓練生が泡や他界寸前の重大事故まで起こっていた、
これは前日の注意報が行き渡っていなかった為に訓練中、
右主翼と右尾翼が空中分解、そのまま川の水面に叩きつけられた、
そして、懸命の捜索と救助により訓練生は一命を何とか取り留めた、
この事件で工廠など、が原因究明に乗り出し、
堀越二郎が図面を引きなおす事態となっている、
その堀越も先日、限界以上の勤務生活により吐血、緊急入院をせざるおえなくなった
そして、その間世間も動いてない訳ではなかった、
扶桑型の改造案が容認されたのだ、
更に、日本は世界に向けユダヤ人を保護するという政治パフォーマンスを披露、
輸送船団をドイツに派遣した、
これにドイツのヒトラーは、
『好きなだけ持っていけ』と言い、
むしろ国内が清々すると喜んだ顔を見せた
1940年、ついにユダヤ人を全て保護し、
国内にての生活も保障されたユダヤ人は早速社会に溶け込みだしていた、
この年、蒼龍型航空母艦の三番艦『雷龍』が竣工、
扶桑型も順調に改装されていた、
雷龍の艦長は、
長年老兵として見向きもされなかった貝塚が着任、
扶桑山城をも加えた特殊な空母部隊の司令長官としても任命された、
与えられた艦艇もごく少数であり、
巡洋艦は最近遠洋航海のために機関改装でスピードが出るようになった『八十島』、
生まれつきの俊足駆逐艦『島風』、
艤装を切り上げるも、職人を集めたので申し分ない出来上がりの対空駆逐艦『秋月』、
のたったの三隻、
更に、この年はドイツからの御礼も受けた、
ドイツ製工業機械が大量に日本国内に流通したのだ
このおかげで日本の工業力は飛躍的に向上、
物作り大国の基盤を築き上げたのだ、
その為か、
作業工程が早く終わるようになった扶桑と山城は年中竣工が約束された、
そして、年月が流れた1941年、
運命が幕を開けた。
1941年、昭和16年、5月9日、トラック諸島
「五十六君、本気かい?」
その計画書を手中に握り締め、
貝塚が嫌な汗をかきながら言う
「えぇ、本気です、開戦初頭に相手の出鼻を挫きます、その方が何倍もダメージがありますから」
あれほどに開戦を断固反対していた男山本は目の前で無念の決断をした、
「...まぁ、それが君の考えなら反対はしない、一暴れしようじゃぁないか」
笑顔の返事が返ってきた、
その目は新しい玩具を与えられた子供みたいに輝いていた、
「それと、貝塚さん、そちらの腕の立つ艦爆乗りを第一航空艦隊に下さい、この時期は一人でも人材が欲しい時です」
そう言うと、
予め用意しておいた書類を取り出す
「野口と久田のペアかぁ、」
癖である、
自分の髭を撫でだした貝塚、
すると、
「...欲しいか?」
悪戯っぽく聞いてくるその目を山本はまっすぐな視線で返す、
「何しろ人材がそろっていないんで、是非と言いたいです」
まっすぐな瞳で貝塚に答える、
「あげないよ」
そう言って、
貝塚はベロをぺろりと見せた、
構図で言えばペロちゃんみたいに無邪気な表情で、
「たははは~、そう簡単にはいかないですかな?」
そう言って、
山本は用意された麦茶を飲み干した、
1941年、12月8日、
『ニイタカヤマノボレ1208』
「フゥ、筑波山は晴れなかったか」
少々残念そうにこの艦隊の司令長官、
『貝塚 修』少将は呟いた、
「仕方あるまい、全艦発艦準備!真珠湾の通信を傍受したら直ぐにやるぞ!」
御年75になる体を艦橋の座席に埋めながらもその声は未だにハッキリしてはきはきとしている
飛行甲板にエレベーターから揚げられた航空機が次々と並べられていく
その光景は空母が最も輝く瞬間であり、
敵を攻撃、もしくは撃破するという意味も同時に組み込まれていた
レプシロの排気が甲板を包み込む、
その中でも一際音がデカイ機体が一つだけあった、
「おうおう、野口機は相変わらずうるさいねぇ」
貝塚が笑いながら言う
その理由は簡単かつ単純だ、
後部機銃手兼航海員兼偵察員の『久田 美沙』が原因である、
一流の工業大学を首席で卒業している彼女は、
機械いじりが得意であり、部品さえあればその場でエンジンを組み上げてくれるのだ、
その性能は抜群であり、
ここ半年はこの艦隊の航空機エンジンばらしなどで忙しかった日々を送っている
そして、彼女が搭乗するのが『野口 和人』の九九艦爆である、
彼女は割り当てられたこの機体を割り当てられたときから改造しており、
他の九九艦爆とは群を抜いた性能を実現しているのだ、
その為支えている甲板員も一苦労なのだ、
そうこうしているうちに艦橋にZ旗が揚げられた
これを見た航空兵はその高鳴る胸の鼓動を感じ取る、
これは、日本の未来がかかっている戦いなのだ、
「おい、準備できたか?」
野口が伝声管で後部座席に喋りかける
『大丈夫よ、問題ない、いつも通り正常に動いてるわ』
後部座席の器材を点検しつつ、
甲板員から後部機銃の銃弾を受け取る
「これが初陣になるのね」
そう言って、
未だ夜が開け切らない空を、
久田は見つめた、
運命の開戦の、始まりだ