下
「そろそろ風花を突き出ししてやろうと思いんして」
「え、姐さん、わっちはまだ・・・」
「いや、風花も客をとり始めていい年だろう。名は『朝雪』が良い。雪嶺花魁、次の呼出になる『朝雪』を頼みましたよ」
「雲居屋一の花魁に突き出ししてもらえるし、旦那様からすてきな名前も頂けるなんて風花は本当に幸せ者だねぇ」
翌日雪嶺に連れられ楼主の部屋に来た風花は呆然としていた。
雪嶺と楼主と遣手の間でどんどん話が進んでいく。
突き出しは振袖新造が初めて客をとる日。姉女郎と共に七日間道中をして馴染客の茶屋や親しい遊女屋、取り巻きの芸者といった者達にまで祝儀を出す。それらにかかる二百両から五百両にのぼる費用は「御役」と称して姉女郎が全て負担する。
「風花の水揚げは響屋の若旦那にお願いをしてありんす」
「ちと待っておくんなし。姐さん、わっちの突き出しをしたら、また借金が増えてしまいんしょう」
やっと思考が落ち着き口を挟んだ風花に雪嶺は優しい笑顔を向けた。
「ぬしは心配しないでようおす。ぬしを立派に突き出すのはわっちの勤めでありんす」
楼主の部屋を辞して自室に戻るなり、雪嶺は突き出しに必要なものを手配し始めた。
「そう、黒地に虎の仕掛けを作りなんし」
「雪嶺姐さん、顔色が良くござんせん。少しお休みになって・・・」
雪嶺はただ小さく笑みを返しただけだった。
「朝雪、出発しんしょう」
髪を横兵庫に結い上げ、豪華な仕掛けを纏った風花―朝雪―はゆっくりと外八文字を踏み出す。
それは花魁という狭い世界への大きな一歩。早く立派な花魁になって姐さんを籠から放ってあげたい。早く早く…。
高い下駄の上からは何度も見た風景がまた変わって見える。昼見世の格子に並んだ遊女が人垣越しに見える。
吉原は粗い目の籠だ。その中には細かい目の籠が幾重にも重なり、絡み合っている。
震えながら迎えた水揚げも無事すんだ。疲れているとはいえ今日も道中をしなければならない。その準備中、六花が口を開いた。
「雪嶺姐さん、わっちの突き出しはいつでありんしょう」
「六花は来年盛大に突き出ししんしょう」
軽く身だしなみを整えながら答える雪嶺の髪が朝日に明るく映える。襖の外から遣手の声が雪嶺を呼んだ。六花に答えさせ雪嶺は立ち上がった。途端、息がつまり視界が揺らぐ。
「「雪嶺姐さん!」」
どさりと音が響き、簪が床に散らばった。驚いて駆け込んできた遣手は見るなり顔を蒼くした。
「雪嶺花魁、しっかり。朝雪花魁、あんたは次の呼出なんだ。病がうつっちゃいけない。自分の部屋に行きなさい」
「嫌・・・呼出なんて・・・楼一番の花魁になんてならなくていい。わっちは雪嶺姐さんについていんす!」
「ねぇ風花・・・」
前後を忘れて叫ぶ朝雪を昔の名で呼び、雪嶺は弱々しく微笑んだ。陽が翳り雪嶺の顔を暗く彩る。
「花魁は狭い籠に押し込められて歌う小鳥・・・囚われた籠の小鳥が夢に胸を躍らせる時は来るのでおざんしょうか・・・」
「来る・・・絶対来るでありんす。わっちが籠から放って見せんしょう!」
どやどやと見世の若い者と楼主が上がって来た。若い者は一礼して朝雪の肩に手をかける。
「朝雪花魁、失礼します」
「嫌、姐さん、雪嶺姐さん!」
抱えあげられ姐さんの部屋から連れ出されてしまう。
手を伸ばしても届かない。
嫌だ、離れていたら姐さんが一瞬の歌声と消えてしまいそうで。
それなのにあなたは今もそうして笑っている。せめて泣いてくれたら、泣いてくれたらその涙を受け止めてあげられるのに。
大好きな雪嶺姐さん、あなたを救ってあげられるかもしれないのに――
ぴしゃり、と襖が音を立てて閉じられた。
読んでくださってありがとうございました。
もし何の事だか分からない用語などありましたら気軽にメッセージいただければと思います。




