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黒いりんご  作者: Y.
1/2

NO.1

宇宙にふけが散らばった

焦点は爪

背景に理科の教科書

紙切れに広がる宇宙で俺のふけは輝いた。



四角に入りこんで

また四角の机に向かう

四角四角四角

だけど丸より四角が好き

角に隠れる事ができる

嫌なことは角に隠せばいい



教室の中はまばたきの音すらきこえそうなくらい静かだ。

周りを見渡せば、上目使いで黒板を見上げ、ノートにコピーするヤツらばっか。

コピーはしない。意味を分かってない俺にとってかなりすごいらしい法則もただの文字の集まりでしかなかった。



風が教室にからみつく。

窓際のヤツらはうっとうしそうにカーテンをはらっていて、その表情を横目でチラチラみながら笑いをこらえていた。口角がぴくぴくする。

その表情を見られまいと気怠そうに頭をかいた。



花粉配達。

大量入荷。



くしゃみを我慢したらしきヤツが普通より情けない音を口から吐き出す。その後に耳まで赤くして、くしゃみを押さえた掌をさりげなく制服にこすりつける仕草がさらに口角を震えさせた。。

笑いの玉が

チャックでふさいだ俺の口から勢いよく飛び出そうとする。その勢いといったら、電子レンジであたため過ぎたラップつきの惣菜が音をたてて破裂するくらいの勢いだ。

笑ったらダメ。

視線がいっきに俺にまわる。

人の視線はキライだ。

口と違ってせりふがないから

とことん馬鹿にしても気付かれない。

俺はきっとうんと馬鹿にされている。

ヤツらの瞳の中で。



ださい。

きもい。



何が悪い?



19度の春が体に巻き付く。まだ染み一つない、角ばったブレザーの中にはまりきった俺はカーテンの隙間からのスポットライトを浴びていた。キラキラなほこり。俺はなるべく息を止めていた。




黄色がよく目につく。風は冷たい。熱くなった体を操作して外へでるととても気持ちいい。そう、真夏に冷凍庫を開けたときにくるひんやりした空気の感じ。




とにかく春。

寝癖すらつけたくない新学期。

高校一年。

春休みは何度も高校の事を考えた。

きっと何かがかわると思っていた。

鏡に映る新しい制服を着た自分はただ、衣裳をかえただけの着せ替え人形にすぎなかった。

そりゃそうだ。

髪型も中学と同じ伸びるだけ伸びた緑に近い黒髪は、自然に斜め分けになっていて、細長い逆三角の顔に斜め分けの前髪、緑に近い黒髪と言ったら、制服のきっちりとしめたネクタイが恐いくらいはまっていた。

顔のパーツも何一つ変わっていない。

奥二重の目蓋が、入学式の前日に慣れない手つきで毛抜きをもって、一本一本の痛みに耐えながら抜いた眉毛が、不揃いに生えはじめてきて、青くなっていた。高すぎるくらいの鼻は、父親譲りで、出っ張った鼻瘤を触る度、小さくため息をついた。

男にしては赤い唇が色白の顔の中で一際浮いていて、常に唇を噛み締めるのがクセになっているほどだ。

無駄に伸びた身長は、ごぼうみたいにひょろひょろで、かっこつけて長いくらいのズボンを買った俺だけど、ひきずるのが邪魔くさくて母親にすそあげしてもらった。足を曲げたときに見える白い靴下にはもう慣れている。中学からの事だから。

普通に考えたら変わるはずもないのに俺は高校でのもう一人の自分に期待していたのだ。




ノートもとらず、ひたすら爪を見ている俺に気付いた教師は、 

「やる気がないなら出ていけ」

と俺に浴びるスポットライトを断ちぎった。

キラキラほこりのトーンを背景にした教師の顔はいつもよりリアルでその表情に少し顔がこわばった。



おまけに俺にはスポットライトじゃなくクラス中のヤツらの視線を浴びた。

黒い丸。

鏡より恐い。

街のショウウィンドウより恐い

一番リアルな俺を映すから

その黒丸に映る俺は

佐伯勇治じゃなく

同じクラスのきもいヤツだろう。だけど彼らにとって俺をきもいヤツとして映すのは、りんごを赤く映すくらい当たり前でごく普通な事なんだろう。


仕方がない。

いまさらりんごは黒くなれない。



これからの授業は真面目にノートをとろう。

チャイムの音と同時に教科書がたたまれる。まだ話がつづいているにもかかわらず、教科書やノートはすでに机の中へと押し込まれた。

ルーズリーフを使う俺は、いちいちファイルに挟むのが面倒くさく、ばらばらに入ったルーズリーフはくしゃくしゃと耳障りな音をたてて、奥へ奥へ掃除機のごみ袋みたいに小さく押し込まれていく。



その奥へたまったルーズリーフのほとんどは、教師の視線を感じるときだけコピーした飛び飛びの単語や説明文。

白米のうえにふりかけられた黒胡麻みたいにぱらぱらと文字がちらばっていた。


休み時間。

前の席の小谷幸弘が首だけひねって、いまどき珍しい丸眼鏡の奥で細い目を俺な向けて、口だけで笑った。

「目えつけられたね、佐伯くん」

口の筋肉だけ上げた不自然な笑いは不気味だった。

こいつの目にこそ、俺はどういうふうに映っているか謎だった。

まわりのヤツらとは違う見方をしているような気がしていたんだ。

それはなんでかって

よくわからないけど、細い目だから読めないのか、丸縁眼鏡だからか、

何かしら俺につきまとってくるからか

たぶん最後のが一番答えに近いと思う。

もとわといえばこいつのせいだった。

高校が始まって3日目くらいの日だったか

大雨

強風

しみ込む雨に足の指がふやけて

靴下の生地との間に雨水がまとわりついて、歩く度に雨水を温めた。

生温くなった靴の中を泳ぐ足をあざ笑うかのように、また避けて通れない水溜まりが道をふさぐ。

濡れたからにはもうどうでもいい。

靴が水溜まりにつくなり、ひんやりとした雨水が入りこんで、さらに靴下はぼちゃぼちゃになった。

あまりに強い風は、右半分の髪を根こそぎさらっていきそうなくらいで、もはや傘は雨に濡れないようにするよりも、風よけのように風の吹く方向に傘をむけて、盾のように扱った。

20分ほどの登校距離は軽く障害物競争よりやっかいだった。みぞに流れる雨水はすごい勢いで流れていて、茶色く染まった水は、なぜか恐ろしかった。



全くおしゃれ気のない俺が高校では中学みたいに地味でださいヤツに思われたくないと初めて使ったヘアワックスもすっかり落ちて、もとのぼさぼさ頭に戻っていくのがわかった。

初めて使ったワックスの感想はべたべたして気持ち悪いだったせいか、この日以来ワックスは使っていない。いや、ワックスを使う意味がなくなったのほうが正しい。



学校まであとわずかというときに俺の傘は風に逆らえず、裏返ってしまった。チューリップのようになった傘はどうしようもなくまわりの視線が恥ずかしかった。そのときに、小谷幸弘は俺に話しかけてきた。


「傘、ひっくり返っちゃったね。僕の傘入れてあげるよ。」


こいつの第一印象は、どっかの番組にでてきそうな、オタク少年そのものだった。丸縁眼鏡が雨でくもって、こいつは俺の事が本当に見えてんのかと思った。大体こんなオタク少年と相合傘できるかって思って俺は丁寧に断った。


「や…いいよ!もう濡れてるしさ」

チューリップを力づくで戻して、折れまくった傘を再びさした。


「遠慮しないでよ。ほら。おいでって。」


眼鏡をくもらせて、手招きする姿はどっからどうみても変質者そのものだった。俺は気味が悪いヤツに絡まれたなと眉をしかめた。


「まぢいいから!」


そう言って、ぼちゃぼちゃいう靴を走らせた。


「気使うなって」


後ろから走って追い掛けてくる小谷は幼い頃よく見た幽霊に追い掛けられる夢よりはるかに恐ろしかった。三年や二年の先輩の目がいたい。あきらかに先輩らしい着くずした制服は、その制服の着方だけで、恐い先輩に見えてしまう。こんな馬鹿げたシーンを見られるなんて最悪な出だしだと心にまで雨水が浸水した。


追われるくらいなら、止まったほうが楽だという事に気付き、追い付かれる前に止まった。びしょ濡れの髪をかきあげたら、透明な空気に雲を作る機械みたいにつぎつぎに白色が溶けこんだ。



腰をまげて、膝に手をつく俺の上には小学生がさすような真っ黄色の傘が俺の空となっていた。


「逃げる事ないのに。学校まで一緒に傘入って行こうよ。」


目を宙に浮かべて、小谷の顔を見ると、やっぱり眼鏡はくもったまま、にっこり笑っていたから、このとき気持ち悪いけど案外いいヤツかもしれないと思った。笑っていると勘違いしていた。実際は頬の筋肉を持ち上げているだけなのに。人は目がなきゃわからない。その人の目にその人が映るんだ。




俺は小谷と相合傘をしながら、残りの距離を登校した。思いっきり背中に刺さる視線に俺はつい背中をまるめてしまった。馬鹿でかい声に苛立ちながらもそれをかき消すくらいの雨がちょうどよかった。



学校について靴を脱いだら、さないたに靴下の跡がしみこんだ。木の湿った匂いが鼻に流れ込んで、雨を吸い込んで重くなった靴をくつばこに差し込んだ。

靴下を脱ごうか迷ったけどしょっぱなカラ裸足でいるのもどうかと思って、なるべく板で水気をとってスリッパをはいた。かばんをせおいなおして、教室へ向かおうとすると、ぱたぱた後ろから小谷がついてくる。俺が止まってふりむけば小谷も止まり、ストーカーした事あるんじゃないかと本気で思うくらい慣れた足取りだった。



俺はまた逃げるように階段をかけあがり、自分のクラスにかけこんだ。だけどそいつも俺と同じクラスへ駆け込んできた。俺の席の前に座るからどこまでいかれたヤツかと思ったけど、後ろ姿をよく見たらそいつは俺と同じクラスで、名簿も一つ前のヤツだった。こんな濃いキャラのヤツを見落とすなんていかに自分が緊張していたかがわかった。



ふとまわりを見渡すと、俺はかなり注目を浴びている事に気付いた。目が合ったヤツはひそひそと話しだしたり、小さく笑ったりする。なんか、慣れないクラスに俺の悪口を通して一体感を作り出している感じがした。



俺はすぐに笑われている理由がわかった。そんなの俺がどっからどうみてもオタク少年の小谷と登校してきた事だろう。俺は運が悪かった。いくらひねり出してもすぐに尽きてしまう新学期の会話に男同士が相合傘で登校なんてもってこいの話題だろう。



俺が恥をかく分だけ、クラスのヤツらは仲良くなるってか。小谷のびしょ濡れのブレザーを見ながらため息をついた。

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