テンプレートなセリフを噛んだ旦那様 〜テンプレートな花嫁のif話〜
こちらは「テンプレートが立ちはだかる日常」のブックマーク5000登録記念、第一作「テンプレートに物申す花嫁」のif話です。一応出だしは初のお話調で始めてます。
※ 「テンプレートに物申す花嫁」の語りを引用してるのは仕様です
「君を愛しゅることはにゃい!」
扉を開けて開口一番に、本日結婚した夫は言った。
かなりの大声で扉が閉まる前に叫んだので、廊下で控えてた侍従や執事やメイド長にも聞こえたことだろう。
……なんですと?
ソファに腰掛けてそれなりにめかし込んで、とは言ってもほぼ初対面だしいきなりは始まらないだろうなぁー、とかつらつら考えてたら叫ばれた。
……テンプレートなあのセリフを、噛んだ……?
「……」
「……?」
「………」
「………あ、あの?」
「〜〜〜〜ぷはっ!」
駄目だった。
三瞬耐えたが、我慢の限界で吹き出してしまう。
そのまま大笑いに突入だ。
だって!だってそれ!そこで噛む?!
めちゃくちゃツボにハマってしまい、お腹が捩れるほど笑う。
体勢が維持できず、座っていたソファに突っ伏した。
もちろんその間、セリフを言い放った旦那様は放置だ。
「〜〜〜〜っっっ!」
声にならない悲鳴を上げ、開けただけの扉をそのままに廊下へ出ていく旦那様。逃げた。
バタバタと走る音がして、またもや扉が開かれる音。
「お前なぁ!なんだアレはなんでああなるんだ?!おい泣くな、泣きたいのはこっちだよ!どうしてあんなしょうもないことになるんだよこのバカ!」
遠くで男性の叱りつける声がする。
確か、旦那様付きの侍従ノアだったかな。
侍従にしては配慮も敬意も欠片もないが、叱りたくもなるよねぇ……て言うか聞こえたんだ。
扉開けっ放しで叫べば、そりゃ聞こえるか。
かくいうこちらの部屋も開けっ放しなのだが、笑いのせいで震えたまま動けない。
新婚初夜に……なんてことしてくれたんだ旦那様……あなたには笑いの神が憑いてるのか……?!
私、ミュリエル・グリフィスと先ほど走って逃げたルシウス・フォン・アイゼンバーグ様は、昼に式を上げたばかりの出来立てホヤホヤ新婚夫婦である。
巷で話題の『超スピード政略結婚』をした身であり、その言葉通り顔合わせから今日に至るまで半年しかなかった。
なので、麗しき王宮役人でありアイゼンバーグ公爵家嫡男と言う、ハイスペックなルシウス様にもほぼ会えてない。
旦那様になる婚約者と交流を深めるよりもまず話し合わねばならない優先事項が、山だったのだ。
無事に式を終えて一段落、少し落ち着いて話が出来るかな、とか考えてたらこれだ。
……お約束なセリフを放たれるだけならまだしも、噛む?!そこ噛んじゃう?!
あ、駄目だ思い出したらまたお腹痛い。
「にゃい」ってなんだ猫か!あと「愛しゅる」って言ったな?!幼児かな?!
一向に収まらない笑いにまたもや震え出してると、開いた扉がノックされた。
「ミュリエル様。よろしいでしょうか」
淡々とした侍女の声。実家から連れてきたサリーだ。
言葉が出ないので手振りで許可すると、サリーは入室して扉を閉め、用意されていた紅茶を淹れ直しだした。
その間、発作のように湧き起こる笑いをなんとかやり過ごし、紅茶が置かれてから5分後くらいに、ようやく体を起こせるくらいには持ち直した。
「ーーっ、はぁ、あー笑った。サリーありがとう」
「若旦那様はただいま執務室にノアと篭っております」
「さすがに今日は変な妄想しちゃ駄目よサリー。この後があるんだから」
サリーはいわゆる腐女子なので、男性たちが密室にいる状況を知るとすぐに妄想が始まる。
さすがにこの後初夜が待ってる旦那様は、遠慮してくれ。
「この後、ですか。ありますか?」
不満げなサリーの顔に一瞬目を瞠るが、すぐ思い立った。
彼女は元々この結婚をあまり喜んでいなかったので、先程のことは余計に不満なのだろう。なんなら実家に帰ろうと言いたいのかもしれない。
確かに、噛まなければ「君を愛することはない!」と叫んでいたはずだから。新妻に喧嘩売ってるよね。
普通にそれを言われたら、とことん論破してやっただろうが。
「ねえサリー、私この結婚は自分が望んだものではなかったわ」
「はい」
「早急に結婚しないとヤバい!て事態に陥ってなかったら、きっとしなかったと思う」
「存じております」
「ルシウス様は確かに美しいし公爵家嫡男だけど、そこもそんなに惹かれないし。拒否もしないけど諸手を挙げて歓迎、て訳でもない」
「そうですね」
「でも」
そこで先程のルシウス様をプレイバック。セリフはなしだ、笑うから。
言い放った後、自分でもキョトンとしてた。
その後私が笑い出したものだから、顔を真っ赤にして泣きそうになってた。
いや、ノアが叫んでたのだから実際執務室では泣いたんだろう。
「あのルシウス様見てたら、なんだか可愛く思えてきちゃった」
「……左様ですか」
「おもしれー男、ってやつかしら。初めて見たかも」
ふふ、と笑ってると再びノックの音が響いた。
「若奥様!扉越しに申し訳ございません、ノアです!恐れ入りますが、もう一度だけルシウス様にチャンスをいただけないでしょうか?!」
必死なノアの声。サリーが呆れた顔をするが、私は楽しくなってきた。
ひとつ頷くとサリーが扉に近付く。
「……ミュリエル様のご許可が出ましたのでお目通りさせますが、二度はありません」
「え、あ、サリーか!わかった、大丈夫です!」
大丈夫かー?本当かー?
渋々と言った感じでサリーが扉を開けると、ルシウス様が文字通り放り込まれた。
そのまま絨毯で蹲るルシウス様に一礼すると、サリーも部屋を出て行く。
ソファに座る妻、絨毯で四つん這いになる夫。
「……」
「……」
「……っ、ぷは!」
「?!」
思わず吹き出した私の声に、ルシウス様が顔を上げた。
……男性の泣き腫らした後の顔とか、なかなか貴重では?
そしてそれでも美しさを損なわないルシウス様、すごいな。
「ルシウス様。ひとまずお座りになって?そこにいられたらお話もできませんわ」
「……はい」
シオシオとしたルシウス様が隣に座った。
悄然としてる様子はやはり可愛い。
「改めまして、本日嫁いで参りましたミュリエルです。よろしくお願いしますわ」
今更ながら自己紹介。ちゃんと話したことなかったので!
これで婚約者を名乗ってたとか、なんだかなぁという感じだ。
私の言葉に反応して、ルシウス様が少し姿勢を正す。
「あ、はい。あの、夫になるルシウスです。よろしくお願いします……」
語尾が多少弱々しくなったけど、話せるくらいまでには回復したようだ。
よきよき。
では早速、本題をぶっ込もう。
「それで?ルシウス様、わたくしに何を伝えたくて先程の発言をしたんです?あ、再現はやめてくださいね。今わたくし、笑いの沸点が異様に低いんです」
釘を刺しつつ促すと、ルシウス様は戸惑いながらも話し出した。
「沸点……?いや、あの発言はなんて言うか、勢いがあまり過ぎて言葉がおかしくなったと言うか……」
「勢い?」
「その、僕は女性慣れしてなくて。特定の人と親しかったこともないから、どういう感じで接していいかわからなくて。ノアに相談したら『参考にしろ』って恋愛小説を渡されたんだ」
言われた言葉に思考が止まった。
この顔で?女性慣れしてない?
嘘でしょ?
「え、待ってくださいルシウス様。女性慣れしてない?」
「うん」
「この顔で?」
「……よく言われるけど、学園の頃も今の職場も男ばかりだし。家は身内か母世代の使用人ばかりで、関わりがないよ」
「関わりがなくとも寄ってくるでしょう?」
「そういう人は怖いから断ってる」
きっぱりと凛々しく断言する夫。
怖いって……。
「……まぁ、じゃあそこは疑わないでおきましょう。それで?恋愛小説?」
「僕らの関係性に似た設定の。ほぼ初対面、結婚式が初顔合わせに近い、みたいな。それで仕事の合間に少しずつ読んで、声掛けの参考にしようと思って」
「あぁ、なるほど。確かにその手の恋愛小説は、かなりの確率で例の言葉から始まりますね」
「でも言う気はなかったんだ!あ、愛することはないとか思ってないし!ただまだそこまで親しい訳じゃないから、時間を掛けたい的なアレンジをしようとは考えてて、ここに来るまでの間に一生懸命セリフをこねくり回してたのに!しかも噛むって!!」
再び顔を真っ赤にして叫ぶと、ソファの上で蹲った。
なるほど、本当に言いたかったセリフは違うもので、緊張のあまり読み込んだ小説のテンプレが口をついて出てしまったと。
なんだかプルプルしてる夫になった人に、またもや笑ってしまった。
「ふふ、ルシウス様、お顔上げて?」
私の声掛けにゆっくりと体を起こしたルシウス様は、紫の瞳を潤ませてへにょりと眉を下げている。
……かーわいい。
私は彼の顔を引き寄せると、今にも涙が溢れそうな目尻にキスをした。
「?!」
驚いた拍子に涙が溢れる。
先程は羞恥で赤くなった顔が、今度は別の意味で染まった。
「ふふ、ルシウス様。わたくし、この結婚にもあなたにもそこまで期待してなかったんですけど。今は俄然やる気がしますわ。だって、旦那様がこんなに可愛いのですもの」
「ミュリエル嬢……男に可愛いは、ちょっと……」
「お嫌です?でも顔合わせで格好良く振る舞っていらっしゃったルシウス様より、今のルシウス様の方が断然好みなんです」
「この?!え、あ、うん……」
「今のルシウス様になら、ミューと呼んでいただいても良いですよ」
「ミュー?」
「親しい人にのみ許してる愛称です」
そう伝えると、ルシウス様は一瞬キョトンとしてから嬉しそうに笑った。
笑顔が眩しい……天使?天使か?!
「じゃあ、僕はルゥがいい」
「親しい方が呼んでるんですか?」
「呼んでない」
「え?」
「ミューだけ。僕の奥さんになる人だから」
そう言って、顔に触れていた私の手に自分の手を添える。
なんだこの天使、攻撃力高過ぎじゃないの?!
思いがけない攻勢に、思考が停止する。
顔は天使のくせに、手の大きさや固さはしっかり男性のものだった。
「ミュー、さっきはごめんね。今はまだ愛してるとは言えないけど、君のことはきちんと妻として愛したい。たくさん話をして、たくさん思い出作って、幸せな夫婦生活にしたいんだ」
真摯な顔でそう告げてくる。
うん、先程は「格好良いよりも……」なんて言ったけど、この表情もありだ。
私も笑って同意する。
「ええ、たくさん思い出を作りましょう」
「うん」
「とりあえず、今日が思い出第一回目ですね!ルシウス様、噛む。」
「うぐっ!」
「思い出とするからには、定期的に語らないと」
「うぅっっ……、ミュー、ほどほどにして……」
またもや泣きそうな旦那様に、今度は鼻先のキスを送った。
「それで、ルゥ。今日は初夜なんですけど」
「う、うん」
「ちなみに、経験は?」
「……っ、聞かないでほしい……」
「でも有無で気遣いが変わりません?」
「ないよ!気を遣ってくださいお願いします!」
「と言われても、わたくしだって未経験ですのよ?」
「!」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ーーってな感じになると思うんですよね」
「それ、僕が無意味に黒歴史を倍増させてるだけだよね?!」
「まあそうですね。初夜にテンプレートなあのセリフを言う!しかも噛む!いくらテンプレートを繰り返す一族とは言え、このインパクトを超えられる方は中々いないのでは?」
「そんなインパクトいらない……」
「まぁ、実際は噛まずに言えた訳ですから。妄想話ですよ、ルシウス様」
「それにしてはいやにリアルな語り口でしたよ若奥様」
「だって、ノアがあの時待機してたって教えてくれたから。羞恥のあまり私の前で泣き出すよりも、ノアのところに駆け込むかなって」
「それが本当にリアル……。一瞬、実際に起きた話だっけ?って勘違いしましたよ」
「やめてくれるノア」
「話の半分は実話ですよルシウス様」
「うぅ……」
「そして、そうなったらきっとサリーが実家へ出戻ることを提案するに違いない」
「ミュー!出戻るなんて言わないで!ミューの口から聞きたくない!」
「単語の制限が厳しいですねルシウス様」
「それでしたら、ミュリエル様が若旦那様を『おもしれー男』認定されることも確実ですので、しばらくは様子見かと」
「しばらくって……」
「なんにせよ結婚は継続ですよ!良かったですねルゥ」
「うん……うん?」
「なので、これもルシウス様のお義母様とお義姉様と私の従姉に語っておきます」
「お願いだからやめて!」




