【短編版】宮廷侍女に頼りすぎ ~乙女ゲームクリア後の世界で楽しくDIY侍女ライフ~
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「お、お前との婚約は破棄とする!」
大理石に覆われた広間に、殿方の震えた声が響く。
お相手のご令嬢は眉一つ動かさず、膝を小さく折って礼を返した。
「ええ、よろこんで承りますわ。では、ごきげんよう――」
「えっ……⁉」
殿方はあからさまに狼狽えていた。
あわあわと宙を掻くように、去りゆくご令嬢の美しい背中に手を伸ばしている。
颯爽と立ち去る麗しきご令嬢の姿はもう見えない。
がらんとした広間に残されたのは、がっくりと肩を落とす殿方だけだった。
その様子を遠巻きに伺っていた私は、そそくさとその場を離れた。
触らぬ神に祟りなし……。
うっかり巻き込まれでもしたら、超ホワイト待遇な宮廷侍女の職を失ってしまう。
それだけは何としても避けなくては。
広い廊下の端っこを早足で歩く。
まっすぐな長い廊下に沿って続く、丁寧に刈り込まれた低木。
平行して流れる浅い水路の水面の輝きが、低木の隙間からキラキラと目に飛び込んでくる。
さっきまでの修羅場なんて、まるでなかったかのように、中庭の中心にある水瓶を担いだ女神像の噴水の周りには、陽光に照らされた真っ白な蝶々が気持ちよさそうにたゆたっていた。
「いつ見ても綺麗ね……」
それにしても、最近多過ぎじゃないかしら……。
ひらひらと舞う蝶々を見つめながら、小さくため息をつく。
これで、今月に入ってから、もう二度目の婚約破棄。
まさか、クリア後の世界で『婚約破棄』が流行るなんて考えもしなかった。
婚約破棄宣言で、お相手の気持ちを確かめるなんて……正気かしら?
私なら、そんなことをされた日には、いくら好きな男性でも嫌いになる自信があるけど……。
その時、反対側の廊下から、同じ侍女仲間のエミリーが私に手を振ってきた。
「マイカー! モレットさんが後で寄ってくれってー!」
「わかったー! ありがとぉー!」と、大きく手を振り返す。
「あ、そろそろ『魔獣の油』もなくなる頃だっけ……」
私はその足で、外庭にある離れに向かうことにした。
*
この世界は、私の前世にあった乙女ゲーム『婚約破棄から始めましょう』の中である。攻略対象である大国の王子達と学園の剣技大会で対戦するモブ王子の国――、それがこのバルティス王国だ。
といっても、すでにヒロインと攻略対象の王子は結ばれている。
モブ王子も学園を卒業して国に戻り、今は王様の元で帝王学とやらを学んでいるらしい。
そう、私が転生したのは、すべてが丸く収まった後の世界だったのだ。
最初は戸惑ったけど、思いのほか宮廷侍女の仕事が好待遇だった事と、趣味のDIYを楽しめる環境に、私は前世よりも充実した毎日を過ごしている。
「モレットさーん、マイカです、モレットさーん」
離れの扉を開け、中に向かって声を掛けた。
住み込みの庭師達の住居も兼ねているので、離れといってもそれなりの大きさがある。
ひょこっとモレットさんが部屋から顔を覗かせた。
もじゃもじゃの髭と、つるつるの頭がトレードマークだ。
『逆なら良かったのに……』と、いつも嘆いている。
「おぉ、マイカ、こっちだ。そろそろ来る頃だと思ってたぜ」
「お邪魔しまーす」
モレットさんに手招きをされ、作業部屋に入った。
部屋の中央には横長の作業台が置かれ、壁には色々な道具が掛けられている。
窓際に大きな蒸留窯があって、周りには大小様々な瓶が所狭しと並べられていた。
「昨日、ローズマリーを蒸留したばかりだからな、ちょっと臭うぞ」
「うわっ……ほんとですね、でも、もう慣れました」
いくら爽やかな匂いでも、あまりに濃いと目が回りそうになる。
最初はすぐに吐きそうになって、モレットさんに追い出されたっけ。
そう考えると、私も成長したよなぁ……。
モレットさんが大きな壺から精油を抜き取って瓶に詰めてくれた。
キラキラと輝く黄金色で不純物が混ざっていない。
さすが丁寧な仕事をするなぁ。
「これがロゼッタさんに頼まれてた分、それとこの小瓶はお裾分けだ」
「えっ⁉ いいんですかっ!」
「あぁ、持ってけ持ってけ」
「うわー、綺麗ですねぇ! ありがとうございます!」
「それと、これは頼まれてた魔獣の油だ」
「やった!助かりますっ!」
「しかし、お前も本当に変わったやつだよなぁ。魔導ランプを使えばいいだろう?」
「まあ、たしかにそうなんですけど……味気ないっていうか、それに、わざわざ魔力を貯めてもらうのが申し訳なくて……」
「ふぅん、ま、好きにしな」
そう言いながら、モレットさんが髭に手櫛を入れる。
「えへへ、ありがとうございます。あ、ハンドクリームまだありますか?良かったら作って持って来ますよ?」
「おぉ、それは助かる。マイカの作ったクリームはみんな喜ぶからな」
「またまたぁ~嬉しいことを言ってくれますねぇ。じゃあ、今度はたっぷり持って来ます」
まさか、前世でハマったハンドクリーム作りの知識が役に立つとは……。
調理場の手伝いをして知り合った出入りの養蜂家から蜜蝋が手に入るというのも大きい。
やはり、どこの世界でも人付き合いというものは大事だなぁ……。
「そういや、国王様がケツが痛いって嘆いてるらしいぞ」
「え?」
モレットさんがくくくと肩を揺らす。
「いや、笑っちゃいけねぇんだが、王座ってのはどうも冷たくて固いらしいな」
「たしかに、ずっと座ってらっしゃるから……」
謁見も多いときは朝から夕方まで続く。
その間、国王様は座りっぱなしになってしまう。
しかも、王座は代々受け継がれた由緒あるものなので、かなり無骨な造りになっている。
想像しただけでも辛そうだ……。
「回復魔法を使えばいいのによぉ、私用で回復術師を呼びたくないんだとさ。王様なんだからもっと好き勝手やりゃぁいいものを……。まぁ、あんな国王様だからこそ、この国が平和だってのもあるんだがな、ハッハッハ!」
「でも、なんだか、ちょっと可哀想ですよね」
小国のバルティスが平和なのは、ひとえに国王様の外交努力の賜物である。
根っからの善人で、嘘みたいに国民のことを第一に考えてくださる御方なのだ。
最近はモブ王子も頑張っているらしいが……。
「なぁに、大丈夫さ。どうにもならなくなりゃ、誰かが回復術師を呼ぶだろ」
「そ、そうですよね……。あ、じゃあ、これ、もらっていきますね」
「おう、またな、クリーム頼むぞ」
「はーい」
私は精油と魔獣の油の入った瓶を手に取り、自分の仕事に戻った。
*
廊下の掃き掃除をしていると、執事のスチュワートさんが侍従と歩いてきた。
スチュワートさんは色白でスラッとしているので、遠目に見てもすぐにわかる。
印象的なのは切れ長の瞳で、侍女仲間でのランチ中には、あの瞳で見つめられたひっ! などと盛り上がることも週に三回は普通にあるくらいの人気ぶりだ。
私は廊下の端に寄って軽く頭を下げた。
『……悩みを解決できれば、かなりの褒美がもらえるそうだ』
『へぇ、でもお尻なんて藁でも敷いておけばいいんじゃないか?』
『だが、訪問客の手前、そういうわけにも……』
『……』
二人の会話が耳に入る。
モレットさんが言ってた話だ。
褒美か……。
うーん、褒美ねぇ……。
仕事を終え、自分の部屋に戻ってからも、私の頭の中には『褒美』というワードがぐるぐると回っていた。
「褒美かぁ……」
国王様は、自分達の生活を守ってくださっている。
褒美は魅力的だけど、少しでも国王様のお尻が痛くなくなれば良いかな……。
うん、これは私なりの恩返しだ。
よし! そうと決まれば、さっそく明日からクッション作りに取りかかろう!
*
買い出しのついでに、私はある物を探しに近くの林に立ち寄っていた。
モレットさんから教えてもらったのだが、この林は小さいながらに色々な植物が自生していて、材料調達にうってつけなのだ。
「うーん、この辺で見たと思ったんだけど……」
私が探しているのはウィーブルという植物の蔓だ。
不規則に絡み合うインスタント麺みたいな細い蔓で、お湯に浸けて柔らかくしてから、型に詰めて乾燥させると、適度な弾力を保ったまま整形することができる。
ただ、この辺の小動物が好物らしく、蔓を囓ってしまうので状態の良い物が少ないのだ。
「あ!あったあった! うん、囓られてないし、大きさも良い感じ!」
目当ての蔓を見つけ、テンションがあがる。
そのまま蔓を抱きかかえて、私は急ぎ王宮へ戻った。
*
買い出しの物品を当番に引き継ぎ、私は外庭に隠してあったウィーブルを、こっそり自分の部屋へ持ち帰った。
「ふぅー。さてと……ふふふ」
まずは、調理場でもらったお湯を大きめの鍋に移し替えた。
ぬるま湯でも柔らかくなるので、そのままウィーブルを中に浸けておく。
「よし、この間に袋の用意ね」
内緒で測っておいた王座の座面の寸法のメモを見て、それに合わせて布を裁断する。
色は目立たないように、座面と同じ赤色に合わせた。
袋状に縫い止めた後、ウィーブルの様子を見る。
「うん、柔らかくなってる……そろそろ良い頃合いね」
お湯からウィーブルを取り出して、水気を切り、膝で体重をかけながらウィーブルをぎゅっと押し込んでいく。
小一時間ほど格闘すると、何の変哲もないクッションの原型が出来上がった。
「ふぅ、こんなもんかな……」
後は軽く重しを乗せて、陰干しで乾燥させてっと……。
一週間もすれば、手作りクッションの完成だ。
*
――1週間後。
完全に形が安定したクッションに座ってみる。
「おぉ~!」
うん、悪くない。
布の袋は地味だけど、座り心地はかなり良いと思う。
通気性も良いし、形が崩れることもない。
よし、これはぜひ自分用にも作ろう‼
その日の夜……。
私はこっそりとスチュワートさんの部屋の扉の前に行き、クッションとメモを置く。
メモには国王様の玉座にお使いくださいとだけ記し、褒美は潔く諦めることにした。
なぜなら、私は今の生活に満足している。
今回はその恩返し――国王様のお尻さえ良くなれば、それでいいのだ。
自室に戻り、我ながら良いことをしたなぁと毛布にくるまり、妙な達成感を覚えながらゆっくりと私は眠りについた。
*
「おはようございまーす」
朝礼の集合場所に行くと、エミリーが駆け寄ってきた。
「あ、おはようエミリー」
「ちょっと、何を呑気なこと言ってんの、朝から大騒ぎなんだから!」
「え?」
エミリーは口を手で覆い隠して、私にそっと囁く。
「昨日の夜、泥棒が入ったらしいのよ……スチュワートさんの部屋が狙われたらしいわ」
「えっ⁉」
「ちょっと、声が大きいわよ!」
「ご、ごめん……」
泥棒って……もしかして……。
でも、私はクッションを置いただけだし、何も盗んでない。
「とにかく、スチュワートさんが全員の部屋をチェックするらしいけど大丈夫? マイカ、変な物ばかり集めてるから……」
「うぐっ……。ま、まあ、たしかに……」
ただでさえ、色んなところからもらってきた物でいっぱいだし、部屋も改造しちゃってる。
困ったなぁ……これは余計な誤解を生みそうだ。
と、頭を悩ませていると、スチュワートさんがやって来た。
「遅れてすまない――」
侍女達の「ほぅっ……」という心の声が聞こえる。
今日も作画が安定しているなぁ~。
執事服がこんなにも似合う人ってそうそういないだろう。
緑髪っていうのもポイントが高いのかも。
「すでに皆も聞いていると思うが、昨夜、この宮廷に不審人物が侵入した形跡があった。幸い、被害はないと報告を受けているが、今一度、各自で何か盗まれたり、不審な物が増えてないか点検をするように」
「「はい!」」
「よろしい。では、本日の仕事終わりに、各自の部屋を私が最終確認をする。プライベートな物があれば、事前に侍女頭のロゼッタに預けるようにして欲しい」
「「はい!」」
「では、本日も丁寧な仕事を心がけるように――以上」
スチュワートさんがその場を離れると、皆が一斉にわらわらと持ち場へ移動する。
「ねぇ、マイカどうすんの? ロゼッタさんに魔獣の油は無理でしょ? 庭木に吊されるわよ?」
「う~ん……仕方ない、最後の手段を使うわ!」
私はそう言い残して、自分の部屋に走った。
「ちょ、ちょっと、ここの掃除はどうすんのよーっ⁉ もうっ!」
*
部屋から大工道具や魔獣の油、精油、木材など、およそ侍女の持ち物とは思えないような品々を空き箱に詰め、私は人目を忍んで外庭にある騎士団の宿舎に向かった。
「すみませーん、リチャードさーん、いらっしゃいますかー!」
「おろ? マイカじゃん。なにその荷物?」
騎士団員見習いのトニーが通りかかった。
トニーはまだ成年しておらず、正式な団員ではない。
田舎の男爵家の嫡男で、男ばかりの六人兄弟の中で育ったらしく、物怖じしない性格だ。
「あ、うん……ちょっとね。リチャードさん見なかった?」
「団長なら王子に呼び出し喰らってる。ありゃぁ、当分帰らないね」
シシシと歯を見せて笑い、「何か困りごと?」とトニーが尋ねてくる。
「えっと、今日だけでいいんだけど……この荷物、どこかで預かってもらえないかなって……」
「ん? 何が入って……うわっ! 何だよこれ~! くっせぇと思ったら魔獣の油じゃん‼」
鼻を押さえながら、トニーが顔を顰めた。
「あ、あはは……。ちょっとだけだし、そんなに臭う?」
「ったく、女の荷物じゃねぇぞこれ……何で大工道具まで……」
「ちょ、ちょっと、そんなに見ないでよ~」
トニーから箱を隠そうとした時、他の団員達がゾロゾロとやって来た。
「あ! マイカさん、おはようございます!」
「おはようっす!」
「ちーっす」
挨拶をしながら団員達はぞろぞろと宿舎の中に入っていく。
宿舎には良く顔を出すので、皆、私のことを覚えてくれている。
副団長のレオナルドさんが私を見て足を止めた。
「おや? マイカさん、いらしてたんですか」
「あ、はい、ちょっとお願いがあって……」
「トニー、さっさと仕事に戻れ」
「ちぇっ……マイカがいるからって格好つけちゃって……」
「何か言ったか?」
ジロっとレオナルドさんが睨むと、トニーが気を付けをして声を張った。
「レオナルド副団長!馬小屋に行って参ります!」
「よし」
レオナルドさんが軽い敬礼で応えると、トニーは逃げるように走って行った。
「ったく……。マイカさん、トニーが失礼なことしませんでしたか?」
「い、いえ、大丈夫ですっ!」
レオナルドさんは、グレーの長髪を後ろで一つに縛っている。
面長で彫りが深く、高身長かつ鍛え抜かれた体は引き締まっている。
しかも、副団長を務めるだけあって、剣の腕前は一流なのだとか。
侍女人気もスチュワートさんに並んで高い。
「ところで、御用というのは?」
「あ!実は……」
私は恥を忍んで、荷物の件をレオナルドさんに頼んでみた。
「ははは! そんなことですか、お安い御用ですよ」
「本当ですか⁉」
「ええ、もちろん。宿舎でちゃんとお預かりしますよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
深く頭を下げると、レオナルドさんが困ったように両手を私に向けた。
「いやいや、そんな大したことじゃないですよ……。それに、マイカさんにはいつもお世話になってますから」
「そう言ってもらえると、ありがたいです……えへへ」
少し照れくさいなと思いつつ、荷物をレオナルドさんに託す。
と、その時、宿舎の二階の窓から団員が顔を覗かせた。
「副団長、そろそろ時間っすよー!」
「ああ、今行く」
上を見上げて、レオナルドさんが返事をした。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「わかりました、いつでも――うっ⁉」
箱を持ち上げた瞬間、レオナルドさんの彫刻のような顔が歪む。
「だ、大丈夫ですかっ⁉」
「な、なぜ、こんなところに魔獣の油が……」
レオナルドさんが油の瓶を見て眉根を寄せた。
「すみません、しょ、諸事情がありまして……」
恥ずかしいっ! あぁっ、このまま消えて無くなりたい……!
「あ、いや、ちょっと驚いただけです。では、お預かりしますね」
紳士なレオナルドさんは、引き攣った笑みを浮かべながら宿舎に戻っていった。
*
騎士団宿舎を後にして、私は自分の持ち場に急いだ。
あぁ、エミリー怒ってるだろうなぁ……。
ていうか、レオナルドさんにも引かれただろうなぁ……どう考えたって、女の持ち物じゃないよねぇ……。
制服を直しながら大部屋に入ると、侍女達が手分けをして掃除をしていた。
窓を拭いているエミリーを見つけて駆け寄る。
「ごめんね、エミリー!ただいま戻りましたっ!」
「……」
「エ、エミリー?」
エミリーは首をゴリゴリと鳴らし、ジトっとした目で私を睨んだ。
「マイカぁ……あんたが居ないのを誤魔化すのに、私がどれだけ苦労したと……」
「ほ、本当にごめんなさいーっ!騎士団宿舎に荷物を預けてて……」
「騎士団⁉」
エミリーの顔がパッと明るくなった。
「ね、ね、レオナルド様はいらっしゃった?」
「あ、うん」
「はぁ~いいなぁ~、私もお話してみたいわぁ~」
チラチラと私の顔を見てくる。
「もし良かったらだけど……荷物取りに行くとき一緒に――」
「行くっ!」
ガシッと私の手を掴み、エミリーは鼻息を荒くした。
あ、圧がすごい……。
たしかに、レオナルドさんはイケメンだけど、私は顔立ちが整いすぎていて、そういう対象として認識できないかも。男性に興味が無いわけじゃないけど、何かを作ったり直したりしている方が楽しいのだから仕方がないか……。
すっかり機嫌の直ったエイミーと窓の掃除を進めていると、侍女頭のロゼッタさんが見回りに来た。
皆が慌てて作業の手を早める。
ロゼッタさんは厳しい人で、前世で言うところの昭和の姑に近いあら探しをしてくるのだ。
でも、それが彼女の仕事だと皆わかっているので、怒られても文句は出ない。
「マイカ、あなたの番です。こっちにいらっしゃい」
「は、はい!ただいま!」
エイミーが私を見て小さく頷く。
私もロゼッタさんにわからないように頷き返した。
*
ロゼッタさんの後ろに続いて自分の部屋の前に来ると、扉の前でスチュワートさんが待っていた。
「スチュワートさん、マイカを連れて参りました」
「ありがとう、これで最後だから君はもういい」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
隙の無い所作で礼をすると、ロゼッタさんはその場を離れる。
私はロゼッタさんの背中に頭を下げた。
「ではマイカ、ドアを開けてくれるかな?」
「あ、はい……」
うわ~緊張するぅ~……。
そっとドアを開けて、スチュワートさんに「どうぞ」と小さく会釈をした。
「失礼するよ」
スチュワートさんは、部屋に入ると「ん~……」と、腕組みをしながら、片手で顎に手を当て、何やら唸り始めた。
「ど、どうかしましたか……?」
恐る恐る尋ねると、「いや」とだけ言って、また唸り始めた。
何だろう……まだ油の臭いがするのだろうか。
一応、臭い消しのハーブで誤魔化してみたんだけど……。
「――マイカ、君だね?」
「えっ?」
スチュワートさんが、面白い物を見つけたような目で私を見ている。
「隠さなくてもいい、噂には聞いていたが……随分、器用なんだね?」
「あ、いや、その……」
「庭師のところにも出入りしているらしいじゃないか」
「……」
クスッと笑い、スチュワートさんが何を思ったか私の手を取り、口元に持っていく。
「えっ……ちょっ⁉」
な、なぜ、ここで手にキス……⁉
と、一人で悶絶しそうになっていると、スチュワートさんがクンクンと私の手の匂いを嗅いだ。
「うん、油の臭いがするね。もはや職人の手だ」
「ぐ……っ!」
全然、嬉しくない……。
一人で恥ずかしがって馬鹿みたいだわ……。
「あの、一応、私も婚約前ですので、手を離してもらえますか?」
照れ隠しもあって、ちょっと語気が強くなってしまった。
「ああ、これは申し訳ない。配慮に欠けていた……」
「いえ、わかっていただければ大丈夫です」
まだ少しほっぺが熱い……。
くっそ~っ、何か負けた気がする……。
「もう、わかっていると思うが、部屋を確認したのはクッションを作った者を探すためだ。隠さなくてもいい、君だね?」
「……は、はい」
スチュワートさんが小さく頷き、部屋の中をゆっくりと歩きながら続ける。
「物作りが好きなのかな?」
「あ、はい……趣味でして……」
「それは素晴らしい。実は、あのクッションを、国王様が偉くお気に入りになられてね。一度、作った者に会いたいと仰っている」
「ええぇぇーーーっ⁉ こ、こここ……国王さまがぁ⁉」
ど、どうしよう!
私、ただの侍女なんですがっ⁉
「まあまあ、そんなに気負うことはない。他の国ならいざ知らず、うちはアットホームなのは君も知っているだろう?」
「そ、それは、そうかも知れませんが……」
「なあに、謁見の合間に少しご挨拶するだけだ。運が良ければ褒美をもらえるかも知れないぞ?」
「ご褒美……あ、いや、畏れ多いといいますか……」
「そういえば、この部屋の造り……他の部屋と違うね。窓枠も綺麗に直してあるし、テーブルも椅子もグラつかない。見慣れないタンスもあるし……そのような届け出はなかったと思うんだが……」
「そ、それは……」
オロオロと言葉に詰まっていると、スチュワートさんがたたみかけてくる。
「どうも荷物があった形跡があるなぁ、しかも大量に。この辺で預けられるとしたら……騎士団宿舎、なんてね?」
艶めかしい瞳を向けて、ニヤリと笑みを浮かべるスチュワートさん。
完全にバレてる……。
「すみません……悪気はなかったんです……」
この数分で頬がこけた気がする……。
うぅ、もう、すべてを忘れて眠りたい……。
「ははは! 別にそんなことで怒りはしないさ。どうだろう? 荷物を預かってくださった騎士団の方々に、お礼が必要になるんじゃないか? 国王様にお会いすれば、そのご褒美でお礼ができる、一石二鳥だと思わないか?」
たしかに、あんな臭い荷物を預かってもらったのだ。
相応のお礼をしなければ……。
「……ご挨拶だけですよね?」
「ああ、もちろん! よし、決まりだ。では、日時はロゼッタに伝えておく。当日は私が側に付いているから。じゃあ、頼んだよ――」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
私はスチュワートさんの背中に向かって、深くお辞儀をした。
*
「まさか、マイカが犯人だったとはねぇ~」
エイミーが箒に凭れながら、ニヤニヤと私を見る。
「ちょっと、人聞き悪いって。私はクッションを作っただけなのに!」
「あはは! 冗談だってば。マイカは手先が器用だもんね~」
その時、ロゼッタさんが広間に顔を見せた。
いつ見ても、ピンと背筋が伸びていて隙がない。
「マイカさん、急遽予定が早まりました、いますぐに準備なさい」
「え⁉ い、いまからですか⁉ 私、着替えもしてませんけど……」
「そのままでいいわ。何も恥ずかしくない、むしろ、その制服に誇りを持つべきじゃないかしら?」
「す、すみません! その通りですっ!」
エイミーが笑いをこらえている。
「さぁ、行きますよ」
「あ、はい!」
くるっとロゼッタさんが振り返る。
「エイミーさん、とても余裕があるようですね。後で買い出しもお願いします」
「えぇっ!」
「何か不都合があるかしら?」
「い、いえ、ないですっ! かしこまりました!」
エイミーがうなだれるように頭を下げた。
*
「――国王陛下、かの者を連れて参りました」
スチュワートさんの隣で私はじっと赤い絨毯を見つめていた。
「うむ、面を上げなさい」
国王様の優しい声で顔をあげる。
初めて近くで見る国王様は、想像通りニコニコとしていて、もう、好感度の塊のような人だった。
その隣には、モブ王子が控えていた。
モブといっても、やはり美形だ。疲れが飛ぶ。
「お、お初にお目に掛かります、この度はお日柄も良くて……」
駄目だ、イケメンに見られると緊張する……!
「マイカ、マイカ!」
「は、はい!」
「無理をせず、普通に」
スチュワートさんが小声でささやく。
私は小さく頷き、呼吸を整えた。
「……こ、国王様、マイカと申します」
「うむ、忙しいところ悪かったね。実は、君がこのクッションを作ってくれたと聞いてね、どうしてもお礼が言いたかったんだよ」
「えっ、お礼だなんて……そんな、気に入っていただけただけで十分です!」
「そうかそうか、でも、何かお礼ができればと思ったんだが……」
隣に控えていた王子がボソッと意見を述べる。
「ならば、彼女の功績という名目で、侍女達にデザートでも振る舞えばよろしいかと。それならば、彼女の株もあがりましょう」
「おお、それは名案だな! うむ、ではマイカ、その方の功績をたたえ、夕食後に特製デザートを用意しよう、皆で食べなさい」
「ありがとうございますっ!!」
なかなかの名裁き、モブ王子もやるわね……。
やったぁ~! デザートだぁ~!
おっと、忘れるところだった。
「あの……」
「ん? どうした?」
「できれば、日頃お世話になっている騎士団の方々にも……」
スチュワートさんがなぜか笑いをこらえている。
王様がモブ王子に視線を送ると、王子は特に表情を変えず、
「わかった、手配しよう」と、答えてくれた。
「うむ、では、下がってよいぞ」
「はっ、それでは失礼いたします」
「失礼いたします」
満足げに微笑む王様に、私はスチュワートさんと並んでお辞儀をして、謁見の間を後にした。
*
――数日後。
廊下を通っていく侍女達が声を掛けてくる。
「あっ、マイカー! ありがとね!」
「あんた最高っ!」
「いやいや、どうもどうも……」
デザートが振る舞われてからというもの、私の株は天井知らずだ。
どうやら本当に宮廷中の全侍女に振る舞われたらしい。
おかげでちょっとした有名人くらい顔が売れてしまった。
これはこれで、色々とやりにくくはなるのだが仕方がない。
「美味しかったよねぇ……」
「ん? まあ、たしかに」
エミリーがぽわ~んとした顔をしながら、箒で床をなでている。
振る舞われたのは巷で話題の『ル・ジャルダン・シュクレ』の特製チーズケーキ。
エミリーや皆の反応も頷ける。
「ちょっと、あんまりボーッとしてるとロゼッタさんに怒られるよ」
「ごめんごめん、へへへ……」
エミリーは眉を下げて笑った。
「あっ、そうだ! 荷物取りに行かなきゃ!」
「そうだったわね。でも、もうお礼は済んでるから気楽じゃない?」
たしかに、デザートのおかげで騎士団の皆さんにもお礼ができた。
レオナルドさんも「ありがとう」って声をかけてくれたし。
「よし! 行こうか」
「うん!」
騎士団宿舎に向かう途中、中庭の噴水が見えた。
相変わらず白い蝶々が気持ちよさそうに舞っている。
陽光に照らされたその光景を見ていると、ふと思う。
この世界に転生して本当に良かった……。
乙女ゲームの世界、しかもクリア後だなんて最初は戸惑ったけれど、今はこの平和な日常が愛おしい。
趣味のDIYを楽しみながら、思いがけず国王様のお役に立てて、仲間達にも喜んでもらえた。
前世では想像もできなかった出来事だ。
「マイカ、何をぼんやりしてるの?」
「ん? ああ、なんでもない。ちょっと幸せだなって思ってて」
「変なの」
エミリーが笑いながら私の腕を取る。
「でも、マイカが幸せそうだと、私も嬉しいわ」
「ありがとう、エミリー」
私達は肩を並べて歩きながら、騎士団宿舎へ向かった。
明日もまた、この平和な宮廷で、仲間達と一緒に働ける。
それだけで十分幸せなのだ。
婚約破棄が流行ったり、色々と騒動はあるけれど、結局のところ、この国は平和で、人々は優しい――。
私は小さく微笑みながら、エミリーと共に午後の陽射しの中を歩いていった。
ありがとうございました。
面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら
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