「言わなくても、空が話してくれる」
【おはなしにでてるひと】
瑞木 陽葵
放課後、教室を出てから蓮と並んで歩く帰り道。
空を見上げたら、昼とは違う、でもよく似たひこうき雲が。
言葉が出てこなかったのは、
その景色に、気持ちがそっと吸い込まれてたから。
――“ひとりで見てもきれいだけど、ふたりで見るとちょっと泣きそうになる”って、あるよね。
荻野目 蓮
陽葵の横で、ただ歩く。
喋らなくても、気持ちは近くにある気がして、
それがなんか心地よくて。
ふと顔を上げると、空に線が伸びていた。
――“今日という日”を見届けるような、その白い軌跡に、何も言わずに笑った。
【こんかいのおはなし】
放課後。
昇降口を出たあと、
自然に並んで歩き出した。
「……今日は、いい天気だったね」
それが、
たぶん10分ぶりくらいの会話。
蓮はうなずいただけで、
でもその横顔が、
やけに優しそうに見えた。
しばらく、
ことばも足音もそのままに、
並んで歩いていた。
そして、
ふと見上げた空に――
「……ひこうき雲」
昼休みに見たのとは違う、
でも、
線の伸びかたが、ちょっと似てた。
「また、見られたね」
わたしがそう言うと、
蓮はほんの少しだけ、
首を傾けて空を見た。
「……あれ、さっきの続きだったら、おもしろいな」
「うん……誰かの“ただいま”みたいな、そんな感じ」
空を見ながら、
ふたりとも歩くのを止めた。
夕陽で、
雲の端がすこし赤くなってて、
線の向こうに、今日の終わりが続いてるみたいだった。
わたしは、
言葉を探したけど、
なにも出てこなかった。
でも、それでいい気がした。
隣にいる蓮も、
何も言わずに、
同じ空を見てた。
“喋らなくても通じる”とか、
“心で話してる”とか、
そんなキザなことじゃない。
ただ――
“ふたりで静かに見上げる”ってことだけで、
今日という日が、ちゃんと大事なものになった。
そのことが、
うれしくて、すこしさみしくて、
でも、ちゃんと“今”で。
風が、すこしだけ強く吹いて、
ひこうき雲をやさしくほどいていった。
「……明日も、見られるかな」
わたしがつぶやくと、
蓮がふっと笑った。
「見られたら、また話そっか」
その返事が、
今日いちばん“あったかい”って思った。
空はもうすぐ、夜になる。
でも、わたしたちは、
まだほんの少し、歩き足りなかった。
【あとがき】
言葉を交わすより、
同じ空を見上げる時間が、大事になる日ってありますよね。
今日のふたりは、言葉よりも静けさで繋がっていて、
その静けさが、
まるで“雲の向こうにある気持ち”を包んでくれてるようでした。