75話
「魚鱗病ですな」
リアムを診察したジェイムズが冷静な口調で言った。
「それはどういう病気ですか?」
姉のような顔をしたルーナが聞く。
「体の皮膚が魚の鱗のようになる病気です。リアム君、これは君が生まれた時からこうだったのかね?」
「いいえ」
リアムは首を横に振りながら答える。
最初からずっと診察を嫌がっていたのだが、ジェイムズの一貫して頑なな態度を見て、もう逆らっても無駄だと思ったのか、すっかり大人しくなっている。
「そうか………先天性の場合もあるのだがね。この病気の症状としては皮膚の表面が剥がれ落ち、それに伴って痛みや痒みを伴うことがあります。原因は不明、他者へ感染することはありません」
「かんせん、しない?」
「そうだ。その病気が他の人に移ることは無いんだ。君はずっとそれを心配していたようだけれどね」
「そう、ですか………」
黒い髪で顔全部を覆い隠した少女は、安心したように息を吐いた。
「治療法はあるんですか?」
「現在のところ見つかっていない難病だ」
「そんな………」
リアムはすでに諦めているのか微動だにしなかったが、ルーナはショックを受けた様子だった。
「したがって治癒の可能性があるとすれば魔法ですな………」
「魔法?」
「世の中には万病を治すことの出来る魔法使いがいる、そういう話は大昔からどこにでもあります。しかしこれは人々が生んだ妄想のようなものでしょうな」
「妄想?」
「この病気のように医療ではどうしようもないものを患った人間は、どこかにそういう魔法使いがいるのではないかと期待してしまう。そしてそれに付け込む詐欺師も数多くいる、そういったものがない交ぜになり幻想を生み出す」
「あなたは信じているんだろう?」
黄色いスライムの発言にジェイムズは振り返った。
「そうでなければ、魔法に治癒の可能性があるなどとは言わないはずだ」
「そうです」
ジェイムズは自嘲気味に笑った。
「私は医者でありながら幻想を信じているのです」
「どうして?」
ルーナが聞く。
「それは私の個人的な思いなのでここで話すのは止めておきましょう。いや、それを言うならそもそもにおいて、患者の前で魔法に可能性があるなどと言うべきでは無かった。すまない」
ジェイムズはリアムへ向かって頭を下げた。
「救ってあげたい、けれど苦しむ患者に対して私には何もできない。そういう時はいつも無力感に苛まれる。余計な希望を与えるような真似をしてしまった。すまない、許してくれ」
「………いいんです」
少し明るい声でリアムが言う。
「もともと治るなんて思っていませんでしたから。それよりも嬉しいんです、他の人にうつることは無いと知ることが出来たから。だから気にしないでください」
「ありがとう」
「こちらこそありがとうございます。ジェイムズ先生はとても素晴らしいお医者さんだと思います。自分でも気持ち悪いと思っていた病気に私に恐れずに近づいてきてくれて」
「リアム………」
ネズミの声がほんの少しだけ震えていた。
「ねぇ、セト………」
「どうしたんだ?」
ルーナの急な問いかけに対してセトが答える。
「私決めたよ、自分の魔法」
「ほう」
「図書室の本に書いてあったよね、魔法使いのごく一握りの人間の中には自分で思い描いた通りの魔法を手に入れることの出来たという事例があるって」
「そうだな」
「そしてセトのお友達の町辻さんも実際に望む通りの魔法を手に入れることが出来た」
「そうだ」
「それなら私にもできる気がするの」
「ルーナなら絶対にできるさ」
「やっぱりそうだよね」
「もちろん」
「うん!」
ルーナは観音菩薩のように微笑んだ。
「病気と怪我を治療する魔法、が欲しい………」
その途端、ルーナの体を光の点滅が包んだ。光は徐々に強さを増して行って、降り注ぐ朝日よりもはるかに強くなっていった。
その光はあまりにも神々しく、光であるのにもかかわらず波のような重さを持ってその場にいる全員に圧し掛かった。
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