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50話 

 


「ついカッとなってやってしまった。反省はしていない」


 魔女の塔の第一階層に広がる血の染みがゆっくりと消えていく中で黄色のスライムが言った。


「反省はしろよ」


「無理だ」


 新任教師兼、ダンジョン探索者のボルビックが深いため息をついた。


「まあ魔物を見た途端にパニックになるのは初心者にはよくあることだし、いきなりの魔物部屋だったんだから気持ちはわからんでもないけどな………」


「いい教師じゃないか」


「は?」


「ヒステリックになって頭ごなしに叱るんじゃなくて、生徒の立場に立って気持ちはわかるぞ、と共感を示してから反省を促そうとしたな。偉いぞ」


「………何を分析してくれてんだよ」


「褒めて遣わす」


 こめかみに血管が浮き出ているボルビックの顔が一瞬で赤くなった。


「マジでムカついた、一回殴らせろ」


「冗談冗談。多分次からはもっとうまくやれると思う、後半の方は結構冷静さを取り戻していたから」


「あーそうかい、そうだとありがたいね。魔女の塔は最低でも5階層に到達しないと脱出することが出来ないからな。こんなこと続けてたらあっという間に魔力切れを起こすぞ」


「魔力切れ………魔法使いが最も恐れるべき症状」


「教科書通りの回答だな。勉強熱心なのは感心するが一度も体験したことが無いやつの言い方だ」


「そのとおり!」


「何だその言い方は」


 ボルビックは笑った。


「いや、まさかあんなふうになるとは自分でも驚いた」


「驚いたのは俺の方だ。まさか突っ込んでいくとは思わなかった。次は大丈夫なんだよな?」


「まあ多分。………それよりもさっきからあれが気になってしょうがないんだが」


 そこにあるのは黄金の輝きを放つ大きな箱。


「ああ宝箱ね………」


「ずいぶんクールな反応だな」


「そりゃあそうだろ、俺は探索者だったんだから宝箱なんか毎日見ていたし、特に今回宝は全部お前のものになるんだからな」


「そのために来ているみたいなところあるからな」


「俺はその分金が貰えるから良いっちゃ良いんだけどな。何が出るか分からない宝よりは、よほど手堅いし」


「3つもあるから1つくらいは当たりがほしいな」


「1階層だからな、あんまり期待するとがっかりするぞ」


「期待するに決まってるだろ、こういうのが一番楽しいんだから」


 うれしそうにぴょんぴょん跳ねていって宝箱の前に立つ。そしてふと何かに気が付いたような顔をして振り返った。


「まさか罠とかないよな?」


「上層階に行けば結構あるぞ」


「マジか」


「油断するなよ、突然魔物が飛び出してくるかもしれないぞ」


 ボルビックがニヤニヤしながら言った。


「大丈夫、これは罠じゃない」


「なんでわかるんだよ」


「よし、開けるぞ」


 触手を使って開くと隙間から光が溢れ出て来た。そうして蓋が完全に開き切ったところで、光は徐々に弱くなっていって、ついには消えてしまった。


 スライムが触手を伸ばす。


「当たりか!?」


 興奮したボルビックの声が響く中で取り出したのは、銀色をした円柱形の物体だった。


「これは………」


「なんだこりゃ」


「これは………ビールだ」


「?」


「えーとつまり異世界の酒だ。外れだな、俺は酒が飲めないんだ。っていうかなんで冷たいんだ?意味が分からないんだが」


「頼む、くれ!」


「何をしている、気色悪いから離せ!」


「俺は酒がたまらなく大好きなんだが、妹に見張られてるから滅多に飲めないんだよ、頼む、くれ!」


 ボルビックが必死な顔でスライムに抱き着いている。


「そんなもん知るか、いいからとっとと話せ。俺は男に抱きしめられる趣味は無い。もし仮に甲子園優勝したとしてもお断りだ」


「何言ってるか意味わからん。いいからくれ、のどがカラカラなんだ、異世界の酒なんて聞いたらもう我慢できない!」


「お前まさか今すぐ飲むつもりじゃないだろうな!それはさすがにあり得ないぞ」


「だって冷えてんだろ!?そんなの今すぐ飲まないともったいねぇじゃねぇかよ、なあ頼むよ、ちょっとくらい飲んだくらいじゃ酔ったりしねぇって」


「宝は全部俺のものっていう契約だろ!」


「分かってる、それは分かってんだけどこれはどうしても譲れないってもんがあるだろ。俺にとっては異世界の酒がそうなんだよ、頼む一回だけ、一回だけ飲ませてくれ!」


 しばらくの間、言い争う声が魔女の塔の第一階層に響いていた。




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