44話
ーーーリヒテン商会王都本店店長室
「一体なんだこの報告書は?」
恰幅の良い50代ほどの男が葉巻の煙を吐き出しながら言った。
「何としてでもルーナ王子との取引をまとめろ、早急にまとめろと言ったはずだが、ここに書いてあるのは何だ?言ってみろ」
「は、はい………現状では打つ手なし、です」
「馬鹿者が!」
ゴンっ、という音がして絨毯の上に水晶で出来た重厚な灰皿が落ちた。
「申し訳ありませんでした!」
即座に跪き床に頭を擦り付けるトレニーを見て男は鼻を鳴らした。
灰皿を投げた男の名前はゴルマン。このリヒテン商会の統括部長で、トレニーの上司。
性格は上に弱く下に強い野心家。嫌われ者ではあるが血筋に優れ、人脈が広く、自分の利益になるとみるや精力的に活動するため、上の人間からは有能だと思われている。
「っ………」
うめき声をあげたトレニーの目元から血が流れる。とっさに躱したおかげで掠った程度で済んだが、動かなければどうなっていたか分からない。
ゴルマンは当然のごとく魔法使いでありガタイも大きいので、その見た目はわかりやすく迫力がある。
「お前は舐めているな?私のことを舐めているんだろう?」
「いえ、まさかそんなことは………」
椅子から立ち上がったナガキは灰皿を拾い上げ、直立不動で立つトレニーの顔に行きが掛かるほどの距離まで近づいた。
「舐めてるな?」
「滅相もありません!」
トレニーの顔に煙が吹きかけられる。
「顔を背けるな。背けたら私のことを舐めていると解釈するぞ」
「は、はい」
葉巻の煙のにおいが高級な調度品が配置された室内に漂っていく。
「ルーナ王子のクラスメイトのエイトとかいうガキからはシュトレーゼマン商会との取引で忙しいから来ないでくれと言われ、誤解を解こうとルーナ王子との面会を王家に求めるもあっさりと断られた」
カツカツカツ………と高い靴が鳴らす足音と共にゴルマンは窓の方へ歩いて行く。
この男、粗暴ではあるが頭はキレる。この状況をどうにか打破し、自分の評判が下がることを避けるため必死に頭を動かしていた。
「第14王子ルーナ、魔法を使えな無能の王子………。普通であれば私たちがそこまで気を使うほどの相手ではない。違うか?」
「おっしゃる通りです!」
額にくっきりと火傷の跡が付いているトレニーが叫ぶように言った。
「馬鹿者が!」
「はっ、」
「たしかに第14王子なんて序列は低いから大した権力は持ってないだろう。けどその母親が問題だ、母親の名前を言ってみろ」
「ジャンヌ・ポワソンです」
「ほう、なんだお前も意外にしっかり下調べしていたか。関心感心………」
「政治嫌いの王に代わって政治に口を出していると噂の公妾で、市民の心が良く分かり芸術を愛する賢女であると聞きます」
「こっちはずいぶんと厄介だ。もし王子から我々が王族を蔑ろにしているなんて話をされたら、向こうがどういう態度に出るか分からない。そうじゃないか?」
「おっしゃる通りです!」
「馬鹿者が!」
「えっ、」
「問題はそれだけじゃないんだよ。エイトとか言うガキの言ったシュトレーゼマン商会、これが問題なんだ。最初は魔武器が3つの小さな付き合いかもしれない、しかし今後も取引が続いて行くとすればルーナ王子とジャンヌ・ポワソンはシュトレーゼマン商会に入れ込んでしまうだおる。そうなればもう魔武器がいくつ、という話ではない。商会全体の話だ、わかったか!」
「はい!」
直立不動のままで声を張り上げる。流れ出る汗を拭う事すら許されない空気感。
「今の段階ではシュトレーゼマン商会とルーナ王子はまだ繋がっていない、そうだな?」
「はい!部下を張り付けて動向を見張らせていますが、まだシュトレーゼマン商会の店長とルーナ王子の接触は確認されていません」
「だったらまだ間に合う。謝罪の品を渡して今回の騒動の全てを無かったことにする、それしかあるまい」
「金、でしょうか?」
「馬鹿者!」
「はっい!」
「金が欲しいなら向こうからとっくに要求してきているはずだ。そんなものを積み上げてなんとかなるなんて馬鹿の考えだ、もっと頭を働かせろ!」
「申し訳ございません!」
「中途半端なものを用意しても跳ねのけられるだけ、ここは確実に受け取ってもらう必要がある………確実に………ルーナ王子が必要とするものは何か。分かるか?」
「いえ、私もいろいろと調べてみましたが、ルーナ王子に関しては魔法が使えないというくらいの情報しか探せませんでした………」
「ちっ、魔法の使えない王子の事なんか誰も注目していないか………」
「そのようです、申し訳ございません」
「ルーナ王子が何を必要としているのかが分からない、今からだとそれを調べている時間も無い。さっさと動かないとシュトレーゼマン商会に先を越されてしまう………」
「こども………」
「なんだ!?」
「つい独り言が、申し訳ございません」
「なんだ、言いたいことがあるのなら言ってみろ」
再び息がかかる距離にまで近づいてきたナガキが言った。
「ルーナ王子に付いて調べていた所、最近は孤児院に良く出入りしているという話を聞きました。なのでもしかしたらその線から………」
「でかした!」
トレニーの背中を力強く叩いて叫ぶ。
「それだ、その孤児院を利用するんだ」
「どういうことでしょう」
「つまりーーー」
「なるほど!流石の慧眼でございますね」
「わたしが今までどれだけの修羅場を潜って来たと思っている」
おだてられ、薄暗い豪華な部屋のなかで笑うその姿は腐ったナマズに似ていた。
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