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43話

 


「お久しぶりです。トレニーさんでしたよね?」


 雨が降りしきる夕方、傘を持つエイトが言った。


「お久しぶりじゃないですよ。どうして連絡してくれないんですか、店に来てくれるのをずっと待ってたんですよ」


 高級そうなスーツ姿の細身で背の高い優男が傘を差しながら言った。


「忘れてました」


「忘れてた!?」


 思わず声が出た。こっちが今回の取引の事でどれだけ気をもんでいるのか全く分かっていない。


「けど安心してください。リヒテン商会が魔武器を買い取ってくれそうだっていう話はルーナにはちゃんと話しましたから」


「………そうなんですか?」


「そうですよ。なのでわざわざオレの家にまで来ることはなかったと思いますよ」


 少し嫌味な言い方。確かに勝手に家にまで押し掛けるのは迷惑だろう、それは分かっていたが来ずにはいられなかった。


「それならなぜ忘れていたなんて言ったんですか?」


「それは………うーん、正直言っていいですか?」


「もちろんです」


 雨のせいだろうか、少し背筋に寒気がする。


「実はあの魔武器なんですけど、シュトレーゼマン商会と話をしているんでそっちが忙しいんですよ。もちろん知ってますよね?この国で一番大きな商会です」


 トレニーの息が止まった。


「シュトレーゼマン商会さんにも話を持ち込んだのですか?」


「そうですよ」


 あっさりと言った。


「以前お会いした時にはそんなことは言っていませんでしたよ?てっきり我々に任せてくれるものと信じていました」


「そんなこと言われても困るんですけど」


「我々は店に鑑定士をおいてずっと待っていたんです!」


「うーん………けどオレはいつお店に行くなんて言わなかったし、リヒテン商会さんに売るとも言いませんでしたよ?」


「そういうことならそうと言ってくれれば………」


「ずいぶん怒ってますけど、そんなにおかしいことですか?」


「はあ!?」


 思わず傘をぶん投げそうになった。


「だっていくつかの店に売り物を見てもらって、一番いい値段を付けてくれたところに物を売りに行くって、当たり前の事だと思うんですけど」


「それは、それはもちろんそうですが………」


 一瞬激高したトレニーだったが、至極当たり前のことを子供に言われて冷静さをわずかに取り戻した。


「それにしてもさすがはシュトレーゼマン商会ですよね。王族に対してすごく礼儀正しいんですよ」


「?」


「リヒテン商会さんの方はルーナをお店に連れてきてくれと言っていましたけど、シュトレーゼマン商会さんは店長自ら王城に足を運んで取引を頼みに行くみたいですよ?」


「ちょっと待ってください………」


 確かにそう言った。絵図面だけでは値段が付けられないからいつでも好きな時に来てくれれば、すぐに換金できると言った、言ってしまった。


「リヒテン商会さんのことを忘れていたっていうのはそういうことです」


 ズシンと心臓にくる言葉。


「オレたちの中ではもうとっくにリヒテン商会さんは今回の取引相手の候補からは外れていたんです」


「私たちはそういうつもりで言ったわけでは無く、あくまでもルーナ王子の都合のよろしい時に来てもらっても構わない。その為に万全の準備を整えておきます、という意味で………」


「ああなんだ、そういう意味だったんですか?」


「もちろんです!」


「けどもう手遅れですね」


「手遅れ?」


「さっきも言いましたけど、この前の事はルーナにはもうとっくに報告していますから」


「ちょっと待ってください。ということは私たちの真意が誤った形で伝わっているという事じゃないですか!?」


「そうかもしれないですね」


 第14王子という下位の王子、そして魔法の使えない無能の王子であるとはいえ、王族から不興を買うことは百害あって一利なしだ。


 しかも店長のトレニーは今回の商談のことをやけに気にしていて、一日に何度も「進展はどうなっているのか?」と聞いて来る。


 この状況をそのまま報告することなんか出来ない。減給?降格?左遷?最悪の場合にはクビという事も考えられる。最悪だ、こんなことなら引き受けるんじゃなかった。



「エイトさん、これは大きな問題です!誤解はきちんと解かなければなりません」


「そうですか………それじゃあ頑張ってください」


「は?!」


「まさかですけどオレに何か期待していますか?」


「もちろーーー」


「それは無いですよ。だってオレはリヒテン商会さんの従業員とかじゃないですもん」


 何も言い返すことが出来ない。


「それにオレも友達を馬鹿にされたと分かって、けっこう頭に来てるんです。だから協力はしません」


 強い言葉、強い目線。


 こっちが声を張り上げても睨んでもこのエイトという少女は一切動揺していない。まるで手練れの商人のようだ。


「………いくら欲しいんですか?」


 押し殺したような声で聞く。こうなってしまえばある程度の損害は引き受けなければいけない。上司に対して最悪の報告だけはーーー。


「1ゴールドもいりません。さっきも言いましたけどシュトレーゼマン商会さんと話をするのに結構忙しいんです。なのでもうリヒテン商会さんの話は聞きません」


 笑顔で答えた。


「ちょ、ちょっと待っーーー」


「もう家にも来ないでくださいね」


 少女は背を向け雨の中を去っていった。




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