3話 ~極悪教師~
俺の名前は芦屋 雷鳴。生まれた時に雷が鳴っていたからというのが命名の理由らしい。けれど今俺の事をこの名で呼ぶ人はいない。
今の俺には妹が付けてくれた「セト」という名前がある。
妹がいつか読んだ本の中に出てきた登場人物の名前で、どんな内容だったのかは全く覚えていないけど、その名前の響きが好きでずっと覚えているらしい。
変わったのは名前だけじゃなくて種族も。
今の俺はスライムだ。
黄色い色をした小さくてかわいいスライム。最初はびっくりしたし、何でよりによってスライムになんかと思っていたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。
スライムに転生させられたことを納得したわけでは無いが、住むところも食べるものもある、そして可愛い妹もいるので不幸とまでは言えない。
今日は我が妹にとっての特別な日、初登校日だ。
諸手を挙げて喜ばしいかと言われればそんなことも無いのは、妹の事が心配だから。
今は静まり返った廊下と、1年A組の教室の扉という面白くもないものをずっと見ている。無事に校舎の中に入ったのはいいけれど、今度は教室の中に入ることを戸惑っている。
「私には無理だよぉ………」
わが妹ルーナのこのか細い声を今日はいったい何度聞いたことだろう。もう朝からずっとこの調子なのだ。
けれどまあ人見知りで臆病なルーナにとってはここに来ただけでかなり頑張っている。もし文句を言う奴がいれば俺が正義の鉄槌を食らわすことになるだろう。
「中からたくさんの人の気配がするよぉ………」
そりゃあそうだ。ここは学校なんだから当たり前だ。賢いルーナならそんなことは分かり切っているはずだが、やはりかなり精神的に追い詰められているようだ。
このままでは始業のベルがなってしまいそうだ。せっかく間に合っているのに遅刻なんてもったいない。ここは兄として手伝ってやるべきだろう。
俺は扉に手をかけた。
手をかけるといっても俺はスライムだから、手じゃなくて触手なのだけど。とにかくスライムでも扉を開けるくらいの事は出来るのだ。少しだけ力を込めて扉を横にスライドさせる。
扉ががく初したかような勢いで飛んでいって、ものすごい音が鳴った。
力が入り過ぎた。まるで喧嘩を売りに来たヤンキーのような勢いで扉を開けてしまったが、もちろんわざとではない。
「ちょっと、セト、何してるの!」
すまんな我が妹よ。俺はスライムだから、人間ほどの器用な動きだとか力の調節とかは出来ないんだ。
視線。
教室の中から一斉に振り返った沢山の目が俺たちに向かって注がれた。どうやら生徒はもう全員とっくに教室の中に入っているようだ。廊下には誰の姿も見えないから、そうじゃないかとは思っていたけれど。
「遅い!」
怒鳴り声が聞こえてルーナの体がビクッとなった。野太い大人の声だ。入りにくいこと限りなしだが、ここまで来たらもう逃げることは出来ない。
ルーナの体は怒鳴り声のせいで硬直している。それならやはりここは兄である俺が助けてやるしかないだろう。ルーナの腕の中で跳ねた。
「わわ!」
こうすると俺を抱えているルーナも自然と歩き出す仕組みになっている。実に便利な仕組みだ。
静寂。
教壇にはもうすでに教師らしき人物の姿。
「俺より遅れてくるとはどういうつもりだ!」
野太い声で怒鳴っているのは、やけにオデコが広くて鷲鼻をした人相の悪い男。ごつい体にタンクトップを着ていて、その隙間からジャングルの様な体毛が必要以上に自己主張している。
騒動の予感。
静まり返った教室に始業開始を知らせるベルがやけに大きく鳴り響いた。
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