ep.5 王妃 ロコット
扉が開いた。
「ノエル様。俺の妻のロコット・ウェスタードです。」
入ってきたのは薄卵色の肌に瑠璃紺の長髪の一つ結びをした長身の女性だった。
「初めまして。アリアンの妻、ロコットと申します。」
ロコットは深々とお辞儀をした後アリアンの隣に座った。
「此度はウェスタードの教育・福祉の分野について知りたいそうですね。」
「はい。」
「最初に教育について話します。ウェスタードは4歳から幼稚部、7歳から初等部、13歳から中等部、16歳から高等部、19歳から希望の者は大等部(大学)に進学することができます。なお、これら全ての費用は無償です。」
「無償、ですか。財源はなんですか?」
「税金です。」
(4歳から18歳、19歳の人口の学費を無償、か。)
「その、ウェスタードの人口はあまり存じ上げないのですが、」
「それは問題ありません。ウェスタードの教育年齢は全人口の15%。老年人口5%を除く80%の人間でカバー可能です。」
「流石、ですね。」
「税金は国民の給与から累進的に徴収します。給与が低い者が損をするのはあまりよろしくないので。」
(参考にできそうで良かった。まさかここまで進んでいるとは。うちもまだまだだな。)
「続いて福祉の分野です。国民の給与から得た税金は老年世代に渡されたり、病院の医療費に使われます。医療費の徴収分は少し高いですがその分、完全無償です。多く税金を取る分、国民に対してサービスとして返しているんです。徴収する税金は給与からの徴収のみなので国民から反発されることはありません。国民が税金を納め、見返りとして教育・医療費がどの世代も完全無償化。これが教育・福祉分野の全容です。ご理解いただけましたか?」
「はい。とても分かりやすいですね。あと一つ質問なんですけど、国の収入は税金以外に何があるんですか?」
「金貸し、簡単に言えば金融です。他国に長期的にお金を貸して元金と利息を含めて返済するシステムです。元金は王室のポケットマネーで、建国記念日に毎年税金や王室のポケットマネーの用途を国民に対して開示しているんですよ。」
「ウェスタードは、お金に対してちゃんとした考えを持っているんですね。エアリオスも頑張らないといけなくなります。」
ノエルはまだ疑問を持っていた。
(なぜ民間人じゃなくて王族がこんなに詳しく知っているのか分からないな。)
「ノエル様。まだ気になることがおありで?」
「疑問だったんですけどなぜ民間人ではなくて王族が細かいところまで知っているんですか?」
アリアンが口を開いた。
「国を治めるには誰よりも国のことを知っていなければなりません。家臣や国民に丸投げせず、誰よりもこの国を愛し、知ることが繁栄の道であると先代の王から教えられてきました。俺は政治や国内の経済について。ロコットは教育・福祉について。他の王子や王女にも担当を分けています。」
「担当、というと?」
「全て一人でやるのは効率が悪いので適性を考えて任せているんです。第一王女のティリスには貿易、第一王子のルインには金融、第二王子のマーランには農耕をはじめとする国内産業、第二王女のディラには国内の軍事について任せています。各自情報収集はこまめに行い、最新の情報が揃っているんですよ。」
(役割分担がしっかりしているな…これはたまげた。すぐにでも国交を結ぶべきだな。)
「実は我々の間ではいずれエアリオスは大国になると睨んでいます。なので、国交を樹立したいと思うのですがどうですか?」
「それは、僕の口から言うことはできません。フラガラッハ王に僕から話を通しておくので答えをお待ちください。」
「承知しました。」
程なくして扉が開き、紅茶が運ばれてきた。
「いい匂いですね。これは、林檎ですか?」
ロコットが微笑み、言った。
「そうですよ。マーランが採ってきた林檎で作りました。」
「王族が直々に採ってきた、林檎…」
(これは、飲んでいい代物なのか?!)
「気にしないでお飲みください。毒は入っておりませんので。」
背景に花が咲いているかのように思わせる笑顔をした二人。
「で、では、」
慎重に紅茶を飲んだノエル。
(林檎の甘い香りだな。肥料を使った形跡がない無添加もの。微量に含まれている魔力。これは回復薬にも使えるな。)
「この林檎には微量の魔力が含まれていますね。ウェスタードの土壌には魔力が込められているんですか?」
「そうです。元々この土地は痩せこけた土壌だったらしいんですが改良を重ねて今の土壌になったらしいです。その過程で偶然魔力が育った果物や野菜に込められるようになったと私は聞いています。」
「作物を採ることができて尚且つ魔力を込められた類を見ない作物が誕生した、と。一石二鳥ですね。魔力が込められている作物を使えば回復薬を作ることができます。この林檎に込められている魔力は微量なので濃縮にすれば使い物にはなると思いますよ。」
「本当ですかノエル殿?!」
「はい。アリアン王。」
アリアンは急いで部下を呼んだ。
「マーランに魔力が込められている作物のリスト化を急ぐように伝えろ!」
「はい陛下!」
(行動力が、なんというか、凄いなこの人。)
「回復薬は輸入頼りなので自国で生産できるようになれば支出が減ります。その分国民に回せる金が増える、つまりもっと国が活性化するんです!」
などなど力説していたアリアン。
(フラガラッハも見習ってほしいよ。)