第九話 第一異世界人
森で出会った女性と家に向かう途中、色んな話をした。
「なんだ、君はドワーフだったのね。どうりで子供みたいな見た目だと思った。でもドワーフって初めて見たけど、本当にかわいい見た目してるね!」
「コレでも一応12歳で……ってやっぱり子供か」
「12歳といえば成人の儀式が行われる歳だから、充分大人って言えるでしょ。それに私も16歳だから大して変わらないし。私の名前は『フレア・バルティシオ』冒険者をしてるの!改めて助けてくれてありがとう!」
「冒険者さんなんですね!僕は『ウルカ・ファイトス』です。お礼を言っていただく様な事はして無いです。それよりどうしてフレアさんはこの森に?」
「いやぁ…実はホーンラビットの討伐依頼を受けて、この辺りで狩りをしてたんだけど、誤って森の奥に入ってギガントボアに襲われてしまったの」
「ホーンラビットって市街地近くの森で出る魔物ですよね?かなり奥まで入っちゃいましたね……」
「あはは!私、方向音痴で………」
「あ、もうすぐ家に着きますんで、ゆっくり休んでいって下さい」
辿り着いたのは僕の家、修繕を終えたグランツ邸である。家の前に着くと、フレアさんは不思議そうな顔をした。
「…ココって……いやでもこんなに……」
「ど、どうかしましたか?」
「へっ?あぁ、なんでも無いわ!お邪魔させてもらうね。今日は日差しも強いから、家に入れてもらえるのは本当に助かる……涼しい!?」
家の中に入ると、外の暑さからは想像もつかない程涼しく空気で満たされていた。
「な、なんで!?外はこんな暑いのに!?」
「えっ?……あぁ!アレのおかげですね!」
そう言って僕は壁にかけられた横長の白い木箱を指差した。
「な、何アレ……冷たい空気が出てる?」
「『エアコン』という物なんですが…まぁ簡単に言えば部屋の温度を調整する物です」
「そ、そんな事どうやってやってるの?」
「魔獣の魔石を利用して作ったんです」
「魔石?」
最近僕は家電作りにハマっている。だけど電気回路やら半導体やら、技術的な問題だけでなく素材の収集が難しい物が多かった為、魔石で代用した家電作りをしている。(それじゃあ家電とは呼べないか?)
「このエアコンは風属性、氷属性、火属性、そして雷属性の魔石を使って、冷気や熱気を部屋全体に送る装置なんです」
「な、なるほど……でも風、氷、火はわかるけど、雷は何に使ってるの?」
「エアコンの温度調整と、遠隔操作する為です」
「遠隔操作?」
「雷の魔石は、他の属性の魔石とはいくつか違う点があって、まず基本的に魔石はその大きさで保有、使用できる魔力の量が変わり、大きければその分大きな魔力を使えて、小さければその逆に。砕けてしまった場合は破片がそれぞれ一つの魔石となり、その大きさによって魔力量が変わります。しかし雷の魔石の場合、砕けばやはり魔力量が少なくなりますが、破片の全てが一つの魔石として機能して連動します」
「えーっと……」
頭の上に大量のハテナマークを出しているフレアさんに、なるべくわかりやすい様説明をする。
「つまり、雷の魔石を砕くと一つ一つの魔力は小さくなるけど、一つの魔石を機能させると他の破片からも魔力が放出されます」
フレアさんの目の前で雷の魔石をハンマーで砕いた。
「き、貴重な魔石がぁああ!!?!」
「え?…あぁ!大丈夫ですよ沢山あるので。それより見てて下さい」
砕いた雷の魔石の一欠片を手に持ち、魔力を流し込むと、他の破片も微量の雷の魔力を放ち始めた。
「スゴイ…触ってないのに魔力を発してる……これが連動って事?」
「はい、そしてもう一つ特別な所があって……」
雷の魔石の破片の中に風の魔石を置くと、風の魔石が魔力を放ち始めた。
「えぇ!?なんで!?」
「雷の魔石が発する魔力は、他の魔石にも影響を与えて作動させるんです。あのエアコンの中には風の魔石、火の魔石、氷の魔石がそれぞれ大、中、小とバラバラの大きさの物が入っています。そしてそれぞれの近くに雷の魔石の破片が設置されていて、それぞれに連動している魔石の破片をこの『リモコン』のボタンにつける事で、好みの温度と風量に調節できると言う事なんです」
「な、なんとなくわかった?……けど!木箱の中で雷や火の魔石を使って、危なくないの!?」
「木箱にはスチールスライムの体液を混ぜた塗料を塗ってるので、火や雷で引火しないし、凍る事も無いんです」
「……………」
フレアさんが目を点にしている。流石に早足で説明し過ぎて理解が追いつかなかったんだろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
「……スッ………ゴイね!ウルカくん!!!!」
突然至近距離で目をキラキラさせながら大声を出されたので、驚いてビクン!と体が跳ねた。
「正直説明は半分くらい何言ってるか分からなかったけど……とにかく!ウルカくんこんな物を思いつくなんて天才だよ!!」
「いや…厳密には思い付いた訳では無いんですけど…」
エアコンは前世の発想だし、魔石製のエアコンは思い付きを『創造主』でレシピにして貰っただけだし…
「元々ある物を応用しただけですから、僕の『発明』とは言えませんよ」
「は…つ……め?…」
子供の様な顔で呟くフレアさん。発明を知らないって……もしかしてフレアさんは脳筋キャラか?
「……でも、暑かったり寒かったりしたら『魔法』を使えばいいんじゃ無いの?温度調整用の魔法士さんを雇うとか…」
「……魔法士?」
「えっ!?知らないの!?街には生活の色々を手伝ってくれる『魔法士』さんが居るんだよ!結構お金はかかるけど…」
なんだその仕事?作るのは一苦労だけど、魔石家電で賄った方が後が楽なのに……それに…
「魔法で温度調整するのは、加減が難しくないですか?魔石なら大きさで決まった量の魔力しか出ないので、設定さえちゃんとすれば調整しやすいんですよ」
「あぁ、確かに…魔法士さんの魔法だと暑過ぎたり寒過ぎたり、安い人に頼むと暖まるどころかボヤ騒ぎになる事もあるし…」
「こう言う道具なら魔法の技術を必要としないので、簡単に使う事が出来るんです」
「『魔法の技術を必要としない』か……そんな世界なら…私も……」
悲しそうに遠い目をするフレアさんに疑問を抱きながら、僕は出かけていた理由を思い出した。
「あ、そうだ!フレアさん、まだお時間大丈夫ですか?」
「うん、特に用はないけど……」
「良かったら一緒にお茶しませんか?少し待って頂ければ珍しいお茶請けをお出ししますよ!」
「お茶請け?」
僕は先程出かけて採取した鉱石を取り出した。
「……ウ、ウルカくん!!そ、それって…『ミスリル』だよね!?」
「はい!今日作る物に必要だったんですけど切らしちゃって…」
「で、でもミスリルって希少価値が高くて、小指サイズでも金貨一枚で取引される物だよ…」
この世界のお金の価値は、日本円で言うと銅貨が十円で、銅貨100枚で銀貨一枚だから千円、更に銀貨100枚で金貨一枚だから、金貨一枚で十万円の価値があると言う事。
「どうやって手に入れたの!?」
「いや、フレアさんと会った場所より奥の洞窟で……採掘を……」
「あそこの洞窟って、スケルトンナイトが居たり、ホブゴブリンが棲家にしてたりして、かなり危ないんじゃ……」
「えぇ。なのであらかた魔物を退治してから採掘するので問題は…」
「…………」
なんだか固まってしまった。まずい事を言ってしまったかと思いながら、僕は鍛冶場に火を入れ、ヴォルカヌスの神槌でミスリルを打ち始めた。
「そのハンマー、さっきは武器に使ってたけど、やっぱり鍛冶に使う物なのね?」
「まぁ、用途は色々と言うか…」
「なんだか不思議な装飾よね…こんなの見た事ないよ」
口が裂けても『コレ実は神器で特別な物なんです』なんて言えないので、僕はなんとなく愛想笑いをして誤魔化した。
「よし……出来た!」
僕はミスリルを使って一枚の小さな刃物を使った。
「こんな小さな刃物、一体何に使うの?」
「それは……コレに取り付けるんです!」
僕が取り出したのは、鉄で作った骨組みの中に台座、その上に何本もトゲのついた可動式の板、天板を貫く棒の先にレバーがついており、レバーを回すと一緒にトゲのついた板が回る様になっている。
「そしてこの台座にある穴に、今作った刃物を入れれば……完成です!」
「こ、コレって……新しい拷問器具か何か?」
「違いますよ!!」
「だ、だって!その台座の上に頭を乗せさせて、レバーを回してトゲと刃物で痛めつけるんでしょ?」
フレアさんが青ざめた顔でブルブル震えながら言った。
「コレは『かき氷機』って言うんです!」
「か、かき……え?」
「まぁ、少し見てて下さい!」
僕は部屋に置いてある白い箱から氷を取り出した。
「そ、その箱はなに?」
「これは『冷凍庫』です。そこに水や食べ物を入れると凍らせて保存する事が出来るんです。コレは氷の魔石を使った道具です」
「氷……これも魔法じゃダメなの?」
「魔法で出した水と氷だと、細かい気泡が入ってしまってかき氷には向かないんです。だからこの氷は川の水を汲んで、冷凍庫でゆっくり凍らせたんです」
「なるほど…確かにこの氷、結構大きいのに向こう側が見えるくらい透明ね…」
僕は氷を台座に乗せ、台座の下に皿を置きレバーを回すと、削られた氷がフワフワと皿の上に積み上がっていく。
「うわぁ…綺麗……まるで雪、いや……雲みたい!」
その上から事前に作っておいたベリの実(苺の様な物)のシロップをかけてれば。
「出来ました!『こおりイチゴ』です!」
出来上がった物にスプーンを添え、フレアさんの前に置いた。
「コレがかき氷……でも削ったところで氷は氷なんじゃ…」
フレアさんは半信半疑な面持ちで、かき氷を一口食べた。
「……お、おいしぃいい!!?!何このフワフワ……ベリの実のシロップの味とフワフワの食感が……夢みたいな味だよぉ!!」
フレアさんが蕩けた様な表情を見せてくれたので、少し安心してかき氷を口に入れた。
うん!前世で食べたかき氷屋さんの食感に近づいた…寧ろ超えたかもしれない。やっぱり削る刃に使う鉱石を良い物に換えたお陰でグッと食感が良くなった。
「こんな美味しい物初めて食べたよぉ………そう言えば、ミスリルを切らしたって言ってたけど?」
「あぁ、実は最近はミスリルの採取をしながらミスリル武器の作成をしているんです」
「へぇ、そうなんだ…………って、ミスリルの武器!!?」
フレアさんの大声に思わずかき氷を溢しそうになった。
「ちょ、ちょっとその武器見せて貰ってもいい!?」
「えっ?…は、はい…」
僕はミスリルで作った剣を取り出した。その剣をフレアさんがまじまじと眺める。
『ミスリルの剣☆MAX』
攻撃力200
スキル
『一閃』『十連斬』
「………凄い……」
「な、中々うまく出来てると思うんですよ!」
「うまく出来てるなんてもんじゃ無いよ……こんなの王族じゃ無きゃ持てないレベルの出来だよ!」
神槌の力で最高レベルの仕上がりになったと言う事は、言わないでおこう。
「そもそも!ミスリルの加工はそれが出来るだけで王宮専属になれるくらい難しい技術なのに…それをこんなレベルで…」
ミスリルの加工ってそんなに難しい事だったのか…グランツさんの書庫に乱雑にレシピが置かれてたから、大したことないもんだと…
「………ねぇ、ウルカくん…今日会ったばかりでこんなこと言うのも変なんだけど……お願いがあるんだ!」
「は、はい…なんでしょうか?」
フレアさんは背中に差した大きな鉄の塊を僕に差し出した。
「この剣を……直して欲しいの!!」