第五十一話 過去と真実
豊かな緑の大地も、清らかな水の流るる川も、今は昔の話。
外を歩けば聞こえてくるのは、鳥の歌声ではなく人々の泣き声、悲鳴、そして…
「ま、魔獣が現れたぞぉ!!!!!」
「に、逃げろぉ!!!!」
「お前冒険者だろ!何とかしろよ!!」
「な、なんとかしろったって……」
逃げ惑う人々を追いかけるのは、血走った目とドス黒い魔力を浴びた化け物。
「とにかく!金は払ったんだ!!仕事するんだよ!!!」
周りの人間より幾分ふくよかなその男は、冒険者を蹴り飛ばし、化け物の前へと向かわせた。
「ちょ、ちょっとま…」
冒険者が喋る間もなく、その頭は化け物の口内で噛み砕かれた。
「ひ、ひぃいい!!!!!」
必死に逃げるふくよかな男も、逃げ切る事は叶わずに化け物の爪で腹を貫かれた。
しばらく暴れ回った化け物は、数十人の犠牲者を生み出した後、急にプツンと事切れた。
「や、やっと終わったか……」
「いつまでこんな目に遭わなきゃなんねぇんだ…」
人々の悲痛な泣き声が辺りに響いた。
数年前より始まった謎の現象、魔獣達が突然凶暴化して人々に襲いかかってくる、人々はこれを『狂化現象』と呼んだ。
この現象の最大の謎は、凶暴化した魔獣達は皆、時間が経つと勝手に命を落とすと言う事だ。
時間が経てば勝手に死んでしまうが、それまでの間、腕利きの冒険者でも手がつけられない程に強化された魔獣から、人々は逃げ惑うしか手段がない。
しかも、狂化現象の影響なのか、大気に宿る魔力が枯渇し、水は濁り、作物は枯れ、絶望的な大飢饉となっている。
魔力が枯渇している為、人々も上手く魔法を使う事が出来ず、魔獣への対抗手段を奪われ、なす術がなかった。
人々は、終わることの無い狂化現象に怯えながら、地獄のような毎日を過ごしていた。
古びた教会の祭壇、そこにはヒビだらけで今にも崩れ落ちそうな顔の無い女神の像があり、それに向かって熱心に祈りを捧げる若い男がいた。
「神よ…どうか我らをお救い下さい…」
すると突然、教会の扉がギギギっと軋んだ音を立てて開いた。
「ハイル兄さん、食事の時間ですよ」
「ヒリア、今行くよ。みんなは揃っているかい?」
「もう待ちきれない様子ですよ」
「悪い悪い。急ごうか」
二人は祭壇の間から離れ、教会の中にある大きな広間へ向かった。
ここは、兄のハイルと妹のヒリアによって切り盛りしている教会兼孤児院である。
狂化現象による影響で親を無くした子供達が集まり、みんなで暮らしている。
「ハイル様遅いよ!俺お腹減っちゃったよ!!」
「ごめんごめん。さぁ、食事に……あれ?ブレイツとピッコは?」
「あら?さっきまで居た筈なのに…」
「ブレイツ兄ちゃんがピッコを呼びに行ったんだよ。アイツ外でずっと花の世話してたから」
「そうか…ヒリア、呼んできてくれるかい?」
「はいはい。みんな、もう少しご飯はおあづけね」
「ぶうぅ!!!早くしてよね!!」
ヒリアは外の花壇へと向かうが、その道中、突然魔獣の鳴き声が響き渡り、不安に思ったヒリアは急いで外へと向かう。
花壇の方へ近づくと、魔獣の鳴き声はどんどん近くなり、それに加えて子供の泣き声も聞こえてくる。
「この声…ピッコ!!!」
ヒリアの目線の先に見えたのは、凶暴化している魔獣と、泣き崩れる少女ピッコ、それを庇うように魔獣の前に立つ少年ブレイツの姿だった。
「ブレイツ!!ピッコ!!!」
急いで二人を守ろうとするも間に合わず、魔獣の牙が二人の目の前まで近づいていた。
もうだめだ…ヒリアがそう思った刹那、ブレイツの体から眩い光が湧き出した。
「ぶ、ブレイツ……」
「ピッコには…指一本触れさせない!!!うぉおおおお!!!!!」
すると、その光は一層強まり、目の前の魔獣を塵へと変えてしまった。
「この時、光の魔力に目覚めたのが、後の勇者であり、ローゼンベルク王国初代国王『ブレイツ・ローゼンベルク』だ」
「……私が習った文献では、光の魔力に目覚めたのは、魔王軍と人間の交戦に巻き込まれた時だと…」
「申し訳ないが、今まで学んだ歴史は一旦忘れてもらえると助かる」
「ですが!」
「そもそも、勇者が光の魔力に目覚めた頃、魔王と呼ばれる者は存在しないんだ」
「…どう言うことですか?」
光の魔力に目覚めた少年『ブレイツ』は、教会の子ども達を守る為、教会近くの魔獣達を討伐して回るようになった。
親代わりだった『ハイル』と『ヒリア』の兄妹も、彼を案じて行動を共にするうちに、女神の加護か、はたまたブレイツの光の魔力の影響なのか、当時は珍しかった光魔法の派生型『回復魔法』を会得した。
ブレイツが教会の周りの魔獣を討伐し、ハイル達が近隣の人々の傷や病を治し、少しずつ平穏な日々を送り始めたある日。ブレイツが15歳の誕生日。
「ハイル、ヒリア、俺……旅に出ようと思うんだ」
「…何を言ってるのブレイツ…」
「この町は平和になっても、まだまだ世界中で魔獣に困っている人達が居る。この光の魔力は、そんな人達を助ける為にあると思うんだ」
「そんな……だからってブレイツがそんな事をする必要はないでしょう!?他にも光魔法が使える人がいるかも…」
「残念ながら、そう簡単な話では無いだろう」
「兄さん!?」
「光の魔法と言うのは本当に特殊な物で、過去の文献の中にも、それを持って生まれた者は数人しか居ない。ましてや魔物に対抗出来るほど強力な力は、一時代に1人現れるかどうか…」
「生まれ持つのが無理でも、私たちみたいに身につける努力をすれば…」
「私たちが会得できたのは『回復魔法』だけだ。それ以外の光魔法は一つとして会得出来なかっただろ。恐らくは誰がやっても同じような結果になるだろう。つまり、凶暴化した魔獣を光魔法で倒す事が出来るのは……ブレイツだけだ」
「でも…そんなの危険すぎる!」
「僕にしか出来ない事なんだ!これ以上、苦しむ人たちを見たく無い…頼むよ…」
しばらく沈黙が続いた後、ハイルが口を開いた。
「わかった」
「兄さん!?」
「昔から言って聞くような子じゃないと、ヒリアも知っているだろ?」
「ハイル…ありがとう」
「………」
こうして、ブレイツの魔獣討伐の旅立ちが決まり、一晩のうちに支度を済ませ、次の日の朝。
「ブレイツ兄ちゃん……うぅ…」
「本当にいっちゃうの!?やだよぉ!!」
泣きじゃくる子供達の頭を撫でるブレイツ。
「大丈夫、いつか必ず帰るから。みんな元気でな!」
「ブレイツ!」
その時、子供達の後ろからヒリアの声が響いてきた。
現れたヒリアは、いつもの神官服よりも軽装かつ、プレート等がついた冒険者仕様になっていた。
「ヒリア!?その格好…」
「私もあなたの冒険に同行します」
「えぇっ!?」
「いやぁ、私も止めたんだけど、行くって言って聞かなくてねぇ」
「ハイル……」
「ブレイツ、私に戦う力はほとんどありませんが…傷を癒す力や護る力なら、ブレイツや兄さんには負けません。だから、きっとあなたの支えになる筈です。それに、幼い頃から見ていたあなたを危険な冒険に送り出して、見送るだけなんて私には出来ません」
「ヒリア……」
「というわけだから、2人とも、必ず無事に戻ってくるんだよ?」
「……うん!わかったよ!」
こうしてブレイツは、生まれ育った教会を離れ、神官ヒリアと共に魔獣討伐の旅に出たのだった。
ブレイツたちは、各地の魔獣に苦しめられている村々を救いながら冒険を続け、研鑽を積んでいった。
そして、ある時に立ち寄った村で、彼は運命的な出会いをする。
彼らが立ち寄ったのは、今まで通った村の中でも一際殺風景な村だった。
「ここには誰も居ないのでしょうか?」
「いや…気配はする………っ!?ヒリア!!」
ブレイツはヒリアを突き飛ばすと、何処からともなく火の玉が飛んできて、間一髪でそれを避けた。
「これは…」
すると、誰も居なかった筈の村に、大勢の人が姿を見せ始めた。
「この村の人達みたいだな……だけど…」
村人達は、それぞれ小さな角や尖った耳、肌の一部に鱗のような物が付いてる者もいた。
「この人達は…もしかして」
「多分…魔族だ」
「貴様っ!何者だっ!!!」
群衆の中から割って出てきたのは、若い魔族の男だった。




