第五話 神器の制作依頼
完成した祭壇部屋で祈りを捧げた途端、意識が別世界へ。
「ここってもしかして……」
「あらあら、思ったよりも早くいらしたんですね?そんなに私に会いたかったなんて随分と惚れ込まれたものですね」
「そういう事じゃ無いです!」
意地の悪い発言に対して咄嗟に振り返ると、そこには見覚えのある女神様の姿があった。
「あら、意地悪が過ぎましたかね?私の祀られた部屋を真っ先に直したから、てっきり私にゾッコンなのかと」
「……話し相手が居ないから、せめてもと思っただけです」
「曲がりなりにも神である私を茶飲み話の相手に選ぶとは……やはり若干の不敬はご愛嬌なのでしょうか」
少し不満そうな女神様は軽く咳払いをして表情を直した。
「新しい生命、新しい世界での生活は如何でしょうか?」
「うーん…まだ生まれ変わったばかりでわからないですが……でも、好きな物をなんでも器用に作れるのはとても楽しいです!」
「それは良かった」
優しく微笑む女神様を見て、部屋に飾られた女神像を思い出した。
「ところで女神様ってやっぱり神様なんですね!こんな祭壇を用意する人が居るなんて!」
「やはり発言の端々に不敬を感じますね……一応そちらの世界では『イリス』という名前で祀られていますね…」
自分の呼び名を語る時に女神様は複雑そうな表情を浮かべた。
「それよりも…貴方が作ろうとしている『ヴォルカヌスの神槌』の事なんですが…」
「はい…アレがどうかしましたか?」
「その話をする前に説明しておきましょう。これから物作りをする貴方にとっても大事な事なので、しっかり聞いてくださいね」
そう言って女神様は宙に手をかざすと4本の剣が現れた。右側から質素な剣、綺麗な剣、装飾が派手な剣、不思議なオーラを纏った剣が並んでいる。
「この世界に存在する武器やアイテムには、それぞれの価値を示す『ランク』という物が有ります。貴方から見て右側の質素な剣が、どこにでもありふれている『普通』その隣のよく磨かれている綺麗な剣が、有能で少し希少度の高い『希少』その隣の派手な剣は、さらに希少度が高く滅多に見られない『伝説』そしてその隣にある不思議なオーラを纏っている剣が、それぞれ世界に一つずつしか無い幻の逸品『神話』です。これらがこの世界に存在する物の価値となります」
「なるほど……それはわかりましたが、それと『ヴォルカヌスの神槌』になんの……もしかしてコレって、『神話』ランクのレアアイテムなんですか!?」
女神様はにっこり笑って答える。
「惜しくも不正解です。正解は『神話』よりも更に上の存在。神話どころか実際神しか持つ事が許されない物…言うなれば『神器』と言うべきでしょうか?本来人が持つ事も作り出す事もあり得ないのです」
僕はポカンとして女神様の言葉に理解が追いつかなかったが、とにかく自分の作ろうとしている物はとんでもなくヤバい物だと言うことだけはわかった。
「……どうしてグランツさんはそんな物を思いついたんですか?」
「そんなのこちらが知りたいですよ。本来思いつくはずも無い神器の製造方法を思いつくなんて……恐らくグランツ氏は生まれついての超強運でしたから、偶発的に見つけ出してしまったのかも知れません」
「じゃああの山程あるレア素材も運で見つけ出したんですか?」
「いえ、アレは彼が各地の高難度ダンジョンを巡ったり、強力なモンスターと戦って回収した物です」
「えっ?でもグランツさんの家の中には戦闘に使えそうな装備は一切有りませんよ?」
「ええ、彼は基本武器も鎧も身につけず『素手』で戦いましたから。DEX以外の運と戦闘ステータスが化け物染みていたので」
僕の中での偏屈ダンディおじさんイメージが、一気に脳筋ムキムキおじさんにすり替わった。どうりで日記の中で発想力の割に失敗が多いと思った。
「……で、結局『ヴォルカヌスの神槌』は作ってはいけない物って事でしょうか?」
「その逆です。ウルカさんには『ヴォルカヌスの神槌』を完成させて欲しいんです」
「え?どう言う事ですか?」
「本来世界に一つしか無いはずの『ヴォルカヌスの神槌』は、壊されてしまってもう存在しないので……」
「存在しない?どうして?」
「その説明は、今はまだ出来ません…ただ言えるのは、今貴方のいる世界にとって『ヴォルカヌスの神槌』は必要な物なのです。だから今は何も聞かずにヴォルカヌスの神槌を完成させて頂きたいのです」
手を合わせる女神様を前にして、僕の答えはただ一つだった。
「元々女神様にお願いされなくとも作るつもりでしたよ」
「……そうでしたね。では改めて宜しくお願いします」
軽く頭を下げる女神様。
「ですけど、本来神様が持つような物を僕が持って良いんでしょうか?」
「本来良くはありませんが、転生者である貴方ならばこうやって神である私と意思の疎通ができるので、あなたが何か悪いことに利用しようものなら……」
「しようものなら……」
「……お説教しますから」
肩透かしを食らい、若干よろけた。
「ところで、その『女神様』という呼び方、良い加減なんとかなりませんでしょうか?」
「え?…あぁ『イリス』様と呼ばなきゃ…」
「いえ、その呼び名はあまり気に入っておりませんので……なにか別の名前で呼んでいただけませんでしょうか?」
「…僕が女神様の呼び名を考えるって事ですか!?そんな畏れ多い事…」
「普段あれだけ敬意を払わない貴方が何を言うか。なんでも良いのです。パッと見て思いつく物で」
そうは言われても……そう言えばずっと思ってたけど、女神様誰かに似てんだよなぁ……そうだ!小学校の時好きだった養護教諭の先生に似てるんだ!確か名前は……
「上諏訪先生……」
「カミスワ・センセイでよろしいですね?」
「あ、いやそれは…」
「では私はコレからカミスワ・センセイ…『女神カミスワ』を名乗りますね」
RPGで取り返しのつかない名前を付けてしまった気分だ。…まぁ女神様もなんか気に入ってるみたいだし。
「しかし、初恋の方のお名前を付けていただけるとは、相当私は惚れられているのですね?」
「だから違いますって!」
心を読めるのは本当に厄介だな。
「はいはい皆まで言わないでください。完成の暁にはキスくらいプレゼントして差し上げますから」
「えっ!!?」
僕が驚いてる最中、女神カミスワは光の中へ消えていき、僕の意識は祭壇の部屋に戻っていた。
「……全くあの女神様は…何度僕をからかうんだ……」
今日の所は作業を中断して休む事に。祭壇部屋の真ん中に寝室から持って来たマットの埃をたたいて敷き、横になる。
「『ヴォルカヌスの神槌』……完成を急ぐか……別にご褒美欲しさにじゃないけどね!」
誰に向けてかわからない宣言をしてから眠りについた。
真っ白な空間にたたずむ女神。そこに一人の男が現れて女神のそばに傅いた。
「女神様、申し付けられていた例の神器の件ですが…」
「何か動きがありましたか?」
「やはり女神様の予想通り、何者かによって封印が解かれたようです」
「……思ったよりも早かったですね……」
「……このまま放置しておいてよろしいのでしょうか?」
「あなたもわかっている筈です。神は人間界の事に関して不可侵。人間のことは人間で解決していただかなければ」
「しかし……」
「安心してください。何も対策を講じていないわけではありません」
「……例の転生者の事でしょうか?彼に任せて大丈夫なのですか?それに『ヴォルカヌスの神槌』を持たせて悪用しないとも限らないですし……」
「万が一おイタが過ぎるようであればすぐに対応出来ますから。それに……」
「それに?」
「……彼に限ってそのような事は無いでしょう……グランツ・ローゼンベルクと同じ、生粋の『物作りバカ』ですから」
女神はそっと微笑みながら言った。
「それにあの方は私に大層惚れ込んでおりますので、私の言うことはちゃんと聞いていただける筈です」
「は、はぁ……」
いたずらな笑みを浮かべる女神に若干困り顔の男。
「あ、それから今後私の事は『カミスワ・センセイ』と呼ぶようにして下さい」
「え?な、何故でしょうか?」
「なんでもです」
困り顔を更に険しくさせる男をお構いなしに、満足げに笑顔を浮かべる女神。