第四十八話 乱れる瘴気と近づく災厄
必要なものを準備する為、魔王城内の研究スペースに通された。
広々としていて、なんだかどこかの製薬会社の作業スペースの様だった。
ふと部屋の奥を見てみると、20メートル以上はゆうにありそうな謎の石が大事そうに置かれていた。
「アレって…魔石?」
「元々とんでもない魔力を蓄えてたみたいっすけど、事情があって今は魔力ゼロ。只のでっかい石っす」
それを見てエンドさんは首を傾げていた。
「あの石…どこかで…」
魔剣の修理の為に必要な黒死竜の牙。採取の為には黒死竜の発する瘴気を攻略しなければならない。そこで…
「がす…ますく…っすか?」
「僕の前世の道具で、大気汚染等の危険地域で使われる物です」
「たいき…おせ…」
「要するに、黒死竜の瘴気に耐えられる様になる物という事だろう?」
「まぁ、そういう事です。基本はカルボラバーフラッグの皮を加工して、レンズは以前作ったガラスを使えば良いけど…」
「な、なんかの呪文すか?」
「足りない物があるのか?」
「ガスマスクに一番必要な『濾過装置』を作らないといけないんです」
「も、もうついていけねっす…」
「空気を綺麗にして吸い込む為の装置です」
「何が必要なんだ?」
「毒物を浄化する薬剤が必要なんですが…恐らくこれで代用ができるはずです」
僕が取り出したのは、以前ユニさんに教わった特殊洗浄剤だ。
「あぁ、ユニの石鹸ではないか」
僕はアイテムボックスから一通りの素材を取り出して、ガスマスクを想像して『創造神』を発動する。
『異世界ガスマスク』
材料
・特製強化ガラス
・カルバラバーフラッグの皮
・特殊洗浄剤
・布
・ミスリル
「これはありとあらゆる病原菌や毒成分に効果があるようなので、これを布に染み込ませて…叩いて伸ばしたミスリルの容器に入れて…」
「へぇ…ミスリルがこんな形に……ってミスリル!?」
「この程度で驚いていたらウルカとはやっていけんぞ?」
「加工しやすいし、軽くて丈夫でいいんですよ」
「へ、へぇ…」
「よし!吸収缶が出来た!後はカルボラバーフロッグの皮でマスクを作って、目の部分にガラスを入れて…よし!」
完成したのは少し無骨な見た目のガスマスクだった。
「これで完成です!」
「随分不思議な見た目っすね…」
「なるほど、これを顔に付ければ瘴気の中でも変わりなく呼吸ができるというのだな?」
「取り敢えず僕のエンドさん、アーラさんの分は作って……」
「そうっすね…ってあれ?自分も行くっすか!?」
「ルシェフからは好きに使えと言われておるからな」
「うぅ…労災下りるっすかね…」
魔王城勤務は労災が有るのか。
「あとは予備で数個…」
「えっ?必要なんすか?」
「まぁ、恐らく…それじゃ、早速行きますか!」
「えぇっ!?もうですか!自分心の準備が…」
「主の剣を直すのが目的であろう。従者として急がねばあるまい」
「うぅ……こんな事ならちゃんと保険入っておけば…」
やっぱりマジナは現代日本に似てる。
〜マジナ近隣の森〜
「もうすぐ例の黒死竜の棲家、『死香の森』っす」
「ずいぶん物騒な名前ですね…」
「黒死竜だけじゃなくて、そこら中危険な毒草や胞子を振り撒く毒キノコだらけっす。まともな奴なら足を踏み入れないっす」
「でも、それだったらなんで黒死竜もわざわざそんな所に棲んでるんでしょうか?」
「黒死竜は綺麗な空気を好まないっす。だから死香の森から出る事はないっす。逆に言えば、そんな黒死竜が好んで暮らす死香の森は、相当ヤバい場所って事っす」
「では、入る前にガスマスクを…」
そんな会話をしていると、バタバタと大きな足音が聞こえてきた。
「な、なんすか!?大型魔獣っすか!?」
「あぁ、た、多分僕らの知り合いです」
「思ったよりも早かったな」
すると、やはり現れたのは背中に3人を乗せたユニさんだった。
「ウルカくん!!!」
「その魔族から離れて下さい!!」
到着と共にフレアさんとリリィさんは飛び降り、ユニさんは人間体になって地面にへたり込んだ。
「つ、疲れた…」
「…ユニ…お疲れ様……」
ユニさんがレヴィさんの水魔法で生み出した水を飲んで休憩していると、フレアさんとリリィさんがアーラさんに向かって剣を抜いた。
「大人しくウルカくんを解放なさい!」
「じゃ無いとぶっ倒す!!!」
「ひぃっ!?ち、違うっす!誤解っす!!」
アーラさんが二人の勢いに押され、怯えて丸くなってしまったので、僕が仲裁に入る。
「ふ、二人とも!僕はこの通り大丈夫ですから!それに行き違いはありましたけど、こちらにも事情があって…」
「魔族の事情など碌な物ではありません!!」
「そうよ!きっとウルカくんの力を悪用しようと思ってるはずよ!!」
その言葉に流石にアーラさんも黙っていられなかった。
「ちょ、ちょっとなんすかそれ!?魔族ってだけでそんな扱い!!第一、約束を破って関係壊したのは人間の方からじゃないっすか!!」
「なっ!?ど、どう言う事ですか!?」
「アーラさん、それ、僕も気になります」
「いや、だから!」
そんな話をしていると、突然何かの呻き声が聞こえて来た。
「な、なんだ?」
すると、死香の森の方角から無数の魔獣がこちらに向かって走って来ていた。
「こ、今度はなんすか!?」
「とにかく応戦しましょう!フレアさんとリリィさんも言い合いは後です!!」
「そ、そんな!?でも…」
「フレア!ウルカくんの言う通りです。ここは一旦…」
そんなやり取りをしていると、僕らの目の前で魔獣達は次々と倒れ込んでいった。
「な、なんだ…」
すかさず鑑定してみると、全ての魔獣が瘴気によって絶命しているとわかった。
「全て瘴気にやられています…」
「そ、そんなはず無いっす!!コイツらどう見てもこの辺の森の魔獣っす!そんな魔獣が黒死竜と接触する筈無いっすから!!」
「ならばコイツらは死香の森に迷い込んでしまったのか?」
「さっきも言った通り、死香の森は毒物の宝庫っす!元々生息してる毒耐性持ちの魔獣でもない限り、好き好んで入って行く様な奴は居ないっす!」
「なら…考えられるのは逆だな」
「黒死竜が…死香の森を出た」
僕の言葉にアーラさんは青ざめた顔になった。
「そ、そんな!?今まで一度もそんな事無かったっす!」
「しかし、考えられるのはそれくらいだろう。そして、逃げて来た魔獣がコチラに来たと言う事は…」
離れた場所から大きな地鳴りの様な音が聞こえる。
「皆さん!!これをつけて下さい!!」
僕は急いでガスマスクを配り、装着してもらった。救出に来るであろうフレアさん達の分も考慮して、予備を用意しておいて良かった。
サーチ能力で敵を確認。明らかに巨大なソレは、こちらに向かってゆっくりと近づく。
「来ます!みんな構えて!!」
全員が身構える中、瘴気を撒き散らしながら現れたソレは、蛇の様に長い首と頭、ギロリと光る眼光、そこから伸びる4本の足、毒々しい紫の鱗、そして竜の名に相応しい大きな羽を動かす度、その体から発せられる瘴気が辺りに振りまかれる。
黒死竜は息を荒げながらこちらに近づいてくる。
「コレが…黒死竜…」
「初めて見たっすけど…文献に載ってたよりも…なんかおっかないっつうか…機嫌も悪そうだし…」
「何をそんなに臆するか!我が消し炭に…」
エンドさんが雷を放とうとしたその時、僕は危機感を覚え鑑定を行う。
「エンドさん!雷はダメです!!」
「な、何故だ!?」
「黒死竜の瘴気は強い爆発性が有ります!雷で着火すれば、黒死竜どころか辺り一面木っ端微塵です!!」
「じゃあ、自分も役に立たないっす…」
「火の魔法やスキルもダメですね…」
「厄介なヤツめ…レヴィの力で瘴気を洗い流せないか?」
「水溶性もあるみたいで、水が毒液に変わって広がるだけです。おまけに燃焼性も残る様です」
「クソっ!ユニの蔦で一旦動きを止めて、そこを叩くか!?」
「腐食効果もある様です…」
「だぁあ!!!もうひたすら殴るしかないぞ!!」
「武器に防腐加工を付ければなんとかなりますけど…」
「私達武器が持てないわよ?」
「くそぉおおおおおお!!」
頭を掻きむしり絶叫するエンドさん。
実は聖獣は聖約と言うものがあり、人間の扱う武具を持てないらしい。
「とにかく!フレアさんとリリィさんは武器をコチラに!」
僕は二人の武器に神槌がコピーした『完全洗浄』の力で防腐加工を施した。
「アーラさんは大丈夫ですね?」
「う、うっす!バッチリっす!」
アーラさん愛用の槍には既に防腐加工済みだ。
「やむを得ない…貴様ら!!一斉にかかれぇ!!!」
「…なんで…エンドが…」
「まぁ…出番ないみたいだし」
僕らはエンドさんに言われるがまま攻め込むも、瘴気の元を纏った鱗は滑りやすく、刃が入りづらい。
「くぅっ!?弾かれる!!」
「コレじゃ傷一つ付けられません!」
「ヌルヌルしてキモいっす!!」
「と言うか、黒死竜が向かってるのって…」
僕らの攻撃を無視し、黒死竜がズンズン進む方角は…
「ま、マジナっす!!!」
「このままマジナに入れば、瘴気の被害だけでなく、あちこちに流れる電気に引火して、爆発しかねません!」
「ど、どうするっすか!?このままじゃマジナが!!」
なんとか打開策を考え無ければ…みんなの力を合わせれば、なんとか出来るはずだ。
「…多少強引ですが、みなさん!協力してください!!」




