第四十六話 魔族の国と魔族の王
魔族の女性に連れ去られて暫く経ち、考え事をしているとどこからか声が聞こえた。
「お〜い、ウルカ。聞こえておるのか」
「えっ?エンドさん?」
すると、僕の真横にエンドさんが飛んでついて来ていた。
「いつからそこに?」
「お主が連れ去られてからずっとだ」
「この人にバレちゃうんじゃ…」
「お主以外には認識阻害を使ったままだから、心配するな」
「本当に便利ですね…」
「そんな事より、お主は何故こんな簡単に捕まっておるのだ?魔族とはいえ、この程度の輩であればお主の敵では無いだろう」
「いやぁ…あのままあそこに居たら、王都に連れて行かれて何をされるかわからなかったし、下手に拒否すればそれはそれで面倒なことになりかねない…なので、このまま捕まった方が逆に安全かと思って…」
「なるほど…お主は思った以上に老獪な奴だな」
「さっきから1人で何を喋ってる…」
「あっ、すいません」
そんな空の旅が続き、辿り着いた場所を見て驚いた。
「こ、ここは…」
「お主は初めてか?ここは魔族の国『マジナ』だ」
初めて見た魔族の国で、僕が一番に驚いたのはこの国の文明だ。
国中に建ち並ぶ高層ビルの様な建物、その間を縫う道路の様に舗装された道、そこを走る車やバイクの様な乗り物。まるでここは前世の日本の様だった。
「どうして…」
「さぁ…もう着く…」
僕はその中でも一際高く、禍々しい空気を浴びた建物の展望デッキの様な場所に辿り着いた。
僕は全身を縄で縛られ、女性に連れられて建物の中を歩く。しかし、見れば見るほど現代の日本の建物の様な造りになっている。
そして僕たちは一際豪奢な造りの扉の前に立った。
「魔王様、例の少年を連れて参りました」
「……入れ」
ガチャリと重い音を立てて扉が開き、その中には強者のみが座る事が許されているであろう力強く煌びやかな椅子。そして、それに腰掛ける見るからに強大な力を持つであろう男性が一人佇んでいた。美しい青髪に透き通る様な白い肌の男性で、少し中性的な見た目からは想像もつかない威圧感を兼ね備えている。
同行していた女性は男性の前で傅き、頭を下げた。
「魔王様、この者が例のドワーフの少年『ウルカ』でございます」
「ど、どうも…」
僕が取り敢えず挨拶をすると、魔王と呼ばれた男性は、僕の姿をジッと見てから口を開いた。
「アーラ」
「はっ!」
「何故ウルカ殿は縄で縛られている?」
「……へっ?」
「ウルカ殿…其方はどうしてここ『マジナ』に呼ばれたのか、そこのアーラから聞いたか?」
「い、いえ…突然連れて来られたと言うか…」
僕がそう言うと、魔王様はしばらく黙り込んだ。
「……アーラ」
「は、はい…」
「私はお前に『ウルカという少年を丁重に招いて来い』と言ったはずだが?」
「わ、私は魔王様の『何としても連れて来い』と言う裏の意図を汲んで…」
「そんな意図は無いっ!!!!!」
魔王様の怒声にアーラさんは縮み上がり、ひたすらに頭を下げた。
「す、スンマセンっす!!アタシ勝手にそういうもんかと…」
先程までと口調が違う様な…というか、さっきまでやたらと声が小さいせいで聞き取れなかっただけなのかも。
アーラさんは見事な土下座を披露した。
「全く…ただでさえ魔族というだけで怯えられるというのに…すぐに縄を解いて差し上げろ」
「は、はいっ!」
アーラさんは小声で「スンマセン…ほんとスンマセンっす…」と呟きながら縄を解いた。
「ウチのものが無礼を働き、誠に申し訳無い」
これだけの大国の王とは思えない程丁寧に頭を下げる魔王様。
「い、いえ!特に怪我をしたわけでも無いので!」
「心遣い、痛み入る…私の名は『ルシェフ・マージネリア』この国の王を務めている。改めて、この度は申し訳なかった」
ここまで丁重だと、連れ去られた身だとしても申し訳無い。
「ところで、何か僕にご用があるんですか?」
「あぁ…其方は、どんなモノでも直す事が出来ると言うのは本当か?」
成程…何処からか噂が届いて利用しようと思ったというところか。いずれはあるかと思ってたけど…
「だとしたら…どうするつもりですか?」
「あ、アンタ!!魔王様に向かってその態度…」
「アーラ」
「ひゃい!?」
「少し黙っていろ」
再び小さくなるアーラさん。
「其方が思う様な事は頼むつもりは無いから、心配はしないでくれ…と言っても、この様な招かれ方ではな…」
ルシェフさんはアーラさんを睨みつけ、ドンドン縮こまるアーラさん。
「ひとまず休んでくれ、無理な長旅で疲れただろう……そちらの御仁も羽を休めてくれ」
「えっ!?」
「ははっ!流石に魔王の目は欺けぬか!」
聖獣の認識阻害が効かないなんて…やはり魔王はとんでもない人なんだ。
「うぇっ!?な、なんすかアンタは!?不届きものっすね!!!」
「今更気が付いたか!まだまだだな小娘!!」
「な、なんすと!?!
「やめろアーラ。そちらはエンシェントドラゴンだ、下手をすれば国ごと滅ぼしかねない方だ」
「えぇっ!?エンシェ…す、スンマセンでした!!!」
どうやらアーラさんは土下座に慣れている様だ。
「信用の回復になるかはわからんが、我々なりに歓迎させて欲しい。案内をつける故、マジナを楽しんでいってくれ。アーラ」
「はいっす!!」
ルシェフさんとの謁見を終え、僕とエンドさんはアーラさんに連れられて城下町を案内されたが…
「まるで日本だな…」
「んっ?なんか言ったっすか?」
「い、いえ…」
見れば見るほど日本の様式に近い。舗装された道路、分断された車道と歩道、信号機に近い様な機械も置かれ、建物内は火を使わないのに明るい。
そんなことを考えていると、エンドさんが耳打ちしてきた。
「ニホンとは、ウルカの元いた国のことか?」
「はい…マジナは僕の元いた世界とよく似ているんです」
「となると…」
「あのぉ…さっきから何話してるっすか?」
「い、いやぁ…ところで、この灯りや動く車の原動力って?」
「この国の物はほとんど魔石の魔力で動いてるっす」
「やっぱり…僕の『魔石家電』と同じだ…」
するとアーラさんは突然驚いた顔をした。
「な、なんで他所の国の人が『魔石家電』を知ってるっすか!?」
「え?いや、僕も似たような物を作ってて…」
アーラさんは僕の全身を舐めるように見始めた。
「おい、ウルカは確かに良い男だが、我のモノ故あまり見るでないぞ」
「いや!そういう事じゃないっすよ!!」
いつから僕はエンドさんのモノになったんだ?
「ウルカさん…アンタやっぱ『転生者』っすね?」
僕は突然の言葉に不意をつかれた。
「えっ!?ど、どうして?」
「どうしてもこうしても、魔石家電を発明したのはマジナで生まれた『転生者』達っすから」
「えっ!?この国にも転生者が居るんですか!?」
「今は居ないっすけど、割と来る人が多いっす。なんでも異世界では魔族が人気みたいで」
「人気?」
「でも、転生者の人達はやたら変な奴が多くて…文献によると、みんな膨大すぎる魔力を持ってて、何故か右手や右耳や何処かしら特殊な呪いがかかってるとか…」
なるほど…転生者の多くが所謂ソッチ系の病気を拗らせていたのか。
「しかも、魔力や魔法が強い割に戦いを好まないみたいで、大きな戦争を起こしたりとかも無くて、良い人達らしいんすけど、何故か周りの人とは関わりを持たなかったらしいっす」
いざ力を手にしても人と争うような事をする勇気は無く、周りと関わるコミュ力も無い……僕もフレアさん達が居なければ、今世は前世以上のボッチ確定だったろうな。
「で、そんな転生者が異世界の文明をこの世界で再現したのが『魔石家電』っす。今人気なのはやっぱ『パソコン』と『スマホ』っすね」
「えっ!?あるんですか!?でもネット環境とか…」
「なんか、デンキ?に強い転生者が一気に5人くらい来た事があって、国の連中を集めて『人工衛星』と『通信基地』ってのをあちこちに作って、さらに『通信会社』てのも設立したみたいっす」
「じ、人工衛星!?じゃあロケットも?」
「ロケット…てなんすか?」
「…どうやって宇宙に運んだんですか?」
「普通に空を飛べる魔族数人で」
「いやそれでもどれだけかかるか…ていうか窒息しないんですか!?」
「割とのんびり飛んでも衛生までは一週間飛べば行けるっす。魔族は人間や亜人族みたいに酸素を吸わないで、『魔素』を吸って呼吸するっす。宇宙は酸素が無いっすけど魔素はあるっすから」
異世界のトンデモパワーが技術を超えたな…
「それで最近は『ストリーマー』ってのが流行ってるっす。動画サイトにダンジョン攻略の様子とか武器の解説、流行の服の話や『ゲーム』の実況なんかも…」
本当にまるっきり現代日本だ…ていうか、転生したオタクの皆様が欲しい物をコッチの世界で作ったって事なんだろうな。
「折角っすから、この国で一番大きな家電屋に行くっすか?」
そう言って案内されたのは、どう見てもアノ駅前の大きな家電屋だった。
「ここがマジナ一の家電量販店『ヨコハシカメラ』っす」
「ヨコハシって…」
「ここを作った転生者の名前らしいっす」
「なんとも面妖な…」
あまりにまんま過ぎて危機感を覚えた。
中に入るとやはり人気のパソコンとスマホがズラリと並んでいた。価格帯は異世界換算で前世とほぼ同じ位だった。
「一台買ってみようかな。でもマジナから出たら使い道が…」
すると隣を通り過ぎる男の子達の声が聞こえた。
「昨日の『アラストール』の配信見た?」
「見た見た!!やっぱアラストール様のスキルすげぇよな!!」
「あんだけ神プレイしながらトークも面白いとか、やっぱマジナ一のゲーム実況者だよな」
「アラストール?」
「あ、あぁ…最近流行りのゲーム実況者『大魔神アラストール』っすね」
すると一台のパソコンから突然動画が流れた。
「ふっふっふっふっ…あーっはっはっはっ!!!!!我が名は大魔神アラストール!!今日も我が下僕達に我の華麗なる妙技を見せてやる…涙を流して感謝するのだな!!!」
その動画を見て子供や若者達が大騒ぎする。
「わあ!アラストールだ!!」
「キャア!!アラストールさまぁ!!」
沸き立つ若者達と比べ、我々は微妙な空気に包まれた。
「………あれ、アーラさんですよね?」
「な、何を言ってるっすか!!!?」
動画に出てるのはどう見てもアーラさんだ。ド派手なアイマスクと帽子、マントを身につけているだけのアーラさんだ。
「なんだあの格好は?主なりの『大魔神』か?」
「うぐぅ!?か、勘弁して下さい!!仕事が上手くいかなくって、ヤケクソでストリーマーやってみたら偶々人気が出ちゃって…辞めるに辞めれなくなって…と、とにかく!!魔王様には内緒っすからね!!」
「まぁ良いですけど…」
〜魔王城〜
玉座の間の一角で仕事をする魔王。ひと段落したのか天を仰いで深呼吸をする。
「……そういえば…更新されていたな」
魔王は慣れた手つきでパソコンを操作する。
『ふっふっふっ…あーっはっはっはっ!!!我が名は大魔神アラストールである!!』
「…相変わらず…仕事より楽しそうだ」
魔王はコーヒーを傾けながら笑顔で動画を見ていた。




