第四十四話 鉄の絆と割れた気位
ギルド内に不穏な空気が流れ、ヒューイさんは不敵に笑いながら語る。
「エンシェントドラゴンの沈静化はご報告いただきましたが、その後は獄炎火山でもその周辺でも目撃情報がありません。ならばどこへ消えたのか…何かご存知ありませんか?」
この人たちは何か知ってるのか?そして狙いは一体…
国王からの依頼はエンシェントドラゴンの撃退、沈静化だったのに、何故その行方が気になるんだろうか?不審に思った僕は様子を見ることにした。
「その質問は『国王』からのものですか?それとも『魔剣兵団』からのものでしょうか?」
僕の質問にヒューイさんは眉を顰めた。
「質問をしているのはこちらです。まずはこちらの質問に答えていただきたい」
「質問の意図がわからない以上、ご説明を願うのは当たり前の事かと」
「………ウルカくん……あまり大人を困らせないで下さい」
ヒューイさんは右手を僕の頭に乗せようとしたが、その右手には異様な魔力の流れの様なものを感じた。 僕は一気に臨戦体制になったが、その瞬間ヒューイさんの右手を掴む別の手が現れた。
「ギルド内での揉め事は禁止だぜ、ヒューイ」
「ゲオルド…コソ泥風情が今やギルドマスターとは、いいご身分ですね?」
「お褒めに預かりまして」
「しかし…どこまでいっても元盗賊のあなたと、貴族出身の私とでは越えられない差が…」
再び魔力を込めるヒューイさんだったが、その首筋にいつの間にかゲオルドさんの斧が突き立てられた。
「……お、おやおや…こんな辺鄙な街でも腕は磨けるのですね…それにその斧、随分と手入れが行き届いている」
「そこのウルカに直してもらってなぁ。段違いに良い得物になったんだ。ちなみにギルドの連中はほとんどウルカのお得意様だ」
周りを見渡すとギルド内の冒険者全員が武器に手をかけてヒューイさんを睨んでいる。そしてその武器を見てヒューイさんは表情を崩した。
「ミ、ミスリルの武器?な、何故こんな辺鄙なギルドで…」
ギルドに加入して暫く経ち、ギルドのおじさんたちのお願いを聞いていくうちに、いつの間にかセルジアの冒険者は全員ミスリル製の装備を持つ様になっていた。
「こ、こんな少年が…ミスリルの加工を?」
「ちなみに採掘から生産、修理までなんでもござれだ。本気出しゃ今頃王都に御殿でもぶっ立ててるだろうな」
その辺の話を広められると、面倒な事になりそうなんだけど…何故か自分の事の様にドヤ顔のゲオルドさんを止める事は出来ないな。
「それより、そろそろ態度を改めてもらわんと、ウルカお手製の武器の出来をその身で存分に味わってもらう事になるが?」
「くぅっ!……」
魔剣兵団がそれなりの人数とはいえ、ギルドの全員となると多勢に無勢だ。
ヒューイさんは少し歯を食いしばった後、その手を引いた。
「一応お答えしますが、エンシェントドラゴンの行方は僕にはわかりません。恐らくギルドの皆さんも同様かと」
正直ヒューイさんは信用ならない。今頃ウチで昼ごはんを待っていると思うが、隠しておいた方が良いだろう。
「…そ、そうですか…まぁ、今日のところは引き上げます。またいずれ…」
「ところで、先程から気になっていたのですが……ヒューイさんが背中に差しているその槍…」
「あぁ、これですか。先程門番をしていた元同僚から『ヒューイ様に是非』と渡された物です」
得意げな表情のヒューイさん。
門番と言うことは…さっきのロベルトさんの表情、そしてここまでのやり取りで垣間見えたヒューイさんの人間性。どう考えても穏やかに譲られた訳じゃないだろう。
「そうでしたか。それは僕が打ってロベルトさんにプレゼントした物ですが…」
「えっ!?そ、そうだったのですか…そんな物を私に譲るとは、薄情な男ですね!」
「いえいえ、見たところだいぶ使い込んでいる様ですし、そろそろもっと上質な槍をプレゼントしようと思っていたところですから。ロベルトさんのお古でよろしけれは、どうぞお待ち帰り下さい」
僕の言葉に完全に頭に来たであろうヒューイさんが、僕を睨みつけて歩み寄ってくる。
「貴様…子供のくせに私を馬鹿にしてっ!!!」
「そこまでにして下さい」
「なんですかっ!!女の出る幕では…」
声の方を見たヒューイさんは、その声の主の姿を見て言葉を飲んだ。
「リ、リリアン王女……」
「王国に仕える魔剣兵団の団長が、年端も行かない子供相手に恫喝、暴行未遂、更には町を守る門番から装備品を強奪…どれを取っても看過できるものではありませんね」
「どうして…こんな所に」
「後日、兄上達にご報告をさせて頂きます」
リリィさんの言葉に一瞬たじろぐも、すぐに笑みを浮かべるヒューイさん。
「ふ、ふふっ…どうぞお好きな様に。今や我々の主は国王と肩を並べる存在…いや、むしろあのお方は王族さえも超える存在に…」
ヒューイの言葉にリリィさんがキッと顔を顰める。
「やはり『イリシア教』は国家の転覆を企んでいるのですか!!」
「おっと勘違いしないで下さい。今の力無き王に対して不満を持ち、新たな指導者を望む者も少なくない。となれば、我がイリシア教現教皇『マギーツ・ザイベルン』が国の長となるのは自明の理です」
「貴方達が父上に呪術をかけたせいでこんな事に!!」
「言いがかりはよして下さい。イリシア教の繁栄は国王自ら望んだ事ですので」
「……」
リリィさんは静かにヒューイさんを睨みつけた。
「あの……」
「なんですかウルカく…んっ!!?!」
突然ギルドの床を突き破り、木の蔦がヒューイさん含めた兵士達に絡みつき、体を宙に浮かせた。
「な、なんですかコレは!!?」
「これ以上僕の大切な人や、僕の大切な人の大切な人を侮辱しないでいただけますか?要件が済んだのならそろそろおかえり下さい」
蔦はヒューイ達の体を外に思い切り放り出した。
「ぐえぇっ!?」
「さぁ、早く国王にお伝えください。新しい情報は何も無いと」
「い、今のは何だ!?新たな魔法か?我々にこんなことをしてタダで済むと…」
「やだなぁ。詠唱も術式展開もしていないのにあんな魔法使えるわけないじゃないですか。ちょっとした天変地異ですよ」
「そんな訳あるか!!特殊なスキルか!?とにかくタダでは済まさな…」
「そうですか。そう思うならお伝えください『田舎のギルドに行ったけど何の成果もなく、ただ冒険者たちに睨まれ、子供相手の喧嘩にも負けて逃げ帰った』と」
「ぐぅっ!?キサマァ…」
「どうしますか?このまま帰るか、もうちょっと人数を増やして僕にかかって来ますか?言っておきますけど、そちらが団体なら、こちらも行きますよ?」
ギルドの中からは冒険者たちが指をバキバキ鳴らしたり、酒を飲んだりしながらずっとヒューイさんを睨んでいる。
「くぅっ!?……た、ただで済むと思わないで下さい!」
ヒューイさんは兵士たちを連れてその場を離れた。
「ハッハッハッ!!!中々威勢の良い啖呵だったなウルカ!」
「ウルカ君…申し訳ないです」
「い、いえ、僕が個人的にやった事ですから。それに…」
リリィさんやフレアさんに酷いことを言ったのもそうだけど、ヒューイさんの立ち振る舞いが前世のパワハラ上司に少し似ていたから余計に腹が立ったんだよね。
「ウルカ君?」
「あ、なんでもないです…」
〜セルジアから少し離れた森の中〜
「くそっ!くそっ!!田舎者の兵士崩れとコソ泥どもが!小娘が!!あのクソガキが!!!!」
先ほどの冷静そうな様子とは打って変わり、怒りを露わにするヒューイ。
「ど、どうしましょうか。報告事項も無いとなると、上の方には…」
「そんな事わかっている!!」
兵士に怒声を浴びせた後、ヒューイは不敵な笑みを浮かべる。
「こうなれば手段は選ばない…何がなんでも話を聞かせてもらおうか。ウルカ…」
〜??? ????〜
「……なるほど…」
「如何いたしましょうか?」
「是非とも招きたいところだ…丁重に頼むぞ」
「はっ!」
「……なんでも直せる力か…それが有れば私の大願も…」




