第四十三話 戻る日常と怪しい雲行き
獄炎火山の一件から数日。ここ最近は目立った事件もなく、僕はひたすらにスローライフとDIYに勤しんでいた。
朝早く畜舎に顔を出し、仲間達に挨拶をする。
「おはよう、みんな」
マンティコア、コカトリス、メタルホーンブルの餌やりと藁の交換。ブラッシングをするとみんな心なしかうっとりとした表情を浮かべる。
「今日も卵と牛乳、よろしくね」
朝食は手作りのパンとスクランブルエッグ、あまり野菜のサラダと牛乳。簡単な朝食でも最近増築したウッドデッキの上で食べると極上の朝食になる。
リリィさん曰く、そんな素材で作った朝食は王族でもそうそう食べないと言われたので、実際相当贅沢な物なんだろう。
「よしっ、やるか!」
今日は以前から作っている物の最終調整だ。家の隣にある大きな物置、その中に僕の新たな発明が置かれている。
「…うん、魔力を通した感じ、問題なさそうだ!」
最終調整が終わった頃、フレアさんとリリィさんが尋ねてきた。
「おっはよ〜!ウルカくん!」
「おはようございます」
「あぁ、おはようございます」
フレアさんが作業中の僕の手元を覗き込む。
「今日もやってるねぇ。何作ってるんだっけ?」
「それはですねぇ……というかお二人はどうしてここへ?朝食の時間には少し遅い様な…」
「私達が毎回ご飯目当てだと思わないでください」
少し不満げに頬を膨らます二人。でも実際うちに来る時は毎回ご飯を食べて帰るんだけどなぁ。
「ギルマスから呼び出し。獄炎火山の事で聞きたいことがあるんだって」
「この前全部話したんですが…」
「確認事項があると言うことです。あとは単にちょくちょく顔は出せと言う事かと」
そういえばあの一件以来ギルドに行ってなかったな。ギルマスにも不義理と思われるかな。
「それなら、この新作のお試しを兼ねて、ギルドに行きますか!」
二人は疑問符を浮かべて顔を見合った。
モーゼスの森からセルジアに向かう道を、四つの車輪が僕達を乗せて勢いよく駆けていく。
「う、ウルカくん!?これ何!?」
「えっと…僕の前世の世界にあった『自動車』をモデルに作った『魔導電動自動車』です」
「まどう…へっ!?」
自動車といっても、燃料やトルクの仕組みを作るのは大変なので、魔石家電同様に雷の魔石と金属を利用したモーターを使った電動自動車である。
動作も問題無いし、獄炎火山で出会った『カルボラバーフロッグ』の皮も元に作ったタイヤも、舗装されていない道の衝撃を緩和してくれて良い感じだ。
「う、馬も使わずに動く馬車と言ったところでしょうか…は、ははっははっ、す、すごいですね〜」
目をパチクリさせるフレアさんと、どこか現実から目を背けている様なリリィさんを乗せ、セルジオの街に向かった。
セルジオの門に近づくと、門番のロベルトさんが焦った顔でこちらを見てる。僕は門の前で車を停め、ロベルトさんに挨拶をした。
「ロベルトさん、ご苦労様です!」
「ご苦労様じゃねぇよ!なんだこれ!?」
「新しい発明です!」
「は、はぁ…」
一気に深く考えるのを諦めた、そんな顔になった。そんなロベルトさんの背中の方を見て、僕はある事が気になった。
「ロベルトさん、その槍…」
「えっ、あ、あぁコレ…」
背中にさされていたのは以前プレゼントしたミスリルの槍ではなく、ただの鉄製の物だった。
「いやぁ…たまたま今日は持ってなくてな!そ、それよりフレア!今日は街から離れておいた方が良いと思うぞ!」
「ど、どうしたの?」
「……魔剣兵団が来てる」
ロベルトさんがそう言うと、フレアさんが見た事もない表情を見せた。
魔剣兵団と言えば、フレアさんやフレアさんのお父さん、ロベルトさん、ゴーガンさん、アルシオンさんの所属していた『近衛兵団』を解散に追いやった、いわばフレアさんの因縁の相手だ。
「……何しに来たの」
「俺もわからねぇ…要件を聞こうにもそのまま押し通られちまってな。とにかく、用が済んだらウルカの家にでも引っ込んどいた方がいいぜ」
ロベルトさんに見送られ、重い空気のままセルジオの街に入った。
〜冒険者ギルド〜
「あぁ、貴方達」
「キリエさん、お久しぶりです」
「先日はご迷惑おかけしました。ウチの…」
キリエさんが頭を下げようとしたその時、受付の奥からガタガタっと大きな音が鳴り、キリエさんが素早く振り返る。
「何やってんの!!!」
「す、すみません!」
弱々しく謝っているのはなんとキリオさん。以前よりも少し痩せてる様に見える。
「謝る暇があったらさっさと落とした書類を片付けなさい!!迷惑かけた上に魔法も使えなくなったアンタに情けをかけて仕事をくれてやってるんだから、少しくらい役に立ちなさい!!!!」
「は、はいぃい!!!!」
鬼の形相のキリエさんに怒鳴られ、いそいで床に落ちた書類を抱え、逃げるように走り去るキリオさん。
「まったく…あんなのが弟だなんて信じられない」
そう、実はキリオさんは受付のキリエさんの弟だったのだ。孤児だった二人を当時賊の長だったギルマスに拾ってもらい、それ以来ずっとお世話になってるそうな。
ギルドが発足されてからキリエさんは受付、キリオさんは冒険者としてギルドに貢献していたそう。
ちなみにキリオさんはあの件以降魔法が使えなくなり、仲間を意図的に魔獣に襲わせようとした事もあり冒険者資格を剥奪。最後の情けとしてギルドの下働きとして働かせているらしい。
余談だがキリオさんの作ったパーティ『雷獣の牙』の由来は、姉のキリエさんの賊時代の二つ名『雷獣』から勝手に取ったらしい。当時キリエさんは凄腕の盗賊だったそうな。
「ウルカくん、本当にごめんなさい」
「い、いえいえ…ところで今日は獄炎火山の事を聴きたいと?この前全てお話ししたつもりなんですが…」
「えぇ、それが…」
「我々にも詳しくお聞かせ願いたいのです」
突如聞き覚えのない声が会話を遮る。声の元へ振り向くと、そこには鎧の上から法衣の様な布を肩にかけた異様な集団が現れた。
そしてフレアさんは、声の主であり、鎧の集団の先頭に立つ長髪の男性を見た途端、驚きと怒りの入り混じった表情になった。
「…ヒューイ…」
フレアさんの呟くその名前は、以前聞かされた近衛兵団解散の際、副団長でありながら近衛兵団を捨てて魔剣兵団に鞍替えをした、フレアさんから見れば裏切り者のような存在である。
「そちらの方は初めてお目にかかりますね?初めまして。王国魔剣兵団団長のヒューイと申します」
「ど、どうも…ウルカと言います」
こちらに向かって爽やかな笑顔を向けている筈なのに、その表情はどこか冷たく底の見えない闇の様なモノを感じる。
「…よくもこの街に来れたわね」
周りを見渡すと、フレアさんだけでなくギルド内の全員がヒューイさんを睨みつけている。
「仕事で来たのです。私だって好き好んでかつての仲間や知人の落ちぶれた姿を見たくはありません」
「!?っ…お前っ!!!」
掴みかかりそうなフレアさんを制止し、静かにヒューイさんに問いかける。
「それで、要件はなんでしょうか?できるだけ手短にお願いしたいのですが」
「おやおや…短時間で随分嫌われたものですね」
「要件は?」
あくまで冷静な対応を貫くと、貼り付けたような笑顔が一瞬ピクリと動いた。
「ゴホンッ…先程申し上げた通り、獄炎火山の一件、改めて詳しくお伺いしたいと思いましてね」
「その件であれば、ギルドに報告した通りです。それ以上の事はありません」
「そうでしょうか。まだ報告してない事があるんじゃないですか?例えば…『エンシェントドラゴンの行方』とか」
その時、ヒューイさんの目つきが一瞬鋭く冷たいものに変わった様に感じた。




