第四十二話 光る憎悪と暗き野望
禍々しい瘴気と肌の上を走る黒い稲光。およそ別人とも思える姿のキリオさんの前に、僕とエンシェントドラゴンさん、ゴーガンさん、アルシオンさんは立っていた。
「もう一度動きを止めましょう…」
「しかし、お前の影縫いでは止められなかっただろ?」
「……ウルカよ。確か主はユニコーンの秘術を使っておったな?」
「はい。ですが、キリオさんの雷で焼き切られたらそこまでです…」
「一瞬で良い。一瞬あればそこの筋肉ダルマと一緒に、あやつの魔石を引き剥がしてやろう」
「き、筋肉ダルマって…ま、まぁそういう事だ。任せろウルカ!」
ゴーガンさんは頭を掻きながら言ったが、これ程信頼のおけるパーティは中々居ないだろう。
四人でキリオさんに向き直り、アルシオンさんは複数の矢を弓の上に這わせた。
『影縫い 時雨』
放たれた矢はそれぞれの軌道を描きながら、キリオさんの影に突き刺さる。
「ヌゥッ!?コンナモン…」
キリオさんが無理矢理引き剥がそうとしたところで、すかさず僕は神槌を構える。
『森羅共鳴』
キリオさんの足元から樹木が生え、キリオさんの四肢に絡みつく。
「グゥッ!?クソガッ!ウ、ウゴケネェ!?ウァアア!!!!」
キリオさんの身体を這う雷がバチバチと爆ぜるような音をたてる。
「そんな暇はないぜキリオ!」
「すぐに終わらせてやろう!」
「ハァッ…ハァッ…クソガ…クソガクソガクソガクソガクソガァアアアア!!!!!!!!」
キリオさんは絶叫と共に、口元でパッと見てもわかる程膨大な魔力を練っている。
「っ!?伏せろダルマ!!!」
エンシェントドラゴンさんの突然の声に伏せるゴーガンさん。そしてエンシェントドラゴンさんはキリオさんに向かって右手を伸ばした。
「ガァアアアアアア!!!!!!!!!!」
『テンペスト』
キリオさんの口から放たれた巨大な雷魔法は、エンシェントドラゴンさんのスキルとぶつかり合い、周りの木々を薙ぎ倒さんばかりの衝撃波と共に相殺した。
「二人とも大丈夫ですか!?」
「あぁ…エンシェントドラゴン様のお陰で何とかな…」
「しかし…キリオさんの放ったあの魔法…アレはまるで」
「『咆哮』だな…恐らくあやつに埋め込まれた魔石はそれなりに強力な魔獣の物なのであろう。それがあやつの身体中に魔力を循環させ、あのような魔法を使わせている……先程我はあやつの身体が壊れると言ったが…もしかしたらあやつ、このままでは『魔獣』になってしまうやもしれん」
「キリオさんが……魔獣に?」
「お、おいおいドラゴン様。そんな事があり得るってのか!?」
「何百年も生きておる我でさえ、そんな話は聞いた事が無い…しかし、目の前でこんな事が起こっていれば…」
「グゥッ…グァオゥ!?」
キリオさんは強大な魔力を浴びながら苦しんでいる。苦しみ悶えるその声は、およそ人のものとは思えない。まるで魔獣のようだ。
「人間と魔獣の魔力を掛け合わせれば、我ら幻獣にも匹敵する。しかし自我が無いとなれば……厄介なことこの上無いな」
「一体どうすれば……」
「古の昔、どんな病魔も呪いも洗い落とす『秘薬』があり、それが獣魔の呪いを解いたとされていますが…」
「そんな都合の良い薬がある訳ねぇだろ…」
考えあぐねるゴーガンさんとアルシオンさんの隣で、僕とエンシェントドラゴンは何かに引っかかっていた。
「………それってもしかして…」
「あぁ、心当たりがあるな」
「ほ、本当ですか!?」
「お前らなんで知ってんだよ!?」
「ま、まぁ…成り行きというか…」
「ともかく、やってみる価値はあるだろう」
僕達は三度キリオさんに立ち向かった。
『影縫い 時雨』
『森羅共鳴』
『テンペスト』
「グゥッ!?グアァアア!!!!!」
再び拘束されたキリオさんは、エンシェントドラゴンさんのスキルに咆哮で応戦する。
「今だウルカっ!!!!!!」
『飛翔脚』
エンシェントドラゴンさんの背後についていた僕は、宙に飛び上がってキリオさんに向かって急降下した。
『完全洗浄』
「グゥッ!?ウッ!?ウァアアアア!?!オ、オレハ……」
完全洗浄によって身体を巡っていた魔獣の魔力が浄化されたようで、キリオさんは少し意識を取り戻し、攻撃の手が緩まった。
「ゴーガンさん!!」
「任せろ!!うぉらぁあああ!!!」
豪快な降りからは想像もつかない繊細な剣さばきで剣先を駆使し、キリオさんの魔石だけを身体から切り離した。
「ア、アァ…お、俺…」
「キリオさん!!」
キリオさんはそのまま力無くへたり込んだ。
「大丈夫ですか!?キリオさん!」
「お、俺は………確か…グェッ!!?」
何か思い出しそうなキリオさんの頭上からゴーゴンさんの大きな拳が振り下ろされ、キリオさんは白目を剥きながら倒れた。
「キ、キリオさぁん!!?」
「何をしているんですか」
「火山の事も含めて散々迷惑かけられたんだ、ゲンコツ一発ぐらい優しいもんだろ!」
「しかし今何か重要な事を語り出しそうな風情でしたよ。あなたの馬鹿力のせいで忘れたなんて事があれば大問題です」
「そうなれば思い出すまで殴ればいい事よ!」
なんか古いテレビみたいな扱い。
「であれば我も電流で協力しよう。此奴には住処に忍び込まれた上、我を利用してウルカに対しよからぬ事を目論んであったそうな。たっぷり礼をしてやらんとな…」
「エンシェントドラゴン様までそんな事を言われては……私も協力しないわけにはいきませんね」
大人三人の不適な笑みに、僕は自分への仕打ちを加味してもキリオさんへの同情を禁じ得なかった。
〜旧グランツ邸〜
「しかし、キリオは一体どうしちゃったんだろうね?」
「現在はギルドで預かっており、後日ギルマス含めた精鋭で聞き込みとの事でしたね」
「何かわかればいいけど…でも、ウルカくんが言ってたキリオの様子って…」
「えぇ…ここのところ耳にする『魔獣の暴走』に似ていますね」
「なんか…嫌な予感がする…」
「ウルカ!飯はまだか!もう我は腹が減って仕方ないぞ!」
神妙な二人の会話を切り裂くというより、叩き壊すようにエンシェントドラゴンの声が響く。
「今作ってくれてるところよ。お食事の前にそんな大声出さないの。お行儀が悪いでしょ」
「しかし待ちきれんぞ!」
「……声が大きい……耳痛い…」
「ヌハハッ!!すまんすまん!相変わらずレヴィアタンは繊細だな!」
「貴方が図太くていい加減なのよ!大体もっと貴方がよく考える子だったら虫歯になる事も無かったのにこんなに周りの人間に迷惑をかけて…」
「うぅっ!せ、説教はもう勘弁してくれ…」
「な、なんか…幻獣って個性的だね」
「ユニコーンさんは中でも年上らしいですから、なんだか手のかかる子供とお母さんって感じですね…」
少し寂しそうな顔のリリィに対し、ハッとした顔をするフレア。
「リ、リリィ…」
「大丈夫、大丈夫ですから」
「お待たせしました!」
五人の前に料理を並べる。立ちこめる良い匂いで五人はうっとりとした表情になる。
「ほぅ…肉か!これは何の肉だ?」
「グラトンプギーです」
僕が言うとフレアさんとリリィさんがガッと立ち上がった。
「ぐ、グラトンプギー!?」
「あ、ありえません!バンロックのグラトンプギーは硫黄岩を食べるせいで肉も酷い匂いで…」
「あぁ、これはバンロックではなく、この森で狩ったものです」
「モーゼスで!?」
雑食でなんでも食べるグラトンプギー。バンロックの硫黄岩で臭くなるなら、香りの良い食べ物ならまた変わるのでは無いかと。そこでモーゼスの森でサーチしたところ、オリバの木(オリーブの様な実がなる)の近くにグラトンプギーの群れを発見し、すぐさま肉を頂戴させてもらった。
フライパンでグラトンプギーのロースに両面焼き目がつくまで火を入れ、滲み出る油にタムト、ガリカ、オニアの摺り下ろし、ソイスの汁、キラーホーネットの蜜、街で買った白ワインを加工したビネガーを混ぜて肉に煮からめる。
「『グラトンプギーのポークチョップ風』です!召し上がれ!」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
五人一斉に一口頬張ると、目をカッと開いた。
「……おぉいしぃいいいい!!!!!」
「う、嘘です!この上品な香り…コレがグラトンプギー!?」
「臭みも無くって油もなんというか…甘い?お肉ってこんなに美味しいのねぇ」
「……ソース…コッテリなのにサッパリ……絶品…」
「ハッハッハッ!!!コレはいくらでも食えるぞ!ウルカ!おかわりはあるか!!?」
「ありますけど……あんまり食べすぎるとデザートが入らないんじゃ?」
「なに!?デザートとは!?」
取り出したのは金色に輝くゼリーだった。
「こ、この輝きは!?ジュエルの実!?」
「そのまま食べると甘過ぎるので、暫く水に浸して甘さを抑えて、ジュエルの実と他にも果物を刻んで、浸しておいた水にキラーホーネットの蜜を混ぜた物に入れて固めた『ジュエルゼリー』です」
「きれい…」
「まさに宝石です…」
フレアさんとリリィさんが目を輝かせてうっとりしている。
「これならそのまま食べるより甘さも控えられているので、虫歯の心配も少ないかと」
「ウルカ……ありがとう!!恩にきるぞ!!」
突然エンシェントドラゴンさんに抱き締められ、力強さと球体の圧迫で窒息寸前になった。
「やめなさい!ウルカくん死んじゃうでしょ!」
「おっと!すまんすまん!」
「……なんか前にもこんなことが…」
フレアさんがそんな事を呟いた後、僕達はデザートに舌鼓を打ち、笑顔のまま夕食の時間は過ぎていった。
〜???〜
「自らお出になられるとは珍しい。して、何か収穫はございましたか?」
「あぁ…しかし幻獣は逃した」
「まさか、ギルドの連中が倒してしまった…とか?」
「相手はあのエンシェントドラゴン、それは無いだろう。しかしいきなり姿を暗ますとは…どちらにせよ、ギルドの連中には話を聞かなければな。幻獣は私の野望に無くてはならん存在。必ず手に入れる」
薄暗い部屋の窓から、男は怪しく光る月を見上げた。




