第三十七話 火山の街と前夜祭
バンロック地帯を一泊しながら進み、ようやく人里の様な場所に到着した。
「よしっ!ランベルに到着したぞ!今日はここで一泊して、明日の早朝より獄炎火山の洞窟に入り、火口部付近に有るエンシェントドラゴンの寝ぐらを探す!各自野営準備を開始しろ!」
ギルドマスターの説明が終わると、各パーティで野営準備が始まる。そんな中、僕はこの村の様子に興味津々だった。
岩場を削って作ったであろう住居や、井戸から引いた特殊な水路。火山近くという事で、水路からは湯気が登っており、言うなれば異世界流温泉街と言った感じだ。
「良いなぁ…温泉」
「温泉……って何?」
「恐らく異世界の文化でしょうか?」
どうやらコチラの文明には温泉と言う文化は無いみたいだ。いつか一緒に……っと、良くない妄想が始まる前に野営準備をしよう。
その時、フレアさんが僕の肩を叩いた。
「ウルカくん、アレ」
フレアさんの指さす先には雷獣の牙が何か言いたげにこちらを見ていたが、僕がみた瞬間気不味そうに目を背け、移動しようとする。キリオさんを除いて。
「あ、兄貴っ…」
僕を最後まで睨みつけていたキリオさんも、取り巻きに言われてその場を離れた。
「やっぱり昨日の事、相当根に持っている様ですね」
「先にふっかけて来たのは向こうなのに!ウルカくん…大丈夫?」
「昨日の件も有りますし、そう簡単に手を出してくるとは思えませんが…」
そんな事を考えながら野営準備をし、料理を始めようとした際、ちょっとした事件が起こった。
「…えっ?こ、これって……」
「どうしたの……って臭っ!?」
テントの中に放置していたヴォルカヌスの神槌に、何か異臭を放つ物がこびりついている。
「こ、この臭い…恐らく『グラトンプギー』の糞ですね…」
「グ、グラトン…?」
「食料の少ない地域によくいる魔獣で、他の魔物や植物をはじめ、挙げ句の果てに石まで食べる雑食の魔獣です」
「石を食べるんですか!?」
「この辺りのグラトンプギーは、火山帯に生まれる硫黄の含まれた石を食べる為、臭いが一層強烈です」
「な、なんでそんな物が……」
「多分アイツらの仕業よ。盗む事も出来ないし勝ち目も無いとわかって、こんな嫌がらせを思いついたんでしょ。全くもう!」
何かしてくるかもと思って、またワザと外に出して置いたら、まさかこんな事をしてくるとは…
「一度付いたら一生臭いが取れないなんて言われてるけど…」
「そ、そしたら触る事も出来ませんね…ど、どうしたらいいんでしょう…」
鼻をつまみながら三人で悩んでいると、後ろからチョンチョンと背中を突かれた。
「ココは私たちに任せて!」
「……役に立てる……」
真後ろにユニコーンさんとレヴィアタンさんが立っていた。
「えっ?どうするんですか?」
「まぁ見てなさい。レヴィ!」
「…はいっ…」
レヴィアタンさんが水魔法を放ち、球状になった水の塊が槌をつつみ、洗濯機の様に流れが生まれ、こびりついた糞の汚れが落ちて行く。
「おぉっ!スゴイ!」
「更にこの中に…えいっ!」
ユニコーンさんが生み出した謎の緑色の粘液が、レヴィアタンさんの作った水球の中に入り、水を緑色に染める。
「コレって何?…アレ?なんだか良い匂い!」
「コレは森の中に有る薬草や香りの良い花の成分を、魔力と一緒に練り合わせて作った特殊な調合薬よ。汚れや臭い、更には目に見えない病気の素まで消し去る優れ物よ!」
まるで通販番組の観客の様に三人で拍手をしていると、洗い終わった槌が僕の元に帰って来た。
「スゴイ!本当に臭いも汚れも綺麗に落ちてる!」
するとリリィさんがユニコーンさんの手を強く握った。
「ユニコーンさん!是非ともこの調合薬を大量生産して王都に卸して下さい!新たな王都の特産品になる筈です!」
目をキラキラさせるリリィさんに申し訳なさそうな顔をするユニコーンさん。
「えーっと…これ、私一人で作ってるから、王都に卸せる程沢山は作れないと…」
「そ、そんな…う、ウルカくん!」
こちらにグイッと振り向くリリィさん。
「は、はい?」
「ウルカくんのスキルで大量生産は!?」
「レシピを作る事が出来ても、結局僕一人だけで作るので…」
リリィさんは少し肩を落とした後、少し考え込んだ。
「…では、そのレシピをいただく事は出来ますか?」
「僕は構いませんが、ユニコーンさんが…」
「私も特に構わないけど、その分薬草や花を大量に採取されたら、森の主としては見過ごせないわ」
「であれば、王都の農園で薬草類の栽培すると言うのどうでしょう?」
「森の物に手出ししないなら、問題無いけど…」
「更に薬品生産専門の工場を用意し、街の薬剤師達に声をかけて募集する……これなら行ける!」
右手をグッと握って突き上げるリリィさん。
「なんか…いつもと雰囲気が違いますね」
「なんだかんだ国政を任されてきた王女だからねぇ…こういう話は嫌でもテンションが上がっちゃうみたいだね」
リリィさんの新特産品プロジェクトが進む中、僕は調合薬の作り方に興味を覚えた。そこで僕は『創造神』を行使してレシピを作った。
『特殊洗浄薬』
材料
・クリナの葉
・サボンの実
・ロザの花
「あら、早速レシピを作ったの?」
「はい、そうなんですけど……作業工程の『材料をすり潰して混ぜ合わせる』というのはわかるんですけど、『魔力を込めて効果を増幅させる』とは……」
「ウルカくん、『森羅共鳴』は使えるわよね?」
「はい、ユニコーンさんのスキルですよね」
「あのスキルは、植物を自在に成長させたり動かしたり出来るんだけど、それの応用で、薬草なんかの効果を高めたり出来るのよ」
「そうだったんですね!なるほど…やってみます!」
僕は落ちていた岩を水魔法で洗い、槌を使って平らにならす。そして材料を置いて槌を使ってすり潰し、『森羅共鳴』の魔力を込めながら混ぜ合わせる。
『特殊洗浄薬⭐︎』が完成した。
「なるほど、森羅共鳴にこんな力が…ユニコーンさん、ありがとうございます!」
微笑むユニコーンさんに頭を下げると、脳内に音声が鳴り響いた。
「スキル『完全洗浄』を習得しました」
「えっ!?」
「どうかしたの?」
「い、いえ…」
これは恐らく、この薬を作った事で習得出来たって事なんだろうけど……おかしい。神槌で習得出来るのは、生産、修復した『武具』のスキルだけのはず。つまり『薬』からは習得出来ない筈なのに…そんな事を考えていると、テントの外から何かの気配が。
外に出ると、村の一角にある建物から光が漏れ出していた。
「ウルカくん、どうしたの?」
「い、いえ…ちょっと外の風を浴びてくるので、鍋を見ていてもらえますか?」
「別にいいけど…具合でも悪いの?」
「いや、そういう訳では無いので」
外に出て光の元へ向かうと、そこは恐らく教会と思われる建物で、中に入るとやはりと言うか、カミスワさんの像が置かれていた。
「多分…呼び出しだよね」
僕は像の前で手を合わせる。
「やっぱり格段に出番が少ないです」
「まだ言いますか」
カミスワさんの謎の発言を適当にあしらった後、本題を聞いてみる。
「結論から言うと、いわゆる『裏技』ですね」
「………はい?」
色々な説明をすっ飛ばして話し始めたので、何が何だかよくわからない。
「先程、生産した薬からスキルを習得した事に疑問を抱いていた様ですけど?」
「あ、あぁ……そうですね…」
「ウルカさんは、薬を生産した際に、ユニコーンから習得した魔法を行使しましたよね?その結果、あの薬には特殊な魔力が宿りました」
「それが何か問題でも…」
「いえ、問題では無いのですが、結果あの薬をヴォルカヌスの神槌は『魔法』と認識したようです」
「魔法?薬をですか?い、いや…でも、それと習得になんの関係が??」
「魔法とは、言わば魔力を持つ生物の『武器』です。なので神槌は、あの薬を武具と認識して、習得をしてしまったのです」
「え、て事はつまり…神槌は『魔法』からも習得が出来ると?」
「理論的にはそうですが、基本的には不可能でしょう。魔法は魔力から生み出す物です。材料を使っての『生産』も、故障や破損の『修復』も出来ませんから」
「あぁ…なるほど」
「今回は特殊で強力な魔力が宿った事による、非常に稀な偶然の産物と思って頂ければ幸いです」
つまりそうそう狙って起こるような事じゃ無いみたいだ。
「用件は終わりましたが、もう少し話して行きますか?私の最近の出来事とか…」
「夕飯の支度が有るので、この辺で」
不服そうな顔のカミスワさんに見送られながら、元の世界に戻った。
すっかり夜も更けたころ、テントから漏れ出す匂いが他の冒険者の腹を鳴らしていた。
「な、なんだ……この食欲を刺激しまくる匂いは!」
「一種の魔法の類か……下手すりゃ罠かもしれん!しかし……この匂いは…」
冒険者たちが苦しむ中、テントの中では和気藹々とした空気が流れていた。
「ねぇねぇ!もういいんじゃ無いの!」
「そうですね…開けましょうか」
鍋の中に有る物。オニアの根とメタルホーンブルの父で作ったバターを炒め合わせ、そこに小麦粉を加え、色が付くまで炒め、ペパの種を始めとした香辛料を練り合わせる。粘りが強くなってきた所に野菜と肉、骨などから取った出汁で伸ばし、すり潰したタムテを入れ、一口大に切って炒めたオニア、カロト(人参の様な物)ポタロ(ジャガイモの様な物)コカトリスの肉を入れ、塩で味を整えてしばらく煮込む。
「さぁ出来ましたよ。『欧風コカトリスカレー』です!」
炊いた米を皿によそい、カレーをかけて配る。
「た、食べていいんだよね!」
「もちろん!召し上がれ!」
「「「「いただきます!!!」」」」
全員で一斉に頬張った。
「お、お、おいしぃいいいい!!!!!?!?!」
「な、なんなんですかこの複雑な旨味は!?」
「スパイシーな香りの奥に、肉と野菜の奥深い旨味…」
「……野菜染みてる…コカトリス…ほろほろ…」
異世界の素材だけで作ってみたけど、ちゃんとカレーになってる。みんなにも満足してもらえたみたいで良かった。その時、テントの入り口からグーッと大きな音がこだました。
入り口の垂れ幕を開けると、外には他の冒険者達が群がっていた。
「うわぁっ!!?!」
「あっ!す、すまねぇ!覗くつもりじゃなかったんだが……」
どうやらカレーの匂いに誘われて来てしまった様だ。
「あ、あのぉ…良かったら、一緒に食べますか?」
「…えっ!い、良いのか?」
実はこんな事も有ろうかと、炊き出し並みの大量生産をしていたのだった。そこからは、エンシェントドラゴン討伐隊による、カレーパーティが始まった。
「うめぇっ!!」「こんなうまいもん食った事ねぇよ!」
美味しそうにカレーを頬張る冒険者の中には、やはり雷獣の牙の姿は無かった。




