第三十六話 暗躍と龍の住む山
草木も眠る丑三つ時…は前世の言葉。爆炎火山の麓、ランベルの村へ向かう道中、冒険者たちはバンロック地帯で夜を過ごす。
それぞれのパーティが交代で見張り番をする中、うちのパーティは不用心にも全員が眠りについている。そんな僕らのテントの中に、コソコソと忍び込む客人達が。
「へっ!まさか揃いも揃って眠っちまうとはな!」
「仕方ねぇさ、こいつらの食いもんに仕込んだ薬が効き過ぎちまったんだ」
「こんだけよく寝てりゃ、盗みどころか……うひひっ!」
フレアさんとリリィさんをいやらしい目で見る男。
「そいつは後だ!まずはハンマーを兄貴のとこに持っていかねぇと……おっ!あったあった!」
フレアさんの剣、リリィさんのレイピアと並んでヴォルカヌスの神槌が置かれている。
「全くどこまでも不用心な奴らだぜ!ガキのハンマーと一緒に女どもの武器も頂いとくか!」
「なぁ!盗みはもう良いだろ!もう辛抱たまんねぇよ!」
「わかってるっての!ゴブリンみてぇに盛りやがって!取り敢えず、ガキのハンマーを…」
取り巻きの一人が神槌を手に取ったその時、テント上空に突然暗雲が立ちこめた。
「んっ?なんだ?外の様子が…」
すると暗雲から稲光が走り、ハンマーを持つ男へと一直線に落ちた。
「アギャギャギャギャギャッ!!!?!?!!?!」
「ひぇええええ!!!!?!なんだなんだ!?!」
男は一瞬で黒焦げになり、周りの男も腰を抜かした。その時、眠りについていた筈の僕達がむくりと起きる。
「なるほど…コレがいわゆるお仕置きってやつなのか」
「ちょっと…やり過ぎな気もするけど…」
「神器に手を出した上、我々に邪な意を向けたのです。このくらいで丁度いいです」
シャッキリと起きる僕達に更に驚く取り巻き達。
「お前はどうして!?確かに薬は……」
「どうせそんな事してくると思って、あらかじめ料理は鑑定しておきました」
「眠りを防ぐための付与魔法くらい、光の魔力でどうとでもなりますから」
「…き、気付いてたのか…」
「さぁて!こんな馬鹿な真似させた親玉に、会わせてもらおうかな?」
フレアさんがへたり込む男二人の肩を掴み、目一杯力を込めた。
「イダダダダダダッ!!!!!」
「潰れるっ!!潰れるぅう!!!!」
「潰されちゃう前に案内した方が身のためですよ」
そうして男達の先導の元、森の中にひっそりと建てられたテントに向かう。
「あ、兄貴……」
「どうだった?ハンマーは取ってこれたか……」
テントの中に居たのはキリオさん。そしてキリオさんが振り返った先に居たのは、肩をすくめる男二人と、全身真っ黒で意識朦朧としている男一人を縛り上げるフレアさんと、僕とリリィさんの姿があった。
「て、テメェら!?」
「まさか冒険者が冒険者相手に盗みを働くとはねぇ…」
「それも手下を動かして自分は座して待つとは……恥知らずもいいところですね」
「くっ!!……お前ら…」
キリオさんに睨まれてビクつく取り巻き達。
「この人達を擁護するつもりは無いですが、僕のハンマーは特殊な物で、僕以外の人間が悪意を持って触れると、魔法によるお仕置きが下るようになってるんですよ。だから盗む事は不可能です」
「…どこまでもふざけた武器だ…それさえなきゃテメェなんて!!」
「ちょっと!ウルカくんをバカにするのもいい加減に…」
キリオさんに詰め寄ろうとするフレアさんを静止する。
「ウルカくん…?」
「僕の事をバカにするのはいくらでも構いません…ただ…」
僕は取り巻きたちを縛り上げたロープを掴み、キリオさんの方へと三人まとめてぶん投げた。
「「「ぐえっ!!?」」」
「て、テメェッ!?」
「…二度までもお二人に毒牙を向けようととした事は、どうあっても許せません…あまり暴力で物事を解決したくはありませんが…ここまでされては仕方ありません。まとめてどうぞ」
僕は4人に向かって拳を固めた。
「素手でやろうってのか…舐めやがって!!おいオメェら!!」
「へ、へいっ!!」
取り巻き三人が僕に襲いかかる。一人のパンチを避けて横っ面に左拳を、もう一人のパンチを避けて鳩尾に右拳を、最後の一人のハイキックをしゃがんで避けて軸足を蹴り飛ばし、倒れ込んだ背中に右膝を喰らわせる。三人とも地面に伸びて動かなくなった。
「さぁ、残るはキリオさんだけですよ」
「こ、こんの……クソガキがぁああ!!!!!」
キリオさんの素早いラッシュを全て見切り、踏み込んで来たところに足を引っ掛けて倒す。
「ぐぁっ!て、てめぇ!!」
素早く引き下がるキリオさんは懐から愛用の短剣2本を取り出した。
「ちょっ!キリオ!?」
「もう良い…ぶっ殺してやるよ!!!!」
キリオさんの振り下ろす短剣を一撃、また一撃と避けると、フラストレーションの溜まったキリオさんはスキルを行使し始める。
「こんのやろぉお!!!『狼牙乱舞』!!」
さらにスピードの上がる斬撃の連続を全て避けきると、流石にスタミナを消費したキリオさんの動きが止まる。
「ち、ちくしょう……ハッ!?」
目の前に捉えていた筈の僕を見失って焦るキリオさん。僕は彼の真横の死角で拳を握り込んでいた。
「お二人に向けた害意のお返し…この一発でチャラにさせてもらうので、しっかり歯を食いしばって下さい!」
「ま、待っ……」
キリオさんの言葉を遮る様に、僕の拳がキリオさんの顔面を捉え、バギィ!!と大きな音を立ててぶつかる。そのままキリオさんは後方10メートル以上吹き飛び、大きな木の根本に叩きつけられ、動かなくなっていた。
「うわぁ…エグい…」
「Aランクを赤子同然の扱い…流石はウルカくん」
「リリィさん。可哀想なので外傷だけでも治してあげられませんか?」
「こんな奴らに温情なんて…ウルカくんは優し過ぎです」
文句を言いながらも四人の外傷を治し、ついでにキリオさんには頬に二、三発鉄拳を食らわせた上で回復を済ませた。
「さぁ、もう一眠りしましょうか」
何事も無かったかの様にテントへ戻る僕ら三人。その後ろでキリオさんが気を失いながら何かを呟いていた気がした。
「……ス……コロ……コロス………」