第三十五話 遠征と食欲
セルジアの冒険者ギルド前に、大勢の冒険者が集まっていた。その前に、ギルドマスターであるゲオルドさんが現れた。
「それではこれより!エンシェントドラゴン撃退依頼遂行の為、獄炎火山麓のランベルの村へ向かう!予定では2日で到着する筈だ!道中魔獣の出現も考えられるが、それは各々で対処してくれ!いいな!」
男達の「おう!」と言う勇ましい声と共に、ランベルの村へ向けて出発した。
「……ねぇ、来てる?」
僕とリリィさんは、フレアさんの言葉で後ろを振り返る。すると、岩場の影からこちらを見ているレヴィアタンさんと、こちらの視線に気づいてウィンクをするユニコーンさんが居た。
「本当に大丈夫なのでしょうか?」
「多分……」
「大丈夫だって!一応伝説の幻獣なんだから!それよりウルカくん、今日のランチは?」
「マンティコアのてりたまサンドとツォーネのソイス漬けおにぎりです」
「うほー!どっちも大好き!」
「デザートにフルーツゼリーも用意してるので」
「昼が待ち遠しいです…」
そんな穏やかな会話をしていると、後ろからガシャガシャと音を立てながら誰かが近づいて来る。
「おうおう!出発してすぐに昼メシの話で盛り上がるとは…遠足気分かルーキー?」
やはりキリオさん率いる雷獣の牙だった。ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「な、なによ。何話そうがアタシたちの勝手でしょ?」
「緊張感が足りねぇんじゃねぇか?ここいらは火山地帯から離れて来た強力な魔獣が現れる『バンロック地帯』だ、BランクどころかAランクもウヨウヨ出て来る。せいぜいランベルに着く前に死なねぇようにな!」
キリオがゲラゲラ笑うと、その声に誘われたのか一匹の魔獣が現れた。
「『ロックリザード』!Bランク魔獣か!」
僕が構えようとすると、キリオさんは2本の短剣を取り出した。
「まぁ、ここは先輩の技を見て勉強するんだな!」
キリオさんは恐らく『アクセルステップ』を行使し、一気に間合いを詰めた後、ロックリザードの硬い装甲の隙間を縫い、首を切り落とした。
「へっ!どうだ?これがAランクの力よ!」
「流石アニキ!」
ドヤ顔のキリオさんと、それを盛り立てる取り巻き達。キリオさんのパワーはリリィさんよりも少し上、スピードはフレアさんより少し上くらい。確かにAランクも納得の実力だけど……
「はぁ…もうお腹空いたかも」
「ウルカくん、シロップ漬けにしたのはどんなフルーツですか?」
「えっと、ベリの実と…」
「………お前ら…ちゃんと見とけよぉ!!!」
キリオさんの大声に反応して岩陰から多数のロックリザードが現れた。
「う、うおぉおおお!!!?!!?!」
僕らは一斉に動き、まずフレアさんがキリオさんの襟首を掴んでぶん投げ、ロックリザード達から引き離した。
「ぐげぇっ!!!」
後ろでキリオさんが岩に叩きつけられたみたいだけど、今はロックリザード達の相手が優先だ。
「おりゃぁあ!!」
「はぁっ!!!」
「それっ!!」
フレアさんは装甲を叩き潰す豪快な一撃で、リリィさんは的確に弱点を突き、僕は習得したスキルを多用し、三者三様でロックリザードを倒していく。
「な、なんだよアイツら…」
「本当に…Eランク冒険者なのか?」
「ぐっ……チッ!」
驚愕する取り巻きと苦々しい顔で舌打ちをするキリオさん。
ロックリザードの群れは思った以上に数が多く、倒しても倒しても現れる。
「このままじゃ消耗するばっかりだ……フレアさん!リリィさん!一旦下がって下さい!」
二人が引き下がったのを確認して『森羅共鳴』のスキルを発動。岩の地面を植物が突き破りロックリザードの群れをまとめて確保する。
「よしっ!一緒に叩きましょう!」
『咆哮撃』『ホーネットスティング』『破砕撃』
三人の攻撃で植物もろともロックリザードの群れを文字通り一網打尽にした。
「ふぅ…片付いたみたいですね」
「中々の数でしたね。それにしても…」
リリィさんとフレアさんがキリオさんを睨みつける。
「な、なんだよ…」
「ロックリザードは基本的に群れで行動し、数匹の先遣隊が周辺を警戒して巡回します」
「そ、それがどうしたって!…」
「しかも!ロックリザードは視力の代わりに聴力が発達している魔獣。先遣隊が現れた以上、近くに群れがある事はわかりきっている事」
「要するに…このロックリザードの大軍は、アンタの大声のせいだって言ってんの!」
二人に詰め寄られてたじろぐキリオさん。
「冒険者としてはあまりに不正解の行動かと…」
「それでも本当にAランクなの?」
「くっ!……」
何も言い返せない様子のキリオさん。
「ま、まぁ、大事にはならなかったですし。先を急ぎましょうよ!」
僕が声をかけると、二人はキリオさんを睨みながらその場を離れた。
「ウルカくんの優しさに感謝すべきですね」
「ほんとほんと…殴りかかっておいて助けられるなんて情けないったらありゃしない」
離れ際に言われた言葉で、キリオさんは更に悔しそうにこちらを睨む。
「あのガキが……あのガキさえいなけりゃ!…」
恨み節を背に二人が戻ってきた。
「…流石に煽りすぎな気が…」
「ウルカくんの事を殴ろうとしたんだもん!これぐらい言わないと気が済まないよ!」
「…しかし、本当に良いのでしょうか。やはり危険過ぎると思います」
「大丈夫です。お二人は先日お願いした通りにして下さい…」
気がつくと辺りは暗くなり、冷たい風が吹き始めていた。
「よし!今日の移動はここまでだ!この辺りで野営を行い、明日の朝再出発する!」
各パーティが野営の準備を開始する。
「うぅ…夜は冷えるなぁ…」
「もう白の月、冬は目の前ですからね」
「お二人とも!テントの準備が出来ましたから、中に入って下さい」
フレアさんとリリィさんがテントの中に入ると、外とは全く違う様子に驚いたようだ。
「アレ?寒く無い!」
「セレーネモスの絹糸で作った布と、ファングボアの毛皮を掛け合わせて作った生地は、断熱、防寒に優れている様です」
「ホントびっくりよねぇ」
「……快適……」
テントの中ではすでにユニコーンさんとレヴィアタンさんがくつろいでいた。
「お二人とも中にいらしたんですね」
「設営のお手伝いもしたのよ?」
「……殆どウルカがやった……」
「あら、細かい事はいいじゃない。ほら二人とも、あったかいお茶どうぞ」
携帯コンロを使って煮出したお茶を振る舞うユニコーンさん。
「うわぁ…あったかぁい…」
「この暖かさ…コンロの力もあるのですね」
「これで夕飯の支度もするわよ」
「……ウルカがね……」
携帯コンロに鍋を乗せ火にかけ、ファングボアの脂身を溶かして馴染ませる。十分馴染んで温まったらファングボアの薄切り肉をひく。程よく火が通った所で事前に用意したソイスの搾り汁、キラーホーネットの蜜、酒を混ぜた調味液を注ぎ、カベトの葉、オニアの根、タムトの実を切ったものを鍋に並べる。あとはコカトリスの溶き卵を器に入れて…
「…よし!『ファングボアの洋風すき焼き』完成!みなさん!ご飯ですよ!」
「きたぁ!さっきから良い匂いがしてたまらなかったんだ!」
「煮込み料理ですか?寒い夜にありがたい…」
「この卵はいつ入れるの?」
「それは鍋に入れずに、具材を浸して食べるんです」
「えっ!!卵を…生で?」
フレアさんの反応を見てハッと気がついた。前世でも外国の人は生卵を食べなかったりするから、恐らくこの世界でもそういう事なんだろう。
「あら、人間は生の卵は嫌いなの?」
「……美味しいのに……」
「えっ!二人とも食べるの!?」
「幻獣には特殊な加護が有りますし…」
「鑑定してあるので生で食べても大丈夫ですよ」
以前鑑定にかけてみたら、前世の鶏卵と同様にコカトリスの卵にもサルモネラ菌が付着してる事がわかった。それでも保存と期間に注意すれば生食できるレベルだし、アイテムボックスに保存してあるから鮮度は採れたてと全く変わらない。
「二人が食べないなら私が貰っちゃうわよ?」
ユニコーンさんとレヴィアタンさんは躊躇なく肉を生卵に潜らせて口に運ぶ。
「う〜んっ!!美味しい〜!」
「……こんな食べ方初めて……でもすごく美味しい…」
二人の食べる姿を見て唾を飲むフレアさんとリリィさん。
「う、ウルカくんが大丈夫って言うなら…」
「…回復魔法は心得ているので………」
覚悟を決め、緊張の面持ちで肉を卵に潜らせるフレアさんとリリィさん。恐る恐る口に運んだ。
「…………」
「…………」
黙り込んで固まる2人。
「ふ、二人とも…大丈夫ですか?」
「……お、美味しいぃい!!!!!」
「これは…奇跡です!」
「この甘辛いタレがお肉によく合う!まるでメタルホーンブルはこうやって食べる為に存在してるかのよう!」
「そこに生卵がまろやかさと濃厚さを加え、肉の味を完成に至らせる……これは料理という名の至宝!」
なんだか古いグルメ漫画みたいなリアクションだけど、喜んでもらえて何よりだ。そんな風に思っていると、テントの外から声が聞こえてきた。
「おい!入って良いか?」
この声はゴーガンさんだ。ユニコーンさんとレヴィアタンさんを隠さないとまずい!そう思った時には既に二人は姿を消していた。
そしてテントの中にゴーガンさんとアルシオンさんは入って来た。
「悪いな!なんだか賑やかだったから気になってな!」
「私は止めたんですがねぇ…全く不躾な人です」
「お前だって興味津々だったろうが!」
いつものゴーガンさんとアルシオンさんのじゃれあいが始まり、テントが大きく揺れた。
「あ、あのぉ!て、テントが壊れてしまうので!」
「ん?おぉ!すまねぇ!……それにしても頑丈なテントだな?」
「セレーネモスの絹糸の生地に、ミスリルの骨組みとは……リリアン王女、勝手に城から持ち出されたのですか?」
「リリィと呼んでください。そんな事致しません。これはウルカくんのお手製です」
「それはまた……やはり規格外ですねぇ貴方は」
「それより!うまそうな匂いがするが、何食ってたんだ?」
ゴーガンさんは鍋を覗き込んだ。
「ほぉ!メタルホーンブルの煮込みにコカトリスの卵を合わせるとはなぁ!」
「凄いよね!卵を生で食べるなんて!」
「いや?東方の国じゃ生で食べる文化もあるんだぜ?」
「えっ!そうなの!?」
「知らなかったのか?生卵を東方に広めたのは、お前さんの先祖のライオネル様だぜ?」
「えええぇっ!!!?!」
「コカトリスの生卵を炊いた米にかけて食う…てぃーけー……なんだか忘れたが、東方の郷土料理なんだぜ?」
ライオネルは転生者だから、そりゃTKGも食べるよな。
「でも、なんでお父さんは教えてくれなかったんだろ?」
「東方は卵の衛生管理が厳しいですから生食も可能ですが、この辺りの市場の卵は生食するには少々心許ない。クラトス団長はフレア嬢がこの事を知って、興味本位で生卵を食べてしまう事を懸念したのでしょう」
「うぅっ…な、なるほど。流石お父さん…よくわかってる」
「それより!コレ食ってもいいか?」
「どうぞどうぞ!よろしければアルシオンさんも!」
「ご厚意は大変有難いのですが、エルフは森の民、肉や卵の類は口にしない種族ゆえ、お気持ちだけ頂きます」
気のせいかもしれないが、どこかでビクッと反応するユニコーンさんの気配を感じた。
そんなこんなでテントの中は危険な大仕事の前とは思えない程、賑やかで明るい雰囲気だった。
テントから少し離れた茂み、ガサガサと何かが動いてる。
「なぁ!なんかいい匂いがするぜ?」
「うるせぇ!あんまり声出すな!」
「お前の方がうるせぇよ!!」
茂みの中でキリオの取り巻き達が何か話している。
「飯なんかどうでも良いんだよ!狙いはあのガキのハンマーだ」
「キリオさんはあのハンマーには特別な力が有るって言ってる。アレさえ無けりゃキリオさんがあんなガキに先を越される事はねぇ!」
「早いとこあのハンマーをくすねてキリオさんとこに持っていこう!そうじゃねぇとまたドヤされる!」
取り巻き達は茂みの中でジッと機会を待っていた。




