第三十三話 三匹目の幻獣と冒険者達
ドワーフの朝は早い。日の出とともに目を覚まし、支度をした後は畜舎へと向かう。
「みんな、おはよう」
コカトリス、マンティコア、メタルホーンブルのブラッシングと餌やり、乳搾りと卵の回収をしたら今度は畑の手入れだ。
「うん、ずいぶん育って来たな」
野菜類はもうそろそろ収穫の時期だ。不安だった小麦も上手く行っているみたいだ。
朝の一通りの仕事が終わったら朝食の時間。今日は自家製トーストにコカトリスのスクランブルエッグ、メタルホーンブルの乳とオニアのポタージュだ。
前世の激務の日々では考えられなかったゆとりある丁寧な暮らしが、ここにはある…
その時、力強くドアを開ける音が。
「ウルカくん!!大変だよ!!!」
大きな音と、それよりも大きな声で思わず吹き出したポタージュを片付けながら、要件を聞く。
「なんですかフレアさん。朝ごはんならそこにパンが有りますよ」
「お腹が空いて大変な訳じゃ無いよ!!ぎふうぉかふぁのひんひゅうほうふうふぁ!」
「フレア、食べるか喋るかどっちかにしなさい」
口いっぱいにパンを含んだフレアさんに代わって、リリィさんが話し始める。
「ギルドからの緊急招集がかかりました」
僕はリリィさんの言葉に驚いた。
「緊急招集!?それは一体どんな内容なんですか?」
「まだ詳しい情報は伏せられていますが、どうやら高難易度の魔獣撃退、もしくは討伐との事です」
「高難易度って…僕らはまだEランクのパーティですよね?」
「マンティコアやメタルホーンブルを飼育しておいて何を言っているのですか」
「その実力知ってくれてるギルドマスターが、ウチのパーティを名指しで呼んでくれたんだよ」
「とにかく行きましょう。ギルドマスターが待ってます」
「朝食は?」
「……頂きます」
〜セルジア冒険者ギルド〜
「随分遅かったじゃねぇか。道中何か有ったか?」
「まぁ…色々有ったというか…」
見渡す限り只者じゃ無い雰囲気の冒険者だらけ。決してゆっくり朝食を食べて遅くなったとは言えない。
「まぁいい、本題に入ろう。今回お前たちに集まって貰ったのは他でも無い、高難度の撃退依頼だ。しかも依頼主は……『グランデン・ローゼンベルグ』様だ」
その名前にギルド内が一気にざわつき、リリィさんが苦い顔をした。
「ローゼンベルグ…って事は」
「……父上」
ざわめきの中、ギルドマスターにも引けを取らない体格の男性が静かに手を挙げた。
「どうした『ゴーガン』」
「お上直々の依頼って事はわかったが、それにしてもわざわざこんなAランク以上のパーティ連中をかき集める必要が有ったのか?」
「王様相手に粗相の内容にってのもあるが……依頼の内容を考えればこうするしか無いんだ」
すると今度は見るからに上品そうなエルフが声を発した。
「その相手とは一体なんなんですか?」
「……古竜…『エンシェントドラゴン』だ」
再びざわめき始めるギルド内。
「御伽話かと思っていたが…」
「エンシェントドラゴンは間違いなく実在する。普段はセルジアから南に行った『獄炎火山』で暮らし、時折人の目では追えないほど遥か空高くを舞う」
「なるほど…それで人目につかないと。しかしそれなら、撃退の必要も無いのでは?」
「まぁ待て『アルシオン』話は最後まで聞け。ここ数日、獄炎火山の動きが活発になっている。どうやら中に居るエンシェントドラゴンが魔力の乱れを生み出している様だ。今はまだ特に被害は出ていないが、じきに麓の村にも危険が及ぶだろう。すでに村民達は国からの命で避難しているが、出来る限り被害の出ない様食い止めたいというのが国の意思なんだろう。明日の朝一番にセルジアを発ち、麓の村にベースキャンプを設置した後、獄炎火山に突入する。みんな、くれぐれも頼んだぞ」
ギルドマスターの話が終わった後、三人で今回の話、そして今後の事を話し合った。
「しかしグランデル様もさすがだねぇ、麓の村を心配してギルドに依頼するなんて。国民の事を本当に思っているんだね!」
フレアさんに話しかけられたリリィさんは、ずっと顔を曇らせている。
「…おかしい……」
「何がおかしいんですか?」
「たしかに、以前の父上は名君と呼ばれた方でしたが、イリシア教に傾倒してからはまるで魔力の才を持たない国民は居ないものと考えているようでした……そんな父がどうして」
「リリィ…」
「…すみません。今はエンシェントドラゴンの事を考えましょう」
心配そうな顔をするフレアさんに対し、いつもの表情を見せるリリィさん。
「エンシェントドラゴン……中々想像もつかない相手ですね」
「本当にね。作り話だと思ってた」
「しかし、我々はそんな作り話のような出会いをしてますからね。転生者のウルカくんに、幻獣の……そうだ、あの二人に話を聞いてみましょうか」
「ユニコーンさんとレヴィアタンさんにですか?」
「陸の幻獣ユニコーン、海の幻獣レヴィアタン、そして空の幻獣エンシェントドラゴン。同じ三幻獣に名を連ねる二人なら、何か有益な情報を知っているかもしれません」
「なるほど、では早速戻って…」
三人でこれから自宅に戻ろうと思ったその時。
「おい!そこのガキと女二人!」
どうやら僕たちの事みたいだ。声の方を向くと、見るからにガラの悪い四人の男が立っていた。
「な、なんでしょうか?」
「お前ら見かけねぇ連中だな…セルジアのAランクパーティにこんな奴らいたか?」
「いえ…僕らはまだEランクでして…」
僕がそう言うと、その四人は腹を抱えて笑い始めた。
「おいおい!Aランク以上の招集に、Eランクがノコノコやってくるとはこいつは傑作だぜ!!」
こんな事言いたくないが、見るからに小物感が凄い。でもこの人たちも間違いなくAランクパーティの筈なんだよな?そんなことを考えながら愛想笑いしていると、フレアさんが突っかかっていった。
「わ、私たちは、ギルドマスターから直々に指名されたのよ!」
さすがに十代の女の子じゃ、うまくいなす事は出来ないよな。
「あっ?なんだ!誰かと思えば死にぞこないクラトスの娘、フレアじゃねぇか!」
「し、しにぞこ……」
「撤回しなさい…私の親友のお父様への侮辱を!」
「ほぅ…上玉二人だな。なるほど」
男はニヤニヤと笑いながらフレアさんとリリィさんを舐めるように見る。
「な、なによ…」
「久々の遠征、男だけでは何かと不便な事も有るからなぁ。ギルマスも案外気が効くじゃねぇか、こんな美人二人も揃えて、ケケッ…」
「な、なにを言っているのです!」
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないで。ほら…少しリラックスさせてやろうか」
下品に笑いながらリリィさんに手を伸ばす男。さすがに僕も見過ごせず、間に割って入り、男の手を払った。
「……なんだ?ガキが…」
「それ以上の侮辱も無礼も許さない…」
「あぁ?お前…俺様が『雷獣の牙』の『キリオ』とわかってんだろうなぁ!」
男はいきなり僕の顔面を殴ろうとしたが、僕はその拳を掴んだ。
「な、なにすんだ!…ぐっ!は、離せ!」
「二人に謝れ!謝るまで離さない!」
「な、生意気なっ!!!」
もう一方の腕で僕を殴ろうとしたが、誰かがその腕を掴んだ。
「その辺にしとけ…」
「あぁんっ!?」
勢いよく振り返るキリオだったが、掴んだ主をみて顔が青ざめていく。
「ゴ、ゴーガンさん……」
「若手をいびるだけじゃなく、フレア嬢にそんな汚ぇものぶつけようっつう根性は、さすがに見過ごせねぇな」
ゴーガンさんの握った腕がミシミシと音を立てる。
「や、やだなぁ!じょ、冗談ですよ!新人の緊張を解こうとと思って…」
「なるほど、それはお優しい」
少し離れた場所から、先ほどアルシオンと呼ばれた男性が話しかけて来た。
「しかし、女性の緊張を解す言葉としてはいささか下品にも思われますね。特に…高貴な方には」
キリオが首をかしげる横で、アルシオンさんはリリィさんの前で傅いた。
「お久しぶりでございます、リリアン・ローゼンベルグ王女」
「……へっ?」
キョトンとした顔のキリオを他所に、リリィさんは何かに気が付いた様子。
「そうでしたか…『ゴーガン』と『アルシオン』…クラトス様と共に近衛騎士団として勤めていた、副団長のお二人でしたか」
「覚えていただけていたとは……恐悦至極にございます」
「ローゼンベルグ……って!?」
明らかに狼狽えるキリオ。
「さてキリオさん、ローゼンベルグ王国第三王女殿下に、貴方は何をするおつもりだったのですか?」
「い、いえ!!何も!!あっ!次の依頼の準備するんでこれで!!!」
キリオはパーティを連れて逃げるように去っていった。
「ありがとうゴーガンさん!アルシオンさん!」
「なぁに、俺が気に入らなかったからちょいとお灸をすえてやっただけよ」
「王女殿下にまで手を出そうというのであれば、”元”とはいえ近衛騎士として放っておくわけにはいきません」
「私も今は冒険者のリリィです。お気遣いは結構ですが……ありがとうございました」
「それにしても坊主、中々度胸のあるいい男じゃねぇか!ゲオルドのオヤジが気に入るわけだ!」
「二人を背にしてキリオさんに立ち向かう姿、まさにナイトの様で中々堂に入っておりましたよ」
「は、はぁ…ありがとうございます」
ゴーガンさんに背中をバンバン叩かれて、明日は痣だらけだろうと思う。
「改めて、俺はゴーガンだ。元は近衛騎士団の副団長だったが、今は騎士団時代の若い衆を連れて『剣鬼同盟』というパーティで冒険者をやっている。これでも一応Sランクパーティなんだぜ?」
「私はアルシオンと申します。こちらのオジサンと同じ元近衛騎士団の副団長で、現在は後輩を誘って『青眼の一矢』というパーティをやっている冒険者です。私もこのオジサンと同じSランクです」
「俺がオジサンならおめぇはジジイもいいとこだろうが!いくつ違うと思ってんだ!」
「エルフ族は長命ですからね。あと百年は貴方より若く見える筈ですよ、フフッ」
ゴーガンさんが衝撃波で建物を揺らす程のパンチを連発し、それをアルシオンさんが最小限の動きで避けている。バカバカしいやり取りの中で二人の高い実力が垣間見える。
「こ、これがSランクの力……というか止めなくて良いんですかね?」
「大丈夫大丈夫、いつもの事だから」
「二人のじゃれ合いで兵舎が壊れるのは日常茶飯事でした」
「…止めなくて良いんですかね?」
一通りじゃれて気が済んだのか、またこちらに向かって話し始めた。
「で、坊主の名前は?」
「う、ウルカです。ウルカ・ファイトス」
「よろしくお願い致します、ウルカさん」
一先ずその場に和やかな空気が流れる。
「しかし、雷獣の牙にもそろそろ勘弁して欲しいものです」
「全くだ。まぁ半端にキリオの腕が立つあたりがやっかいだ。そこそこの冒険者じゃ歯が立たん。まぁ、お前はそんな事なさそうだったがな!」
また一発背中にもらった。痣が増える。
「あの人は本当にAランクの冒険者なんですか?」
「キリオさんは間違いなくAランクの実力が有ります……いや、実力と言うべきか…」
「どういう事です?」
「小賢しい戦い方なんだ。やれ不意打ちだ目眩しだ挟み撃ちだ、本人自体の実力はよく言ってBってとこだな。まぁ戦術は人それぞれだ。けどなぁ…」
「何かあるんですか?」
「雷獣の牙には悪い噂が有るの」
フレアさんが苦い顔で言った。
「ランクを上げる際の高難度攻略の時は、必ずと言って良い程しれっと別パーティと同行をするのです。そして攻略を終えた時、雷獣の牙は不自然な程無傷で、もう片方のパーティは瀕死状態で救助されるのです」
「えっ!?ど、どうして?」
「そのパーティからは、『雷獣の牙に身代わりにされた』と訴えが有ったそうです。しかし証拠も無い為まともに取り合う事が出来ず、雷獣の牙は功績を我が物とし、今やAランクと言う訳です」
「身代わりにされたと言った冒険者の中には、再起不能で冒険者を辞めた奴もいる。その中には騎士団時代に世話してた奴らも……」
悔しそうに歯を食いしばるゴーガンさんと、複雑な顔のアルシオンさん。
「我々としては、今回の依頼は雷獣の牙の尻尾を掴むチャンスだと思っています」
「奴らは俺たちみたいな格上連中の前では下手なマネをしない。だが、今回の依頼で功績を残せば、雷獣の牙はSランクに格上げも夢じゃねぇ。そうなればきっと奴らは必死になって何か仕掛ける筈だ。そこを俺たちが叩く!」
ゴーガンさんは右拳を左の掌に力強く叩きつけた。
「そこで皆さんにもご協力願えないかと思いまして。特に貴方に」
アルシオンさんは僕の方に歩み寄った。
「協力?僕がですか?」
「お前はキリオにバッチリ目をつけられた。恐らく今回の依頼の最中にもちょっかいをかけて来る筈だ。そうなったらすかさず奴をふんじばってくれ!」
「そんな事をして良いんでしょうか?第一、僕もキリオさんに敵うかどうか…」
「心配いりませんよ。ウルカさんにはこちらのお守りを差し上げますから」
アルシオンさんは、僕の首に綺麗な石のついたペンダントをかけた。
「これは?」
「エルフに伝わる特別なおまじないを施した物です。コレさえあれば大丈夫ですよ」
「じゃあ!頼んだぜ!」
二人は朗らかに笑いながら立ち去って行った。
「お元気そうですよかった」
「でもキリオ達の事、大丈夫かなぁ…アルシオンさんのお守りって、どんな物なんだろう?」
「さぁ…」
興味本位でペンダントを鑑定すると、アルシオンさんの隠された真意がわかった。
「はぁ…大丈夫かなぁ」
取り敢えずエンシェントドラゴンの事を、あの二人に聞きに行こう。




