第二十六話 侵入者と巣立ちの時
ユニコーンさん?に樹木の壁を取り払ってもらい、再び合流したフレアさんとリリィさんにここまでの経緯を伝えた。
「こ、この人が…さっきのユニコーン!?」
「そう言えば…幻獣クラスの魔獣は人間の姿に変わる事が出来ると聞いた事が……でもこの世に3体しかいない幻獣に会えるとは……」
「ユニコーンって何匹もいるわけじゃ無いん
ですか?」
「ユニコーンは世界で私一頭だけ。普段は人の立ち入らない森で暮らしてるから、ほとんど人目には触れないの」
「そんなユニコーンさんが、どうしてパラリアに?」
僕がそう聞くと、ユニコーンさんは複雑そうな顔をした。
「……貴方達は信用出来そうね。一緒に来てくれる?」
そう言ってユニコーンさんは振り返り、森の更に奥へ歩き出し、僕らもそれについて行く事に。
「私が守っていたあの子って言うのは、この子の事」
「こ、コレは……」
そこに有ったのは人の大きさ二、三人分をゆうに超える巨大な繭。しかも差し込む木漏れ日の揺らぎに合わせて青白くキラキラと光っている。
「………セレーネモスの繭…」
「セレーネモス?」
「月の神の生まれ変わりとも言われる伝説の魔獣。その羽だけでなく、吐き出す糸までが青白い月のような光を放つと言われてる」
「嘘…私、御伽話でしか聞いた事無いよ!?」
「セレーネモスは実在するわ。現にこうして目の前にいるでしょ?」
「でも、このセレーネモスとユニコーンさんがパラリアに来た理由とどういう関係が?」
「実は……私はこの子の親を…殺めてしまったの」
「えっ?…」
「数日前…いつものように森の中を見回っていた時、妙な気配を感じた。恐らくそれは人の魔力のような物。嫌な予感がして気配の方に向かうと、そこには様子のおかしいセレーネモスが居た。彼女は見境なく森の生き物達に敵意を向け、それが…自分の子にまで。私は説得を試みたけど全く話が通じなかった……最悪自らの手で自分の子を殺しかねなかった…だから私は……」
少し涙ぐむユニコーンさん。
「彼女を手にかけた時、既に子供は姿を消していた。私は必死に追いかけて、たどり着いたのがこの森、しかもこの子は既に繭を作り始めていた。そうなればココから離れる事は出来ない。だから私はこの子を守る為に…これは、この子から親を奪ってしまった私の…罪滅ぼしなの」
「でも…ユニコーンさんは子供を守る為にやった。悪い事はしていないはずですよ!」
「ありがとう。でも私は自然と大地を司る幻獣。森に生きる者は全て私の子供のようなもの。だから純粋に彼女を手にかけてしまった事が辛いの……だからせめてこの子だけでも守りたかった。でも、必死になり過ぎて貴方達を傷つけるような真似をしてしまった…本当に申し訳ないわ」
僕達に頭を下げるユニコーンさんに対して、僕は首を横に振った。それよりも気になる事が有る。
「その様子のおかしいセレーネモスは、何か身体的な異常はありませんでしたか?」
「そうね、特には無かったと思うけど……そういえば、体内に魔力が充満していたのに、何故か魔石の存在を感じ取れなかったわね」
「!!っ……それって…」
「えっ?何か心当たりがあるの?」
僕は以前あったギガントボアの暴走事件の事を話した。
「そんな…他にも同じような事が?」
「えぇ…でもどうして同じ様な事が立て続けに?病の類なのか、それとも…誰かの意図なのか…」
「それって…あのギガントボアも、ユニコーンさんが戦ったセレーネモスも、誰かに暴走させられたって事?」
「わかりません…ただなんと無く嫌な感じがすると言うか……」
するとユニコーンさんがハッと何かに気付いた。
「……そう言えば、彼女が暴走する前に、森の中で嗅ぎ慣れない匂いがしたの」
「それってもしかして!?」
その時、突然森がざわめき、地響きが鳴り始めた。
「な、何?…地震!?」
「皆さん!あれを見てください!」
リリィさんが指差したのは、大きく震えながら光を強めるセレーネモスの繭だった。
「な、何アレ!?どうかしたの!?」
「心配しないで大丈夫よ。ついにこの時が来たの…」
震えるセレーネモスの繭から何かが飛び出し、繭を一気に切り裂いた。
「セレーネモスの繭はあらゆる魔法も斬撃も弾く。唯一それを破れるのは、セレーネモスの鋭い羽根先だけだと言われてるの」
切り開かれた繭の中から、神々しい光を浴びた美しい蛾の魔獣が現れた。
「綺麗………」
「虫嫌いのフレアが珍しいですね。まぁ…この美しさを前にしたら、無理もないですね」
「良かった…本当に良かった…」
ユニコーンさんが慈愛に満ちた表情で涙を流し、飛び立つセレーネモスを見送った。
「今日は勘違いで襲ってしまって、本当にごめんなさい」
「い、いえいえ!状況も弁えず森に入って来た僕等の方こそすみませんでした」
「何かお詫びをさせて貰いたいんだけど…」
「お詫びなんて!本当に私達はただ…」
「ではお詫びとして一つお願いしても宜しいですか?」
リリィさんがズイッと話に入って来た。
「ちょっとリリィ!?」
「本当に僕等は……」
「あの繭を頂いても宜しいですか?」
リリィさんはセレーネモスが出て来た繭を指差した。
「え、えぇ…森では特に使い道も無いから持ち帰ってもらって構わないけど…こんな物で良いの?」
「はい、こちらはそれが要り用なのです」
「リリィさん…もしかして」
「セレーネモスの糸なんて見た事も聞いた事も有りませんが、魔法も斬撃も通さないという事は、恐らくブラストモスの糸よりも上質な物になる筈です。それに……」
「それに?」
「ウルカくんの作るセレーネモスの糸、そしてそれを用いた服、非常に興味が有ります」
珍しく鼻息が荒いリリィさん。
「じゃ、じゃあその繭、頂いて行きますね?」
繭から周辺の枝に繋がる糸をフレアさんに切り落としてもらった。
「こんなに細い糸なのに、切るのに一苦労だよ……本当に丈夫だなぁコレ」
繭をどうやってアイテムボックスに入れるか考え、試しに持ち上げてみようとすると、なんと僕一人の力で身の丈5〜6倍の繭が持ち上がってしまった。
「えぇっ!?軽い!!」
「セレーネモスの繭は丈夫な割に軽いから、場合によっては他の魔獣に持って行かれちゃう事もあるの。だから本来は繭から出るまで親がそばに居てあげるんだけど…」
「それでユニコーンさんがそばに着いていたんですね」
無事に繭をアイテムボックスに入れた後、先程の戦闘で気になっていた事をユニコーンさんに尋ねた。
「そう言えばユニコーンさん、コレなんですけど…」
僕は神槌をユニコーンさんに見せた。
「あぁっ!?そうよコレ!コレ私の角じゃない!」
やっぱりそう言う事だったのか。
「ねぇウルカくん、やっぱりあのオジサンの知り合いなの?」
「オジサン…もしかして」
「あのお髭を生やしたムキムキのオジサンよ!」
「それってもしかして…」
僕はリリィさんの方を向いた。
「恐らく大叔父様ですね」
「やっぱりグランツさんか……」
「あのオジサン私の角が必要って言って、私を追いかけ回して角を折りに来たの!」
ムキムキのオジサンに何度も追いかけまわされ角を折られたとは……随分可哀想な目に遭ってるな。
「しかも私の角が折れてもまた生えるって知って、何度も折りに来たの!何度も折られたせいで変な形に伸びたりして、今じゃこんな変な形になっちゃったのよ!」
ユニコーンさんが指差したのは、真っ直ぐ綺麗な一本角だった。
「……ユニコーンさん、僕には随分綺麗な角に見えますけど…」
「えっ?そんな筈…」
ユニコーンさんは自分の角を触って確認した。
「あらっ!?なんで?治ってる……どうして?」
そういえば、さっきの戦闘の時に何度も神槌で角を弾いていたから、偶然なのか神槌の効果なのか知らないけど、ユニコーンさんの角を治してしまったのかも?途中で戦闘が楽になったのも、直した事で経験値が入ってレベルが上がり、神槌の能力も上がったから。森羅共鳴のスキルもユニコーンさんの技を学習したんだろう。て言うか、角は武器としてカウントされるのか。
「よくわからないけど良かったわぁ!こんな綺麗な角何十年振りかしら?ところで貴方達はあのオジサンとどう言う関係なの?」
「私はグランツ・ローゼンベルグの弟の孫です。そして彼は……」
「訳あって今、グランツさんの旧宅に住まわせてもらっています」
「旧宅って事は、オジサンは何処かに引っ越したのかしら?」
「あぁ…いえ、実は……」
「大叔父様は五年程前に亡くなられております…」
ユニコーンさんは少し驚いた顔をした。
「そっか…そうよね。人間の寿命は短いもの、だけど、オジサンって呼んでても私よりずっと年下なのに、こんなすぐに……」
先程はまるで敵の様に言っていたのに、今はとても寂しそうな顔をしている。




